毎日戦隊エブリンガー ~最強ヒーローの力で異世界を守ります~ 作:ケ・セラ・セラ
二人の前に記憶の情景が広がる。ハーディの記憶だ。
父親が「いなくなった」後、住んでいたところを引き払った。
幸い父親の芸人仲間だった人が拾ってくれて、しばらくはそこに住めた。
必死で技術を磨き、少しずつ自前での稼ぎも増えていく。
二年ほど世話になってから独立した。
「いっそうちの子にならんか? うちには息子しかおらんしな、女の子がいると賑やかでいい」
「いえ・・・ありがとうございます。でも、家族で住みたいんです」
「そうか・・・」
家主には引き留められたが、それでも妹たちと三人で住みたかった。
家主の紹介で小さな集合住宅を借り、新しい生活を始めた。
そのころからだ。
悪魔のバイオリンが父の声でしゃべり始めたのは。
『ハーディ・・・痛い・・・苦しい・・・』
父親が死んだときのことをハーディは覚えていない。思い出そうとすると激しく頭が痛んだ。
妹たちは父親がただいなくなったと言ったし、ハーディもそれを信じた。
だが親切な家主に引き取られて以降、時折『悪魔のバイオリン』がこちらをじっと見ている様な気がした。
引き取られて一年経った頃には、目をぎょろりと動かしてこちらを見るようになった。
妹たちにそれとなく聞いてみても、自分以外にはそれは見えないようだった。
親切な家主の家を出たのも、そうした不安から逃げ出すためだったかもしれない。
バイオリンの悪魔を見られたくなかったのか、悪魔に取り憑かれた自分を見せたくなかったのか、それはハーディ自身にも判然としなかった。
『ハーディ・・・俺の体を・・・体を返してくれ・・・はーでぃ・・・』
(わからないよ! 父さんは死んだだろ! 死んだ人間は生き返ったりしないだろ!)
「・・・!」
それを見ていたヒョウエとカスミがハッと目を見開いた。
ハーディは父の死んだところを覚えていない。
そして妹たちからは父がいなくなったとしか聞いていない。
にもかかわらず、今ハーディは父が死んだと言った。
無意識ではわかっているのだ。だがわかりたくない。自分が人殺しで親殺しだと理解したくないから、記憶にふたをしている。
『生き返らせろ・・・俺を生き返らせろ・・・』
(できるわけないじゃないか! 僕は神様じゃない!)
バイオリンの悪魔が語りかける。
この世界でも"
だがそれを実際に習得した人間を見たというものはほとんどいないし、それが行使されたという記録も四千年の歴史の中でほんの十数例しか存在しない。
実質伝説の中の存在と言って差し支えない。
だがそれでも悪魔は執拗だった。
『殺せ・・・溶かせ・・・俺をそうしたように・・・人の血を、体を集めて俺を甦らせろ・・・』
(溶かすってなんだよ! 訳がわからないよ!)
そんな風に悪魔から語りかけられる日々が半年ほど続いた。
「これは・・・」
だが、それを外から見ているヒョウエとカスミにとっては違った。
「殺せ・・・溶かせ・・・俺をそうしたように・・・人の血を、体を集めて俺を甦らせろ・・・」
憑かれたような表情でくぐもった声でしゃべるハーディ。
「溶かすってなんだよ! 訳がわからないよ!」
頭を抱えて、素の声で叫ぶハーディ。
父親の声でしゃべるバイオリンの悪魔も、ハーディも、どちらもハーディだった。
「これは・・・一体?」
戸惑うカスミ。
答えてやりたいが、コアを押さえ込もうとしているヒョウエにはその余裕がない。
(二重人格とは。であればあの怪人も・・・)
ヒョウエの予測通りに過去は進む。
『ハーディ・・・お前の・・・』
「えっ」
最初は手がぴくりと動くだけだった。
次第に手、肘、肩と勝手に動く部分が増えていった。
『ハハハハハ! ハハハハハハ!』
ついにある日、体が全く言うことを聞かなくなった。
勝手に動いて「何か」をしようとした。
「やめろ! やめろぉっ!」
その時は叫んだ拍子に体を取り戻す事ができた。
(あいつは・・・やっちゃいけないことをやろうとした・・・)
それだけははっきりとわかった。
同じ事が繰り返され、そのたびに体を奪われる時間が長くなった。
(いけない、このままじゃ・・・あいつを止めないと・・・でも・・・)
何度か自殺を考えもした。だができなかった。
自分は兄だ。妹二人を残してはいけない。
悩む間にも悪魔――もう一人のハーディの浸食は進んだ。
『ハーディ・・・お前のつとめをなすのだハーディィィィィ・・・!』
(だめだ! それはやっちゃいけない!)
そしてある日それは限界を超えた。
バイオリンの悪魔が怪人の力を引き出し、肉体を変質させる。
その姿は紫色の微細な鱗に覆われた、額に一本角の生えたトカゲ人間。
瞳孔のない瞳、ひょろりとした手足と体、そして右手の人差し指から一本だけ伸びた、湾曲したナイフのような鋭く長い爪。
そのまま街路を走った。
誰もハーディに気付かなかった。
あっという間にスラムに入り込み、しばらく獲物を物色する。
女性を一人見つけた。どこか母に似た匂いがした。
襲いかかる。
鋭い爪が腹部をたやすく切り裂き、女性は悲鳴を上げて倒れた。
『命・・・俺の命』
ハーディではないハーディがとどめを刺そうとする。
殺して、溶かして、それを啜ろうとしているのがわかった。
(やめて! だめだ!)
ハーディが悲鳴を上げた瞬間、体の動きが止まった。
爪を振り下ろそうとする体と、それを止めようとする心と、二つの意志がしばらく拮抗する。
ちぃん。
その決着がつく前に、澄んだ音がして爪が弾かれた。
(ジャリーさん!?)
貴族のような衣裳に黒びろうどのマントの伊達男。
それが恐ろしく真剣な顔でナイフを構えている。
ハーディが驚いた隙に、悪魔が体の制御権を取り戻す。
激しい打ち合い。
常人では対応しきれないだろう速さと不可視の体、そして武器のリーチのハンデがあってなお、ジャリーは怪人と互角に打ち合っていた。
たがいに武器がかするが、ジャリーのナイフでは怪人の体表面を滑るだけでダメージを与えられない。一方で怪人の爪も薄皮一枚を切り裂くだけ。
十合ほど斬り結んだだろうか、ジャリーのナイフがへし折れた。咄嗟に掲げたギターのネックも一撃で砕ける。
好機とばかりに踏み込もうとして、いきなり怪人の体にひどい苦痛が走った。
見ればジャリーも胸を押さえて後退している。
「ぐっ! やはり、近づくと・・・」
「・・・? グガッ!」
舌打ちのような動作なのだろう、一声唸って怪人が跳躍してその場を逃れる。
苦痛の走る体を押してジャリーが女性の応急処置を始め、遠くから足音が聞こえた。
その後も、何度も悪魔はハーディの体を乗っ取って人を襲った。
そしてそのたびに、かろうじてハーディは人死にを防いだ。
(止めて・・・誰か僕を止めて・・・)
コアがふっと抵抗を失い、ヒョウエの手の中で凝固する。
目を開くと、数メートル先にハーディが浮かんでいた。
「ハーディ」
「そういうことなんだ。ごめんね、ヒョウエくん。チャンスはあったのに、僕は悪魔を、もう一人の僕を止められなかった。僕に代わって僕を止めて・・・殺して欲しい。
もうどうしようもないんだ」
ハーディが寂しそうに笑う。
ヒョウエが肩をすくめた。
「かまいませんよ。体内のヴィラン・コアはギルドに売り飛ばしてひともうけ、
妹さんたちは僕の屋敷ではべらせて愛人にして、飽きたら娼館に売り飛ばしますから」
「えっ」
ハーディの顔が引きつった。
くすくすとヒョウエが笑う。
「馬鹿な事を言ってないで、まずは生きることを考えて下さい。
妹さんをどこかの男の愛人にはしたくないでしょう」
「そ、それはそうだけど・・・」
ぱちん、とヒョウエがウィンクをした。
「まあこちらでも色々やってみますので、そっちもがんばってください。
案外どうにかなるかも知れませんよ」
「・・・うん、そうだね。ありがとう、ヒョウエくん。何とか頑張ってみるよ」
「その意気です」
手の中に硬い感触。
それと同時にハーディの姿と、周囲の闇がかき消えた。