翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~   作:阿久間嬉嬉

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猫と違和感と決意の心と

「付いて来るんじゃあない」

 

 青海行きモノレールへ向かう道すがら、最後の抵抗なのかキンジは振り向く事なく、拒否の言葉をアリアへ突きつける。 

 依頼の内容こそ彼女へ教えてしまったとは言え、それの遂行にまで関わられるのはどうもお断りらしかった。 

 

「いーやっ。あんたの武偵活動を絶対に見させてもらうんだから」

「それこそ嫌だ。だから付いて来るんじゃあない」

「あんたそんなにあたしのこと嫌い?」

「ショートケーキよりは好きだ、付いて来るんじゃあない」

「それ絶対あんたの嫌いなものでしょ! …もっぺん付いて来るなと言ったら風穴」

お帰り下さいませ

 

 瞬間、発砲。着弾音、皆無。

 代わりに響くは、軽くも高い音一つ。―――また“掴まれた”ようだ。

 

 その結果にどこか満足げなアリアと、二度も奇術を使う気など無かったらしいキンジは、まるで何事も起きなかったかの如く歩き出す。

 モノレールに間に合わない可能性も考えたかキンジもとうとう諦めた様子。

 

 

 

 ……そしてモノレールに揺られることしばし。

 かつては倉庫街として、今は高価格の分譲マンションやハイソサエティな雰囲気のブティックが立ち並ぶおしゃれな街としてある、青海へと到着した二人。

 

 無論今の用事は買い物ではなく飼い猫の捜索であるのでそれらを無視し、早速依頼遂行のため歩き出す。

 

「それで、どう推理して猫探すの? あんたの場合」

「適当に歩き回る」

「…あてずっぽうっていうのよそれ」

「神崎はどうなんだ」

「特に何も。寧ろ推理は苦手なの、一番の特徴が遺伝しなかったのよねえ…」

 

 何気ないアリアの一言ではあったが、キンジはそこに少しだけ“光”を見た。

 

(……遺伝、一番の特徴……つまりこいつも遠山の血筋と同じく代々探偵をやっていたのか?)

 

 思わぬ状況でアリアの情報を掴んだキンジは、もしかするとここから打開策を練られるかもしれないと希望を抱く。

 糸口が無いのとあるのとでは心構えも違ってくるのは自明の理。

 

 まあ付いて来るなと連呼した矢先、そして他ならぬ張本人の口からなので、キンジとて素直に感謝は出来ない。

 だが武藤に「お前いまいち表情が分かんねぇ」と言われる彼ですら、僅かとは言え分かり易い笑みを浮かべるほど、その希望は大きかったようだ。

 

「ていうかおなかへった」

「お前も昼食を抜いたのか」

「食べたけどへったの! …と言うか『も』って、あんたはご飯食べてないの?」

「ああ一昨日の朝から」

寧ろあんたがなんか食べなさいよ!?

 

 アリアもアリアで思わぬ拍子にキンジの情報が知れたものの、それは先とは違う不安しか募らないビックリエピソード。

 その勢い? でハンバーガーショップへと立ち寄り、やっぱりと言うべきか何もせずアリアの背を見つめるキンジにも強引にバーガーを買わせると、近くの公園のベンチへ座る。

 

 そしてちっこい(140㎝前半)のに燃費が悪い少女が肉々しいバーガーを広げつつ、ミニな激安バーガーを齧るでっかい(210㎝後半)のに燃費が良すぎる男へと、深い深い溜息を吐いた。 

 

「ほんと呆れた……武偵高の器具が防弾仕様なのを忘れてたり、武偵なのに推理に対して無頓着だったり、常在戦場がすっぽ抜けてるだけでも大概なのにご飯すら食べないってどうかしてる」

「知っているんだわ」

「まず改善をしないさいよ、改善を」

 

 言うが早いかアリアはもむっとバーガーに食らい付き、コーラをぐびぐび飲み始め、同時に何故かキンジは微妙に彼女から距離を取る。

 それに気づかないアリアではなく、口に咥えたままキンジをねめつけた。

 

「はにひてんのよなにしてんのよ」

「………」

 

 頬張ったまま出された彼女の問いにキンジは口ではなく、斜め前を二度指さすジェスチャーで返答。

 つられるままアリアがそこを見てみれば……異様に距離間の近い、カップルだろう大学生の二人組がいるではないか。

 推理が苦手らしいとは言えこれに気付かないほど鈍感でもなく、すぐに察したアリアの顔はカップルとキンジで幾度も視線を往復させ、そのままかーっと赤くなった。

 

 どれだけ体格が極端に違おうとも、双方武偵高校の制服を着ているのだ。ならば大人と子供なんて誤解よりも先に、身長差のある男女カップルとみられても、何ら不思議ではない。

 

「理解したか?」

「すっ、好きな男なんて、いない!! そもっ、そもそも! 恋愛なんてそんな……時間の、無駄! どーでもいい!!! ほんと、ホントなんだから!! どーでもいいの!!!」

 

 呆れるほどの過剰反応を見るに、どうもアリアは恋愛絡みの話に滅法弱い様で、 傍からだと温度差が凄まじいのもあり殊更に際立つ。

 だが。

 

いやハトがキレイに一列に並んでいてな

「そっち!? 待ってそっちは普通に見たかった……!」

 

 キンジ、安定のマイペース。要はアリアが勝手に自爆しただけのようだ。

 しかし彼女が口にした事そのものを指して問題にしていない訳でもないらしく、珍しく真剣な顔で問いかけてきた。

 

「まあそれはそれとして、離れておけ。本当にカップルどうこう誤解されるのは嫌だろ?」

「それはどーでもいい! いいったらいいっ! い、言いたい奴には言わせておけばいいのよ…!」

 

 否定の為に突き出した手をそのまま降ろしてドリンクカップをひったくり、照れ隠しなのが物凄い音を立てて飲み干そうとする。

 

「他人がどうかはさて置いてお前に一つ教えておく」

「なによ」

「それは烏龍茶だ」

「ぶふううぅぅぅーーーーー!?」

 

 まさかの間接キスに加え、自身とキンジの飲料の区別すらつかないほど動揺していたと自供した形になり、女子高生とは思えない豪快さで噴き出すアリア。

 

「このヘンタイ!!」

 

 次いで思いっ切り拳を振りかぶると唐突且つ理不尽にキンジをぶん殴り。

 

にゃがー!?

「遠山ゴールデンバリアーだ」

「うっさわいねほんと!!」

 

 何故か己がベンチから吹き飛ばされ、殴った拳をぶんぶん振りたくるのであった。

 

 

 

 ―――そして夕刻間近―――

 

 

 

 本当にアテもなくぶらぶら歩いて探していたキンジは、漸く目当ての猫を公園の端……の運河の浅瀬で発見した。

 捨てられたゴミに囲まれてあまり水のかからない、そしてサイズ自体も大きな段ボールの中に入っていたお陰で、何とか流されなかった様子。

 

「よし」

 

 依頼の資料にある写真と目の前で弱弱しく鳴く子猫の特徴が一致していることを確認し、キンジはいざ助けんと消波ブロックへ飛び移る。

 

 されども三白眼の赤黒瞳、額の際も耳も隠れない灰色極短髪、年齢に見合わぬ長身……ともうお前悪役だろと言われんばかりなキンジに、怯えた子猫は力を振り絞ってフシャー…と威嚇。

 

 そんな毛を逆立てた子猫へ、キンジは微妙な表情をしながらも手を伸ばして掴んだ。

 当然、子猫はにぃー! と鳴いて逃げようと藻掻く。爪が立っているためかバリバリと嫌な音も鳴る。

 

「あーあー止めておけよ、爪の方が壊れる」

 

 そんなアホなことを宣いつつも、サイズ差が影響したか猫の大暴れですら揺さぶられもせず、キンジは消波ブロック帯から一足飛びに陸へ戻って来た。

 

 腰かけていたアリアを悠々横切る、今朝の彼女に勝るとも劣らない跳躍力だ。……とても強襲科Eランクとは思えない。

 けれども実際はEであることを、アリアもとうに調べ終えている。

 

「うーん、ヘンねぇ…ちゃんと凄いのになんか噛み合わない……?」

 

 だからこそアリアは、依頼主の元へ向かおうとするキンジに付いていきつつ、奥歯にものが挟まったような顔でそう呟いた。

 

 

 

 

 ……そのまた翌日――

 

 

 どうしてもアリアを追い払いたいが手立てがなく、どうしても詰まってしまうキンジ。

 そんなままずるずる続けるのも、自分が目指す物に対して良くないと考えた彼は……いよいよ最終手段に頼るべくケータイを開く。

 

(結局彼女に頼るのが早いな)

 

 考えながら、思いながら、時計を気にするキンジは急かされるようにメールを一通送り、そのままとある場所へと赴いていた。

 

 

 彼がやって来たそこは通称“温室”と呼ばれる、大きなビニールハウス。穏やか過ぎて武偵高では逆に人気が無く、いつも閑散としている場所。

 しかし裏を返すと秘密のやり取りにはもってこいであり、そういう意味ではある意味人気・・な場所でもあるのだ。

 

 そんな温室の薔薇園近くに、キンジが目当てとする人物は居た。

 

「あ、キーくんはっけん!」

 

 その人物とは……峰理子。

 メールを送った相手も恐らく彼女であり、その見かけによらぬ高い情報収集能力に目当てに声をかけたのだろう。

 

 そんな彼女は緩くウェーブのかかったツーサイドアップをたなびかせ、振り返ると同時にキンジへ駆け寄り、小刻みにぴょんぴょんし始めた。

 

「まずは最終確認、アリアには黙秘、分かっているな」

「らじゃー!」

 

 両手で敬礼? した彼女にキンジは一瞬難しい表情をしつつ、カバンの底から何かを取り出す。

 

 ……どうやらキンジにとって理子のようなタイプのハイテンションは、少しばかり苦手な部類なのかもしれない。

 アリアも大概大騒ぎするタイプに思えるが、それとはまた別なのかもしれない。

 

「約束の対価だ」

 

 言いながらキンジが取り出したのは、なんとR-15指定の通称ギャルゲーと呼ばれるアドベンチャーゲーム。それも複数。

 

「うっひょー! 『しろくろっ!』『白詰草物語』『妹ゴス』っ! キーくんありがとー!!」

 

 以前もゲームマニアと言った通り、この事からも分かる通り、まず理子はオタクでありそれもギャルゲー好きという昨今のJkとしては珍しい趣味を持っている。

 その熱中っぷりは度を超えていて、彼女自身も好んでそれを買いあさりまくっている事を、自分で堂々宣言する程である。

 

 なら報酬代わりとは言え態々キンジに買わせる必要などないのではなかろうか?

 

 確かに外見が幼げなだけで理子は既に高校二年、なので普通にこの手のゲーム購入可能なのだ。

 なの、だが……その外見が幼げという要素が裏目に出て店員に買わせもらえなかったらしい。

 

 ちなみにキンジもまた別の理由で(店員に怯えられ)買うのにまごついたのだが、それは別の話である。

 

「うーんキーくんってばチョイス良い! 全部無印! 2とか3とか蔑称でしか無いもの、買ってないなんて! 理子サイコーに気分アゲアゲだよー!」

「喜んでもらえたようで何よりだ、鼻が痒い」

「世事と事実を混ぜると混乱するからね? キーくん」

 

 それでもチョイスが良かったのは事実で、喜びからメリーゴーランドもかくやとグルングルン回転し始める理子。

 

 ……尚キンジが続編を買わなかったのは単なる偶然と怠惰である。

 

「約束は果たした、アリアについての情報を教えてほしい。トイレへ行ったフリもいずれバレるからな」

「あい!」

 

 理子には悪いのだがどう見てもおバカにしか見えない、そんな彼女でも現代の情報怪盗と呼ばれる程の収集力があるのだから、武偵とは侮れないものだ。

 

「キーくんはアリアの尻に敷かれてるの? カノジョなんだから素直に聞いちゃえばいいのにー」

「素直に聞いても応えてくれそうにはないんだ、何せカノジョじゃないからな」

「えー、でもみんなの間ではもう噂になってるよ? 特に今朝の男子寮でアリアとキンジが腕を組んでたから、アリアファンクラブの皆は『キンジ殺す!』って大盛り上がりだもん。がおー!」

「それじゃあその前にオレはパンピーになるか。一般の肩書を盾に出来る」

「汚い! さすがキーくん汚い!」

 

―――あと腕に食いつかれたの間違いだ――

 などと言いたいのを呑み込んでからキンジは本心なのか違うのか微妙に変わり辛い言葉を、厄介だなという雰囲気を隠さず口を開く。 

 

 それ以上にツッコむべきであろうとある要素(ファンクラブ)もあったが、それは普通にスルーされる。

 

「よし、じゃあまずは神崎の強襲科における評価を襲えてくれ」

「りょ! ……まず知ってると思うけどランクはSだね」

「高天原先生も言っていた」

「ん! 二年でSって片手で数えられるぐらいしかいないんだよね。しかも理子よりミニなのに徒手闘格がかなりうまくて、バリ、バリト、バーリツ……」

「バリツ?」

「あ、それで思い出した。そうそう、イギリスで縮めてバリツって呼ぶやつでね、ボクシングから間接技まで何でもありなの!」

 

 今朝の組み付きが矢鱈手馴れていたのはそういう訳かとキンジは内心納得した。 

 

「拳銃とナイフ、今はポン刀かな? その扱いも超一流の天才級なんだよ! しかも両利きだから二刀流で二丁持ち! ついた二つ名は双剣双銃(カドラ)のアリア!」 

 

 優れた武偵に二つ名が付くのはままある事なのだが、若干16で得ているのはかなりの異例。

 そして二刀流・二丁持ちの武偵用語“ダブラ”から派生した独自の単語まで付けられていると来れば、猶更破格な二つ名と言えよう。

 

 されども何故か理子はクスクスと笑う。

 

「笑っちゃうよね、双剣双銃だよ?」

「剣銃同時の四刀流でもかましてくれた方が良かったのか?」

「………いや~キーくんはやっぱり独特ですなぁ。よっ、異次元個性持ち!」

「ありがとう、嬉しくない。オレはパンピーを目指しているんだ」

「え、キー君が? 待って、マジで? さっきのは冗談じゃないの?」

「マジだ。…それで他には」

「え……あ、あー、凄いのあるよ! アリアは14歳からロンドン武偵局に属してヨーロッパ各地で活躍してたんだけど―――なんと検挙率100%、しかも99回一発逮捕!!」

 

 武偵の仕事の性質故なのか、彼等に舞い込んでくる……もとい押し付けられる依頼は大抵警察の手におえないもの。

 なので通常武偵は何度もしつこく強襲を重ねて逮捕にこぎつけるのが一種のセオリーとなっている。

 中には逃がしてしまう事件も当然ある。

 にもかかわらずアリアはそれをたった一回でこなし続けていると来た。 

 

 常日頃武偵絡みのことを頭から追いやり、時にすっとぼけた事を吐くキンジですら驚く華々しい戦果。

 

「…体質や家系は」

 

 それに慄かされた所為なのか、知ってどうするんだそんな事と自問自答してしまう言葉がキンジの口から飛び出す。

 対する理子はそれすら想定済みだったのか、ほぼ即答気味に情報を返した。

 

「確かお父さんがイギリス人とのハーフだから、クォーターだね。で、ミドルネームの『H』家がイギリスの方で、すっごーく高名な一族らしいんだよ。なんでもおばあちゃんがDimディムの称号を持っているんだって」

「確か貴族の…」

「おっ、それは知ってるんだねキーくん! そーそー、イギリス王家が授与する称号だよ。つまりはアリア、リアル貴族なんだよね。でも『H』家の人達とはうまくいってないらしいんだなぁ…」

 

 悩ましげな理子ではあるが、ここでキンジは一つ、あることを追加で真面目に聞く。

 

「『H』家は一体何なんだ? 神崎は以前、推理能力が受け継がれていないと言ったが……関わりがあるのか」

「まー、アリアが家の名前を出したがらない理由を知っちゃって入るんだけど、理子ってばあの一族好きじゃないからなー。親の七光りとか大嫌いだし。……他には?」

「無い。要はまああれか、イギリスのサイトで調べろと」

「そゆこと! まっがんばれやー!」

 

 理子とのサイズ差の所為でがっくりうなだれて見えるキンジ。そんな彼の背を思いきり理子は叩こうとして……ぶんと空振り、その手は彼の腕時計へ。

 

「あ」

「壊れたな」

「ご、ごごごごめぇん!! 理子が直すから! ゲーム買ってもらったし、なにより依頼人クライアントの私物を壊したなんてしれたら、信用無くなっちゃう!」

 

 有無を言わせず、止める間もなく、理子の谷間へ壊れた腕時計が消えていく。――そのまま二人は分れる事となり、どっと疲れたような雰囲気を漂わせて、キンジはゆったり帰路へ付いた。

 

 

 

 

 

 

 すでに時刻は夕方を回り、彼の部屋からレインボーブリッジを挟んで遠くに見える『空き地島』も、すっかりオレンジに染まっている。

 

 学園島含めた周囲の人工浮島メガフロートは元々東京湾岸再開発失敗の折に取り残されてたたき売りされていたものであり、こうしてまだ空き地状態な島もいくつか存在していたりするのだ。

 

「『太平洋上で発生した台風一号は――』」

 

 その南端でポツンと建てられた風力発電機を眺めつつ、居て欲しくない先客がいる証拠のニュース音声を耳にしながら、キンジは部屋へと足を踏み入れた。

 

「遅い」

「泥棒。偽装キー侵入者め」

「分かってるなら最初要らないでしょ。というか何、あんたはレディーを玄関で待ちぼうけさせる気だったの?」

「逆切れするでこデカ女がレディーだとは思わないが」

「あたしのおでこの魅力が分からないなんて、あんた本格的に人類失格ね」

「…………」

 

 ついうっかりだったのか、キンジは言わなくてもいい事を呟いてしまい、さらに反撃まで食らって彼の顔に何とも言い表しがたい表情が浮かぶ。

 切り替えるためにか、それとも再反撃のつもりなのか、キンジは頭を軽く押さえて静かに一言呟いた。

 

「そのでこが貴族の嗜みだったりするのか」

「……あたしのこと調べたのね?」

「99回強襲一発逮捕だってことも、調べてある」

「ふふふ、武偵らしくなってきたじゃない」

 

 自身のことを根掘り葉掘り知らない間に調べ上げられたと言うのに、アリアはとても嬉しそうに笑っている。

 

「やっぱりあんたならドレイに出来るかもしれないわ! 青海の時だってそう!」

「猫探しにやたらめったら時間を使った男がか?」

「でも高さも幅もあったテトラポット地帯を軽々跳び越えたわよね? ……それに《武偵殺し》の時が一番顕著だった、そしてその後のこともいくつか知ってる。あれは偶然や気のせいなんかじゃないわ! あれらを一掃してみせた実力、強襲科アサルトに入って見せてみなさい!!」

「UZIが勿体ねえなあ…」

「壊せと言ってるんじゃないから」

 

 アリアが語る数々の事例にキンジも本気の冗談や洒落では返せず、とぼけた言葉も半分ぐらい誤魔化しの色が混じっていた。

 元よりどれだけ追い出しても、叩き飛ばしても喰らい付いて来る彼女を、武偵気分が抜けかかっている彼が上回り、これ以上下手な誤魔化しで逃げるなど現実的ではなかろう。

 

 現に、本当に彼女を遠ざける気であったのならやらなかった事、そしてやらない方が良かった事が多過ぎる。

 ……キンジがそれに気づいているかは不明だが。

 

 

 

 ただし実力を見せる事とアリアを諦めさせることはノットイコールにもならないし、元よりアリアの行動力に鑑みれば、たった数日での改善や隠蔽も無理難題だった…というのはある。

 

 ならば今の状態を仕方ないとして、最終的に武偵を止める事だけに身をまかせず、打てる手は打った方が良い。

 

(待てよ? 今からパンピーになって無きゃ、一般になれない訳じゃない。今やらない、出来ないからと言って、なれない事もない。つまり……ナイスアイデアだ)

 

 と、なにやらいい案を考えたのかキンジは長い沈黙を経て一言だけ紡ぐ。 

 

「よし一度だ」 

「一度?」

「自由履修の一環として強襲科の授業を取り、そこで一度だけ…神崎、お前と事件を解決する。ただし規模の大小は無関係にだ」

「む……」

 

 溜めた割に何も変わらぬ声で出されたキンジの提案にアリアは少しうつむき、思考。

 

 自由履修とは名の通り、転科せずに授業を受けられるシステムのことで、単位は貰えず自発的な行動を必要とするが、多様性を求められる武偵であるからかみんなこの制度に積極的であったりする。

 

 だから自分のドレイとして使えるかどうか見極め、あわよくば引き込みたいアリアの願いを一部だけでも叶える事で、そして自由履修中に手を打つことで、キンジは彼女から解放されたいのだろう。

 

 そんなキンジの譲歩案は―――。

 

「いいわ、それじゃあこの部屋から出てってあげる。ただしどんな大きな事件でも一回だからね」

「小さな方でもだ」

「手抜きしたら許さないんだから」

「ああ」

 

 どうにかこうにか受け入れられ、やっとこさキンジの不安は解決へ至る。

 これにてようやくキンジの部屋は、晴れて1人部屋に戻るのだろう。

 その割に、未だどこか複雑な表情に見えるのは、きっと気のせいではなく……。

 

「~♪ ~♬」

 

 トランクを片手にうきうきしながら出て行ったアリアの背を、キンジは黙って見送り、彼女へゆっくり背を向けた。

 

 そして。

 

「小さく収まればそれでよしのA、大きかろうが何事も無く済めばそれもよしのB。あとはその途上でアリア(問題)を解決して元通りを目指すだけだ……」

 

 何も変わらないようでいて、何処か感情強い言葉と共に、左腕から赤銅色の揺らめきがほのかにほとばしっている事を、まだアリアも、武偵高の者達も―――誰一人として知ることは無い。

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