ミルキのネトゲ友達 作:湯切倉庫
俺たちはゲームに再ログインし、パーティーを組んでラストダンジョン――このゲームで一番難しいダンジョンへと潜った。
このダンジョンのラスボスである
しかし、与えたダメージや味方へのバフ、回復などの貢献度に応じた報酬は貰えるので、勝てなくてもとりあえず挑戦するのが日課となっている。
「昨日ソロでやった時は三分の一は削れたんだけど。治療追いつかなくてダメだった」
『オレは半分目前まで』
「マジかよ。お前も回復不足?」
『そう』
「火力職にはきっついよなー」
あと数ヶ月もすれば討伐できる人間が出てくるんじゃないかって言われてるものの、うちのサーバーのトップである俺もKMもソロプレイヤー。
下手すれば最初に討伐成功するのは俺たちじゃなく、フル人数でパーティーを組んだ他の誰かになるかもしれない。それはちょっと悔しいかも。
とりあえずラスボス前の雑魚たちを片付けながら奥へと進んでいく。
さっきの会話ですでに勝負の結果は見えてることもあって、俺の中ではすっかり目的が変わっていた。
「俺、全てのコンテンツをソロで制覇するのが目標だったんだよね。でもさ、お前と組んででも誰も討伐できてないボス倒したら、それはそれでかっこよくない?」
『別に』
「えー。討伐したくないわけ?」
『…………討伐は、したい』
意外にも素直な答えがきた。
そうだよな。このゲームをやり込んでる人間なら、攻撃は痛いしダメージもなかなか通らない難攻不落なラスボスの討伐は悲願なはずだ。
「ラスボス戦入る前にちょっと待ってくれる? ジョブ切り替えるから」
『どれに?』
「司祭。実はメインジョブよりこっちの方が育ってるんだよ」
『……はあ?』
KMの反応も分かる。サブジョブなんて滅多に使う機会ないし、そもそも普通は育成が追いつかないから放置してる人がほとんど。
司祭はヒーラーではあるが、支援職の中では一番火力が高いジョブだ。味方にバフを付与し、回復も行い、さらには敵へのダメージもそこそこ。器用だけど一点特化してるものがなく、あまりパッとしない不人気なジョブ。
俺も司祭のスキル演出が好きだからって理由だけで育てていたくらいだ。
「俺が回復支援するから、KMは自己治癒スキル抜いて完全に火力に振っていいよ」
『オレのHPこれだけあるけど回復追いつくのかよ?』
パッと画面全体にKMのステータスの一部が表示される。
……俺のよりゼロが多い。
HPを減らして防御に振ったほうがいいんじゃないかと提案してみたら、その結果がこれだと言われた。いやいや。
「エグすぎだろ。まっ、司祭は自分の知力と攻撃力に応じて回復スキルの効果向上するから大丈夫。余裕だよ」
『……ふうん』
「信用してねーな? いいから任せとけって」
ラスボスの攻撃で一番きついのは、プレイヤーの最大HPに応じた割合攻撃だ。現HPではないところがさらにネックで、とにかく回復が間に合わなくては話にならない。
理想は司祭よりさらに回復に特化した職で挑むことだが、その場合、治癒力は知力や魔法攻撃力ではなく精神力依存となる。メインジョブが火力職な俺は精神力を全く上げていないので、その方法をとることは出来ない。
ラスボス部屋の前でジョブを切り替えて、いくつかの装備を付け替えていく。
よし、準備オーケーだ。
待っていてくれているKMに向かって、俺のアバターがグッと親指を向ける。KMのアバターはそれを冷ややかな目で見つめて、無言で部屋へと入っていく。
ちょっ、ノリわりーな!
「愚かな人間ドモめ! 炎の化身であるワレの前に現れたのが運のツキ! すべて焼き払ってやるわ!」
部屋の中央で眠っていたドラゴンが目を覚まし、カパッと開いた口から火を吹く。
なんとまあ威厳を感じられない煽りである。実際にこれまで何度も焼き払われてきたので笑えないが。
魔導士であるKMのアバターが高々と杖を掲げる。
見た目も完全に魔法少女に寄せられてるので違和感が全くない。杖のスキンまでそれっぽく変えてる徹底ぶりだ。
《KMのゴッドブレス発動! レッドドラゴンに2025464のダメージ!》
ダンジョン内限定のシステムチャットに流れてきたログに目を見開く。なんだそのダメージ。おかしいだろ。
《スズリの聖なる祈り発動! 味方全体に継続回復の効果、状態異常回復効果、敵に与えるダメージアップの効果!》
《KMの装飾効果自動発動! レッドドラゴンに反撃! 72344のダメージ!》
だから反撃ダメージの値じゃないってそれ。
《スズリの通常攻撃! レッドドラゴンに14557のダメージ!》
そうそうこれが普通。
《KMの通常攻撃! レッドドラゴンに293520のダメージ!》
「…………」
うそっ……俺の攻撃力、低すぎ……?
何度か気を逸らされながら、脳内にボスの行動表を思い浮かべながら回復スキルを放ったり、温存したりする。
「次のボス行動前に光の壁する」
『…………』
僅かなノイズと共に、キーボードの連打音だけが聞こえてくる。返事をする余裕もないくらい集中してるらしい。
ドラゴンの足元から赤い円が広がっていく。基本的に赤円は避ければ問題ないが、これは部屋全体を覆ってしまうので、実質不可避の攻撃である。
俺のアバターは持っていた本のページを捲りながら詠唱動作に入る。
《スズリの光の壁発動! 味方全体に敵の特殊攻撃ダメージ軽減効果、移動速度アップ効果、被ダメージ時回復効果!》
俺とKMを包む淡い光のヴェール。
赤円が部屋全体を覆いきった瞬間、下から突き上げるような熱風と共に火柱が上がった。
KMの魔法少女と俺のインテリメガネ巨乳お姉さんのHPが一気に削られていく。
相変わらず痛ェな! 半分は持っていかれたぞ。
《スズリの神々の祝福発動! 味方全体に回復効果!》
光の壁で自動発動する回復でも足りなかった分を補うべく、司祭の強力なチャージスキルである祝福を発動する。
KMのHPが半分くらい回復すればいいやと思っていたが、なんと全回復していた。もう一つ残しておいた回復スキルは後回しにして、司祭の唯一の攻撃スキルを押した。
《スズリの神罰が発動! レッドドラゴンに95200のダメージ! 毒の効果、追加で6477の継続ダメージ!》
「…………」
俺の渾身の攻撃がKMの反撃ダメとほぼ一緒……。化け物かアイツ。
「グオオオオ!! ワレの身体が……こうなっては、完全体となって戦ってヤル!」
俺の攻撃で丁度ボスのHPが半分を切った。
この先は未知の領域。フルでパーティーを組んだ人たちでもこの先は見ていないらしい。ソロで三分の一までしか削れてない俺は勿論、KMだってそうだ。
大きく飛び上がったドラゴンが天井を破壊して――また戻ってくる。……なんで壊した?
ドラゴンは先ほどよりひとまわり以上大きな姿になっていて、全身に炎を纏っている。
「やっば、やばやば、何だこれ。すげー強そう」
『光の壁のクールタイムどれくらい?』
「え? もう打てる」
『じゃあもう打って』
言われた通りに光の壁を発動する。とはいっても、ドラゴンは特殊行動する前兆もなければ、今は通常攻撃のターンだ。
ここで特殊ダメ軽減効果のある光の壁は勿体ないんじゃないかと思っていたら、何の前兆も――足元に広がる赤円の表示も――なく、巨大な火柱が上がった。
うおおおおお!?
「あっぶねー! なに、なになに!? そんなのアリ? ってか、お前、知ってたんなら予め教えろよバカ!」
『ああ? ……殺すぞ』
「やめとけよそういうの。弱く見えるぞ」
ハイハイ、厨二乙。殺すぞとか寒いから。
殺せるもんなら殺してみろよ。その前に俺の部屋の前に常に待機してる黒服たちに殺されるだろうがな!
盛大なブーメラン発言をしつつ。さてさて。気を取り直して。
「ところでこの後はどうし――」
どうしたらいい? と聞く前に、ブツンッという不穏な音と共に画面が真っ暗になる。
「……あれ?」
うんともすんとも言わなければ、画面が黒いままなパソコン。その前でキーボードに手を置いたまま固まる俺。
カチャカチャカチャ…………。
意味もなくキーボードを打つ。
「…………」
座っていた椅子から一瞬浮いた。
「ちょっとおおおお!? そんなのって、そんなのってぇ……!!」
パソコンの画面を撫でてみたり、後ろを覗き込んでみたり。
ネトゲをやってるわりに俺は機械系に疎かった。
分からん、何も分からん。なんで俺がこんな目に遭ってるのか何も分からん!
分からなければすぐに詳しい人に助けを求めればいいものを。自力で何とかしようと無駄に足掻いてしまうのも、機械弱いやつあるあるなのかもしれない。
俺はたっぷり一時間はパソコンの機嫌を取ろうとしたり、埃が溜まってそうな場所を確認したりして無駄に過ごし――最終的に見かねてやってきた黒服パイセンに泣きついた。
「――あの時、念願のドラゴン討伐は俺のパソコンの不調でダメになっちゃったじゃん? キルミー絶対怒ってるなって思って数日ゲームにログイン出来なかったの思い出したわ」
『変なところでメンタル弱いよな』
「キルミーは意外と懐広いよね。あの後何もなかったみたいにダンジョン誘ってくれてさぁ」
あれ、すっげー嬉しかったんだよ。
ゲームの世界で俺を遊びに誘ってくれるのって「(自分たちだけじゃ敵を倒せないから)一緒に行ってくれませんか?」ってタイプくらいだったし、俺と同等か俺より強い奴らはみんなソロ気質かこちらをライバル視してるかの二択だったから。
その日からタイミングが合った日に時々遊ぶような仲になって、今では事前に約束して集まるところまできた。
俺に初めてできた友達。それがキルミーだ。
ちなみにKMというのはKILL MEの略で、
俺はアニメは詳しくないけど、キルミーがゲーム内で使っていたアバターの容姿もそのアニメのキャラクターがモチーフなんだって。
あと、キルミーは本名に似てるから気に入ってるんだとか。
キルミーに近い名前かあ。キルアとか? ミルキー……はママの味だったわ。
『別に、気にもしてなかったし』
「…………むふっ」
『うるせーぞ』
「はいはい。キルミー様はやっさしーですねえ」
ゲーム部屋の時計の針は午後六時をさしている。
俺は昨日と同じゲームの起動画面を見つめながら、にんまりと笑った。
「なあなあ、今日はゾンビモードやらねー?」