トチ狂った日本国召喚 作:北限の猿
アルビオン城…神聖ミリシアル帝国の首都であるルーンポリスに聳えるその白亜の城は、歴代皇帝の住居であり、当然ながら当代皇帝のミリシアル8世とその近親が住まっている。
そんな城の一室、食堂に置かれた正気を疑う程に長いテーブルの上座に着席したミリシアル8世は召使いやコックが見守る中、粛々とした様子でナイフで皿によそわれた白っぽい塊を切り分け、フォークで口に運んだ。
「……」
「「「……」」」
ゆっくりと咀嚼し、何度かゆっくりと頷くミリシアル8世。
それを周囲の人々は固唾を呑んで見守る。
「……美味い」
ミリシアル8世の満足気な称賛の言葉を聞いた人々は一様に安堵と歓喜の表情を浮かべた。
「この『豆腐ハンバーグ』とやらは実に美味いな。この食べごたえでありながら肉は少量しか使われていないとは…日本の食文化は目を瞠るものがある」
ミリシアル8世が食していたのは、日本から取り寄せたレシピ本にあった豆腐ハンバーグであった。
ミリシアルにもハンバーグに似た挽き肉の塊を焼き上げる料理は存在するが、ミリシアル8世を始めとしたエルフは肉料理を好まないためあまり口にする事がなかった。
しかし、日本から伝わった大豆製品…特に豆腐や油揚げといった食材は植物性でありながらも十分な食べごたえとタンパク質を持っているため、エルフ向け食品としてミリシアル国内では俄に注目され始めているのである。
「陛下、よろしいでしょうか」
ミリシアル8世が食事を終えたタイミングで発言したのは、卓を共にしていたミリシアルの諜報機関である『情報局』の局長である『アルネウス・フリーマン』であった。
「日本についてか?よい、申せ」
「はっ」
発言の許可を得たアルネウスは分厚い資料の束を手に立ち上がる。
「先ず日本、そして日本が存在した異世界についての歴史ですが…」
「それは今は話さずともよい。後で読んでおこう」
「承知しました。では…日本の軍事力について報告致します」
「うむ」
「では…海軍戦力から」
資料をペラペラと捲り、目当てのページを開いたアルネウスは眼鏡をかけ直して口を開いた。
「日本の海軍は砲撃能力に乏しく、艦砲に関しては最大でも20cm程度の砲を2門しか搭載していません。ほかは13cm、或いは8cm程度であり、砲撃戦ともなれば
「だが、日本は誘導弾が主力であろう?」
「はっ、仰る通りです。日本海軍艦艇の主力はあくまでも誘導弾であり、艦砲は補助的な役割…具体的には対空射撃や対地攻撃、低脅威度目標に対する攻撃手段でしかありません」
「つまりは日本は艦砲に対する考えが
「はい。ですがかつての日本は我々と同じ戦術思想だったらしく、一時期は46cmもの艦砲を9門も備えた大戦艦を保有していたとの事です。とは言っても航空機や誘導弾の発達により、大口径砲を備えた戦艦…更に言えば多数の砲を搭載した艦の存在自体が時代遅れとなっており、日本が存在した異世界では誘導弾を主力とした巡洋艦から
「自発的に海に潜るという軍艦か」
「はい。日本が保有する潜水艦は比較的低速ながらも探知が難しく待ち伏せ戦術を得意とする『通常動力型』、水中でも30ノット以上を発揮する事が出来る長距離侵攻を得意とする『原子力型』の2種類が存在します。そのどちらも『魚雷』と呼ばれる水中を高速で航行する大型爆弾を搭載し、話によれば大型戦艦・空母を一撃で撃沈出来るとのことです」
「ふむ…つまり我々が日本に攻撃するとなれば、水中に潜む潜水艦に警戒しなければならない…という事か」
「それだけではありません。水上艦、航空機、陸上からの対艦誘導弾による攻撃があるでしょう。正直言って、日本は対艦誘導弾にかける熱意が異常です。特に航空機に至っては兵装搭載能力がある物はもちろん、場合によっては輸送機にまで対艦誘導弾を搭載しているのです。きっと日本には対艦誘導弾が湧き出る泉があるのでしょう」
「そのような泉があるのなら、是が非でも手中に収めたいものだな」
アルネウスからの軽い冗談にミリシアル8世は苦笑交じりの言葉を返しつつ、白ワインで唇を濡らした。
「ですが、それら対艦誘導弾による猛攻を耐え凌ぎ日本に上陸したとしても更なる苦難が待ち受けています。日本の陸軍に存在する『戦車』と呼ばれる兵器がそれになります」
「確か…砲と装甲を備えた自動車だったな」
「はい。帝国やムーにも似たような兵器は存在しますが、日本のそれは正に桁違いの脅威です。砲は最も小さくても105mm、最も大きい物だと130mmにもなり、装甲に至ってはただの金属の一枚板ではなく、様々な素材を重ね合わせる事によって薄く軽量ながら1mもの厚みを持つ装甲用鋼鉄板以上の防御力を持っているそうです。それでいて最高時速60km以上の速力…現状、我々が対抗するには陸軍の重砲、海軍の艦砲、空軍の大型爆弾を用いる必要があるでしょう」
「ふむ、つまり日本に侵攻するとするなら…」
「簡単に纏めますと、潜水艦を含んだ誘導弾を搭載する艦隊を突破し、誘導弾を搭載した超音速戦闘機を撃墜し、
「残りの0.01%は?」
「残り0.01%のうち0.009%は日本で大災害が発生して戦争どころではなくなり我々に有利な講和を行う事…残り0.001%は日本国内で政変が発生し、我々に恭順する。といったところです」
「つまり、日本側に致命的な不運が無い限り我々は敗北するという事か」
「はい。因みに申し上げますと、この結果は
「左様か」
ミリシアルには一部の人間しか存在を知らない秘密兵器、
魔帝の超兵器を以てすれば他の列強国どころか、ミリシアル対全世界となっても勝利する事が出来ると謳われているが…おそらく、日本に対しては無意味だろう。
「陛下、もう一つお伝えしたい事が…」
「申してみよ」
「はっ」
目を閉じて思考するミリシアル8世に対し、おずおずとアルネウスが声をかける。
「日本はどうやらムーと同じ世界から転移してきたようなのです。そのよしみかは不明ですが、日本はムーに対して兵器輸出を行う事を決定したようです」
「ほう…?」
「輸出兵器は歩兵用の小銃、機関銃、大砲、戦車を含む戦闘用車両…亜音速飛行が可能な練習機転用型戦闘攻撃機、小型戦闘艦、それらで運用可能な各種誘導弾との事です。輸出にあたりある程度
「アルネウスよ、それは悪手だ」
焦りを見せるアルネウスに対し、ミリシアル8世は冷静に返した。
「日本製兵器は確かに脅威だ。それこそムーの手に渡れば、我々は第一列強の座から蹴落とされてしまうだろう。しかし、先日日本より齎された魔王による予言と、それに伴う魔帝研究に対する協力要請…それを上手く進める事が出来れば、対魔帝を口実に日本の技術を手に入れる事が出来るだろう。今、無理にムーの邪魔をすれば、日本の心象を悪くして対魔帝戦略に日本を巻き込むという我々の思惑が瓦解してしまう。今は静観すべきであろう」
「陛下がそう仰るのならば従います。しかし、我々としても日本から与えられるのを待つのではなく、積極的に日本の技術を手に入れるべく活動を続けていこうと考えております。よろしいですか?」
「構わぬ。日本は味方に引き入れれば頼りになるが、敵に回ればこの上ない脅威だ。万が一に備え、日本の技術を解析する事に全力を尽くせ」
「ははーっ!」
平伏する勢いで深々と頭を下げるアルネウスに、ミリシアル8世は小さく頷いた。
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