私は外に出たことがない。
ずっとずっと、この家の中にいる。いわゆる引きこもりというものなのだろう。
けど別に、何か嫌なことがあったからでも、辛いことがあったからでもない。私はいい子だから外に出ない。
昔々に、お母さん…いや、お父さん?忘れたけど、とにかく言いつけられた。
「絶対に外に出てはいけないよ」
なぜ、ともちろん尋ねた。けど答えはあいまいで、煙に巻いたようなものしか得られなかった。けどそれでも私は、とにかく外に出ることはあってはならないことだけは理解できたから、理由なんて知らないけど外に出ていない。
ずっとずっとこの中で、ずっとずっと変わらない日常を生きている。
私がこの中で生きることに、特に不自由はなかった。
ご飯は食べられるし、お風呂も入れる。退屈したら本を読めばいい。本の世界はこの世界の延長。知らない世界の追体験。それができるから本を読む。だから退屈しない。寝ることだって、制限されていない。
外に出られないだけで、私が自由であることにはなんの疑いようもない。だから外に出ることは、必要ですらなくなった。
最初は正直興味があった。ここじゃないところはどんなところだろう。海、山、ビル、カフェ、それらは一体どんなところだろう。そう思っていた。
けどいつしかそれらに対する興味は薄れた。だって別にどうでもいいから。どうでもよくなったから。
だから私はもう出なくていい。この家の中の世界だけで十分。
そんなある日のことだった。
私がいつも通り本を読んでいた時のことだった。私が読み終えた本を棚に戻そうとしたとき、壁の一部が綻んでいることに気づいた。
その綻びはとても小さくて、きっと次の本を手に取ったらもう見失ってしまうんじゃないかって思うくらいに目立たない。けど今だけは、それに興味が持てている。
私はその興味と好奇心のままに、綻びに指をそっと置いてみた。
私の指先に簡単に隠れてしまったそれは、小さいながらも確かな綻び、この空間にできた欠陥、世界の欠落ということを如実に物語っていた。
そんな矮小で脆弱で、しかし雄弁な綻びを、爪でそっと掻いてみる。
なんでそんなことをしたのかわからない。けど私の行いはきっと、わずかにくすぶっていた外への関心が引き起こしたものだったのだろう。
すると途端、その綻びを中心に亀裂が走る。それは瞬く間に拡大し、棚をも侵食し、床をも飲み込み、この家すべてが切り刻まれていく。
困惑もつかの間に、その亀裂の先…綻びが作り出した穴の先から光があふれ出てきた。
あまりの眩しさは目を焦がすかのようだったが、しかしその光は眩いと同時に優しく温かかった。
私は意を決して、穴へ手を伸ばす。直感していた。その先はきっと外だと。同時にそれは言いつけを破ることだと。
けど、私はそれでも、この興味に純朴でいたかった。
だから、私はあの先へ、一歩踏み出す。
穴をくぐり抜ける、その先。
私の体は光に包まれ、一瞬目を伏せる。
そうか。
家とは、世界。
本とは、記憶。
言いつけとは…呪い。あるいは、宿命。
宿命とは、死。
つまりこれは、反旗。
運命への反逆。
次に目を覚ますと、目の前には白い天井が広がっていた。
エヴァ好きな人入院したら知らない天井やりがち(経験談)