トチ狂った日本国召喚 作:北限の猿
第三文明圏の覇者にして唯一の列強国であるパーパルディア皇国。
その首都である皇都エストシラントは世界有数の都市であり、100万人もの人々が石造りの街並みで生活を営んでいる。
その光景は地球人から見れば、ヨーロッパの古都に見えるだろう。
しかし、そんな美しく栄えた都にも"闇"というものは存在する。
それこそがエストシラントの郊外、東側にある『旧市街』だ。
元々、パーパルディア皇国は『パールネウス共和国』という国であり、首都も内陸部にある『パールネウス』であった。
しかし、パールネウス共和国が他国を侵略・併合し巨大になると国号をパーパルディア皇国と改め、それに伴って獲得したフィルアデス大陸南部の沿岸部に新たな都市を作り、そこに遷都する事となったのだ。
その際、当時の皇帝は最新技術である干拓で干潟を埋め立てる事で新しい平地を作り、そこを皇都エストシラントとしたのだが、これには問題があった。
というのも当時の技術はまだ未熟であり、暫くするとあちこちが地盤沈下を始め、水道には海水が混ざるようになり、海に近い場所は少し海が荒れると波を被るようになってしまったのだ。
そのためエストシラントは徐々に西へ西へと移動し、現在の姿となったのである。
だが、話はそれでは終わらない。
というのも、旧市街は貧民や逃亡奴隷といった棄民が住みつき始め、巨大なスラム街と成り果ててしまったのだ。
もうこうなったら皇国政府もどうしようもなかった…というよりは
"汚らしい者が一箇所に集まるなら好都合。下手に散らばるより良い"と判断した皇国政府は現状を放置し、旧市街での犯罪や病死、餓死、事故死は一切無視してていの良い
「ここが旧市街…いや、『ニホノポリス』か…」
そんな普通ならまず足を踏み入れない場所に馬車で乗り付けたのは、皇国海軍総司令官『バルス』であった。
地を踏み締め、歩くバルス。
彼の足元は藻や泥で滑る古い石畳…ではなかった。
地面は砂利を練り込んだ黒いアスファルトで平坦に舗装され、道路の脇には灰色のコンクリート製の側溝が平行線を描き、建ち並ぶ建物は白く塗装されたコンクリートの外壁を持つ洗練された集合住宅だ。
「日本の技術力はスゴイな…。僅か2年で
まるで日本の新興住宅地のようだが、この光景は正に日本の手によるものである。
そもそも日本はロウリア王国が抱えた負債を肩代わりする際、皇国に対して金銭や資源、奴隷ではなく建築・農業技術の提供を申し出た。
これに対し皇国政府は日本の技術力を目の当たりにしていたため軍事技術の提供が無い事を若干不満に思いつつも妥協して受け入れたのだが、それに待ったをかけたのが一部の有力地方貴族であった。
彼らは日本についての情報を殆ど知らなかったため、見ず知らずの新興国に配慮する中央への不信感を訴えたのである。
それを放置すれば地方貴族による反乱や独断先行によって内政が不安定化する事は確実…それを防ぐべく、皇帝ルディアスは日本の技術を内部に知らしめ、日本への配慮は妥当だと証明するために悪名高い旧市街の再開発を日本に委託したのである。
そしてその際、再開発地域の名を『ニホノポリス』と定めたのだ。
「んー…確か307号室だったかな?数字を押して…呼び出しのボタンを…」
とある
ピンポーンという呼び出し音が鳴り、直ぐにスピーカーから声が聴こえてきた。
《バルスか、よく来たな。入ってくれ》
「あぁ、ありがとう」
スピーカーから聴こえる旧友の声を懐かしく思いつつも、一人でに開いた自動ドアに驚きながら教えられた通りにエレベーターに乗り込み、目的の部屋の前に辿り着くと…
「バルス!久しぶりだな!」
「シルガイア!元気そうで何よりだ!」
インターホンを使うまでもなく、部屋の主である『シルガイア』がドアを開けてバルスを出迎えた。
シルガイアはバルスの士官学校時代の同窓生であり、卒業時も平民出身ながらバルスに次ぐ成績であった秀才であった。
しかし、軍に入ってからは派閥争いや政治対立によって閑職へと追いやられ、いつしか自主退役してしまったのである。
だがバルスはそれでもシルガイアを親友だと思っており、シルガイアもまたバルスの信頼に応える形で交流しているのである。
「さあ、バルス。入ってくれ。狭い部屋だが、貴族の邸宅より快適だぞ」
「では失礼して…おぉ…これはこれは…」
シルガイアに案内され、部屋に入ったバルスは感嘆の声を上げた。
部屋自体は日本によくある単身者向けの手狭な1DKであるが、石材と木材が主である皇国の建物よりも断熱性、機密性に優れているため、シルガイアが言う通り狭さ以外なら貴族の邸宅以上に快適だ。
「これは…魔石灯か?」
「いや、これはLEDという照明だ。このアパートの屋上にある太陽光発電設備で出来た電気を使って光っているんだ」
「この白い箱は?」
「それは冷凍冷蔵庫だ。食品が悪くならないように凍らせたり冷ましたりするものだ」
「なんだかガタガタ音がするが…」
「あぁ、すまない。それは洗濯機だな。洗濯物と洗剤を入れれば洗い、すすぎ、脱水をやってくれる機械だ」
「あの小さな黒い衝立は?」
「あれはテレビという機械で映像と音声を受信出来るんだ。今は使えないが、もうじきここでも使えるようになるらしい」
バルスの質問に答えてゆくシルガイア。
というのもシルガイアを始めとした旧市街の住人は再開発に伴い、一度日本が用意した貨物船を改造した洋上アパートで暮らしながら日本式の生活様式や労働を教育され、旧市街再開発の作業員として働きつつも、異世界人が地球の技術を扱えるかという実験のモニターをしているのである。
「ところでバルス。軍はどうだ?」
「どうもこうも…日本のおかげでメチャクチャだよ。上の人間は…と言っても私もだが、対日本戦略を練るのに四苦八苦している。だが、どう考えても勝てん。ミリシアルが味方になってくれるなら勝ち筋が見えるが、そんな事はあり得んだろう」
「そうか…大変だな」
「そう言うそっちはどうなんだ?」
「私か?私は旧市街再開発の現場監督をしているよ。まさか士官学校での経験がこんな形で活きるとはなぁ…」
「現場監督、スゴイじゃないか!お前も司令官という事だな!」
「よせよせ。私が任されているのは、一区画だけだよ。それより、時間はあるか?お前が来ると言うから、日本の酒を取り寄せたんだ。よく冷えたビールは美味いぞ」
「日本のビールだと!?それは予定をキャンセルしてでも飲んでおかないとな!」
「ははっ、変わらんなぁ」
地位を得ても変わらず酒と新しい物が好きな親友の姿を喜ばしく思いながら、シルガイアは冷蔵庫から冷えたグラスと瓶ビール、ツマミのサラミを取り出す。
「ではシルガイア」
「うむバルス」
互いのグラスにビールを注ぎ、グラスを触れ合わせた。
「「我々の友情に、乾杯!」」
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