翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~   作:阿久間嬉嬉

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これにて第一巻分は終了となります。
キンジが凄まじい事をやらかしたお陰と、彼自身の心境が故に、着陸やラストに関しては原作よりあっさりです。


空の監獄・終 / オルメス四世

 ――あの後。

 

 アリアが機種を挙げた事により海面まで300mという所で水平を保て、上昇して安全な高度まで戻った旅客機は……幸いにも通信機器は生きていたこと、エンジンはキンジのお陰で無事なこと。

 

 機長から拝借した衛星電話でキンジが「乗り物ならあいつだ」と武藤につないだこと。

 

 羽田の管制塔と連携を取ったこと。

 

 そしてキンジがあの時理子へ思い切り跳び蹴りを噛ましたお陰で、彼女が行う筈だった下準備のいくつかが間に合わず、オートパイロットを破壊されずに済んだらしいこと。

 

 だからこそうろうろ飛んでいるだけの時間を稼げたこと。

 アリアが武偵手帳に気付系の薬を挟んで持っていた為、副操縦士が起きてくれた事。

 

 ……などなど他にもいくつもの要因が重なり。

 危なっかしさがあったり、防衛省から「羽田への着陸は許可しない」などと通達が入ったりでひと悶着あったものの、燃料系が守られたこともあって、何とか代替着陸(ダイバード)を成功させた。

 

 これにて、アリアもキンジも従業員も、乗客達も全員生還する事と相成ったのである。

 

 

 

 

 ―――そして、事件から数日後の夜。

 

 負傷こそ少なかったが念のために休みを取っていたキンジは、今。

 しかし彼を待ってましたとばかりに取り囲む取材陣にもまれたり、避けて通れない警察からの事情聴取を得て……ようやく自室に戻れていた。

 

 細く長く息を吐き、自身の部屋のベランダから空を見上げる……そんな彼の後ろには、少しだけ荷物を下ろしたように穏やかな顔をした、アリアが居た。

 

 アリアはそっと彼の横に並び、一緒になって夜空を眺める。

 許可したのか、追い出す気が無いのか、キンジは何も言わずただ空を見ている。

 

「綺麗ね。東京でこんな星空が見られるなんて、思いもしなかったわ」

「蛍光灯と電飾だらけだからな」

「それもあるけど、それだけじゃない様な気がするの」

 

 俗にいう台風一過という物だろう。嵐が過ぎ去った後に蘇る美しい景色をしばし、二人は黙って見つめ続け……不意にアリアが切り出す。

 

「ママの公判、延びたわ。《武偵殺し》が冤罪だって証明できたから、最高裁も年単位で延期するって弁護士の人も言ってた」

「ひとまず、余裕は設けられたか」

 

 視線を傾けてそれだけいうとキンジはまた黙り込んだ。そんな彼へアリアはクイっと、顔を上の方へ向けた。

 丁度、キンジの顔がある位置へと。

 

「あの時……あんたは厳密には、あたしを助けに来てくれたわけじゃないのよね…」

「《武偵殺し》に決着を付ければ、オレは晴れて一般市民(パンピー)を目指せるからな」

 

 その犯人との決戦場となった旅客機が、偶然アリアが仕事で乗る旅客機だった。

 勿論他にも要因はあるだろうが……極端に抜き出してしまえば、ただそれだけ。

 

(でもそれなら…)

 

 では、《武偵殺し》居なければスルーしていたのか? 反対に、《武偵殺し》が居ればどこにでも向かったのか?

 ちゃんと離陸は止めようとしていたから、解決のために事件を望んでいる訳ではないのは確実だ。そもそも彼自身、事件が無い方がいいと言う真っ当な考えを持ってはいるだろう。

 

 けれど、それ以外が全く分からない。

 

 聞きたくて。でも怖くて、聞けなくて。

 旅客機内でかわしたあの会話も、アリアがSランクであったのと《武偵殺し》での関わりがあったからで、それ以上のものが無かった―――なんて、少なくともアリアは思いたくなくて。

 

 つい彼の掲げる憧れの方へと、話をシフトさせてしまう。

 

「あんたほんとバカ、いいえアホよ。そういう時パンピーは……逃げてしまうか立ち向かえないものなのよ? 出来る誰かに頼る、それが普通なの」

「だから出来るオレにオレが頼った、筋は通っている」

「もうっ、ああ言えばこう言う……」

 

 苦笑いするアリアに割と本気で言っていたらしいキンジは片眉をあげ、不本意な反応だと少し口をゆがめた。

 外見は、ともすれば成人の武偵と言っても通じるだろう巨体なのに、そういう所作はまだまだ子供で年相応に見える。

 

 ……カッパーレッドのショットガンを片手に、髪の毛を操る犯罪者と大立ち回りをしていたとは、とても思えない。

 

(あんな力があるのに、どうして……?)

 

 武偵法(ころさず)を守りつつああも圧倒出来る力を、何故隠し続けるのだろう。

 どこでだって引く手数多だろう実力をもってして、どうして一般人を目指すのだろう。

 そも、あれ(・・)はいったい何なのだろう?

 

 聴きたい事がたくさんあるのに、どうしてもアリアの口からは、言葉として出力できなくて。

 

「あのさ、あたし……あの空で分かったんだ、何でパートナーが必要なのか。もし今回キンジが居なかったらきっと……」

 

 代わりに出るのは、今回の事件で身に染みた、直視せざるを得ない現実。

 

 四本の腕を操っていただけに等しい理子ですら、アリア一人ではどうにもならなかった。途中でキンジがテールを妨害しなければ、最悪側頭部を思い切り裂かれていただろう。

 

 あのまま続けていたとしても、弾丸に刃にと手数がまるで足らないのだ。それこそキンジという規格外がいたからこそ、今回の事件は無事収束を見たと言える。

 

 なればこそアリアは言おうとして……それを、ぐっと呑み込み。

 

「だから、お別れを言いに来たの。一度だけって約束したでしょ? ほんとは、あんただったら良かったんだけど……でも約束は約束、それに武偵憲章その2《依頼人との約束は守れ》だからね。新しいパートナーを探すわ」

「そうか」

「うん。……もう、追わないよ」

 

 “アリアと組むのは《武偵殺し》の一件に決着がつくまで、そこまでを一度と数える”。元はキンジから言い出した事だが、それに甘えていたのは寧ろ自分の方だと考えているらしいアリア。

 

 現に提案はキンジからであれど、一件の発端は彼女なのだから、本来手を引くべきはどっちからなのか……言うまでもない。

 

 分かっているからこそ切り出したアリアは、それでもなお晴れない靄を抱き、己の中で何かを巡らせるかのように瞳を閉じて、迷っているかのように口を開いては閉じて。

 決心したか改めてキンジの方をまっすぐに向き、その言葉を紡ぐ。

 

「推理して駆けつけて、犯人を圧倒して鎮圧して……逃げられちゃったけど、あんたは立派な武偵だわ。だからあたしはあんたの意思を尊重する。あの時みたいに、ドレイだなんて二度と言わない。……だから……も、もしね……もし気が変わったら、その時はあたしと、一緒に……今度こそ、パートナーに……!」

「武偵に嫌悪はない、神崎自身がどうという訳でもない。オレはオレの憧れだから目指すんだ、一般市民をな。それだけだ」

 

 意を決して吐露した本心は―――しかしキンジの硬い心情を、削る事すら出来なかった。

 

「い、いいのよ、いいの! あんたにその気がないのなら……ほ、ほら、それにさ? 前も言っていたようにあたしはまだ独唱曲(アリア)だし! だ、だから今言った事は忘れて」

 

 

 

 

 

「何故だ」

「………え?」

 

 そう、一欠片すらも削れなかった。削ろうと向かうことすら、出来ていなかったのだから。

 

「お前との一件は終わっていないし、オレが黒幕を追い続ける限り、お前ともはち合うだろ。独唱曲一本で止まるにはまだ早いんじゃあねえか?」

 

 つまり、アリアはまだ……遠山キンジという男を、理解できていなかった。

 

「追い続ける? え……待ってよ、キンジあんたまさか……!?」

「ああ、理子を必ず捕まえる、そしてイ・ウーと戦う(・・・・・・・・・・)。そも、理子とはち合ってからもう逃げ道は無い、ならばすべて殴る。殴って終わらせて――」

 

 そして。

 バチン! と掌に拳を打ち付け、少し笑みながらキンジは、堂々宣言する。

 

「――パンピーロード一直線だ!」

 

 “ああ、こいつは本物のバカだ”

 

 逃げてしまえばいいのに、逃げたって文句は言われないのに、寧ろそれこそが正しかろうに。

 一般市民になる自分を考えて、自分から何もかも取っ払って……周囲へ破壊の闇を向かわせないようにしようとしているのだ。

 

 誰かを気遣っているのかと言えば、それも否なのだろう。ただ彼は自分がやりたい道を、やるべきと見定めた行いで舗装して、ひたすら突き進もうとしているのみ。

 

 その結果が誰かのためになると言うだけの話。

 

(そっか、だからバスジャックの後、アタシに……)

 

 次いで氷解する、地味な疑問。ちらちらと見えていた、彼のこだわり。

 こんな精神性をしている男なら、そりゃああも言おう。約束を先延ばしにしてでも何とかしようとして、当たり前だろう。

 

 イ・ウーが危険だと言ったところで間違いなく止まらない。

 元より戦闘能力の高さが高さだ、止める理由がもう殆どない。

 

 パートナーにはならないけれど、武偵で居る気もないけれど、アリアには協力し続けるのだ。

 この、遠山キンジという男は。

 

「それまではどうあっても組む事になる、忘れようにも忘れられない。それに情けは人の為ならず……出来る範囲で手伝いぐらいはさせて貰うんだわ。情報が欲しいからな、オレじゃあ知らんことが多過ぎる」

「……ふふっ」

 

―――うん、やっぱりやめた――。

 

 アリアは内心でそう一つ決意をする。……キンジをパートナーにしないとうその決意を止める、という決意を。

 どう足掻いてもキンジは反対するし、銃弾を弾いて掴んで叩き落すような男に脅しなんて通じないのは、今までのやり取りで彼女もよーくわかっている。

 

 でも、望んで独唱(アリア)になりかねない道を突っ走るこんな男になんて、もう一生出会えない。

 そんな男とまだしばらく組んでいられる機会なんて、恐らくもう一生無い。

 

 だからアリアは、今夜本来向かうべきだったイギリス行きのヘリの予定へと、心でそっとバツ印を描いて。

 

「それならあんたがもう後戻りできない、とっておきを教えてあげるわ! オルメスについてね!」

「理子が言っていた奴か……知っているんだよな?」

「あたし自身のことだもの、当然じゃない。だからよく聞きなさいオルメスっていうのはね――

 

 

―――英語でホームズ(・・・・)の事! つまりアタシは、シャーロック・ホームズ四世なの!

 

 とんでもないカミングアウトをキンジに対しぶちまけてやった。

 

「…………マジか」

 

 どれだけ鈍感でマイペースな男であっても、こればっかりはどうしようもないようで……目論見通りキンジは分かり易いほど目を見開き、驚愕一色でアリアを見つめていた。

 

 されど、これで理子との因縁は繋がったと言える。

 名探偵であるホームズと、大怪盗であるリュパンなら、ああなるほど確かにライバルだ。

 

 考えてみればかなり簡単な所に答えは転がっていたのだが、あまりにメジャーで簡単すぎて、逆に思いつかなかったのだろう。

 いやキンジでなくとも、これに心当たりがいく武偵はそう多くあるまい。

 

 探偵科Cランク以上ならばともかくとして、オルメスというフランス語読みを先に聞いてしまっていたら、ピンとこなければ延々迷うこともあり得る。

 

 こと自分以外のことに対して勘が鈍く、直に言われないと迷う傾向もあり、英語自体得意ではないキンジではどうしようもなかったのかもしれない。

 

「どう、驚いた? つまりアタシはパートナー……J・H・ワトソン候補を探しているの!」

「ああ驚いた、怒・即・銃のお前がまさかホームズだなんて、天変地異にも程が

本気で風穴開けるわよ!?

 

 

 こうして。

 

 ただ母親を助けたくて必死に翔る、ちっこ可愛いホームズ四世ことアリアと。

 ただ一般に憧れて硬くな(・・・)に進む、でっか怖い遠山キンジの。

 奇々怪々なコンビがここに爆誕したのであった―――。




Q&A形式の小話を挟んだ後、二巻分の連載を開始いたします。

キンジの銃の謎についても迫る予定です。
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