翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~ 作:阿久間嬉嬉
“なんだそのおかしな武器は”
“何を言っているんだお前は”
カッパーレッド・ショットガンを突きつけられた理子も、未だに痺れる体でその光景を見ているアリアも、同一の疑問を同時に思い浮かべざるを得ない。
何故銃を使って弾丸や刃を砕けたのか。何故銃を片手に“殴る”宣言なぞしているのか。
いや、それ以前にだ。
210㎝後半代の彼が持って尚大型に見えるそれを、一体何処に隠し持っていたのか?
「くっ!」
いやそんな事を考えている暇など無い、突きつけられた銃口より逃れる方が先だ……そう考えた理子はテールを“力”で操り叩きつけ、ショットガンを反らしながらもう片方のテールで床を捉える。
異質な跳躍でトンボを切って起き、数メートルばかり距離を取ると、着地を待たずに
「そこに居ろ」
そんな手慣れた反撃にキンジは暢気なことを言いながら彼女目掛けて走り出す。
態勢はタックル。左肩を前に出し、曲げた左腕に銃身を乗せる。
スピードはそこそこ。
……しかしタイミングやルートは最悪。
だが理子に油断も慢心も無い。なにせ彼女が居た
大方、右手のショットガンで銃弾をまた割るか、はじくかする筈だ。
元より彼が先程やってみせている。
だから仮に理子の思考を読めたとしてその判断を、そしてその後の反応を、迂闊だとはとても言えなかろう。
「はあっ!?」
彼女の銃弾を突進で真っ向叩き落として詰め寄るキンジに声をあげて驚いた事になど。
壁に椅子にと吸い込まれる弾丸。ガギン、ゴギンと鈍く鳴る硬質的なサウンド。
“おまえの身体は鋼かよ!” と理子の内心へ渦巻く怒りと焦り。彼女とてそんなまさかの対処法など予想していない。
薄く広がるなにかは見えたが、その正体に想像を及ばせる時間もない。
幸いキンジの追撃は裏拳気味に繰り出された左ストレート。特におかしなものも無い一撃だ。
理子は難なくこれをいなし、されど心臓の鼓動は早鐘を撃ち続ける。
(せめて武器出せよ、避けようとしろよ!! 何あたまから突っ込んでんだ!!?)
しかしこれでキンジは理子へ背を向けた。ショットガンは右にあるため突きつけるのは遅れよう。
それにさすがの彼も、背後をから撃たれ続ければ厳しいと思われた。
その期待は200㎝代の巨体が想像もできない敏捷性で駆動し、ワルサーの銃口が光る直前に斜め下から蹴り上げられたことにより、違う形で崩される。
「ちぇっ!」
「飛べ」
続けて追うように振り下ろされてきたショットガンの銃身を後ろ跳びでかわす。
こちらを向いた銃口からギャリイイッ!! という不快な金属音と共に飛ぶ、赤銅色の三重弾丸から横っ飛びで逃げる。
ここで銃弾が切れたらしく……異様な外見に反し中折れ式だったのか、ガチャンと下へ曲がった銃身を見るや否や突撃した。
(散弾銃なんか使ってるからだよ!)
弾丸は決して込めさせない。
巡ってきたチャンスを逃す気など無いと理子は口角を挙げ。
「迂闊だ」
手首の返しでガキンと戻った、何一つ詰めていない散弾銃から放たれたシェルに、笑ったまま驚愕する。
「わああぁっ!?」
もはや体面になど構ってられず、必死に射線から
どうもペレットを広げるのではなく同時に射出する数を強みにしているようだが、分かった所で気休め。
超能力を使う存在である、魔女や
「ふふ……くふふ、急に本気出してくるね、キーくん?」
なんとかペースを掴もうと理子はキンジへお道化た風に質問を指し向ける。すると意外や意外、キンジも彼女へ普通に言葉を返した。
「ああ。元よりそのもりではあったんだがな。やっぱり必要だろうと思ったことと、神崎を庇い損ねたのも合わせて…よりいっそうぶん殴ると決めた」
「……必、要?」
それを聞く間もなく新たな疑問を生む、キンジの言葉。
「神崎の案件の延長だと思っていた。けれどお前、《武偵殺し》について答えてくれたじゃあねえか。ならオレから殴らない理由はないんだわ」
「ちょっと待って」
……キンジの言い分は何かがおかしい。
それに勘付いた理子は、立ち上がろうとしては尻もちをつき、依然として復帰出来ていないアリアへ警戒しつつも、這い上がってくる嫌な予感を振り払おうと問いかける。
「あたしの話を聞いて無かったの? あたしはキンジのお兄さんをはめた、そしてオルメスと決着をつけるためにお前をパートナーとして……」
「それはきっちり聞いていた」
「じゃあそれがもう戦う理由にはなってるよね? どっちにせよお前は……」
「オレがここに来たのはオレの道の先に影をかける奴を、ぶん殴ってとっ捕まえるためだ」
「……アリアは、金一は、どうでもいいってのか……?」
「まさか。神崎とは《武偵殺し》の件で組んでいるしお袋さんが危ないんだ。兄貴についても思う所はある。ただそれは
「は、はは……」
言っている事は分かる。
別に彼の行動と何も矛盾はしていない。
いや、だからこそというべきか。理子はキンジについてとんでもない“勘違い”をしていた事に、漸く気が付いた。
つまるところキンジはアリアのパートナーとして挑んだ訳でも、兄の弔い合戦として挑んだ訳でも、武偵の義務や責務として挑んだ訳でもない。
アリアの母親が気になってはいるのだろうが、その状況に流された訳でも断じてない。
そもそも最初から自分の憧れにおける今一番の障害を取り除こうと首を突っ込んでいただけ。
アンベリール号の件も『次の事件を予測する手掛かりになった』以上のものは無かったのだ。
――《武偵殺し》という犯罪者が、自分に影を作り続けようとしている。
――だから捕まえる。
――そいつが理子であろうとリュパン四世であろうと、極論どこの誰だろうがどうでもいい。
だから今ここで謎のショットガンを出してきたのも、恐らくはより確実に理子を追い詰める為
まずクラスメイトの理子が犯人というのは、間違いなくキンジにとっても予想外で。
更にオルメスが目的で《武偵殺し》はお遊び、またはキンジをくっ付けるための策と聴いて……理子を今倒しても事件は尾を引いて自分に絡み付いて来るのではと不安になり。
けれど先程の暢気な質問で違うと確信したからだろう。
「さっきも言った。オレはお前をぶん殴る」
無論、自分が関わらなければ見捨てるなどと言う訳ではないのは、自明の理だ。それは本人もきちんと言っている。
もし理子が《武偵殺し》の模倣犯程度であったとしても、彼はどっちみちぶん殴っていた筈だ。
ただし前提も、理由も何一つとして変わりはしない、その上で。
「お、おまえはバカなのかよ、キンジ…!?」
「いいやアホだ」
「……っ! どっち、でも…いいだろうがァ!!」
まるで
同時に彼とのやり取りの間、テールで器用に装填し直していた二丁のワルサーを振り上げ……迷わず連射。
対し、キンジは無言でショットガンを突きつけ……なんと
「えぇ!?」
ワルサーの弾を砕いて突き進むサプライズな射出物に理子は半身になりつつ跳躍、テールを広げて滞空しながら避けるしかない。
――その飛来するショットガン本体が、心なしか一回り小さく見えたことを不気味に思った、まさにその瞬間だった。
「クリティカルだ」
「あうっ!?」
ショットガン
そして床へ落ちた理子へガチャリと突きつけたのは。
「やるね、けど甘いっ!」
けれどと動くテールを鞭のように使い、理子がキンジのショットガン
「なら辛くいく」
ショットガン
キンジがそうする前に、理子が反射的に行った連射も一歩間に合わずビッグシェルに押しつぶされ、テールでの防御の後また飛び退く羽目となる。
(強襲科Eはどこ行った!?)
振り返ってみると、先の
変形したのか? 分裂したのか? もう一丁持っていたのか?
解消しない疑問だけが積み重なるこの状況に、彼女の内心はただただ焦りだけが募っていく。
ナイフは無い、壊された。
爆弾はあるがまだ使えない。
ガス缶はそもそもフェイク、何よりキンジが反応してくれるかどうかは戦闘前に知れている。
銃弾はある。が、有効部位に当たるかどうか保証できない。
テールだけでは粘れない。
先までの余裕はどこへやら……形勢はすっかり逆転してしまっている。
「飛べ」
それをキンジも察したのか、いうが早いかダッシュ。反撃の理子の銃弾を再び二丁のショットガンで“殴打して”たたき落とす。
そのまま槍よろしく突き出される、一丁に戻ったショットガンをするりとかわせば、腕を開くように薙いで迫りくる二撃目。
ここでその腕を潜り抜けた理子が流れる様に後ろを取った。ダメ押しでテールを伸ばし右手を摑まえる。
狙うは後頭部、次いでうなじ、人間の弱所。
如何なカラクリがあろうとも、キンジとてここを狙われれば大ダメージは免れないだろう。
――それより早く手首を返したキンジが左で銃身の尖端を握ったかと思うと、瞬間的に
「え、ま、ちょ、おまっ、わああぁ!?」
もう訳が分からない。
タイミング的にも奇術的にも、どう足掻いても敵わないその曲射をからくも避けた理子は、迫りくるキンジへやけくその一射を放ち……当然の如く弾丸を掴まれて。
「ぜえっ!」
「うあ……!?」
ズバァン! と音速を超えて振り下ろされたショットガンに合わせたテールごとぶっ飛ばされて、バーカウンターに激突。
そして立ち上がる前に失敗を悟った。
そう、この位置は――。
「《武偵殺し》理子・峰・リュパン四世! 殺人未遂で現行犯逮捕するわ! ママに賭けた冤罪の分、償って貰うわよ!」
すっかり蚊帳の外にさせられて理子の頭から飛びかけていた、アリアが倒れていた場所だ……!
恐らく半分ぐらい意図的に誘導させられたのだろう。元よりキンジの目的はぶん殴って捕まえる事、ならば武偵としての本分を成すのに一番最優だろう形が何かと来れば、言うまでもあるまい。
人数不利は言うまでもなく、実力でもキンジには全く敵わず、ここにアリアが加わればどうなるかなど火を見るより明らか。
逃げ場のないこの飛行機の中、袋のネズミとなったのは皮肉にもジャック犯である理子の方だった。
「ふふふ……やるねー、キーくん。負け惜しみに聞こえるかもだけどさ、あのまま戦い続けるんならまだ理子にも勝ちの目はあったんだよ? ほんと、ここまで追いつめられるのは予想外かなー……だから二人とも誇っていいよ?」
「追い詰めるも何もチェックメイトよ、大人しく捕まりなさい」
「ぶわぁーか」
憎々しげに笑った理子に嘘偽りは見られず、キンジすら怪訝な表情を浮かべた……瞬間、何故かテールではなく髪の毛全体をわさわさっと動かし始めた。
何かを操作しているのか?
気付いたキンジが手を伸ばし、アリアも理子を拘束しようとするも……時すでに遅し。
ぐらり! 旅客機が大きく傾いてしまい、アリアは壁まで転がりキンジは前傾姿勢で耐えざるを得なくなる。どうも急降下しているらしいが、先程までちゃんと飛んでいた筈なのに、あまりに唐突過ぎる。
否、唐突なのが当たり前。
ジャックしていたのに安定した飛行をしていた、ということは誰かが操縦桿を操っていると言う事。そしてそれが出来るのは現状、理子だけ。
つまり先程の“力”の行使による髪の怪しい動きは、十中八九髪の中のコントローラーを操作した動きであり、最初から遠隔操作されていたのだろう。
「ふっふー、勝ちの目はあるって言ったでしょ? じゃ、ばいば~い」
いうが早いか脱兎のごとく逃げ出した理子――の背中へまたもやキンジが飛び蹴りをかまして来た。
「ぬおっ……!」
けれど無理矢理なものだったらしく、間一髪ながら理子は回避に成功し、キンジは壁へ着地した。そのまま彼女はわき目もふらず、余裕をかなぐり捨てて
(キーくんほんとやばっ! でも凄いんだよねぇ……オルメスのことが無かったら口説き落としたいぐらいだよ?)
台風の中を高速で急降下する機体に乗客たちが悲鳴を上げる中、急遽手分けして機内を走り回るアリアとキンジ。
自身も危なかろうにどうして急降下なんてさせるのか分からない以上、なんとしてでも見つけ出して止めねばならない。
……決して広くは無い筈の機内を探し回ること一分未満。
一周して戻って来たのか、バーの壁に背中を押し付けている理子を最初に見つけたのは、キンジだった。
「キーくん? いくらカチカチなキーくんとは言え、それ以上近付かない方がいいよ~?」
彼女の周りには円を描くように粘度状の物質――恐らくは爆薬の類だろうもの――がびっしり貼りつけられており、流石にキンジも足を止める。
「そうだったな」
「ええ、ご存じの通りワタクシは武偵殺し……“爆弾使い”ですから」
スカートの端をつまみ慇懃無礼にお辞儀をする理子。
ただどういう訳かすぐ、期待と諦観が入り混じった複雑な顔で、キンジを見上げてくる。
「念の為聞いておくね? キーくん、イ・ウーにこない? この世の天国、学びの場、そして皆が皆でいられる場所に。……一人ぐらいならタンデム出来るし、連れて行ってあげられる。それに」
溜めるような、一拍の後。
「キーくんの、お兄さんもいるよ?」
「それではいと頷ける性分ならば、オレはお前に殴りかからない」
「……だよね」
やがてゆっくりとキンジがショットガンを掲げたのを見計らい、理子は薄く笑った。
「じゃ、アリアにも伝えといて。イ・ウーはいつでも二人を歓迎するよ―――ってね!」
「!!」
それを合図としたかのように炸薬が起爆し、彼女の背後に丸い穴が開く。理子はその穴へ躊躇いなく身を躍らせるとそのまま旅客機の外へ飛び出していった。
紙も瓶も調度品も、テーブルや椅子の破片までもが、空へと一気に引きずり出され……そんな空気の流れに、キンジは呆れた馬鹿力を活かして身一つで耐えながら、鳴り響く警報を他所に前へ出る。
ベタベタとくっついて迫る消火剤とシリコンのシートを見えるようで見えない何かの壁で一時的に遮りつつ、クソ度胸で穴そのものからキンジは外を覗いた。
「……!」
薄っすらと月明かりに照らされるそこでは、武偵制服を改造したのだろう不格好なパラシュートを広げ、ゆっくりと降下していく理子の姿があった。
なるほど。機外に脱出するつもりだったからこそ、彼女は機体を急降下させていたのだろう。
そんな彼女が手を振る様を、キンジは黙って見つめ。
見つめられる理子は雲間に消える直前、キンジへばいばいというように手を振り返す。
(へ?)
その振り返した手は………キンジが開いた穴から出てきて航空機に足を突き刺し、逆さに近い体勢となった事で強引に止められる。
(待って、待ってキーくん、まさか……!?)
そして降りる理子と入れ変わる形で雲の下から旅客機へ迫る飛来物を。
本来であれば予定通りエンジンを壊す筈であった、眼下の『ある物体』から放たれたミサイルを。
異常なまでの敵意と、迫力を湛えた眼力で、真っ向睨み返し。
刹那、二丁のショットガンが数瞬ばかり、対物ライフルのような大きさになったかと思うと―――ひし形に配置された四つの弾丸がミサイルを直撃。
「うっそぉー!?」
昇ってくるんじゃあねえとばかりに、爆風もろとも真下へ強引に叩き戻され、見事襲撃は失敗に終わる。
だけでなく……なんとそれでも抑えきれなかった分の爆風を、恰も固形物の様に引っかけると、一丁に戻したショットガンを振るい他所へぶん投げた。
どうやら射出元の“何か”を見て止めに来たようだが……流石にキンジもそこで諦めたらしく、機内に機体を這うようにして戻っていく。
それを見た理子は漸く海面へ視線を戻し、空中を滑るように降りていくのであった。
(ねえキーくん、君さ……
“自分は、いったいどれだけ無謀な勝負を挑んでいたの?”
と……そんな苦い思いと、走った戦慄をそれぞれ一つ、虚空へ残して。
次回でハイジャック編は終わりになります。