長い髪というものは面倒臭い。
かわいくあるために毎日ヘアケアして気を使うということは、たとえ長かろうが短かろうがしなければならない。しかし、断然短い方が時間もかからない。
シャンプーも長いよりかは減りが遅くなるし、リンスやトリートメントだって楽になる。
強風に吹かれて、髪同士が絡まってしまうことだって減る。それを梳かして解く手間だって無論だ。
変なところで髪が引っかかることもないし、自分で押さえてしまっていることに気づかず、引っ張られて首を痛めるようなこともない。
長い髪というものは本当に面倒臭い。
「けど、僕は好きだけどね、その髪」
彼はなんともなく言った。
私の髪を掬いながら、慈しむような目で。
「君の髪は柔らかく、艶もある。君の努力家な性格がよく表れている」
称賛する嘘偽りのない言葉に、私の嫌味な心が私より先に返答を用意した。
「毎日のお手入れは当たり前でしょう」
「その当たり前をしっかりと行っているからこそ、この美しい髪ができあがっているんだろう?」
彼は一切の間もなく返した。私の卑屈を拭うように。
悪戯を楽しむ子どものような口調だった。けど、それは決して元気づけるための世辞や慰めのための文句ではないこともまた、私は理解していた。
「ありがとう。けど、私の髪を勝手に結うのはやめてくれないかな」
「ええ、今更?」
冗談混じりのように笑いながら言う彼に、私はさも当然と言うように返す。
「何度も言ってるはずだけど、私の髪で遊ぶなって」
同じ内容を幾度も口酸っぱく言っているはずだが、彼は聞く耳を持たない。長い間この関係でいるせいだからか。
「幼い時からずっとやっていることだし、別にいいだろう?」
彼は悪びれることもない様子で言った。
その発言に私は思わずため息をつく。呆れが促したものだ。
しかし私の髪を結う時の彼の笑みを見てしまえば、それ以上は言えなくなってしまうのも事実だ。
その彼は、2度と私に微笑みかけてくれなくなった。
不慮の事故が彼の命を刈り取った。
私の内側に芽生えた小さな花。伝えたかったその名を伝えられないままに、誰にも見せることなく摘み取られた。
最も伝えたかったその名を唯一聞く者が、意思なき災いに奪われた。
何故。微かなその想いだけが、荒涼の平野に残された。
今日、私は髪を切った。
私1人しかいない薄暗い部屋の中、不慣れな鋏で断髪した。
鏡に写るやけにすっきりとした首周りが、未だ見るに慣れない。
けれど、ああ、やっと…楽になれる。