翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~ 作:阿久間嬉嬉
ゴールデンウィークも終わり、いよいよ始まった武偵版オリンピック“アドシアード”。
……なお花火の件については―――白雪が止める間もなく女子寮に戻ってしまい、結果的にか気まずかったかキンジは彼女を追わず、男子寮で久しぶりに一人の一夜過ごしている。
また『本当にごめんなさい、合わせる顔が無いから自分の部屋で寝ます。』という趣旨の丁寧で長いメールに、『気にしていない。気にするな。(原文ママ)』といった文を返して、そのまま普通に寝てしまってもいる。
護衛の依頼はアドシアードまでなので良いと言えば良い。が、不用心でもある。
ただそのおかげでキンジは寝不足にならず、しかし手伝いに駆り出されて早朝から走り回り。
「…………」
今は講堂のゲートで
本来キンジ・武藤・不知火による即席バンドの出番は閉会式。なので普段は短縮授業を受けつつ、
が、前述の通りキンジは蘭豹からあれこれ仰せ付けられている為、朝方に動いて一旦昼を挟み、夜から再び色々と忙しくなってしまう。
また講堂の配置が学園の奥である都合上、セキュリティゲートを必要としていない。
更にここ自体、報道陣の控室に続くだけの出入り口でしかない。
しかも今は昼三時なので往来も既に無いのと同義。
なのでキンジは実質現在時刻3時から6時までの間のみ、まとまった休憩を取れる。
「いやー、マジで誰も来ねえな。暇!」
モギリの役目も友人の武藤と一緒にやっているので、下手に相手を気遣う事もなく、雑談しながらのんびりできよう。
パイプ椅子に座ったままなのでだるくなる事もない。
キンジはちょっとばかし運が良かったようだ。
……そして早速暇を持てあまし、武藤がキンジへと何気なく話題を振る。
「俺らの演奏する曲ってさ、原曲のカバーの、コピーの、更に変え歌なんだよな。もう笑い話じゃねえかこれ?」
「原型は間違いなく無いだろうな、最早」
「しかも選んだ理由はバン・ババン・ババンって歌詞が銃声っぽいからだとよ、武偵高らしいぜ」
「そも去年同じ理由でアニメの曲が選ばれていなかったか」
「いたいた! ノリ良かったからみんな大喜びだったけどよ!」
「そうだ星伽さんはチアに出るか?」「出ない」「そうかぁー…」などと、誰も来ないゲートでなんてことない雑談を続けていた折―――武藤は不意に、神妙な声でキンジへ問う。
「キンジよぉ、お前さ……星伽さんのボディーガードしてたんだよな?」
「ああ。神崎とな」
「守られてる星伽さん、違和感なかったろ? そういうタイプに見えるもんなぁ」
「寧ろ違和感の塊だな」
「……お前星伽さんのこと根本的に嫌いなのか?」
「苦手だ」
「ああそうかい……うん……」
武藤の見た印象は
噛み合っていないのは、やはり重視している方面が違うからだろう。
武藤が裏を知らないと言うのもあるが、それはそれだ。
キンジの、どうこまでも噛み合わぬ返答を受けたからかは不明だが、武藤は神妙な顔のまま黙り込み、首を思い切り捻り始める。
「正直に……素直に言ってくれ、キンジ。お前としては、
「なにがだ」
「星伽さんと、アリア、どっちがお前のタイプなんだよ?」
武藤が出したのは、いわゆるコイバナ。……聞いたキンジは目を細め。
「希望の無い二択は止めてくれ」
「それ以前の話だってか!!?」
真正面から叩き落とした。無情である。
まあ白雪は本人が散々言っている通り苦手中の苦手な部類で、第三者的に見た“人”としては良くても、“異性”や“キンジ個人”としては間違いなく範囲外だろう。
そしてアリアも、強烈な縁が出来てはいるが組んでいるのは半分なし崩し、且つ銃弾をぶっ放す癖のある時点でNG。キンジが対処出来ているだけで、普通に考えて危なすぎる。
友人やパーティとしてならキンジの返答も違ったろうが、いかんせん今聞かれたのは好みのタイプ。
ならばお断りの返答がこぼれ出ても、多少は仕方がないと言えた。
されど武藤はどうにもコイバナを諦めきれないか話を続行。
「俺はよ、アリアだと思ってたんだよ。おまえはさ、ほら、年下っぽい子が似合う気がして」
「なあ…武偵高ではオレをロリコンに仕立てる悪趣味な遊びが流行っているのか?」
「本気で悲しそうな声出すなよ!? 流石に理由あるからな!? こないだなんだけどよ、一般鉱区でアリアが女子と喋ってる時、あいつずっとキンジのことばっか喋ってたんだぜ? 両想いだろ!」
「…………」
「わ、悪かった、悪かったから目をかっ開いて顔を寄せるの止めてくれ、怖いって」
とにもかくにもロリコンは止めろと言う、確固たる意志を感じた武藤はひとまずアリアの件を引っ込め、代わりに恐る恐るこんな事を聞いて来た。
「じゃあさ、その、キンジは星伽さんと」
「傷口に塩を塗るな」
「上手くいって言い切る前に遠回しに否定すんな」
心なしかキンジの語調が強くなっているのは、ずっと苦手と言い切っているのにしつこく、恋愛沙汰の勘ぐり繰りをしている為だろうか。
「気にするまえに、お前が頑張ればいいだろう武藤。オレは応援している」
「前も言ったけど複雑なんだっつの……お前の場合は、本心だって分かるからこそ余計によ」
ここで漸くコイバナ?の話題が付き、以降は映画の話や音楽の話、今ハマっているバイクの話などにうつつを抜かし、キンジと武藤は時間を潰した。
―――そして時刻は4時を回り。
シフトが終わった武藤と別れ、引き続きゲートの監視役を続けているキンジ。
本当にやることが無いのでただただ、傍目呆然と、時に散漫的に辺りを見回して、無為に時間を過ごしていく。
「…………」
やがて長針が30分知覚を回った頃。
手持無沙汰になり過ぎたキンジは、ケータイの未読メール欄を眺め始めるという、彼にしてはとても珍しい行為に走る。
ただ元々マナーモードにしっ放しだったのもあり、これが功を奏して実際に未読メールが来ているを知れた。
相手は、メールで白雪・教務科。着信で武藤。
「…………」
それだけで何かを察したらしいキンジは、一通りメールを眺めた後、無言でパイプ椅子を立つと行動の向こうへ走っていく。
と――こちらもキンジを探して走り回っていた、さっきぶりの武藤とはちあった。
「キンジ! メール見たか!?」
「ケースD7」
キンジが今言ったケースD7とは符丁のことで、ケースDは『アドシアード期間中における校内での事件発生』、7は『詳細不明瞭の為、一部の者のみへ通達。保護対象の身の安否を優先し、アドシアードは継続。極秘裏に解決せよ』という意味がある。
「……内容については知ってるか?」
「察してはいる」
「じゃあその勘を確実にしてやるよ―――星伽さんが失踪した。昼過ぎから連絡が取れねえって」
何かと責任感の強い白雪は、当然ながらアドシアードを投げ出すことなどありえない。
そして直近までキンジが受けていた
「手分けして探すぞ、武藤はあっちだ」
「おう……慎重にな!」
やみくもに一人で走り回ってもらちが明かない。そう考えたらしいキンジは武藤と別れ、彼とは逆方向へ再び走っていく。
己を迂闊さを呪うように? ……否。
まるで、存在しない何かを、睨みつけるかのように。
・
・
・
・
……キンジたちが大慌てで走っているのと、ほぼ同時刻。
白雪は―――薄暗く、非常灯にのみ照らされる地下七階の
地下倉庫。
正確に言うと
要するにジャンクションとは対外用の、柔らかい言い方に過ぎない。
また武偵高のある学園島は人工浮島。だからか多層構造となっており、地下二階からは水面下となっている……と言えば、通常の地下火薬庫とはまた別種の怖さがあることがわかるだろう。
そもそもここ自体が立ち入り禁止区域であり、そこへ入るには専用のエレベーターが必要なぐらいなのである。
しかし……白雪が来た、いや“来させられた”時には既に緊急用のパスワードでは動かず。
変圧室から浸水時の隔壁を兼ねたマンホール上の扉へ接近し、パスワード、カードキー、非接触型ICという多数の工程を得て扉を開けて。
そこにある非常ハシゴをゆっくりと降り、そこからボイラー室で同様に……という長い工程を得なければ、とてもやってこられない様になっていたのだ。
更に後方からは施錠し直すような音が聞こえ、二度、三度引き返す羽目にもなった。
明らかに、誰かが侵入した後。
恐らくは排水口―――雨などで島内に入り込んだ水を定期的にポンプで排出する場所――から侵入したのだろうが、並大抵ではない。
何せここは武偵が何百人もいる危険地帯。
そんな場所へ不法侵入しようなどという輩が、普通な訳がない。
外部からの侵入に対し、あまり堅牢でないのにはそう言った理由があるのだが、いかんせんこの時ばかりは裏目に出た様子。
「………」
白雪が緊迫した面持ちでいる理由は、その並大抵ではない輩を相手にすると言う、可能性に行き付いているからだろう。
無論、周囲に無数にある火薬棚と弾薬の山、『KEEP OUT』や『DANGER』の文字も、そうさせる理由の一端と言えば一端だ。
跳弾でも起こったが最後、学園島は粉々になり、生徒も先生も来客も報道陣も皆、比喩なくバラバラになって吹き飛んでしまう。
しかも肝心の置き方はズサンの一言。誘爆を呼べばもう止まらない。
ただ白雪の
となるとやはり、ここに呼んだ『犯人』の方が不安要素とみて間違いない。
そして。
「どうして……」
それを証明するかのように、怯え切った声で白雪はぽつりと、誘った犯人へそう問いかけた。
「どうして、大した能力もない、私なんかを欲しがるの―――《
アリアが護衛を始めた理由であり。
キンジが護衛の必要性を疑う程度の信憑性しかなく。
白雪自身も否定してきたその名前。
……存在自体が都市伝説でしかない、と言われていた筈の、超偵誘拐犯の名前を。
果たして言葉は。
「裏を、かこうとする者がいる」
――返って来た。
「よもや表そのものが、裏の裏とは知らずにな」
どこか時代がかった男喋りの、女の声で。
不規則な棚のどこかに隠れ、影の端すら、見せないまま。
否。
……実は白雪は、“彼女”が居ると分かっていてここに来ているのだ。
今より少し前に付き、その時から“彼女”と話をしているのだ。
あの日、アドシアード開催前の、葛西臨海公園で花火を見た日に。
キンジが離れたあの瞬間、
キンジたちを巻き込まずに自分だけで収めると、そう決めた心のままに。
無論そんな彼女の心など分かるはずもなく。
その声の主・《魔剣》は、白雪の問いに答えているようで答えていない、奇妙な会話を投げてくる。
「和議を結ぶと偽り、陰で備える者がいる。それに勝るのならば、更にその裏をかくことが必要となるだろう。我が偉大なる始祖のように陰の裏を……光をまとい、陰を謀るのだ」
「……なんの、話……?」
要点が見えて来ず、己の血脈を口にするその語りに対し、白雪はただ困惑するばかり。
「敵が陰で、
その間にも《魔剣》は彼女を一切気づかわず、淡々と話を進めるのだが……そんな、何も読めず見えない話でも、『ある一言』に対してだけは反応せざるを得なかった。
「だからこそ、最上大粒の原石が―――それも
「欠陥品……? 誰のことを、言っているの」
その声には分かりやすく怒りが籠っており、答えを察していても尚聞かずにはいられなかったという、感情的な面が強く出ていた。
彼を、そんな風に言うな。
何も知らない貴女が、そんな簡単に言うな……と。
「分かっている筈だろう?」
当然、そんなもの《魔剣》の知った事ではない。それどころか、返しの言葉には嘲りの色すら混じっている。
「ホームズ四世には少々手こずりそうだったが―――あの娘を遠ざける役割を、最終的にこなしてくれたのが、遠山キンジだ。都市伝説、詳細不明、その言葉に踊らされるままにな。現にこうして、守れてもいない……そんなヤツが欠陥品で無ければ、なんという」
「違う、キンちゃんはそんな人じゃない! キンちゃんはあなたになんか負けない! ここに私が来たのも、迷惑をかけたくなかったから! あなたのいう、関係は無い!!」
「フッ」
例え嘘偽りなかろうとも、そんな擁護など真面目に取り合う必要などないとばかりに、嗤って流す《魔剣》。
「よくいうものだ。迷惑は貴様もかけている、寧ろ私の策の成立に置いて見事、一役買って見せただろう?」
「……?」
思い当る節が無く本気で目を白黒させる白雪に、からかうように、そして面白がるように……《魔剣》はとんでもない『声』を発した。
「“来てくれ白雪! オレはバスルームに居る!”」
「……!? そ、れ、キンちゃんの……」
そう。
あのバスルーム突入の珍事が起こり、アリアと白雪が大喧嘩をした日。
キンジは電話などしていない。
にもかかわらず、白雪が切羽詰まって飛び込んで来たカオスな状況。
それは……《魔剣》が意図して造り出した、亀裂を生む為の布石だったのだ。
「無数の監視カメラを仕掛けていたようだがな……実際に監視していたのは、私の方だ」
息をのむ白雪は無意識に後ろへ一歩、下がってしまう。
その状況を面白がったか、楽しそうに《魔剣》は続ける。
「お前がリビングの窓際に向かい、遠山がバスルームの明かりを消し、ホームズ四世が帰宅したその瞬間を狙い、電話を掛けたのだ。まあ遠山の声は低すぎてな、ズルをせねばならなかったのが、少し腹立たしいが」
「私を動かして、キンちゃんと、アリアの仲間割れを加速させた……」
「まあ後は石が転がるように、というべきか。アリアはお前達から離れた。何を考えているか不明な男でも、欠陥品である事からは終ぞ、逃れられなかったようだな」
『もうすぐそこまで来ている』。そんなアリアの直感は、皮肉にもなにより正しかったのだ。
だがキンジは頭から疑い、白雪の一件から生じた妙な亀裂にノミを入れて、結果仲違いをして別れてしまった。
「
「………」
「『抵抗せず自分を差し出す。その代わり武偵高校の生徒、そして遠山キンジには手を出さない』……その言葉通り、連れて行ってやろう。イ・ウーへ」
そして今、《魔剣》は最後の仕事を――白雪という逸材の誘拐を、完遂しようとしている。
理子が言っていたこの世の天国、学びの場、個人が個人でいられる場所へ。
自分だけで収める、そう決めた白雪に最早、犠牲になる事への迷いなど無い。
(ごめんなさい、キンちゃん。さよなら、アリア……)
別れの言葉は、それ二つだけ。
覚悟を決めた白雪は、怯えの残る表情を引き締めて、一歩踏み出した。
《魔剣》に導かれ、イ・ウーの一員となるために。
「つまりお前を殴れば良いんだな」
彼女の歩を止め、暗影を切り裂く、声一つ。
「「!!?」」
それは紛れもなく……《魔剣》に欠陥品だと言われ、白雪が何よりも守りたいと誓った、タッパが自慢のDランク探偵科――。
「そこに居ろ」
―――遠山キンジだ……!
どうやったのか彼は既にこの
だからか走りに迷いはなく、《魔剣》の声がしていた方へと足音を鳴らして駆けよっていく。
到達まではジャスト五秒。どんな装備を持っていようと、この短時間では準備できまい。
しかし助けに来た彼の姿を見ても、そんな有利な状況であっても、白雪の表情は全く晴れない。
それどころか切羽詰まった顔で、息を吸い込み。
「ダメっ!? 来ちゃダメ、キンちゃん!
悲鳴のような叫び声が上がった、直後。
――その言葉を体現するかの如く、超速で飛んできた
無論、それだけならば問題無かった。
「『
だがこれはどういうことだろう。
……そのヤタガンからパキ、パキ…と音が上がったかと思えば、どこからともなく銀氷が具現。
なんとキンジの脚を貼りつけてしまったではないか。
銃剣はただの刃物。床もリノリューム製。
いったいこれは何なのか。どういう事が起きているのか……?
「少なくともお前は犯罪者だろ」
それにキンジは頓着などせず、ただただ砕いて突っ走る。
張っていた筈の銀氷は、ヤタガンもろとも木っ端みじん。
「えっ、あっ……」
ここで初めて《魔剣》の声へ惑いが宿った。
氷系束縛技を、まさかの力技で破られればそりゃこうもなろう。
だが。
「…ふん、愚か者め」
「いいやアホだ」
「……だからどうした」
すぐに《魔剣》が体勢を整える。勿論、これには訳があった。
実は走るキンジの軌道上にはピアノ線……正式名称・ツイストナノケブラーワイヤーがある。
キンジの頸動脈を斬る位置に、斜めに貼られているのだ。
同時に以前キルトラップを仕掛けた真犯人が露呈した。
木を隠すなら森の中……白雪の嫌がらせの中に、《魔剣》が仕込ませていたのだろう。
そして非常灯しか明かりの無い、薄暗い地下では、細い糸など見える筈もない。
まんまとかかったキンジはそこへ勢いよく突っ込み……。
「邪魔だ!」
突進の勢いで引っ掛かったワイヤーを逆に引きちぎった。
しかも首と腕で。
もう一度、詳細に言おう……首が引っ掛かった直後に、左腕を出して。
そのまま走ってブチッといった。
「えっ」
最早呆然という言葉の似あう呟きを漏らしてしまう《魔剣》。
されども運が味方したようで、たどり着いた筈のキンジはどうも方向を微妙に間違えたか、彼女に背中を晒している。
どういうからくりかは知らない。
だが罠を台無しにされ続けた中、ここで巡って来た千載一遇のチャンス。
―――それは右肩に担ぐ形で構え、銃口を向けられていた赤銅色のショットガンを見て、脆くも潰され不意になった。
そして……ギャリイィッ!!!
「うおっ!?」
不可解な金属音と共に、空を裂いて射出されたシェル。
それを反射的に回避した《魔剣》は……半身になって腕を伸ばし、ショットガンを突きつけるキンジを目視し。
「よう、
――星伽白雪のそっくりさんよ」
「くっ……!!」
あの日あの場所ですれ違った時以来の対面を果たす。