毎日戦隊エブリンガー ~最強ヒーローの力で異世界を守ります~ 作:ケ・セラ・セラ
微笑む
その笑みを覚えている。
その美しさ、やさしさを覚えている。
病に伏せる直前の、死ぬほんの半年ほど前の母。
元気で美しかった最後の頃の母だ。
「母上・・・」
かろうじてそれだけを口にした。
カスミがその顔を見上げ、それからもう一度ローラを見た。
母親似なのだろう、顔だちも、長く伸ばしたつややかな黒髪もとても良く似ていた。
「どうしました、ヒョウエ。あなたがそんな顔をするなんて珍しいですね」
「ヒョウエ様は色々とやんちゃでいらっしゃいますからね。強情っぱりも大概になさいませ」
微笑む母。隣の女官――リーザの母でヒョウエの乳母――が口を出して、二人で笑う。リーザも笑った。後ろに控えるサナも、僅かに口元をゆるめている。
「それでヒョウエ、そちらのかわいらしいお嬢さんはどなたかしら?
離宮では見ない顔だけれども」
「え・・・」
カスミが僅かに目をみはった。
カスミの知る限り、多くの貴族は使用人を基本「いないもの」として扱う。
明らかに使用人の服装である少女に屈託なく話しかけたり、「お嬢さん」扱いしてくる貴人というのは――自分の主人を除けば――初めてだった。
「ニシカワ伯爵家のご令嬢に仕えるカスミです。ご令嬢とはぐれてしまったようで・・・カスミ、こちら僕の母上のローラ。乳母のマーサとその娘のリーザ、奥がお付きのサナ」
「よ、よろしくおねがいします」
どのように接すればいいかわからず、とりあえず普通の貴族に対するように頭を下げる。
「戸惑うわよね、よそと違って。でもカスミちゃん、この方はそういうのが普通だから、そういうものだと思いなさい」
乳母のマーサが笑う。リーザを大きくして恰幅を良くすればこんな風になるだろうか。
ローラもつられて笑った。
「どうもね、あの人に見初められて大公妃なんてやってるけど、元々が自分でつくろい物もしなきゃいけない貧乏貴族の娘だったのよね。余り堅苦しいのは肩がこるのよ」
「は、はあ」
カスミとしては何と返事をすべきかもわからない。
「まあ、こう言う人なので諦めて下さい」
自分の母親に初めて会う人間は大体こうなる。ヒョウエは苦笑して肩をすくめた。
本人が言った通り、ヒョウエの母は下級貴族の出身だ。
よく言えば融通無碍で天衣無縫、悪く言えば天然ボケな人で、ヒョウエの父とは互いに一目惚れし合った、大恋愛の結果の結婚であった。
ヒョウエ自身も子供の頃「いやあ、下手をすれば王位継承権を取り上げられるところだったんだよ」と父親が大笑いしているのを聞いたことがある。
母親は一緒に笑っていたが、周りの人間が揃ってこわばった笑みを浮かべていたのも。
リーザやモリィなら、この親にしてこの子ありと溜息をついただろう。
ただ、こう言う母親だからこそヒョウエが歪まずに成長できたところはある。
ヒョウエが生まれた時点でオリジナル冒険者族だということは判明していたし、彼らが強力な《加護》を持つと共にしばしば奇行に走る問題児であることも知られている。
何より彼らは腹を痛めた子供でありながら、同時にこの世界の存在ではない「誰か」でもあるのだ。親兄弟から不気味がられて疎遠になる事は少なくない。
(逆に利用価値のある「道具」として扱われることもあるが、大概の場合は逃げられたり反抗されたりしてひどいことになる)
が、ローラはそんな事を全く気にしなかった。
ヒョウエが奇行に走ろうとも、大人のようなしゃべり方をしようとも、我が子として慈しみ育てた。
今にして思えば、そうした母の態度には随分救われていたと思う。
向こうと全く同一人物としてこの世界に出現する転移者と違い、ヒョウエのような転生者は前世の記憶と意識を受け継いでいると同時にこの世界で生まれた赤ん坊でもある。
赤ん坊の精神と大人の知識を併せ持ったアンバランスな存在なのだ。
人にもよるが、大抵の転生者はこの両者を統合するのにそれなりの時間がかかる。早くて物心ついたとき、遅ければ思春期終わり頃。
ヒョウエは生まれた時にオリジナル冒険者族だとわかっていたし、転生者としての記憶や自意識を持ち始めたのもかなり早くからだったから、周囲とはどうしても壁があった。
父親もヒョウエを息子として愛してはくれたが、それでも僅かにはばかるところがあったから、赤ん坊としてのヒョウエが素直にのびのびと育ったのは多くが母のおかげだ。
もっともリーザなどは「素直にのびのび育ちすぎ!」と文句を言うかもしれないが。
(・・・ですが)
ヒョウエはそんな母親に何も返せなかった。
抱きしめてくれた腕が熱を失い、泣きじゃくる涙をぬぐってくれた手が動かなくなるのを指をくわえてみているしかなかった。
溢れんばかりの才能があるとは言え術師としてはまだ未熟だったヒョウエには、医神の神官たちも太刀打ち出来ない難病をどうすることもできなかった。
(得意な念動や物質変性ばかり学ばず、治療の呪文を集中して学んでいれば・・・)
ひょっとして母親を救えたのではないか。
今笑っているように、現実の世界でも母は笑っていられたのではないだろうか。
いくら考えても意味のないその考えを、ヒョウエは捨てきれない。
当時は本物の貧民街だったスラムでの炊き出しの帰りに倒れた母。
珍しい病気だった。
医神の神殿の診断記録にも僅か数例しか残っていない難病。
治療法は不明。かかって生き延びた者はいない。
どこがどう悪くなったわけではない。
ただ当時医術の心得がなかったヒョウエにも、タガのゆるんだ木桶のように、母の命がどんどんしみ出してこぼれていくのがわかった。
それでも母は美しかった。
血色の失せた頬で、もうろくに見えていないだろう目でこちらを見た。
父と二人で手を握ると微笑んだ。
「あなたたちは、体に気を付けてね」
それが最後の言葉だった。
父が泣くのを初めて見た。サナの涙を見たのも、多分あれが最初で最後だった。
その後のことは良く覚えていない。ただ、リーザと一緒に沢山泣いたと思う。
「なあに。泣いているのですか、ヒョウエ?」
「泣いていません、母上」
涙は頬を伝っていない。
だが、ローラは立ち上がってヒョウエを抱きしめた。
「泣きたいときは、泣いていいのですよ」
「もう、沢山泣きましたから」
笑顔。
いつの間にかヒョウエの身長は母親より高くなっている。
母を抱きしめ返し、そっと離れた。
「行くのですか」
「友達が待っていますから」
ローラが眼を細めて微笑む。
「もう逃げてはいけませんよ」
「はい、決して」
決意を込めた表情でヒョウエが頷く。
ローラも微笑んだまま頷く。
「ではお行きなさい――ヒョウエ」
「はい、なんでしょう母上」
「大きくなったあなたを見れて嬉しかったわ」
「え・・・」
ヒョウエが目を見開く。
「そうそう。私が死んだことをあんまり気に病んではいけませんよ。どうしようもないことだってあります。
元気でね、わたしのかわいいヒョウエ」
母上、と叫ぼうとして白い光が周囲を塗りつぶす。
気がつくと、二人は宮殿のどこかの廊下に立っていた。
「・・・母上」
伸ばした手が空を掴み、ヒョウエがうつむく。
カスミにはしばらくそうしていたようにも思えたが、実際には短い時間だった。
振り向いたときには、もういつものヒョウエの顔。
「それじゃ行きましょうか」
「・・・よろしいのですか?」
「言ったでしょう。友達が待っていますからね」
ヒョウエが笑う。とくんと、カスミの心臓が少し跳ねた。