ぶっちゃけ深く設定してないから、深く考える必要は無い。
ここは地方の、さらに外れの町である。夜になれば周囲はとても暗くなる。家々の明かりは消え、眠りについた町は、ぽつぽつと間隔を開けて辛うじて灯っている街灯だけが頼りだ。
だから空を仰げば、満点の星空が目に飛び込んでくる。デネブ、アルタイル、ベガ。一般にも有名な夏の大三角が、月の無い今日は一等輝いて見えた。
だから、というのも、冷静に考えてみれば不思議な話だ。周りに人口灯が溢れていようと、いなかろうと。月の輝く夜も、隠れる夜も。星空は変わらずそこに在って、私の目に映らなくとも位置が変わっている訳でもない。いや、何光年がうんちゃらかんちゃら考えれば、今いる位置は変わっているのかもしれないが。
ともかく。
夜中の零時、少し過ぎたところで。
私と博麗は、例の廃品置き場に徒歩で来ていた。空を飛んで連れていけ、と博麗に言われたが、生憎複数人での飛行は試したことが無いので、安全を重視して、そうなった。
何も食べていないが、私は問題ない。博麗はどうだろうか。
無機質な板囲いを超えて、ゴミの山から飛び出た木片や金属パイプを避けて、壊れたブラウン管テレビがあった場所へたどり着く。
「え」
しかし、そこにブラウン管テレビはなく、無造作に置かれた裂け目だけがあった。ポンッ、と空中にある裂け目は周囲の風景に全く馴染んでおらず、端的に言うとめちゃくちゃ浮いていた。横に回って見てみると、厚さ1mmの黒い縦線みたいになってた。雑ぅ。
おそらくここを通ってこいということなのだろう。博麗をちらりと見やってから、私は裂け目に飛び込んだ。移動した。
少女移動中......。みたいな間はなく、チャンネルを切り替えたようにピッ、っと世界が変わった。いや、だから雑ぅ......。
目玉模様がたくさんある床、壁、天井。ソファと、そこに座る八雲紫。
「よく来たわね」
「なんか適当じゃなかったか?演出が大事だとか言ってたよな?」
「あの演出、普通に面倒臭いのよ」
「あ、そう」
「こっちの方がいいじゃない。Skipできるなら最初からSkipボタン置いときなさいよ」
この辺に、と自身の右上らへんをくるくる指差す博麗を無視して、もう一度周囲を見渡す。数時間前と特に変わったところはないように思える。準備がある、みたいなことを言っていたが、なんだったのだろうか。
「うん、お嬢さん、いい感じに清廉になっていますね。お見事です。一応確認しておきますが、お化粧はしていませんね?」
「生まれてこの方したことないわ」
「そう。それは素晴らしい。霧雨魔理沙。あなたも、シャワーを浴びてきたかしら」
「え、おう。......いや、私はいいだろ」
意外な質問に思わず言葉が詰まる。私は部外者だから、必要ないと思うのだが。と、八雲の目を見るとにんまりと、揶揄う色が見えた。それが意味するのは言葉通りの問いかけではないということ。
ふと、博麗に浴室に連れ込まれた時のことを思い出す。げんなりとした気分が蘇った。表情にも出てしまったのか、八雲の人を食ったような表情が、より濃くなったような気がした。
......なんか、いろいろ見透かされている気がする。流石、妖怪。ような、ではなく実際に人を食っているだけのことはある。
「あなたは代り映えしませんね」
「別にいいだろ、制服で」
「
「余計なお世話だぜ」
そもそも着替えなど持っていないし。
「では、さっさと済ませてしまいましょう」
八雲はソファから立ち上がり、博麗に中央を譲るように移動した。
私の数歩横で立ち止まり、振り返る。
「しかし、八雲。
「大丈夫とは、何がですか?年頃の少女たちを、夜中に引っ張り出すなんて真似をしているんです。早く終わらせたいというのは、大人として当たり前の配慮でしょう」
お前がそんなまっとうな感性を持っているわけないだろ。
「その、無意識の妖怪だか何だかって、そんなに簡単に退治でできるもんなのかって意味だよ」
「あら、もしかして、失敗するかも。なんて考えているのかしら」
八雲は扇子を開き、口元を隠した。
「まあ、無理もないでしょう。あなたの場合は私が見つけた時点で、
「......」
「確かに1年以上という長い期間妖怪に取り憑かれていたというのは、一般に
「今の博麗?」
「あの装い。霊力を感じます。そのつもりで見れば、彼女自身も有していると気付きました」
霊力。
私が持つ魔力とも、妖怪が持つ妖力とも違う、力。これは推測でしかないが、博麗の先祖にいたとされる陰陽師たちが持っていた力なのではないだろうか。
「あとは、あの覇王の如き傍若無人な自我。今日まで事故に遭うことがなかった豪運。そして一番は、あなたという存在がここにいて、同じクラスで、魔法使いになって、彼女を見つけるという偶然。ここまでくれば、彼女が未だに五体満足なのも、必然と言えるかもしれませんね」
霊力。自我。豪運。偶然。
それだけのものを持っている博麗が助かるのは、もはや必然、か。
じゃあ、助からなかった私は、どれだけのものを持っているのだろうか。
力は?意志は?奇跡は?運命は?
何も、持っていないのだろうか。
何も持っていなかった私が助からなかったのも、やはり必然、だったのだろうか。
......。
「で?妖怪退治って、具体的には何をするのよ?」
博麗が、手持無沙汰な様子で八雲に問いかける。腕を組んで、片足に重心を傾けて、リラックスした体勢。これからが正念場だというのに。そうとは思えないほどに自然体だった。
「あら、ごめんなさい。説明がまだだったわね」
八雲は私から博麗に目を移して、まるで心が籠っていない謝罪をした。
「でも説明するほどのことでもないわ。あなたと妖怪の間に
「境界?」
「そう、境界。私はスキマと呼んでいますが」
扇子を閉じて、左から右に線を引くように手を薙いだ。
すると、ぐぱり、と目玉模様の裂け目が開いた。裂け目の先には、箱型の大きな建物。暗くて分かりにくいが、建物前にあるこじんまりとした噴水から、それが私たちが通う御伽高校であると分かった。
「詳しいことを理解する必要はありません。時間をかけて癒着してしまったお嬢さんと無意識の妖怪は、簡単には離れません。ですが私が力を使って、無理やり引き剥がす。それさえ理解していただければ」
目の前にあけた境界を閉じながら、そう言った。
にしても、境界。スキマ、ね。
「つまりお前は境界の妖怪?ということか?」
「あら。お嬢さんはともかく、あなたも分かってなかったの?」
「知らん。胡散臭いスキマ女だとは思っていた」
「私も胡散臭い悪趣味女だと思ってたわ」
「あらあら」
閉じた扇子をもう一度開いて、口元を隠しながらウフフ、と笑った。
「妖怪と聞けば鬼、河童、天狗等、有名な種族が思い浮かぶかもしれません。でも実の所、妖怪というのは唯一無二の存在がかなりの数いるのよ」
「八雲紫以外に境界の妖怪はいないってことか?」
「ええ。少なくとも私が知る限りね」
「へー。お前も妖怪である以上、人間の感情から生まれたっていうのに。昔の人間は変なことを考える奴がいたんだな」
「あら?妖怪は何も昔に生まれたものばかりじゃないわよ?」
「え?そうなのか?」
なんか江戸時代に生まれたイメージが強いんだが。
「自分で言ってるじゃない。人間の感情から生まれるって。現代にも人間はいる。むしろ増えているんだから、その分妖怪だって生まれているわ」
「......言われてみれば確かにそうだな」
「現代の妖怪......。例えばどんなの?」
「そうねぇ......。急激に力を付けた妖怪と言えば、『妖怪1足りない』とかかしら」
「「あぁー......」」
「似たようなものに『ミリ残し』なんかも」
「「ああぁぁぁ......」」
博麗と共感の溜息を漏らす。
なるほど。そりゃあ最近のやつだな。
「かくいう私も副業で違う妖怪をやっているわ」
「え!副業!?妖怪に副業とかいう概念があるのか!?」
「境界、なんて自分で言うのもなんだけど、感情を集めやすいとは言えないもの。私ほど強大な存在になれば必要なエネルギーも増えますし、兼業しないとやっていけませんわ」
「......ちなみに、他にはどんな妖怪を?」
「『カバンの中に入っているイヤホンを絡ませる妖怪』とか」
「あれお前の仕業か!」
「死ねばいいのに」
あの日常の中でイラっとするあるあるランキング6位の『カバンの中に入れたイヤホンが絡まる』の正体見たり、スキマ女ァ!(自由律俳句)(私調べ)。
「あと」
「まだあるのか!?」
「『リモコンを隠す妖怪』とか『スマホを隠す妖怪』とか『掛け布団の長辺と短辺を入れ替える妖怪』とか『コーンポタージュの缶のコーンを残す妖怪』とか『スーパーの薄い袋の開き口がどっちか分からなくする妖怪』とか」
「こいつ、ここで退治した方が世のため人のためでは?」
「死ね。今すぐ死ね」
この世の巨悪の何割かは、こいつが担ってるらしい。
閑話休題。
「さて。では、始めましょうか」
巨悪――もとい八雲紫は、言う。
「落ち着くところから始めましょう。大切なのは、意識です。あなたという存在の隅から隅までを、自認すること」
「隅から隅まで――」
「リラックスして。無意識を追い出すの。その体はあなたのものよ。あなただけのもの。目を閉じて――指先、爪先、毛先まで。自意識だけで満たしなさい」
言われるまでもなく博麗はリラックスしていたが、深呼吸をした後、彼女は両手を左右に広げた。軽く肘を曲げ、胸の高さまで。指は人差し指と中指だけ伸ばし、他は握り込んでいる。
深い、呼吸の音だけが聞こえる。
すると。
ふわり、と。
博麗が、浮いた。足も、手も、体も床に触れることなく。宙に浮いている。
その姿は。もう何日も前のことのように思えるが、今朝の彼女、無意識の妖怪に完全に意識を奪われていた博麗と、とても似ていた。
しかし、あの時と違うのは、ゆらり、ゆらりと。不規則に宙を漂うことなく、奇妙な表現だが、根を張っているような安定感のもとに飛んでいた。
「この時代に、霊力の扱い方に自力で目覚めるとは......。恐ろしい子ね」
八雲のスキマの中は無風の空間のはずだが、彼女の髪は、スカートは、袖は、リボンは、ふわふわと翻っている。何かの力が発生している。八雲が言った霊力だろうか。
今の博麗は、まるであらゆる柵から解き放たれたかのようだった。地球の重力も、如何なる重圧も、目に見えぬ脅威も、今の彼女には全くの意味がないのではないか。そう本能的に思わせる。
「無理やり境界をつくるつもりでしたが。これなら、少し手を貸すだけで大丈夫そうね」
『人間と妖怪の境界』
八雲が何かを唱えて、何かをした。
分かったのはそれだけだ。目には見えないが、何か大きな干渉をした。
そして。
「あ!」
博麗の体が二重にぼやけて見える、と思った途端。彼女の体から、人型の何かが飛び出ていった。
それは、黄色のリボンを付けた帽子を被った少女に見えた。
本当にコレが犯人なのか、と疑念を抱いたが、すぐに晴れた。何故なら飛び出た少女が振り返った、その顔が――笑っていたからだ。初めて見た博麗の表情。口角だけが上がった形式だけ整えた笑顔。薄ら白く発光している瞳。不気味で、この世のものとは思えない怪しさ。
間違いなく、あいつだ。
あれが、無意識の妖怪。よく見ると胸元に、目を閉じた眼球のような物体が浮かんでいた。
じっと見つめていると、彼女はその勢いのまま動き続けて。
何かを打ち出してきた。
それはまるで弾幕のようで。青と緑の無数の玉が無差別に、無造作に、無意識に、スキマの中にバラまかれた。
「おいおい!攻撃してくるのかよ!」
「あら、元気ね」
幸い私は距離を取っていたこともあって、軽く動くだけで避けられた。八雲もいつの間にか手に持っていた日傘で弾幕を防いでいる。
しかし。
「は、博麗!」
こんな状況でも変わらず、周囲の変化に強制されることなく、博麗はその場から動いていなかった。避けようとも迎撃しようともしていない。何もアクションを起こそうとしない。
あのままでは必ず弾幕に当たる。
「くそっ!」
なら、私が!
足に――力を。
「待ちなさい」
八雲の声がした。
片手をあげて、私の動きを制した。
「見てなさい」
扇子を開いて、口元を隠しながら、変わらぬ態度で見ている。
斜め後ろから見ている私は、彼女の口元が僅かに見えた。扇子の裏でも、にんまりと笑っていた。
博麗を見る。
弾幕が迫る。
弾幕が触れる。
「......え」
弾幕は触れなかった。
博麗に当たらなかった。
いや、正確に言うと、
ふと。放課後、阿求との会話を思い出す。
希薄で、朧気で、何にも囚われない。誰も触れられない。まるで――透明人間のような。
気付けば弾幕は止んでいた。数秒前の穏やかな空間に戻った。
しかし、このままではいけないだろう。何もしなければ、またあの妖怪が何かするかもしれない。だったら今のうちに何らかの策を講じるべきだ。
八雲にそう問いかけようとして、やめた。
何故なら、彼女の顔が数秒前から変わっていないからだ。付き合いは長くない。が、
『......こいし』
『あれー?おねーちゃん?』
――既に終わっている、ということだ。
新たに現れたそれは、またしても少女の姿をしていた。
彼女の容姿で語る必要があるのは、たったの一点だけ。胸元に眼球のような物体が浮かんでいること。
つまり、彼女も覚妖怪。
『どこいってたの。帰るわよ』
『はーい』
何か言葉を交わしたのか、何度か口元が動いた後、2体の覚妖怪はどこかへ飛び去って行った。
――終わった、のか?
無意識の妖怪は去った。
博麗は知らぬ間に、地に足を付けて立っていた。どことなく存在感が強くなったような気がする。
博麗は八雲に目をやった。
私も後を追いかけた。
「妖怪退治完了、ですわね」
――そういうことらしかった。
霊夢が妖怪退治ってなって、苦戦する姿は想像できないんだよねえ。