翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~   作:阿久間嬉嬉

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暴虐少女

 HSS―――正式名称ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 

 キンジがヒステリアモードと呼ぶそれは彼の家族に備わっている、いわば遠山の血筋に遺伝する一種の“特殊能力”。

 ある条件(・・・・)を満たす事により分泌されるβエンドルフィンが常人の約三十倍もの神経伝達物質を媒介し、中枢神経系の活動を飛躍的に亢進させるという。

 

 要するに論理的思考力や推理力、判断力や反射神経などが超強化され、一時的にスーパーマンとなれるのである。

 

 それがキンジの家では代々、主に男児へ伝わっており、現にキンジの兄も父親もこのスーパーモードを巧みに操り武偵や検事として活躍して“いた”。

 

 ではそのスーパーモードとなるための条件は何なのか?

 

 ……それは端的に言うと何でもいいから《性的に興奮すること》。

 要は唇やら胸やたらももやらと言った部位、時間や場所と言ったシチュエーション、特定の感触や異性の仕草、それらに対し大人な魅力(・・・・・)を感じた瞬間―――ヒステリアモードは開花するのだ。

 

 

 元は子孫を残すという本能の異常発達が齎したものと言えば、この条件にも理解が及ぼう。

 

 そしてそんな条件で発動するからか、この状態となった当山家の人間は、女子に対してとある不思議な心理が働く。

 

 うち一つが何が何でも女性を守りたくなるというもの。

 もう一つが女性が魅力的に思う仕草を取ってしまうというものだ。

 要するに褒めるわ慰めるわ、優しく接するわ、それでいてさりげなく触るわと、天然ジゴロキャラと化すのである。

 

 

 ……アリアの「ドレイになりなさい」発言に対しキンジがこのHSSを思い浮かべてしまったのも、ある種納得が行くと言うものであろう。

 命を賭けて女性を守り、女性を何より優先すると言う事は、裏を返すと余程でない限り相手に逆らえなくなってしまうのだから。

 

 とまあ、そうなってしまう体質である事を、キンジは祖父や父や兄から聞いている。

 

 

 

 

 さて。

 

 当人自身が思い浮かべたがゆえ、言わずとももうお分かりであろう―――キンジにはこの体質が色々な意味で一切備わっていない

 

 そう言い切れる理由はいくつもあるのだが、その中でも一番顕著なのはβエンドルフィンの分泌条件。

 彼の祖父が試したことではっきりしてしまったのだが、キンジは異性の裸体を見ようが同性の丸秘を見ようが、それが全く分泌されないのだ。

 

 更に、念のためβエンドルフィン分泌時に検査してみたところ、なんと媒介される神経伝達物質の量が常人より僅かに少ない程度に収まっているという結果すら出た。

 

 また彼自身が持つ、美女や美少女といった人達に対しての美の認識も、ありはするが常人のそれから大いにズレている(・・・・・・・・)

 

 

 そこへ前述の強襲科Eランクや探偵科Dランクを結び付けた上で結論を出すと……遠山キンジは紛うことなく、遠山一家の落ちこぼれなのである。

 

 

 

 

 

 彼の家族は自分のやりたいようにやればいい、と言ってくれたためキンジはさほど劣等感を抱いていない。というよりだからこそ「パンピーになる」を掲げているとも言える。

 そもそも当人がそんなことで比べる様なタチですらなく、HSSの事はあくまで知識として有る程度に留まっていた。

 防弾設備を忘れる彼でも、身内の事情までは流石に忘れていやしない。

 

 

 なればこそ。

 今朝の異常行動を踏まえて尚、アリアが恐らく自身を尾つけてまでドレイとやらにしたい事に、キンジは思考が及ばなかったのであろう。

 

 まあ何万歩譲ろうとも、相手をドレイにするためだけに部屋を訪れるなどという、奇行に次ぐ奇行を想像出来る訳が無いのも事実だが……。

 

 

 

「おなかすいた」

 

 ――そんな奇行の主はと言うと、ドレイ宣言をしたかと思えばそんな事を宣う始末。

 キンジも大概そんな素振りを見せていたが、他人の家に押しかけておいてこうも図々しいのには負けるかもしれない。

 

「ねえなんか食べ物ないの?」

「砂糖はある」

「調味料を舐めろっていうの? あんたバカなの?」

「いいやアホだ」

「どっちでもいいって言ったでしょ!?」

 

 ……あながちそうでもなさそうだ。

 押しかけて自らの家の如く横暴に言い出すアリアもアリアなら、押しかけられたこと以外はマイペースすぎるキンジもキンジである。

 

「はぁ…何も無い訳ないでしょ、普段は何食べてるのよ?」

「それはコンビニで適当に」

「こう言えばちゃんと答えるのねあんた……じゃあそのこんびに? に行きましょ。たしか下にある小さなスーパーの事よね」

 

 言うなりピョーンとソファから飛び降りたアリアは玄関へ向か……おうとして座ったままのキンジに気付き、足を止めた。

 

「なにやってるの、もうすぐ夕食の時間よ? 食べ物を買いに行かないと」

「おう行ってらっしゃい」

「うん……じゃない!? あんたも行くのよ!!

 

 押しかけた際の振り回しっぷりは何処へやら。

 傍若無人さは変わらないものの、すっかり振り回しては振り回されを繰り返す、夫婦漫才コンビとなってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 約三十分後。

 部屋に戻って来た家主ことキンジと侵略者ことアリアはひとまず夕食を取り始めた。

 が、厳密に言えば少し違う。

 

 まずアリアは『ももまん』とよばれる、一昔前にブームになったらしい桃の様な形をした単なるあんまんをなんと計七個も買い、先までの怒りが嘘のようなふにゅ~…とした可愛らしい表情でぱくついてる。

 

 

 そしてキンジは何も買っていない。

 ……もう一度言おう、何も買っていない

 つまりただコンビニと部屋を往復しただけ、もっと言えばコンビニでももまん買い占めをぼーっと見届けただけである。

 

 ――ちなみにではあるが。

 実はあまりの体格差に警察を呼ばれかけ、それに子ども扱いすんなとアリアがキレたことで収まったと言う、要らない一幕も先程あったりする。

 

 そして暴力が平和的に事を収める珍しい場面に遭遇したからか、キンジが少し面白そうにしていたのは、まあ完全な余談であろう。

 

 

 そして、とうとう六個目に入ったアリアを見つつ、キンジはふと思い出したように質問する。

 

「で……ドレイってなんだ? どういう意味で口にした」

「強襲科アサルトであたしのパーティに入るの、そして一緒に武偵活動をしなさい」

「探偵科へすら流れついたようなドベだぞ? そも今年度で一般高校に行くんだわ、無理だろ」

 

 先の事件で口にしたことをもう一度、キンジはアリアに突きつけた。

 しかし。

 

「あたしには嫌いな言葉が三つあるの、無理、疲れた、面倒臭い。これは人の持つ無限の可能性を押し留める良く無い言葉……以降、二度と口にしないこと」

「単語の意味が違う」

 

 ツッコむところはそこでいいのか、そう言われんばかりなアリア主催の会話ドッヂボール。……どうやら再び彼女が振り回す番が来たらしい。

 

「ポジションは…そうね、ある程度訓練すればあたしと一緒にフロントいけるかしら。それがいいわね」

 

 ……彼女の言うフロントとはフロントマン、つまり前衛の事であり、予想出来る様に負傷率がかなり高い危険な立ち位置だ。

 そこに紅茶をぶっ放してUZIを壊した手品男を配置しようとするなど、あまりにおかしいとしか言いようがない。

 

 なぜそうまでして自身に拘るのか? キンジには心当たりこそあっても確信に至らず、ただただ内心困惑するのみ。

 

「よくねえんだわ、そもそも何故にオレなんだ」

「太陽は何故昇る? 月は何故輝く?」

「…………」

「さっきからキンジは質問ばっかりの子供みたい、武偵なら自分で情報を集めて推理しなさいよね」

 

 要するにキンジの問いに答える気は無いらしく、言葉に反した子供みたいな仕草でびしり、アリアは告げる。

 

 キンジにもその気はあるのだが、どうやらアリアもまた会話のキャッチボールが成り立たないタチらしい。

 しかもキンジとは違い、自分の要求だけを次から次へと相手へ投げつけて、通せ通せゴリ押してくるオマケ付きだ。

 

 少しながら自身に近しいからか、彼はそれを空気も含めて如実に感じ取り、こうなれば直球で行くしかない……と要求を単刀直入に突きつけた。

 

「なあ、太陽がどうとか月がなにとかの答えを教えてくれ」

「例え話にマジ悩みしてんじゃないわよ?! しかもこんな初歩の話で!!」

 

 それ自体がめっちゃズレていた。

 今言うべきは確実にそれじゃなかろうとアリアがニャーニャー騒いだお陰で、ようやくキンジも本来言うべき、もっと早く突きつけるべきだった要求を出す。

 

「悪いが女子寮に帰ってくれ」

「まあその内ね」

「その内って、何時時になる」

「強襲科へ行ってあたしのパーティーに入るってキンジの言質を取るまでよ」

「一生ここに住む気なのか……」

「断るって素直に言いなさいよせめて!?」

 

 ふざけた発言が手伝ったのか、そこである事に気付いたらしく、キンジはトランクを見て実に嫌そうに眼を閉じる。

 

「…本当に泊っていく気なのか」

「ええ、もうあたしには時間が無いの。だから何が何でもうんと言ってもらうわよ」

「バカ言うんじゃあねえよ、即刻帰ってくれ」

「うっさいわね! 何がバカよ! 長期戦になることぐらい想定済みなんだから!! 泊るったら泊るの!!!」

「料金払えるほどの設備が内にはねえんだ」

「金を取ろうとするな!!」

 

 違う、そうじゃないな解釈を返しながら断固として譲ろうとしないアリア。

 そんな彼女にキンジは痛そうに頭へ手を当てつつも、同じような解釈を返しつつ睨みつけた。

 

 ただ真面目に、刃物も銃も体術も駄目な奇術男を強襲科へ連れて行くメリットがとんと浮かばないのか、キンジは遂に手で顔を覆うほど重く項垂れ始める。

 

 そして彼がそんな所作を取ったのと、ほとんど同時。

 

「出てけ!!!」

 

 最早言われて当然だろうその言葉を、他ならぬ言われる側アリアが叫んだ事で、キンジは頭痛に逆らい顔をあげざるを得なくなった。

 

「ここはオレの部屋だが」

「言っても分からない分からず屋にはオシオキよ!!」

 

 ――刹那、キンジの赤黒い瞳は、不気味なほどに小さくなり。

 気付かず飛び出すアリアの暴君のような発言は、しかし。

 

「外で頭を冷やしてきなさい!! しばら!!?

 

 呆れるほどゆったり掲げられたキンジの左手と、何かに反応して手を出したアリアの視界が何故かいきなりぐらつき始めたことで、殆ど強引に止められ。

 

「ああ、また今度な」

 

 その隙に頭を掴まれたかと思うと、抵抗する間もなく―――そのまま、開け放たれていた窓の外へとぶん投げられた。

 

 だがそれだけで何とかなるSランク武偵・アリアではない。服の中に仕込んでいたワイヤーを引っかけ、空中で反転しそのまま昇ると、湧いた怒りのまま銃をキンジに突きつけて……。

 

「落ちやがれ」

「ふぎゅ!?」

 

 しかし待ち構えていたキンジが左の指でワイヤーを斬り、同時に右手でチョップを下すと、哀れアリアは真下の茂みへ叩き落とされた。

 更にそれから数秒と立たず、いやに鋭角な軌道でトランクまで降って来る。しかも勢いが凄まじいときた。

 

「お届けもんだ」

「にゃあああ!?」

 

 幸いと言うべきか、それともキンジがそう意識したのか、アリアに当たる軌道では無かったものの……たとえ防弾だとしてもトランクが上階から投げ落とされては無事ですむまい。

 なので当然とばかりに、アリアは猫よろしく叫びながらトランクへ飛びつき、キンジのいる部屋目掛けて叫びの声を投げつける。

 

「ふざけんじゃないわよ!? こうなったら意地でもあんたを強襲科へ連れて行くんだからあーーーっ!!!」

「オレはパンピーになるんだよ、だからいやだ。じゃあな」

 

 なんとまあ呆れた根性でそこまで言い切り、アリアは肩で息をしながら、トランクをゴロゴロさせつつ武器を抜いてキンジの部屋まで戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 否、戻るはずであった。

 

「……あれ?」

 

 その歩みを止めざるを得ない違和感に、アリアはすぐさま気が付き足を止める。

 トランクをゴロゴロ転がした―――つまり、トランクが普通に動いている……?

 

「…え…? 嘘……?」

 

 そう。

 凄まじいとまで言えるスピードでぶつかったにもかかわらず、トランクはキラッキラに“無傷”であったのだ。

 流石に中身は多少ごちゃごちゃになっていたものの、何一つ損壊も暴発もしてはいない。

 

 加えてぶつかった地面をよく見れば、寧ろそちらの方が不自然に、そして鋭利なまでに欠けていた。

 

「待って…そう言えばあいつ、あたしを掴んだりチョップしたり……」

 

 もっと言うならSランク武偵であるアリアを、こうも簡単に投げたり打ったりできるのがそもそもおかしかろう。

 最初の謎の攻撃は仕方ないとしても、視界が揺らいだその程度のハンデで彼女はいいようにやられなどしない。

 

 元よりそれでやられるのならば自分はとっくに死んでいると、アリア自身がよく分かっている。

 それ以前に奴はワイヤーを“指で”斬っていた。武偵が使う丈夫な一品を、指でだ。

 

 つまりキンジはやはり―――。

 

「いいわ、出直してあげる。絶対に強襲科へ入らせるんだから」

 

 本日二度目の思わぬ収穫だったとアリアはかすかに笑みを浮かべつつ、先程の蛮行への怒りも同時に滾らせながら、今日のところは女子寮へと戻っていくのであった。

 

 ……諦めの悪さを家主が悟ってため息を吐いた事など、勿論察する事もなく。

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