毎日戦隊エブリンガー ~最強ヒーローの力で異世界を守ります~ 作:ケ・セラ・セラ
プロローグ「白百合の騎士」
「【クライムファイター】(名詞)
主にスーパーパワーを持たない犯罪者と戦うヒーローのこと。
バットマンは最も有名なクライムファイターである」
――アメコミ用語――
カラン、と氷が鳴った。
透明なグラスに注がれた琥珀色の液体に、砕かれた氷の破片が浮かんでいる。
奥にステージのあるそこそこ上品な酒場。カウンターに座り、物憂げな顔で蒸留酒を舐めるのは銀色のドレスを着た麗人であった。
「・・・」
年の頃は二十五、六か。
薄く青のかった銀色のベリーショート、切れ長の目に透き通った水色の瞳。
中性的で硬質な、整った顔立ち。凛々しさという極々一部の女性だけが持ちうる特性を、生まれながらに持ち合わせた美貌である。
豊満で女性らしい体つきや薄手のドレスもその雰囲気の妨げとなってはいない。
カウンターの奥から店員が近づいてくる。
手には水の入った木桶。
「サフィアさん、すいません。氷が切れてしまったので・・・」
「ん」
言葉少なに答えると、サフィアと呼ばれた女は右手の人差し指で額を素早く何かの形になぞった。
「~~~」
続けての詠唱と精神集中。
指で触れた木桶の端のほうから、桶の中の水が少しずつ凍結していく。
一分ほどそれを続けると、手桶の中の水はほぼ氷になっていた。
「ふう」
女が息をついて指を放す。
「ありがとうございます」
「ん」
頷いてまたグラスの酒を口にする。
それだけのことがいちいち絵になる女性であった。
別の店員が近づいて来た。
「サフィアさん、楽士の準備が出来ましたのでそろそろ・・・」
「わかった」
残りを一気に飲み干し、グラスをカウンターに置く。
「ごちそうさま」
女は席を立ってステージに向かった。
「あの花はどこへ行ったの あの日あなたが摘んでくれた花は
あの花はどこへ行ったの あなたが作ってくれた花のかんむりは
みんな消えてしまった あの花も
みんな消えてしまった 優しいあなたも――」
澄んだアルトの歌声が酒場に響く。
老若男女問わずその歌に聴き惚れているが、ステージかぶりつきに群がっているのは圧倒的多数の若い娘たちであった。
「キャーッ! サフィアさまーっ!」
歌が終わる。拍手と共に黄色い歓声が上がり、無数の花束が差し出された。
笑顔でそれを受け取ろうとして――その瞬間、切れ長の目が鋭く細められた。
「・・・!」
人差し指で素早く額に複雑な紋様を描くと、極々僅かに雰囲気が変わった。
右手の指輪の台座を90度回すとカチリと音がして、銀色のドレスが体にぴっちりあった青系統の胴着とズボンになる。
腰の剣帯には一見して業物とわかるレイピア。頭には白い羽根飾りの付いた帽子。肩からは短いマント。
再び黄色い声を上げる娘たちに微笑みかける。
「すまないね、キミたち。だが、どうやらボクの出番だ――!」
そのままひらりと(ファンの少女たちの頭の上を跳び越えて)ステージから降りる。
背中に浴びせられる黄色い声援と、「がんばれー!」といういくつかの応援。
片手を上げてそれに応えると、店内を駆け抜けて出口に消える。
彼女の名はサフィア・ヴァーサイル。
人呼んで"白百合の騎士"、緑等級冒険者にしてメットー随一の"
「待てっ!」
ステージから一瞬だけ見えた、酒場の前を通り過ぎた男――右手に血の付いたナイフ、左手に小袋を下げた男を追う。小袋の口からは、
黄金と宝石をあしらった首飾りがはみ出ていた。
男はちらりと後ろを見ると、更に猛然と走り始めた。
(――早い!)
恐らくは何らかの加護を得ているのであろう、夜の街を人並み外れた速度で疾走する男。
サフィアも全力で走ってはいるが、緑等級である彼女の脚力をもってしても、僅かずつではあるが離されていく。
歩みを止めず、またしても額に手をやる。
(――"
複雑な紋様を書き終えると共に、体つきが瞬時に変わった。
見るものが見ればわかる、戦闘ではなく瞬発力に特化した肉体。
競技者として完璧な筋肉のつきかた、そして先ほどとはこれも明らかに違う、短距離走者としての理想的なフォーム。
その二つをもって、サフィアはぐんと加速する。
「?!」
もう安心だろう、そう思って振り向いた男が目を見開いた。
ぐんぐんと距離を詰めてくる
このままでは間違いなく追いつかれる。
覚悟を決めて、男は立ち止まり、今度は体ごと振り返った。
腰を落として女剣士を睨み付ける。
女剣士もまた足を止め、抜刀した。
「大人しく縛につけ! 今ならまだ最悪の事態には至らないかもしれないぞ!」
剣を突きつけながら投降を勧告する。
無駄だとは思うが、やってみないわけにはいかない。
それは彼女が"
「うるせえっ! テメエなんぞ食ってやるっ!」
言うなり男の体が巨大化し、破れた服の下から剛毛が生えてきた。
「――《獣の加護》か!」
《獣の加護》。
戦闘に、狩りに、偵察に、力仕事にと用途は広く、軍や冒険者、あるいは農村などでは引っ張りだこの《加護》である。
「まじめに仕事をしていれば食い扶持には困らないだろうに。何かやらかして追い出されたかい?」
「ウるせえっ! ちょっト女をこマそうとしたダケで犯罪者扱いしヤガって!
コっちからおん出てやっタのよっ!」
言う間に男の体は1.2倍ほどの大きさになり、直立した狼のような姿になった。
周囲の野次馬が怯えて後ずさり、出来ていた人垣が1.5倍ほどの大きさになった。
「
「食ッテヤルゾ! 手足ヲ食ッテ、死ヌマデ犯シテヤル! 俺ハ選バレシ者ナンダッ!」
「慎んで御免蒙るよ」
剣を持った右手の人差し指で、素早く額をなぞる。
(――"
またしても体つきが変わる。構えからも先ほどまであった隙が消えた。
リアスやカスミが見れば感嘆の声を漏らしただろう。
それほどに見事な立ち姿だった。
「GRRRRRRWOOOOOOOOOOOO!」
咆哮と共に狼男が爪で殴りかかる。
文字通り野生生物に等しいそのスピードを最小限の動きでかわす。
「GYAッ!?」
同時にレイピアが閃き、狼男の片目を奪う。
「GWOOOOOOOOOO!」
怒りに吠える狼男がやたらめったらに殴りかかる。
それをひらりひらりとかわして突きを与えるサフィア。
腕。胸。顔。
次々に増えていく狼男の傷跡。
「GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!」
さばいて、さばいて、さばいて、さばく。
それを数十合も続けて街路にも無数の血痕が落ちたとき、サフィアが眉をひそめた。
「・・・ククク。気付イたか? 気付イたな?
そウだよ、オかしイよなア。これだけ傷を付けて、倒れてなイんだもんなア!」
「超回復能力か。伝説だと思っていたが、本当なんだな」
数十も付けたはずの傷は、狼男の体から一つ残らず消えていた。
最初に貫いた左目も、既に開いている。
「へへへ・・・怖イか? 怖イだろウ!?」
「やれやれ、良く喋る駄犬だね」
無感情に言いながら素早く額を指でなぞる。
(――"
数瞬相手の体つきを観察した後、すぐにもう一度額を指でなぞる。
(――"
「GRRRRRRWOOOOOOOOOOOO!」
それと同時に狼男が殴りかかってくる。
一撃。二撃。三撃。四撃。
連続攻撃に合わせて、再びレイピアによる突き。
先ほどの再現――ではなかった。
「・・・!?」
狼男が呆然とする。
だらん、と垂れた両手。力を入れて動かそうとしても、ピクリとも動かない。
その一瞬の隙を突いてサフィアが踏み込む。
レイピアが二度閃き、狼男が力を失って倒れ込んだ。
「ど・・・どウなってるんだこれハ!? ウごけ! ウごけよ!?」
サフィアが剣を振り、刀身についた血を振り払う。
狼男は手足をバタバタさせようとするが、モゾモゾと芋虫のようにうごめくしかできない。
「どうやら君の超回復能力は、あくまでも自然回復の延長線上にあるようだね」
「・・・!?」
「腱は自然に治癒しない、ってことさ」
訳がわからない、と言った風情の狼男に肩をすくめる。
これが彼女の加護、《
いくつもの自分をストックしておき、それぞれの自分を使い分けることで限りなく万能に近くなれる能力。
"
と、周辺がざわめいた。
「・・・?」
野次馬たちにならって空を見上げるとファンファーレが鳴った。
「これは・・・!」
「青い鎧!」
「青い鎧!」
「
歓声が響く。
王都の住人なら知らぬものとてないそのファンファーレ。
魔導街灯の光に照らされて夜空に浮かぶ、紅のマントを翻した蒼穹の色の騎士甲冑。
王都の最も新しい、最強のヒーローがそこにいた。
片腕には狼男より一回り大きい虎の獣人とずだ袋をぶら下げている。
青い鎧が着地し、手の荷物を放り出す。
深みのあるバリトンが面頬の奥から発せられた。
「腱を切って不死身の獣の動きを止めたか。お見事にござる」
「君ほどじゃないさ、"
「超回復能力と言っても体内のエネルギーを使って回復しているには違いなかろう。
なら動けなくなるまで殴り倒せばよい」
脳筋の極みのような戦術である。
「何ともはや」
サフィアが肩をすくめる。
青い鎧が面頬の奥で笑っているような気がした。
「それではこれはお任せする。少し急いでいるのでな。ああ、袋の中身はここからまっすぐ1kmほど先の宝飾店から奪われたものだ」
「あ、ちょっと待ちなよキミ・・・」
言い終わる前に、青い鎧は宙に浮かんで星空の彼方に消えた。
「やれやれ、せわしないことだ」
サフィアは苦笑した。
(――あれが本物のヒーローか)
羨望と共に青い鎧の消えた空の彼方を見上げる。
才能はある。力量も、運もあった。
その彼女が犯罪を撲滅しようと十年間戦ってきたよりも遥かに巨大な偉業を、それもたったの半年で成し遂げてしまった真の英雄。
(かなわないなあ。ボクなんかじゃ到底)
一抹の寂しさと悔しさと共に、サフィアは目を閉じた。
ヒョウエは青い鎧を解除し、とある山の中に転移した。例によって魔獣退治の依頼の途中である。
「おう、お疲れ」
「まあ簡単な事件で良かったですよ。怪我した人も軽傷でしたし。しかし――」
森の木々の合間から見える星空を見上げる。
(あれが"白百合の騎士"。メットー最強のクライムファイターか)
ヒョウエの力は、本人の研鑽もあるがオリジナル冒険者族としての強力な加護あってのものだ。
かたや彼女のそれは加護があるとは言え、全て自分の研鑽と修練によって積み重ねられたもの。
筋力も、敏捷も、魔力も、知力も、一切の強化はかかっていない。
最強の力を持って生まれたヒョウエは、生身の、純粋に自分の力だけで戦う彼女にいくらかの嫉妬と引け目を感じざるを得ない。
もちろんそれは傲慢だと、わかってはいるのだが。
「おい、どうしたよ? 足跡は見つけてるんだ、さっさと片付けようぜ」
「そうですね。ただでさえ時間がかかってますし、終わらせて夕食にしましょう」
そんな内心などおくびにも出さず、ヒョウエは快活な笑顔で頷いた。