へんたい賢者はメイド幼女に踏まれたい   作:ももいっぷ

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ふたりのたからもの

 

「わぁ――――」

 

 

 藪を抜け、開けた視界に現れたのは大きな湖。

 きらきらと輝く水面に反射するのは、木漏れ日だけじゃない。湖の中央に聳え立つ一本の大きな木が、その身に着けた桃色に輝く花びらを鮮やかに散らしていた。

 

「きれい……」

「この木は桜って言うんだ。この時期、僅かな期間にしか花を結ばないんだよ」

「さくら……」

 

 目の前の湖に負けないくらい、両の目をきらきらさせながら惚けるアリスちゃん。

 ほっぺをそっとぷにる。ぷにぷにぷにぷに。

 どうやら気付かないようだ。今ならぷにり放題超大漁! でもあんまりやると気付いた時に噛まれるので、ほどほどにしてそっと指を離す。

 

「……」

「……お宝じゃなくて、ちょっとがっかりした?」

 

 アリスちゃんが見つけなかったら自分で案内しようと思っていたんだけど、この場所こそ今日の目玉なんだよね。

 

 あまりにも惚けているものだから、もしかして気に入らなかったんじゃないかと心配になる。

 ……彼女が憧れていた外の世界は絵本の様に、敵をばっさばっさ倒して世界を救う英雄モノ。

 だからこそ、現実との差に落胆してしまったんじゃないだろうか、とか。

 

 エルフ基準とはいえ、まだ幼い彼女を危険に晒すわけにはいかない。でも滅多に自分から「お願い」をしない彼女の願いを叶えたかった。

 振り返ってみると魔物との戦闘くらい見せてあげればよかったなとか、でも何か怪我したらどうしようとか、やっぱり色々なことを考えてしまうけど……。

 

「なにをいってるんですか」

「へ?」

「こんなにすてきなけしき……ごしゅじんさまがいなかったら、きっと一生みれませんでした」

「あはは。一生は言い過ぎじゃないかな」

「いえ」

 

 そう言ってこちらを振り返ると見えるのは、花が咲くような満面の笑み。

 桜の花びらを反射して桃色に輝く水面を背に、アリスちゃんはしっかりとぼくを見据える。

 

 

「それくらい、うれしくて――――わたしにとってこのけしきが、なにより大切なおたから……です」

 

 

 ……誰が言ったか、黒髪は不吉の象徴だなんて。

 こんなに無邪気な笑顔を浮かべる少女を前にすれば、みんな……そんな誤解も吹っ飛ぶのになあ、と。

 

「……あの、なにかいってくれませんか」

 

 ぼくが黙っていると、気恥ずかしそうに俯きだすアリスちゃん。

 そうだなあ。うん、こういうところでビシっとお返しの台詞を決められるのが、立派なごしゅじんさまってところなんだけど。

 

「アリスちゃん」

「は、はい」

「踏んで欲しい」

「……」

 

 わあ、すごい顔してる!

 

「違うんだよ! これには立派な理由があってね!」

「そうですか。へんたいですね」

「桜の木は周囲の魔力を吸って輝くんだ! 魔法をかけたアリスちゃんはまだ大丈夫だけど、自分には忘れてて……」

 

 桜の木は周囲の魔力を吸って、吸う毎にその輝きを増す。だから生き物が、魔物すら近付こうとしないわけで……。

 ギルドが出した試験的な政策によりここに植えられた桜の木は、その実力をいかんなく発揮。その結果が今日の魔物不足。

 

 人体に与える影響はといえば……普段なら気にならないけど、視界に映るほどの距離にいるぼくたちは結構吸われてる。

 だから何が言いたいかって言うと、これは仕方のない要求なんだよっていうこと!

 

「合法ふみふみ、ばんざい!!」

「はぁ……ほんとうに、しかたのないへんたいさんです」

 

 そう言うと、アリスちゃんはぼくの前まできて、しゃがむように合図する……えっ、いいの!?

 なんてことだ。まさか本当に踏んでくれるなんて! 座して待つ!

 

「……め、とじててくださいね」

「目? でもそれじゃあ、アリスちゃんのおみ足が」

「とじててっ」

「はいっ!」

 

 なんだなんだ、今まで聞いた中で一番語気が強かったよ!

 思わずぎゅっと目を瞑ってしまう。

 視覚から魔力を補給する方法は絶たれたけど……まあいいさ。なんてったって、それを除いてもお釣りが出るくらい、最高のご褒美を得るのだから。

 

「ぜったい、なにがあっても、あけちゃだめです」

 

 ぼくが無言で頷くと、暗闇の向こうからこくん、と小さく息を呑む音が聞こえて……。

 それから少し間をおいて、つん、と。

 

 ぼくの唇に何か柔らかく、温かいものが触れる――

 

「……へっ!?」

 

 何が起きたか分からず、ついつい目を開けてしまうと、そこにあったのはアリスちゃんの――――指。ゆ、指……?

 

 困惑するぼくの瞳をじっと見つめて、可愛らしい小さな人差し指をぼくの唇に当てたまま。

 彼女はくすっと、いたずらっぽく微笑んだ。

 

 

「おかえし、です」

 

 

 

 

 ――桜の木は不思議な生態を持つ植物だ。

 

 一年のうちわずかな期間、一定の時間にしか実を結ばない植物はしかし、周囲の生物から魔力を吸い取ることで輝きを増し、それに釣られた他の生物さえも餌にする。

 

 しかしそんな桜の木にだって、限界はある。

 

 自然界ではまず起こり得ないことだけど、例えば……吸っても吸っても吸いきれないほどの、瞬間的に発生した爆発的な魔力を受けた時、かの木はしめやかに爆発四散する。

 

 そうして四方八方に飛び散った欠片たちは、最後にこれでもかと己の存在を主張するように輝き、尽きる。

 

 暗い森にきらきらとそれらが舞う様はまるで、夜空に流れる星のようだなあと――ぼくと、たぶんアリスちゃんも、空を見上げてそう思った。

 

「怒られるだろうなぁ……」

 

 まあ、でも。

 それでも、いいか。

 今はまだ、ぼくが彼女の隣でこの笑顔を独り占めすることをどうか、許してほしい。

 

 これがぼくだけの、「たいせつなおたから」なのだから。

 

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