俺の同僚の顔が良すぎる   作:チキンうまうま

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俺の同族の顔が良すぎる

 

 夢を見た。とても、とても懐かしい夢だ。

 

 

 

 

 

 夢の中で目を覚ますと、窓の外からミンミンと蝉の声がした。この国では当たり前のことで、毎年のことなのに聞くたびに腹が立つほどに元気な声だった。あまりのうるささに目を覚ました俺は、本で散らかった部屋で無駄に寝返りを打ち続けるしかできなかった。

 その時の俺はどうしていたのだったか。朝ゆっくり寝ていたのだから、部活が午後からだから、といった理由で二度寝でもしていたのかもしれない。

 

 階段の下からは母さんが仕事に行ってくる、と声をかけてきた。ああ、懐かしい声だ。そんな声に俺はああ、ともうん、とも取れる返事をして、また瞼を閉じた。

 

 その時の俺は、きっと明日も明後日もずっとこんな日が続くなんて信じていたから。

 

 

 

 

 

 

 瞼を開けると、そこは寒風吹き荒ぶスラム街だった。

 

 この景色にも俺は見覚えがある。何せここは()()()の幼少期を過ごした場所なのだから。

 

 風の一つも防げやしないボロボロのコートを着て、俺は記憶を頼りに歩き出した。途中でいつも通りに大人に襲われて、いつも通りにそれを切り抜けた。少し歩くとそこには俺の縄張り、小さな小さな俺の家がある。建て付けが悪い、なんて言葉では済まされない扉をこじ開けると、俺に群がってくる毛玉が4個。寒いなんてものじゃない世界で、こいつらだけが暖かかった。

 

「にいちゃん、おかえり!」

「■■にいちゃん、おなかすいたー」

「■■にいちゃん、あたし、この本読めたよ!」

「■■にいちゃん!おれ、ちゃんとこいつらの面倒見てたぞ!」

「あー、わかったわかった。わかったから離れろチビども。」

 

 へばりついてくる毛玉を引っ張り剥がして、それでも擦り寄ってくるチビどもの頭をぐりぐりと撫で回した。俺が昔一緒に暮らしていた爺さんと死に別れてから出会ったこいつらは種族もバラバラ。それでも俺にとっては大事な家族だった。

 

「腹減ってるだろ。飯作るからちょっと待ってろよ。」

「ご飯?なに!?」

「期待すんなよ?いつものスープだからな。」

 

 適当に相手しながらどうにか確保しておいた綺麗な水を鍋に移して、薪に火をつける。当時の俺は源石コンロは怖いから使っていなかった。…そうだ、俺は使っていなかったのだ!

 

「スープかあ…。」

「まあにいちゃんの料理の中だとマシな方だよね。」

「おいどういう意味だ?」

 

 確かに料理が下手な自覚はあるがそこまで言わなくてもいいじゃないか。失礼なことを言ってきた犬人(ペッロー)魔族(サルカズ)のチビどもの頭を軽く引っ叩くと、俺は再び料理に戻った。

 

 スープができると、びっくりするくらい硬いパンと一緒にみんなで食べた。お世辞にも美味しい、なんて出来ではないはずだけどそれでもチビ共は残さずに食べていた。お腹がいっぱいになると、みんなでひっついて暖をとりながら寝たものだ。

 

 そうだ、この頃のスラムでの日々は貧しくて、美味しいものも食べられなくて、寒くてかつての生き様に比べると信じられないくらい辛かったけど、それでもあいつらと過ごしていた日々は幸せだったのだ。あいつらはいつかちゃんと大人になって、俺もそれを見届けるものだと思っていたんだ。

 

─にいちゃん、これ、どうしよう…

 

 あの日、チビ共に一斉に結晶ができるまでは。少なくとも俺はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

─お…ル。…い、…きろ。

 

 どこか懐かしい声がする。その声で目を覚ました俺は、そこで初めて自分が寝ていたことに気がついた。

 

「…ああ、起きたか、エリモス。」

「…シージさんですか。すみませんね、寝ちまってて。」

 

 徐々に覚醒した意識と共に周りを見回すと、そこは見慣れた己の工房だった。そしてそこのソファに座るのは1人の同族(アスラン)。ヴィクトリアのギャング、【グラスゴー】のボスにして美しい金髪をたたえた美女。オペレーターシージであった。

 

「構わん。…と言いたいところだが、どうした。ずいぶんうなされていたぞ。」

「…大したことじゃあありませんよ。昔の夢を見ただけです。」

「…そうか。昔の夢、か。」

 

 そう言ってシージは手に持っていたロリポップを咥えなおした。

 

「ええ。大昔の、ロドスに来る前の夢ですよ。…まあそんなことは置いときましょうや。どうせメンテでしょう?」

 

 俺は無理して明るい声を出した。そうじゃないとこの雰囲気は変えられないと思ったから。シージもそれを察したのか一つ頷くと置いていたハンマーを俺に差し出した。

 

「そうだ。今日任務で派手に汚してな。掃除ついでにメンテしてもらいたい。」

「汚したって…それ泥、とかじゃないんでしょうね。どうせ。」

 

 シージの主武器はハンマー。彼女はそれを豪快に振り回し、敵の全てを粉砕する。…つまり、汚れとはそういうことだ。

 

「はあ…なら一度オーバーホールしますね。リベットはいつも通りに?」

「ああ。前渡したものが残っているだろう?それを使ってくれ。」

「了解。」

 

 渡されたハンマーを持ち上げると、パーツ同士を繋げているリベットをドリルで破壊する。手荒だがこうしないとリベットは取り除けないのだ。

 一度全てをパーツ単位で分解すると、あとは簡単。錆と汚れを落とした後に組み立て直すだけ。とはいえシージのハンマーは重いのでこれを手作業でできるやつはロドスでもかなり限られてくるのだが。

 

「えっと確かこの辺に…ああ、あったあった。」

 

 最後、パーツ同士を組み立てる段階になって取り出したのは一つの小箱。それを開けると中には大量のリベットが入っている。一見何の変哲もないそれだが、シージにとっては特別なものだった。

 

「…わざわざヴィクトリア職人お手製のリベットを使う。何かのこだわりですか?」

「こだわり、というほどでもない。」

 

 ロリポップを舐めながらシージは答えた。

 

「…ヴィクトリアで作られたリベットは外へ出て、そして最後にまたヴィクトリアへと帰る。…それに思うところがあるだけだ。」

「…そうですか。」

 

 それはエリモスには理解ができなかった。彼にとってヴィクトリアはすごく幸せな時間を過ごした場所ではあるけれども、それと同じくらいの絶望を味わった土地なのだから。戻りたくない、と言うのが正直なところなのだ。

 

 掃除し終えたパーツの全てを組み立て直すと、綺麗になったハンマーをシージに差し出した。それを受け取った彼女はその場で2、3度振ると、満足そうに頷いた。

 

「ああ、良い感じだな。」

「それは何より。また何かあったらいつでもどうぞ。」

「わかった。また頼むぞ。」

 

 そう言い残してシージは工房から去っていった。ハンマーをその肩に担いで。

 そんな彼女を見送ると、エリモスは静かに掃除を始めた。ハンマーを洗浄した後の床には、乾いた血や肉片が散らばっていたからだ。

 

「…それにしても。」

 

 箒で床を掃きながら彼はポツリと呟いた。

 

「何であの人、俺の名前知ってたんだろう。」

 

 ()()

 シージは確かにそう言った。彼女は自分でも忘れかけている本名を呼んだのだ。だが、エリモスはスラムを出てから、つまりロドスでその名前を名乗ったことはない。それなのに、彼女は己の名前を知っていた。

 

「…スラムの奴らに聞いたのかもな。」

 

 自分で言うのも何だが当時の俺は悪名高かったから、同じ区域を縄張りにしていたのならその可能性はある。

 そう結論づけて、彼はひとり掃除の続きに取り掛かった。

 




シージ
 色々とボリュームのすごいライオン。先鋒とは名ばかりの前衛。



【第二資料】
「ヴィクトリアから来ました、コードネーム『エリモス』です。種族はフェリーン。どうぞよろしく。」
 入職当日。彼はそう挨拶をした。そして誰も彼のその自己紹介に違和感を覚えなかった。─誰も目の前にいる、スラム街から来た少年があのアスランだと思わなかったのだ!
 健康診断で明らかになったその真実に、彼は激しく狼狽した。その様子は演技には見えず、彼がその事実を知らなかったのは誰の目にも明らかだった。
「…何かの間違いではないのですか?」「いいや、間違いはない。君はフェリーンではなく、アスランだ。」動揺を隠せない彼に、Dr.ケルシーは冷静に告げた。二度の宣告を受けて、少年は静かに天を仰いだ。
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