パゼオンカ来ませんでした。
ロドスのオペレーターの多くは何かしらの前職を持っている。
それは例えロドスが製薬会社だからと言って、医薬品関連の前職の者ばかりではない。ホストであった者もいるし、傭兵であったものもいる。ただの学生であった者や元ファッション誌の編集者、中には元女優、なんてとんでもない経歴を持った者もいるのだ。
その中において、エリモスの前職は一般的なものだと言えるだろう。
「…ふむ、これはもうちょい調整するか。」
彼は今、自分の工房にて預けられたアーツロッドをいじくり回していた。
これは決して趣味だからではない。ロドスに入職した際に彼が申告した前職により、戦闘任務以外の際に託された仕事だからだ。
オペレーター、エリモスの前職はしがない機械工であった。
実際のところ、機械工、とは少し違うのかもしれない。彼はスラムに流れ着いた源石製品やアーツユニット、ただの壊れかけた機械や自動車に至るまでを修理し、あるいは分解して部品を売ることで生計を立てていたのだ。本人曰く、「まさか
そして入職時に人事部に報告した結果、彼は工房を与えられて艦内の様々な備品の整備及び点検に勤しむことになったのである。
「…はい、これでこいつは調整終わり。あとは訓練用の盾を整備して…」
んおおおお、と伸びと大欠伸を一つずつ。いくら訓練用の簡単な作りのものとはいえ、アーツロッドの調整はなかなかに肩が凝るのである。
そしてそれはほんのわずかにリフレッシュした直後、盾を整備しようと手を伸ばした瞬間のことだった。
「こーーーーーんちわーー!」
ドゴン、と言うすごい音と元気な少女の声がしたかと思うと、いきなり工房の扉が勢いよく開け放たれた。それと同時に飛び込んでくる薄いベージュの髪の一人の
「メ、メイリィ…ノックしなきゃダメだよ…。」
「あ、そっか!エリモスさん、ごめんなさい!」
「あ、うん。いや、別にいいけどよ…。」
素直だ。やっぱすっごい素直だなこいつ。目の前でごめんなさーい、と謝る2人の後輩、メイリィ─もといコードネーム、【カーディ】と、フェリーンの少女─【メランサ】を見ながら静かにエリモスはそう思った。
「で、何の用だ?わざわざ俺のとこ来るってことはなんかあったんだろ?」
コポコポ、と2人に甘いココアを淹れながらエリモスは尋ねた。なお本日のお茶請けは蜂蜜クッキーである。マグカップに入れたココアとクッキーをまとめて2人の前に出すと、カーディの尻尾がパタパタと忙しなく揺れた。
「おお、美味しそう…」
「メイリィ……」
「わ、わかってるよメランサちゃん!」
出されたココアに気を取られて本題を忘れつつあるカーディに、メランサが声をかけた。…絶対言われなかったらおやつ食べるだけ食べて帰ってたな、こいつ。
こんなちょっと抜けているカーディは白っぽい、あるいは明るい色合いの
そして彼女の世話を焼くメランサ。彼女は落ち着いた雰囲気で、まさしくお嬢様と言った雰囲気の(実際かなりいいところのお嬢様らしい)
それにしてもこの2人、何と言うかバランスがいい。ボケとツッコミ、ではないが、明るい美少女と静かな美少女の組み合わせとか完璧、と言って差し支えないのではないだろうか。こんな組み合わせはロドスだと他に誰がいるだろう。グラニとスカジ、あるいはセイロンとシュヴァルツあたりだろうか。あのあたりもコンビとして完成されている雰囲気がある。
そんなどうでもいいことを考えていると、ようやくカーディが本題を切り出した。
「えっとね、エリモスさんに盾の様子見て欲しくて持ってきたんだ!」
「盾の?何かあったのか?」
「何かあったわけじゃないんだけどね。でも『たまには点検に出せー』ってドーベルマン教官に言われたからさ。」
「なるほどな。で、メランサはその付き添いか。」
「はい…。まあメイリィに連れて来られたんですけど…。迷惑じゃないですかね?」
確かにそれなら自分はそれなりに適任かとエリモスは納得した。同じ盾使いで、種類こそ違えどアーツ使い。かつエリモスはアーツユニットの調整も複雑なものでなければできるために、それなりに親交のある先輩である彼をカーディが頼りにしてくれるのも当然と言えた。
「全然迷惑じゃねえよ。今マドロックもスポットもミッドナイトもノイルホーンもいねえからさ、話し相手もいなくて暇なんだよ俺。」
エリモスのアーツは周囲の砂を操る、というかなり環境に依存した性質をしている。だが今回の任務はどうやら湿地帯らしく、それこそ泥を自在に操るマドロックや、現地での作戦遂行のために堅実な動きができる行動隊A4と行動予備隊A6の連中が駆り出されたらしい。
そんな悪友たちがこぞってロドス不在のため、エリモスは仕事を終えると割と暇な日常を送っていた。普段なら工房に誰か来たりもするのだが、それもなくて手持ち無沙汰であったのは確かだ。
「そっかー…。結構大規模な作戦中だもんね、今。」
「そういうことだ。それに作戦行動なんざ適材適所だからな。今回は俺が行ったところで何の役にも立たねえし、こればっかりは仕方ねえよ。…んで、メランサ。」
「…えっ。何ですか?」
種族柄猫舌なのか、ふーふーとココアを冷ましていたメランサは、急に話しかけられて肩をびくつかせた。メランサみたいな雰囲気の少女にそんな反応をされるとなんか罪悪感がひどい。
「ああ、すまん。大した用じゃないんだけどな。お前の刀、整備とか大丈夫か?刃こぼれとかしてないか?」
「あ、はい、大丈夫です。この間ヴァルカンさんが見てくれたので…。」
「ヴァルカンさんか。あの人手入れめっちゃ上手いよな。」
あの人が見たなら大丈夫か、と言ってエリモスはコーヒーを置いて立ち上がった。カーディの盾の調整をするためである。
眼球保護用のごつ目のゴーグルをかけると、エリモスは2人の方に振り返った。
「じゃあ今から調整するけど、なんか要望はあるか?塗装変えて欲しい、とか重心変えて欲しい、とかならどうにかできるぞ。」
「んー…そう言うのは大丈夫!」
「はい了解。んじゃ、今からちょっとうるさくするぞ。」
そう言ってひょい、とカーディの盾を持ち上げると、工具の置いてある方へと向かった。
数分後、あまりの音の大きさに目を回した2人が部屋から飛び出したのは別の話である。
「はいこれ、調整おわってるぞ。またなんかあったら持ってこいや。」
「はーい!ありがとう、エリモスさん!」
あれから1時間ほど後のこと。調整を終えた盾を手渡すと、カーディはそれを抱き抱えてくるくるとその場で踊るかのように2、3回った。本当に元気な少女である。
「調整してもらえて良かったね、メイリィ。」
「うん!メランサちゃんもきてくれてありがとう!エリモスさんもまたねー!」
そう言ってカーディはメランサと共に工房から去っていった。尻尾がブンブンと振られているあたり、かなりご機嫌な様子。あそこまで喜ばれると整備士として嬉しいと言うものだ。
2人を見送ると、エリモスは残されていた仕事に手をつけた。急にカーディの盾の整備が入ったとは言え、今日は仕事に余裕がある。今からでも定時には十分間に合うだろう。
仕事が終わったら久しぶりにバーにでも行こうか。そう決めてエリモスは再び工具を手に取った。
カーディ
本名:メイリィ。可愛いわんこ系女子。もう一回昇進させてあげたい。
メランサ
可愛い猫耳お嬢様。でも剣聖のあだ名は伊達じゃない。
オペレーター : エリモス
能力測定
【物理強度】優秀
【戦場機動】優秀
【生理的耐性】標準
【戦術立案】 標準
【戦闘技術】優秀
【アーツ適性】優秀
個人履歴
本名は■■■■■■(本人の希望により非公開)。コードネームは【エリモス】。ヴィクトリアのスラムの生まれのようで、公的記録が一切存在しない。ロドスに所属する前は機械工をしており、現在では戦闘員だけでなく裏方としても仕事を行なっている。