「あ、悟飯さんだ!!」
潜伏先でビーデルの手当てをしていたトランクスが、悟飯の気を感じて表へ飛び出す。
「うぅ、トランクス……」
「悟飯さん!! 大丈夫ですか!? さあ中に入って、手当に必要な道具は揃えました!!」
それは都のハズレにある、半分倒壊した家屋だった。
恐らく家主は人造人間に殺されてしまったのだろう。長らく生活していた痕跡はなく、ゆえに気を探れない人造人間から襲撃を受ける可能性も低い。
力が抜けて項垂れる悟飯を支え、トランクスは家屋の中に入った。
「あの、大丈夫ですか!?」
すると先ほど救出したビーデルが悟飯に駆け寄ってきた。
「わたしも何か手伝います!!」
「……それなら悟飯さんの手当てを頼めますか? オレ、何か食べ物買ってきます」
「わかったわ、お姉さんに任せて」
「トランクス……気をつけろ、人造人間はまだ死んでいない」
「はい、大丈夫です。すぐ戻ってきます!!」
そういってトランクスは食べ物を買いに行く為、まだ人造人間の被害を受けていない都へ向けて飛んでいった。
家屋に残されたビーデルと悟飯。
戦いで傷を負った悟飯にビーデルは消毒処置や包帯など、慎重に手当てを行っていく。
「あの、助けていただいて本当にありがとうございます」
「え? いや、無事でよかったよ」
そのやり取りの後、しばらく沈黙が続いたが、沈黙を破ったのはビーデルだった。
「あなたもあの子も空、飛べるんですね」
「え……ああ、うん。まあね」
「すごい、空なんて普通は飛べないのに。ねえ、あなた達なんでしょ? 人造人間に抵抗を続けている謎の二人組っていうのは?」
色々鋭い子だなと悟飯は思ったが、事実なのでそれを否定はできない。
「はは、まあね」
「すごい……わたしのパパでも勝てなかったあんな奴らに立ち向かえるだなんて」
「そうか、君もお父さんを人造人間に……」
「あなたも?」
「いえ、オレの父は人造人間が現れる前に心臓病で亡くなりました。でもオレに戦い方を教えてくれた師匠も、オレやお父さんの仲間たちも、みんなアイツらに殺されて……ッ」
そう振り返っていると、悟飯の心の中で怒りが爆発しそうになる。
無意識のうちに体に力が入ってしまう。
「ピッコロさん、クリリンさん、天津飯さん、ヤムチャさん、チャオズさん、ヤジロベーさん、武天老師さま、ベジータさん……おのれ、人造人間め!!」
悟飯の心には鬼が宿っていた。
その慟哭をビーデルは黙って聞くことしかできなかった。
しかし怒りに溺れかけていた悟飯は、体の震えを強引に抑えた。
「……ごめんなさい」
「いえ、仕方ないです。わたしだってパパを、そしてさっき友達を殺されました……」
「そうだったんですか……」
それに対して悟飯はただ、同情をすることしかできなかった。
本当だったらこの手で人造人間を倒し、この子の無念を、そして自分を庇って散った仲間たちの仇を討ってやりたい。
しかし今の悟飯にはその力が無かった。
「ねえ、あなた名前は?」
「オレかい? 孫悟飯です」
「悟飯くんね、わたしはビーデル。あなた多分、同じくらいの世代ですよね?」
「オレは今年22です」
「やっぱり、わたし達同い年だわ」
「そうか、オレ同年代の人と話をするの久しぶりだよ」
「そうなの?」
「昔から周りに同じ年代の人っていなかったし、世間がこうなってからオレは修業と戦いの日々だったから」
なんとなく、ビーデルとの会話は悟飯にとって心地がよかった。
同い年の人と話すという今までそれほど経験してこなかった新鮮さもあるが、人造人間に親しい仲間たちが殺されたという共通点があり、手当が終わった後も悟飯とビーデルの話は止まらない。
「悟飯さん、ビーデルさん、戻りました!!」
それからしばらくして、トランクスが戻ってきた。
それから簡易的ではあるが、ガスコンロを使って三人で食事をとる。
その時間は悟飯にとっても、トランクスにとっても、そしてビーデルにとっても、久しぶりの安息といえる時間だった。
気づけば夜になっていた。
「悟飯さん、オレそろそろ帰らないと母さんが……」
「はは、そうだな」
「もう行っちゃうの?」
「ええ、この子のお母さん、怒るとオレも手をつけられないから」
「そう……」
ビーデルはとても残念そうな顔をしていた。
それは悟飯の心を動かすのには十分すぎる材料だった。
「ビーデルさんはここに住むのかい?」
「え、ええ……ほかに行くところもないし」
「だったらまた来るよ」
「本当!?」
先ほどまでとはうってかわって、ビーデルは目を輝かせた。
「うん、約束する」
「わたし嘘つきは嫌いだからね、約束よ」
そう言って悟飯とビーデルは握手を交わした。
(……悟飯さんもああいう照れた顔するんだ)
それはトランクスにとっても新鮮な光景だった。
「じゃ、また」
「うん、またね悟飯くん」
そして悟飯とトランクス、ビーデルは別れた。
後日、結局のところ人造人間は17号も18号も現れては街を破壊し続け、やはり亀仙人の魔封波は何らかの原因で失敗に終わったことが判明した。
そのたび、悟飯とトランクスは17号、18号との戦いに赴いた。
その合間、悟飯はビーデルに会いに潜伏先の家屋をたびたび訪れていた。
「悟飯くんの師匠ってどんな人だったの?」
「厳しくて孤高な雰囲気だけど、強くて頭がよくて、何より優しい人だった」
亡き師、ピッコロのことを思う。
(今、もしピッコロさんが生きていれば、オレはもっと強くなれていたかもしれない)
悟飯に戦いの基礎を教えたのはピッコロだった。
フリーザとの戦いが終わった後、悟空が心臓病で倒れるまでの間は悟空とも修行をしたこともあるが、その時だってピッコロを交えて三人で修業をしていた。
そして悟空亡き後、ピッコロが戦死するまで悟飯に稽古をつけたのはピッコロだった。
師匠を失い、伸び悩む今だからこそ、悟飯は強く思うのだった。
──ピッコロさんに鍛えなおしてもらいたい。
もしかしたら自分はもう、実力的にはピッコロより上かもしれない。
それでも戦い方、戦いにおける心構え、伸び悩んだ時にすべきこと、それら自分に足りないものをすべてピッコロは熟知している。
しかし悔やんでもピッコロは帰ってこない。
「ビーデルさんのお父さんはどんな人だったんだい?」
だから悟飯は話を逸らした。
これ以上ピッコロの話をするとメンタルを保てないと思ったからだった。
「ちょっとお調子者で、オマケにママが亡くなって世界チャンピオンになってからは修業を怠けてたけど、それでも正義感があって強くて優しいパパだったわ」
ビーデルもまた亡き父との思い出を振り返り、思いを募らせるのだった。
「世界チャンピオンだったんだ」
「そうよ、あの天下一武道会でも優勝したことがあるんだから」
「天下一武道会か……オレの父さんも昔、出場したことがあるって言っていたよ」
「悟飯君のお父さん? 孫悟飯、孫……もしかして孫悟空って人かしら?」
やっぱりこの子、鋭い。
見事なビーデルの回答に、悟飯は何も答えることができなかった。
「その反応、やっぱりそうなのね!!」
「え、ええ、まあ……」
「やっぱり。今時苗字と名前が分かれているのは珍しいからね」
なるほど、そういうことか。
理由を聞いて悟飯は納得するのだった。
「その孫悟空って人はやっぱり相当強かったのかしら?」
「うん。お父さんはすごく強かった、今でもオレはお父さんには敵わないと思っている」
「悟飯くんが敵わないの!? そんなに強い人ならどうして前回の天下一武道会には出なかったのかしら……わたしのパパとの戦い、ちょっと見てみたかったわ」
第24回天下一武道会。
それは確か人造人間が出現する直前の大会だったハズだ。
「……お父さん、その時にはもう病に侵されていたんだ」
「え……ごめんなさい」
「いいんだ、仕方ないことだからね」
失礼なことを聞いてしまったとビーデルは申し訳がなくなる。
しかし悟飯に笑って許された後、彼女は悟飯に対して何かを感じていた。
ともに偉大な父を持つ者としてのシンパシーを。
「悟飯くんはやっぱりお父さんみたいな強い格闘家になりたかったのかしら?」
「いや、オレ本当は戦うのが嫌いで……実は学者になるのが夢だったんだ」
「学者さん!?」
「うん。でも小さい頃から色々あったし、ようやく平和になって勉強に身を入れ始めたころには人造人間が現れたからね。多分、もうオレの夢は叶うことはないんだろうな……」
そう語る悟飯は遠くを見ていて、その表情はどこか寂しそうだった。
「……わたし、まだ夢を諦めるのは早いと思うわ」
「え?」
「だって人造人間を倒せば、その後は平和が来るじゃない。人造人間を倒して平和になったら学者を目指せばいいのよ」
そんな風に言ってくれる人はビーデルが初めてだった。
人造人間、倒せるかどうかはさておき、自分の潜在能力に期待した仲間たちは自分が強くなることを望んできたし、こういう世の中になってからは自分しか戦えるものがいないから、その夢自体を完全に諦めていた。
しかし心のどこかで、もし勉強を続けていたらという後悔はあった。
「わたし達、まだ22よ? 夢を諦めるなんてまだ早いと思うの」
「……そうだね、ビーデルさんの言う通りだ。オレは勝手に諦めていた」
夢くらいはあっていいのかもしれない。
それを戦うためのモチベーションにしていいのかもしれない。
悟飯はほんの少し、ビーデルに心を救われた気分になった。
「ありがとう、ビーデルさん。オレ、人造人間を倒して平和になったら学者を目指すよ」
そう言いながら悟飯は立ち上がった。
次の瞬間だった。
『臨時ニュースです!! 人造人間が──』
それは人造人間の襲来を伝えるラジオのニュースだった。
「──ッ!? おのれ人造人間め、今度こそ倒してやる!!」
悟飯はそう叫びながら表に飛び出し、気を解放する。
「はぁぁああああッ!!」
超サイヤ人に変身し、神々しく輝く悟飯にビーデルは目を奪われる。
だが一言、どうしても悟飯に言っておきたいことがあった。
「悟飯くん、気を付けてね。危なくなったら逃げるのよ」
「ああ、わかってる。今度こそ人造人間を倒してみせるさ」
そう言い残し、悟飯は飛び立った。
ビーデルは悟飯を見送り、そして悟飯の無事を、悟飯の勝利を祈ることしかできなかった。
──それから幾日が経過したのだろう。
いつも自分に会いに来ていた悟飯が、この日を境にパッタリと音沙汰がなくなった。
ビーデルは不安な気持ちに苛まれるが、悟飯の無事を祈り続けた。
それからさらに一週間が経過して、ビーデルは何者かの気配を家の外から感じた。
それが直観的に悟飯だと思い、ビーデルは走って家から飛び出した。
「悟飯くん!! …………え」
それは確かに悟飯だった。
だが悟飯の姿を見た瞬間、ビーデルは息を呑むこともできなくなる衝撃を受けた。
「こんにちは、ビーデルさん」
いつものように笑顔で挨拶をしてくれる悟飯だったが、彼の左腕が無い。
道着の裾がヒラヒラと舞い、本来左腕がある所には何もなかった。
さらに以前にもまして顔に傷跡が増えている。
あの日、飛び立った後、悟飯は人造人間との戦いで左腕を失う重傷を負い、その療養のために自分に会いにこれなかったことは明白だった。
ビーデルは胸が締め付けられるような感覚に苛まれ、大粒の涙を流した。
「うわああああああああ!! 悟飯くん!!」
そして感情を抑えられなくなり、悟飯に泣きわめきながら飛びついた。
「お願い!! もう人造人間と戦うのはやめて!!」
「び、ビーデルさん?」
「これ以上戦ったら悟飯くんが死んじゃうわ!! もういいの悟飯くん、一人で背負わなくても……アイツらに勝てるやつなんかいない。だからもう悟飯くん、アイツらと戦っちゃダメ。悟飯くんにまで死なれたら、わたし、わたし……っ!!」
嗚咽し、ただひたすら悟飯にしがみつくビーデル。
そんなビーデルを、悟飯はそっと優しく残った右手で抱き寄せる。
「ビーデルさん、ありがとう……でもオレは戦うよ」
「そんな!? 今度アイツらと戦ったら、悟飯くんが……っ」
「それでもオレは戦わなくちゃいけない。何度も地球を救ってきた孫悟空の息子として、オレを庇って散っていった仲間たちのためにも、人類の未来のためにも、そして君のためにも……」
この時点で悟飯は悟っていた。
左腕も失ってしまい、もう自分の力では人造人間には勝てないことを。
だからこそ悟飯は託す選択をしようとしていた。
未来を守る戦士として、トランクスに未来を託そうと考えていた。
ゆえに悟飯はもう、死ぬ気だったのかもしれない。
それでも自分のために献身的になってくれたビーデルを悲しませたくはない、ビーデルのためにも人造人間を倒して平和な世界を手に入れたい。
それは叶わないかもしれない。
今日ビーデルと別れれば、それは今生の別れになるかもしれない。
それでも地球のため、トランクスのため、ビーデルのため、戦う事はやめられない。
「必ずアイツらを倒す、その日までオレは死ねないんだ」
だからこの言葉は残酷な嘘になるかもしれないけど、決意として語らねばならない。
悟飯の腕の中で゛そのことを察したビーデルは涙目ながらも悟飯を見つめる。
「わかった……でも悟飯くん、今日は帰らないで欲しい」
「ビーデルさん……わかった」
そんなビーデルを、悟飯は放っておくことができなかった。
もうビーデルは悟飯にとって大きな存在になっていた。
それはビーデルにとっても同じ、もう悟飯は大切な存在になっていた。
──それから悟飯とビーデルは共に一夜を明かした。
そして翌朝。
「悟飯くん、本当に行っちゃうの?」
「うん、トランクスに稽古をつけてやらなきゃ」
「悟飯くん、また会えるわよね?」
薄々悟ってはいる。
それでも確認して、言葉にすることで安心したかったのかもしれない。
「また会いに行く、約束するよ」
悟飯もビーデルの心情を察したのか、それはもう彼にとって優しい嘘なのかもしれない。
「じゃ、行くね」
「悟飯くん、絶対よ!! 必ずまた会いに来て!!」
それに対し、悟飯は指で合図を送ってから高速で飛び立った。
(悟飯くん、わたし信じているから……)
悟飯の無事を祈るビーデル。
だがそれも虚しく、悲しい結末は避けられないのだった。
「オレは死なない!! たとえこの肉体は滅んでも!! オレの意志を継ぐ者が必ず立ち上がり!! そして……お前たち人造人間を倒す!!」
──それから数日後のことだった。
「悟飯さん……悟飯さん!! 嘘だ、悟飯さん……ううぅ、悟飯さん……うう、ぅうあああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
それは豪雨の日。
瓦礫の山の中に、ひときわたまった水たまりに沈んだ悟飯の亡骸を前に、悲しみと怒りを覚えたトランクスの体が黄金のオーラに包まれた。
エメラルドグリーンの瞳、逆立った金髪。
皮肉なことにトランクスは悟飯の死によって強くなった。
「悟飯さんは先日、人造人間との戦いで……」
ビーデルに悟飯の訃報を伝えたのは、トランクスだった。
「…………っっ」
それに対してビーデルは何も言わなかった。
ただ全身からがくんと力が抜けて、膝をついて放心状態になり、そして流れ出した涙は止まることなく、ビーデルは嗚咽した。
最愛の人を亡くした悲しみは、計り知れないものだった。
そんなビーデルをトランクスは、ただ見守ることしかできない。
しかしトランクスはビーデルの傍から離れなかった。
そしてビーデルが少し落ち着きを取り戻してきたところで、トランクスは口を開いた。
「……悟飯さんの仇は、いつかオレが必ずとります」
そう言いながらトランクスは超サイヤ人に変身する。
あの日、覚醒した超サイヤ人にはもう既に自由に変身できるようになっていた。
「何年かかってでも必ずアイツらを倒す。ビーデルさん、それまで必ず生き延びてください」
「トランクス君……」
光り輝くトランクスの姿が眩しい。
そしてそれはビーデルにとって、微かな希望を与えた。
「人造人間を倒したら、オレまたここに来ます」
「トランクス君……わかったわ、悟飯くんの……悟飯くんの仇を討って!!」
その声に、トランクスは親指を立てて答えた。
こうしてトランクスは悟飯の意志を継ぎ、人造人間を倒すために過酷な修行を繰り返した。
──そして四年後。
トランクスはあのころの悟飯に近い実力を身につけていた。
だがそれでも経験不足からか、悟飯ほど人造人間に善戦はできなかった。
そして先日、人造人間に手痛く返り討ちに遭ったばかりだった。
「母さん、オレのほうはもう準備は大丈夫です」
カプセルコーポレーションの敷地内にて、成長したトランクスは剣を背負い、タイムマシンに乗り込もうとしていた。
それを母、ブルマが見守っていた。
「トランクス、設定した日付はフリーザが来る日だわ。一応気を付けて行くのよ」
トランクスは希望を求め、過去へタイムマシンで行こうとしていた。
日付はあの日、フリーザがコルド大王と共に地球へ襲来した日だった。
「わかってます。それじゃあ母さん、行ってきます」
「頼んだわよ、トランクス」
タイムマシンに乗り込んだトランクスは、機器を操作しながら振り返る。
(悟飯さん、必ず人造人間を倒してみませす。そして……ビーデルさん。オレはあなたが生きていると信じています。いい報告ができるまでまだかかりそうだけど……待っていてください。絶対に悟飯さんの仇を討って、約束を果たしますから)
それがトランクスの決意だった。
そしてここからトランクスは過去で孫悟空、そして父ベジータと出会い、人造人間の二人やセルとの過酷な戦いに突入していくのだった。
──そして。