毎日戦隊エブリンガー ~最強ヒーローの力で異世界を守ります~ 作:ケ・セラ・セラ
プロローグ「瀕死の急使」
「しろやぎさんから おてがみ ついた くろやぎさんたら よまずに たべた」
――童謡 やぎさんゆうびん――
「そう言えばヒョウエくん、あのぼうえききょうてい、だっけ? まだ続いてるの?」
「続いてますよ。そう簡単に終わるものじゃありません」
今日も今日とて依頼をこなした夕食の席。
あれから一週間ほど。特に民衆に告知があるわけでも式典があるわけでもなく、貿易交渉は続いている。
一部の瓦版などは概要を書いているが、さすがに国政に関心のある一般市民はこの世界では多くなく、売れ行きが悪いので当然のように話題にならなくなっていった。
むしろ復古軍の首都強襲という超弩級のビッグニュースが一般市民の間では持ちきりだ。
再び襲い来た空中要塞とレスタラ軍、それに対抗すべく集まった王国の精鋭とトップクラス冒険者たち。空中要塞を単身落として生還した白百合の騎士。そしてクライマックスとなった炎の魔神と青い鎧の一騎打ち。
既に吟遊詩人が彼らの活躍を歌にしており、気の早いところでは一連の騒動を劇にして上演しているところもあるらしい。
「ニカさんの酒場とか大変な事になってるんだっけ、サナ姉?」
「嬉しい悲鳴というやつですね。サフィアが歌うときはテーブルを全部取り払って、カウンター以外立ち見になっているそうですよ」
「この世界でライブハウスを見られるとは思わなかったなあ」
ヒョウエが苦笑する。まあ大衆は飽きっぽいものだし、数ヶ月もすれば元に戻るだろうがこれだけの大事件だ、数年くらいは話題が持つかも知れないなとも思う。
ちなみに日本の江戸時代の話だが、刃傷沙汰や大がかりな逮捕劇、心中事件などが起きると、数ヶ月はそれだけで話の種がそれ一色になったという。
現代と違ってニュースや娯楽が乏しい時代と言うことだろう。
「話を戻しますけど、交渉はあと何ヶ月か続いても不思議じゃないですし、ついでに言うなら多分今回で終わりでもないでしょう」
王族として叩き込まれた知識と前世の記憶を引っ張り出して、リーザの疑問に答えてやる。
モリィがうへえという顔になった。
「マジかよ、気の長ぇ話だな。何年かかるんだ?」
「何しろこの世界ではちょっと前例のない交渉ですからね。
二国間の貿易協定ならまだしも大陸五強が一堂に会して、しかも広い範囲で貿易協定を結ぶとなれば、それはいくらでも揉める種があるでしょうよ」
一例を挙げるならTPP、環太平洋パートナーシップ協定は2005年に交渉が始まり、参加国の追加や脱退を経て2018年にようやく締結・発効した。
11ヶ国間の交渉に実に13年もの時間を要したわけで、この世界で同様のものを作るとなれば、どれだけの時間がかかるかしれない。
「まあ全権大使をやりとりしての交渉は二年以上続いていたそうですし、今回である程度形はできるかもですね。
伯父上は今回で成立させたがってるようですが、どうなりますやら」
「交渉というのはそれほど時間がかかるものなんですの?」
リアスの質問。
一瞬貴族としてどうかと思うが、経済官僚でもなく軍人貴族ならこんなものかなと思い直す。
「戦争に置き換えてみて下さい。たとえばディテクとライタイムが戦争をしたとして、どちらかが相手にある程度要求を呑ませられるだけの優勢を確保するまで続くとしたら、一月や二月で終わると思います?」
「・・・無理ですわね。どちらかがよほどの失策をするか、それこそレスタラの空中要塞のような何かがあれば別ですが」
「そういうことです」
リアスに頷く。
戦争や戦いの話に置き換えると割と理解が早いのが最近わかってきたヒョウエである。
そんな彼を、カスミが尊敬の目で見つめていた。
「けどあたしらに関係のある話でもねえだろ?」
「まあそうですね。基本的に関係するのは税吏と商人、後は農民とか鉱夫とか職人とか、まっとうに働いてる人たちだけでしょう」
「あたしらまっとうに働いてない人間には関係ないわけだ」
にひひ、と笑うモリィに肩をすくめて見せる。
「そう言う事です――もっとも、商人の往来が盛んになれば護衛の冒険者の仕事も増えるかも知れませんけど、僕達には余り関係ない話ですね」
「護衛の仕事は金にならねえからなあ」
「そうなのですか、モリィ様?」
エブリンガー以外で活動したことがないので、実は冒険者一般にはうといカスミが聞く。今度はモリィが肩をすくめた。
「とにかく拘束期間が長いからな。最低でもコーストとかトラルとか大きな街までずっとだし、その割に一日あたりの報酬はショボいんだよ。飯には困らないから、駆け出しの頃はありがたい仕事なんだけどな」
「はー・・・」
食事その他を現物支給するので、その分更に報酬が安いとも言う。
ゴブリン退治や狼の駆除と並んで、駆け出し冒険者御用達の仕事だ。
もっとも、山賊でも凶悪な相手にはそうした赤等級冒険者などは気休めにしかならないのだが・・・
食事がもうすぐ終わりそうになった頃、リーザが真剣な顔で額のサークレットに手を触れる。
同時にサナが目を閉じて精神を集中した。
「ヒョウエくん!」
ヒョウエが無言で頷き、口の中のものを飲み下す。
「どうやら僕の出番ですね」
傍らの杖に手を伸ばすと、その姿がふっと消えた。
太陽が地平線の下に消えようとする街道。
周囲には既に暗闇が忍びよりつつあり、歩いている旅人の姿はない。
旅人の姿は。
「ちっ、てこずらせやがって」
「ぐ、うう・・・」
血だまりと共に地面に転がるのは急使らしい男。
その背には矢が二本。
日没で城門が閉まる前にメットーの中に入ろうと急いでいたところを野盗に襲われたのだろう。
その周りを囲むのは野盗らしき数人の男。
近くでは彼が乗っていた馬が暴れるのを押さえ込もうとする野盗の仲間の姿があった。
「なんだあ? ろくに持ってねえじゃねえか」
急使の持っていたかばんを広げて、失望の声を上げる野盗の頭。
こうした急使は手形や宝石類などを運んでいることがあり、それを狙って襲ったのだろう。
だがかばんの中に入っていたのは厳重に封をされた装飾を施した小箱・・・重要な手紙などを入れるための文箱(ふばこ)だけだった。
「まあ、こいつが何かによるな・・・」
こう言う訳ありのものを買い取ってくれそうな故買屋の顔を思い浮かべ、封を切り開こうと腰からナイフを抜く。
そこで頭は鬱陶しそうな顔になって足元に視線を落とした。
「か・・・えせ・・・」
急使が頭の足首を掴んでいた。
あと数十分ももたないような状態でなお自分の使命を果たそうとする急使。
だがそれも盗賊にとっては鬱陶しい死にぞこないでしかない。
「るせえ、とっとと死ね!」
抜いたナイフを逆手に持ち替え、振りかぶって急使の背中に突き刺そうとした瞬間、頭領の動きがぴたりと止まった。
周辺にいた他の野盗も。そして馬までもが動きを止めて空を仰ぎ見る。
急速に光を失っていく空の中にも鮮やかにひるがえる真紅のケープ。
深く透き通った光をたたえる青の騎士甲冑。
ファンファーレが鳴った。
少なくとも彼らは確かにそれを聞いた。
奏でるものなどいなくとも。
そこがたとえ荒野のただ中であっても。
ヒーローは、ファンファーレと共に現れるのだ。
青い鎧は急使に駆け寄って傷口に手を当てた。
既に周囲の野盗どもはうめき声一つあげず気絶している。
メットーから離れた場所で活動していたために青い鎧の目を逃れていた彼らも、ついに幸運の種が尽きたというところだろう。
あるいはリーザの能力が更に拡大しつつあるのかも知れない。
「ぐ、うう・・・」
「動きめされるな。傷は深いぞ」
青い鎧の手から強力な魔力が放たれ、急使の全身を覆う。
治癒の魔力が全身を駆け巡り、傷口をふさぎ、失われた血液を補填する。
急使の顔にも血の気が戻ってくるが、もとの出血が激しい。
しばらくは動けないだろう。
「こ・・・これを・・・」
「これは・・・?」
右手の文箱を差し出す急使。
気絶させられた頭領が落としたものを、瀕死の状態ながら這い寄って拾い上げていたらしい。
「あ、青い鎧・・・あなたに預け・・・どうか・・・」
青い鎧がその手を文箱ごと握ると、急使は安心したように意識を失った。
慌てて脈をとり、呼吸もあるのを確認すると青い鎧は安堵の息をつく。
(さてどうしたものか)
"
軽々しく使うことはできなかった。
(やむをえないか)
溜息をつくと、馬に近づいて鞍の上に急使をくくりつける。
右手に馬、左手に野盗達十数人をひとまとめにして持ち上げると、青い鎧は飛び立つ。
メットー目がけて飛ぶ青い鎧の後ろで太陽が地平線に没し、周囲は闇に包まれた。