喜多ちゃんの師匠は陰キャ 作:EA門
5巻やっと届いてみたけど、めっちゃよかった〜
春が終わりを迎え始め、心地よかった日差しが攻撃的になり人々を苦しめるようになった。
休日に家を出ることは滅多にない僕だが今日は珍しく外出している。そして現在地は陽キャの巣窟である下北沢駅!
人混みは酔うから好きじゃないし、駅周辺はクラスの陽キャとの遭遇率が高い可能性があるため基本避けている。出かけるとしても穴場のカフェや人気のない公園とかだからここは僕にとって水と油のような場所だ。
じゃあ何で僕はここにいるか。
何を隠そう!今日は喜多ちゃんのレッスン初日なのだ!
・・・ん?心の準備はできてるのかって?
できてません!常に心臓バクバクで高血圧で死にそうです!
今日になるまで何であの日喜多ちゃんの頼みを受けたんだろって思ってたし、なんなら今も思ってるよ!
指導するってことは喜多ちゃんと2人きりになるってことぐらいわかるだろ昔の俺!女の子と2人きりで話せるほどコミュ力ないの自覚してるだろ!
でも困ってる後輩のためだし、断るのも心苦しかったしな〜・・・あの時どうしていれば正解だったんだ。
というか、そんな過ぎたことを考えている場合じゃない。気まずくならないようにトークデッキを組まなくてはならない!休日は普段何してるの〜とか学校生活どう〜とか・・・あとは、あとは
「雨林先輩こんにちは!」
考える間もなく聞き覚えのある明るい声が自分の名前を発したことで心の準備が整ってない体が一瞬にして強張る。
顔を上げるとそこには喜多ちゃんが立っていた。
白いフリルブラウスにデニムのロングスカート、首には黒いチョーカーをつけている。自分がこれからお洒落陽キャ女子を相手にするのをこの上なく実感させられる。
「もしかして待たせちゃいました?」
「いや、さっき来たとこだよ」
嘘です、緊張し過ぎて1時間前には来てました。
「それならよかったです!あと、先輩の私服すごくかっこいいですね!」
「そう?別に普通だと思うけど・・・」
服もちゃんと褒めてくれる。
やっぱこの子、いい子だわ〜。
まぁ、これ選んだの僕じゃないけどね!
喜多ちゃんに初めて会った次の日にたまたま中学の時の友人に会うことになって喜多ちゃんのこと話したらなんかめっちゃ盛り上がって、なんやかんやあって服屋に連れ回され、着せ替え人形にされて買った服だ。自分で買ってない服を褒められるのはなんか色々複雑な気持ちだったけど褒めてもらえるなら何でもいいや。
「・・・喜多ちゃんの服も可愛いよ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
oh、笑顔が眩しすぎる・・・さっきまでの負の感情が全部浄化されていく〜
おっと危ない、本来の目的を忘れるところだった。
「とりあえず、今日はお手並み拝見ってところかな。喜多ちゃんの実力を見せてもらうよ」
「わかりました。今日はよろしくお願いします!」
喜多ちゃんを引き連れてとある場所を目指す。
まぁ、大体みんな予想はつくとは思うけど。
ここからが本番なんだよなぁ・・・
というわけでカラオケに来たのだが、やはり気まずい。
歌の指導とは言ってもまだ初対面から数日の女の子とカラオケに来るのは気まずいとかそういうレベルじゃない!しかも2人っきりだし!
いや、逆に吹っ切れて邪念を捨てて指導に専念するか・・・そうした方がいいな。よし、そうしよう!
「・・・いつもは準備運動とかする?」
「歌う前にですか?」
喜多ちゃんが人差し指を頬に当て、クエスチョンマークが横に出そうなポーズをとる。
めっちゃ可愛いなおい。
違う違うそうじゃない。邪念を取り払え雨林蒼真!!
「そ、スポーツと同じで歌も準備運動が結構大切だよ。パフォーマンスを上げるのはもちろん、ボーカルの命でもある喉を労るためにもね」
「そうなんですね、勉強になります!」
そういうといつの間にか出されていたメモを取り始める。
勤勉だなぁ・・・なんかいい子すぎて涙出そう。
自分がいつもしている準備運動を彼女に教える。それに付随して発声練習も伝授し、いよいよ本題に取り掛かる。
「じゃあ下準備も終えたし、早速一曲歌ってもらうよ」
「任せてください!歌には自信あるんです!」
喜多ちゃんはリモコンで曲を選択し、マイクを片手に立ち上がる。画面に映し出されたのは少し前に流行った誰もが一度は聞いたことある曲だ。
前奏が流れ、僕は彼女の歌に集中する。
(あ〜なるほど。そういう感じね)
「お疲れ様、準備運動と発声練習の効果はどうだった?」
「いつもより歌いやすく感じました!いつも出づらかった音域も出しやすくなってましたし」
「なら良かった。これからも歌う前はやった方がいいよ」
「はい!それで・・・その、私の歌はどうでした?」
彼女は恐る恐るこっちを見る。
そんなに怖がらなくてもいいのに。
「まぁ、良かったよ。音程もあわせられてるし、リズムもいい。それに音域も悪くない・・・けど不合格かな」
「そう、ですか」
一気に目線を落とし、目に見えるように喜多ちゃんは落ち込む。
なんかめっちゃ心痛くなるなこれ。結構こっちも辛いかもしれん。
「そんなに気を落とさないで喜多ちゃん。歌を良くするために僕に頼んだんでしょ?」
「・・・そうですよね!こんなところでめげてられませんよね!」
「いいね、その調子」
先程まで暗い雰囲気だった喜多ちゃんが一気に気力を取り戻す。
やっぱり、彼女は明るい方がいい。
「今の喜多ちゃんの歌はカラオケが上手い人の歌だね」
「カラオケが上手いのと歌が上手いのは違うんですか?」
「うん、カラオケの採点は音程と声の抑揚さえ良ければ高得点が取れるからね」
「そうなんですね」
もしかしてそれらを気にしないで歌っていたのか?
だとするとポテンシャルはかなりあるぞこの子。
「それは別に悪いことじゃないんだ。それに加えてエッジボイスやビブラートなどの細かなテクニックやアクセント、その曲のイメージに合った表現力とか・・・まぁ挙げてくとキリがないんだけど」
「歌って思っていたより奥が深いんですね・・・」
「もちろん。いつも何気なく聞いていると思うけど細かく聞くと新しい発見があるよ」
僕のフィードバックに興味津々に彼女はメモを走らせる。ここまでやる気を見せられちゃうとこっちも燃えてくる。
「そういや、喜多ちゃんは僕の歌をちゃんと聞いたことないよね?」
「はい。もしかして雨林先輩も歌うんですか?」
「喜多ちゃんの歌聴いたら歌いたくなってきちゃったからね。ちょっと本気出しちゃおうかな」
僕はリモコンを片手に取り彼女がさっき歌った曲と同じものを入れる。ちなみに本家は女性ボーカルだ。
「先輩この曲歌えるんですか!?」
「まぁまぁ聞いてなよ」
彼女は少し心配そうにこっちを見る。
それもそのはず、この曲を男性が原キーで歌うのは至難の業だからである。
普通の人なら・・・ね。
僕の実力を見てもらうには絶好の歌だ。
「ふ〜」
歌い終わり、大きなため息が出る。配信する時と全く同じように全力で歌った。歌うのはやっぱり気持ちいいな、最高。
喜多ちゃんの方を見ると僕の方を見てて唖然としていた。
「どうだった?」
僕がそう声をかけると喜多ちゃんは再起動して、僕に近づいてくる。
え、まっ、距離近くね?
「すっごく感動しました!私こんなすごい人に教えてもらえるなんて嬉しいです!」
「そ、そりゃどうも」
目を輝かせながら賛辞を述べる喜多ちゃんに気圧されるがそこまで褒められると顔が緩みそうになる。
こうして対面で褒められるのも久しぶりな気がする。
「なんか、レイニーさんの歌を聴いている感じでした!雨林先輩知ってますか?」
彼女の発言に歌って暖まりきった体が一気に凍りつく。
それは彼女が出したレイニーという単語に原因がある。レイニーとは僕が現在動画サイトで歌活動している時の名前である。顔出しをしていないため身バレというものに日々怯えている。
いや、落ち着け。まだ自分と決まったわけじゃない。そういう名前で活動している人が他にもいるんだろう。そうだそうに違いない。
「し、知らないなぁ・・・レ、レイニーってどんな人なの?」
「4年前から動画投稿サイトで主に有名曲のカバーをしている人です!最近その人のオリジナル曲が色んなSNSで話題になってるんですよ!」
完全に僕と条件が一致しているんだが!?
というか最近妙に登録者の伸びがいいと思っていたのだがそういうことだったのか。SNSとか動画の告知するだけで全然触ってないから気づかなかった。
「あ、この人です!」
彼女はスマホの画面を僕に見せてくる。
そこには毎日のように見ているアカウントが表示されていた。
「ボクモカエッタラキイテミヨウカナ」
外国人もびっくりするぐらいのカタコトが出てしまうがそんなことは気にしていられない。1億2千万人のうち15万人の登録者の中に喜多ちゃんがいるとは思っていなかった。まだまだマイナーアーティストだからって油断してた。
「ぜひ聴いてみてください!特にこの曲おすすめですよ!レイニーさんのオリジナル曲なんですけど、どこの部分聞いてても上手くて特にラストのサビがかっこいいんです!サビ前の転調は毎回鳥肌が立ちますし・・・」
その曲僕もめっちゃ好き!始めて作詞したっていうのもあるけど細かいとこもこだわった愛着のある歌なんだよねぇ・・・じゃなくて!この子詳しすぎないか!?
「き、喜多ちゃんはレイニーさんがすごく好きなんだね」
「はい、私が目指すボーカル像はこの人なんです!」
「そうなんだ・・・」
「いつかレイニーさんと同じステージで歌えたらいいなって思ってます!」
うーん、これは僕がレイニーですって話していいのか?
いや、やめておこう。
憧れの人がこんな陰キャで高校に1人も友達がいないなんて知ったらショックを受けるだろうし・・・
「喜多ちゃんの夢を叶えるために僕も頑張らなきゃだね」
僕の歌に魅了された後輩の夢のためにも頑張ろう、そんなふうに思った1日であった。
雨林蒼真
レイニーという名前で活動している
私服がダサいわけじゃない
歌のことになると饒舌になる
まさか喜多ちゃんが知っているとは・・・
喜多郁代
レイニーの大ファン
結束バンドに雨林の話をしたらすごく心配されたらしい
雨林からもポテンシャルが評価される
レイニーさん目指してもっと頑張らなきゃ!
感想と評価お待ちしてます。