翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~ 作:阿久間嬉嬉
翌朝。
「待っていたわキンジ、さあ学校へ行くわよ!」
「お付き合いは是非お断りしたい」
「お、おつ……じゃない! 次言ったらほんとに風穴開けるから!?」」
玄関の扉を開け、バス停へと向かうため男子寮の門へと歩を進めたキンジの目前に……昨晩の事などすっかり忘れたかのように、アリアが堂々陣取っていた。
さしもの彼も昨日今日で再び投げ落とす気は無いらしく、がっくり肩を落として視線を横に傾けている。
「張っていたと」
「武偵たる者当然でしょ?」
アリアの方からやらかしたとは言えど、彼女とて昨晩は冗談抜きで理不尽な目に合っている筈。
なのにこの押しの強さなのだから、キンジがパンピー押しでさえなければ、もう既に色々と諦めかけていたかもしれないだろう。
それはそれとして今優先すべきはアリアへどう対応するか。沈みかけた気持ちを何とか浮上させて切り替えると、キンジは真っすぐ前を指さして呟く。
「先に行け、別々にバス停へ向かう」
「なんでよ」
「ああ、田舎の爺ちゃんがな」
「あ…そんな事言ってアタシから逃げるつもいや嘘が下手糞すぎるわ!!」
「逃げるも何も同じクラスだろお前」
「さらっと戻さないでくれないかしら!」
ともあれキンジも昨晩の件を合せてアリアが動いてくれそうもない事は承知したらしく。
「じゃあオレが先に行くわ。まだ時間的に余裕はあるから回り道して……」
「逃がすもんか!! キンジはあたしのドレイなんだっ!!」
しかし作戦は見事に失敗。駆けだそうとする間もなく恐るべき跳躍力でアリアに右腕へ組み付かれてしまい、腕へつける某風船人形の如き有り様となってしまう。
その力の強いこと強いこと、梃子でも絶対放しそうにない。おまけに緩いながらも間接技を決めており、多少振ったぐらいでは外れそうにもなかった。
だからと言ってこのまま連れて行く訳にもいかないため、キンジも左手を伸ばしてアリアを引きはがそうとする……のだがしかし。
「がぅっ!」
是が非でも引き合がされまいとしたか、あろう事かアリアはキンジの手に鋭い犬歯で喰らい付いてきた。
―――それは正しく仔ライオンの如く。
当然キンジも必死になって腕を振りたくり、アリアの攻撃から逃れようとする。
「はうぁ!?」
筈であろうに、これはどういうことだろう? ……何故か喰らい付いたはずのアリアが口を押さえてわなわな震えているではないか。
「か、っあ、あご、はじゅれ…!」
「歯医者に行ってこい、それじゃあな」
「んがっ……まひ……待ちなさいよーっ!!!」
身に何が起こったかアリアが理解し切るその前に、チャンスとばかりにキンジはすたこらさっさと遁走開始。
アリアは、原因は何か分からないものの本当に予想外の、そして痛烈な一撃をもらったらしくすぐに彼の背を追う事が出来ない。
――その後。
キンジはアリアにすぐ追い付かれてしまい、バスが来るまでやんややんやと騒ぎを起こしていた所為で、忌避していた事態は結局避けられなかった。
今アリアはキンジの背面に座っており、腕を組んでいらいらとしているのが丸分かり。対しキンジは外面はぼーっとしつつも、内面では流石に色々悩んでいる様子。
(強襲科になんぞ断固としていかねえんだわ。元よりオレは武偵高から降りるんだ)
しかしここで疑問が一つ。なぜそうまでしてキンジは卵とは言え、武偵を辞めたがっているのか?
(親父も兄貴ももういない、強襲科全ての科目がE相当ならもう続ける理由がねえんだわ。…だろうによ)
……その理由の一端こそが、これだ。
先に彼の父と兄は「HSSを活用して武偵や公安として活躍して“いた”」と記したが、それが表すのは引退ではなく、殉職。
つまり二人共任務中に命を落とし、帰らぬ人となってしまっている。
そこに自身の不向きさが加わったのなら、モチベーションなどとても保っていられないだろう。その上で目的すらないのならば確かに辞めるには十分すぎる。
ここまでやりたがらないと来ればキンジは家族の流れか、伝手が偏っていたことが原因で武偵高へ入ったのかもしれない。
ならばこれ以上続ける理由は確かにない。一般人を目指し始めたなら余計にだ。
―――何より武偵は仕事ありき。
UZIやセグウェイを壊す手品のような奇術を披露したとして、いったい何人が振り向いてくれるのか。
一々披露しなければならず、した所で地に足のつかない評価しか下せない技に、どんな職種でも必要不可欠な信用と信頼はまず間違いなく集まらないのだから。
(神崎の奴の納得はどうでもいいとするか、オレは一般を目指し続けりゃあいいんだ)
さりとて振り返ろうともアリアを引き離す妙案は出ず、結局いつも通りに収まる。
無論、課題は依然として山積み状態。
そうこうしている内にバスは武偵高校へ着いてしまい、終ぞ変わらぬ今まで通りな心境のまま、キンジは教室の引き戸をアリアと一緒にくぐる羽目となった。
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数時限の授業を経た後―――時刻は昼。
「…………」
場所は屋上、そこの物陰。……キンジはそこで何を食べるでもなく、ただぼーっと空を眺めている最中であった。
本来ならば昼食の一つでも食堂で取っている所なのだろうが、いかんせんクラスの面子(武藤と理子を除く)がアリアとの関係を根掘り葉掘り聞こうとキンジに迫り、とても落ち着ける状態では無かったのだ。
中には「詳しく説明しろ!」と詰め寄るものすらいたのだが、知っての通りキンジとアリアは昨日今日であったばかりの中。
説明など出来ようはずもない。
そして幸運にもアリアは先生に呼ばれて現在不在。
なのでこんな所に居る訳だが……当然キンジ一人の場所ではないため、またとても天気が良い事もあり他の生徒も訪れる。
「でさー……」
「えー、ホント?」
「まじまじ!」
今しがたやってきた三人の女子生徒の様に。
とは言え単に一人が好きなだけで、キンジ自身は別に女嫌いでも他人嫌いでもなく、故にか大して動かず物陰に座ったまま。
が、そんな彼の意識を引き戻す会話が、その三人の口から聞こえてきた。
「しっかしキンジも不幸だよね、昨日自転車爆破事件に巻き込まれたかと思えば……」
「次はアリアにまとわり付かれてんだもんねー。鑑識科レピアと探偵科インケスタの結果はもう出たっけ?」
「出て無いけど流されるっしょ、殺人未遂なんて武偵高校じゃ日常茶飯事だし」
それは正に彼を今最も悩ませている、アリアと先の事件のことだ。
もしかすると、アリアについて何か情報が聞けないだろうか……そんな期待を込めたか、なれない盗聴を始めるキンジ。
「あ、そういえばあたし昨日アリアにいきなり聞かれたよ、キンジの事」
「ほんと?」
「まーどこに行っても駄目、強襲科は特に駄目、辛うじて探偵科に属せてーとか適当に返しといたけど」
「
「うわ、ほんとにキンジラブなんだアリア!」
―――内情全然違うんだわ――。
そう言いたいのを堪えながら必死に音が出ないよう耐えつつ、キンジは彼女らの会話をの盗聴を続ける。
「流石にキンジがカワイソーかな~、よりにもよってアリアとか」
「三学期に転入してきたヨーロッパ育ちだっけ? なんか空気やなんやを諸々読めてないよね」
「でも男子には人気あるみたいよ? 写真部が盗撮したチアリーディングやフィギュアの授業の写真とか高値で取引されてるし」
「知ってる知ってる! でも……あの子友達いないよねぇ」
「よね。ていうか授業もいっつも休むし、教室でいつもぽつんといるし、ご飯も一人で食べてるしさー」
「まあアリアだから仕方ないっしょ」
そこで彼女達はアリアに関する話題を終えてしまい、これ以上情報を得られなくなった。
(総合するとこの変人のるつぼである武偵高校でも浮く存在で、男子に大人気だということぐらいか、分かったのは。…いやこれ分かったって言うのか?)
いったい何に活かせば良いのだろう。
そのまま昼休みも終わりに近づいてしまい、キンジは何の成果も案も得られず、すごすごとアリアのいる教室へ戻った。骨折り損のくたびれ儲けとはこの事かもしれない。
そして迎えた五時限目。
武偵高校ではこの時間から各科目に分かれて実習を行う時間割となっており、生徒各々が属する学科の施設へ足を運ぶ。
キンジは探偵科なので、その名の付く建物へ向かいある《クエスト》を受ける手筈となっていた。
……だが事はそう単純に運んでくれない。
何故ならば、要らないハングリー精神で食いついて来るクラスメイトを何とかしながら向かわねばならない、という制約を依然として抱えていたからである。
僅かな隙間時間ですら生かそうとするその気概を、もっと別のことに使って欲しい、そう云いたげなキンジの視線も彼等の情熱には焼け石に水。
誰一人として怯んでくれない。
故にキンジは最終手段を行使した。それはずばり――。
「と、止まらねー!」
「油断してたわ! そうよ、キンジは……」
「そうだ! 科目的なもんで図ったらドベってだけだったな!」
「ちくしょー! 何人がかりの何道具がかりだと思ってんだゴラァ!」
「そろそろワイヤー千切れん…あ、ちぎれた!!」
――引き摺りである。
強襲科よろしくそう何度も軽やかに逃げられないからといって、こんな手に出るとはいくらなんでも力技が過ぎようものだが、見た感じそこそこ有効らしい。
とうとう制限時間いっぱいまで引き摺り続ける事に成功し、キンジは何とか探偵科の専門棟へ赴けたのである。
更に強襲科のアリアとも別れられているので、彼は漸くわずかばかりの安寧を手に入れたと言っても、決して過言では無かろう。
「キーンジ」
「……ストーカー…」
「ほんんんっと無礼ねあんた」
訂正、どうやら過言であった様子。
待ち構えていたアリアを前に、キンジは依頼書を手にしたまま固まった。
「何故お前が探偵科の前に居る」
「あんたがいるからよ」
「授業……ああ、もう単位が揃っているのか」
「せーかい。十点あげるわ」
何一つ嬉しくない正答に三度片手で頭を抱えるキンジ。こうなるのなら探偵科であると言わなければ良かった……などと、後悔したところで後の祭りだ。
「それで、あんた普段どんな依頼クエスト受けてるのよ」
「Eランク相当の依頼だ」
クエストとは先にも言った様に武偵高へ各地から集まる文字通りな以来のことで、受けて達成すると報酬に準じて単位を得られるシステムだ。
またずっとキンジたちが言っている様に武偵にはEからAまでランク付けされており、報酬の内容もランクによって大きく変わる。
そしてAの上にはSという特別なランクが存在し、受けられる依頼は最も危険で最も報酬が高い。
……と言えば、おのずとアリアの実力も分かると言うものだ。
しかしアリアの思考はまず依頼がどういうものかではなく、キンジのランクと依頼のランクから来る、ある矛盾と疑問に行きつく。
「あんたDでしょ?」
「ギリギリのな。そもそもランクなんぞどうでも良いだろ」
「まあランク付けなんて確かにどうでもいいけど」
本当にどうでも良さそうな声音でそうはいたキンジに、意外にもアリアは肯定を示す。
だからと言ってキンジの良いように動いてくれたわけでは決してなく。
「それより今日受けた
「お前にはやらん」
「いらないわよ、教えろって言ってんの」
「じゃあ頑張って調べてくれ」
「風穴あけられたいの?」
踏み込んで聞いて来るばかりか、確かににべもない返答だったとはいえ、明らかにイラッとした表情で拳銃に手をかけてくる有様。
が……キンジはどうせ言っても聞かんのだろうから、とばかりに無視してずんずん歩き出した。
拳銃による脅しは聞かないとでも言いたげだ。
「教えなさい!」
その態度で一気に血が上ったらしく、アリアは一発を地面へ、もう一発は制服が防弾であるのをいいことに背へ向けて発砲。
抜くと撃つとがほとんど同時であったにもかかわらず、更に二丁同時に放ったと言うのに、弾丸は寸分違わず背の真ん中と地面へ吸い込まれるように向かっていく。
果たして……外れろと言う期待も虚しく、地面で一発の火花が爆ぜた。
「……っ!?」
そして、もう一発を突き出していた
……だけでは、決して終わらず。
「ふぎゅ!?」
「プレゼント交換完了。じゃあな」
警戒していたからこそハッとなって退いたアリアへ一発、妙に離れた位置から知覚させぬまま拳骨……にも似た攻撃を落とし、何時の間にいなくなってすらいる。
キンジが一枚上手だったらしい。
同時にあの日弾丸が消えたカラクリをアリアは知る。
「ふ、ふふふ、いいわ…! 絶対に仕事ぶりを見てやるんだから!
勿論ながらこれでめげる様なアリアではなく、寧ろ『見ないで銃弾を掴み取る』という離れ業を目にしたせいで、余計に燃え上がってしまう。
かくして、未曽有の追いかけっこが幕を開けたのであった。
―――――尚、逃げるのは得手じゃないらしく、すぐに捕まって諦めたキンジが『青海で猫探しをする』旨をアリアに伝えたと言う事を、ここへ追記しておく―――――