翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~   作:阿久間嬉嬉

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憧れ

 強襲科(アサルト)

 それは明日無き学科と呼ばれる、武偵高校及び仕事そのものに存在する暗部。

 

 以前も説明した通りこの学科の卒業時生存率(・・・・・・)は97.1%、つまり100人中約3人は生きてこの学科を卒業できない。

 任務遂行中、或いは訓練中に命を落としている。

 

 だが同時に常にパーティを組んで動くからかどうにも人懐っこくなる傾向があり……そんな暗さを感じさせないぐらい、生徒たちも明るく喧しく、そして逞しい

 今も専用施設内に響く剣戟や、各種銃火器の発砲音に負けないぐらいの、豪傑染みた根明さだ。

 

 更にいっそ強襲科名物と言っても決して過言ではないのが、その独特な挨拶。

 通称「死ね死ね団」とも称されるように、『死にに来たか!』『死んでくれ!』『すぐ死ねるぞ!』などなど実に物騒な挨拶をかますのだ。

 

 初めて踏み込んだ生徒など見る間に委縮してしまいかねない。

 

 そして当然キンジにもその挨拶がかかる……と思いきや。

 

 

「…キンジじゃん」

「え、あいつ強襲科来るの? 大丈夫?」

「身体能力とタッパはあるけどねぇ」

「フォローした方がいいんか? 《見掛け倒し》のキンジだぜ?」

「ま、ほっとこ」

「どうせまた探偵科に戻るっしょ」

 

 あろう事か心配されて挨拶は飛びもしなかった。

 元はEランクで軒並みドベ、当たらず当てられず投げられる様な奴だったから仕方がないとはいえ、なんとも無常である。

 

「あんた、微妙に避けられてるのね……?」

「前に言っただろう、ドベだって」

「いやそれは、そうなんだけどね? あたしの戦姉妹(アミカ)もEだけど強襲科ここで頑張ってるし、だからまだもうちょっとマシな反応を期待してたのよ」

「これが現実なんだわ」

「自分で言うことじゃないでしょ、この場合」

 

 今さらりとアリアの口から出された戦姉妹(アミカ)……正式名称戦徒(アミカ)とは要するに同性異性無関係に先輩後輩で二人一組となり、一年間指導する制度のこと。

 

 そして通常、アリアの様なSランク武偵は最低でもBランクを鍛えるものなのだが、常識に抗いEランクを戦姉妹にしているという、意外な事実が明かされた。

 

 とは言えキンジが無反応であったためにそれ以上の追及は無く……また誰にも一切絡まれなかったお陰で、装備品の確認や自由履修の申請も筒がなく終わり、結果残った大半の時間を訓練に充てる手筈となった。

 

 ここでアリアは漸く《強襲科Eランク》とされたキンジの実力を目の当たりにする―――。

 

「ナイフも粗悪品だけど拳銃が……これ、トカレフTT-33の模造品よね? しかも無改造」

「流れてたのを適当に買った」

「安全装置の無い銃のさらに劣化版を武偵が買ってどうすんのよ! バカじゃないの!?」

「いいやアホだ」

「もういいわよそれは!!!」

 

 まず訓練前に彼の装備を確認すれば、性能はともかくそれ以前な問題を抱えた拳銃が飛び出し。

 

「ねえキンジ」

「ああ全弾外れだ」

「だからってマンターゲットの周りにぐらいは当てなさいよ!? 何で全部外側だけ削るのよ、いっそ奇跡じゃない!!」

「…珍しい甘言だな」

「褒めてはないから!!?」

 

 全く当たらないと言っていた銃は、アリアから見ても大真面目にやっており、且つ構えも無問題と分かるのに予想以上に当たってくれず。

 

「すまん柄が砕けた」

「……それ、高いナイフでもそうなったのよね?」

「ああ」

「だから敢えて粗悪品を選でるのね…」

「ああそうだな、そういう考えもありなんだ」

「無計画だったの!?」

 

 ナイフを振ろうものなら手から飛ぶ……のはいいとして想定以上に柄側の摩耗が激しく、本人のフォームも変にズレるのでろくに使えたものではなく。

 

「ギブだ」

「ええ、関節技サブミッション決めてるんだからギブよね」

「ああギブだ」

「…ならもうちょっと表情変えなさいよカチコチマン! 絶対効いてないでしょ!?」

「いやギブだ」

「せめて真面目に返答してくれない!? というかがっつりキめられたまま持ち上げて歩くな! どういう関節してるのよ!!」

 

 体術は御覧のありさま。身体能力そのものはまだしも、いざ戦おうとしたら途端に絡めとられる始末。

 殴る蹴るの方も、打った方へ(・・・・・)身体を痛めかねないぐらいの衝撃が走るわ、キンジの動きはぎこちないわとあらゆる意味で危なっかしい。

 

 結局訓練はアリアのツッコミ劇場と相成り、それだけで終わってしまった。

 

「あんた…ほんと予想以上に駄目なのね……」

「だからオレは確り言った、ドベだとな」

「あかり戦妹ぐらいだと思ったのよ、あたしとしては」

 

 暢気なのか違うのか分からないキンジの言葉に大きなため息を吐いた。

 今度はアリアがどっと疲れる番だった様子。

 

 ――が、視線を落とした彼女の顔には、隠しきれない気色が浮かぶ。

 

「あのさキンジ。強襲科に来てくれて、ありがとね」

「…………」

 

 とてもうれしそうなアリアに対し、キンジは気のせいかというぐらいわかり辛いものの、しかしてどこか浮かない表情。

 ……まあ彼なりにアリアを突き離そうとしたはいいが、『退学するから全部忘れる』が裏目に出て自分で自分を袋小路に追い込んでしまい、果ては強襲科へ踏み入れる羽目となったのだ。

 

 故そんな顔になっても致し方あるまい。

 

「それに……気付いてた? 初対面の時の傍若無人さがいつも以上に戻ってたのよ、強襲科に居た時のあんた。言ってる事とかじゃなくて、雰囲気がって言うか」

「……雰囲気…」

「だからキンジ、無理してたんじゃないかなって思うの。振り回されっ放しはしゃくだけど、気負いのないように見えた、さっきのあんたの方が魅力的だわ」

「………そうか……」

「そう!」

 

 どんどん喜悦を増していくアリアと、その顔に言いようのない悲哀染みた何かをおびていくキンジ。

 どこまでも対照的なその二人の空気に、されど彼女も周囲も気付く事は無く、会話はそのまま続けられていく。

 

「でもあんたもアタシと同じ『アリア』なのは、やっぱり意外だったかな。それなりに構われるものだと思ってた」

「それ、独唱曲の方か?」

「うん。一人で歌うパートだけれど、悪く言っちゃうと独りぼっち……あたしはいつもそうだったの、ロンドンでも、ローマでも、ここでも……」

「神崎、だからと言ってそんなオレをドレイにしても、どっちかっていうとダブルの『アリア』だ。デュエットじゃあないんだわ」

「……ぷふっ」

 

 と、当人的にはすこぶる真剣に言ったはずのキンジの言葉に、何故かアリアは噴出した。

 

「なんだ、あんたも面白い事言えるんじゃない」

「何がツボに入ったんだ」

「うん、やっぱり昨日までのあんたは自分に嘘ついてる。……探偵科インケスタ流れ着いたのは本当かもしれないけど、そして強襲科だからって訳でもないのかもしれないけど、今のあんたの方が絶対あんたらしいわ」

「オレはパンピーになるんだよ」

「はいはい」

 

 心の底から嬉しそうに笑うアリアからキンジは顔を反らし、緩慢に夕焼け空を見上げる。

 

(いつも通りにやっていたはずだ、オレは。それに鑑みればつまりその心境でいる方が似合いだと…武偵の方が“オレ”だと?)

 

―――たちの悪い冗談だ――

 そんな本心は、決して口にされる事なく。

 ただ小さな事件で終われと願いながら……キンジは今日から女子寮へ帰るアリアと、順当にバス停で分かれるのであった。

 

 

 

 だが波乱はまだ続く。

 それは正に強襲科へ顔を出した日、その帰り道での事。

 

 

(誰か居るな)

 

 歩きたい気分だったらしいキンジは男子寮前バス停よりずっと手前で降りた……のだが、どういうつもりか誰かが跡を付けている事を察し、男子寮から離れた位置へと歩き始めている。

 

 アリアがおらず戦徒アミカもいない彼では必然一人で相手するしかないこの状況。

 もし下手に武力で解決でもしてしまえば、彼にとってはより一層逃げ道が無くなってしまうと同義。

 

 そんなに自分が嫌いなのだろうか、運命は…と内心独り言ちつつ、開けた場所に出てからおもむろに振り返った。

 

 

 

「オレがどうかしたのか」

 

 如何様にも取れるそんな言葉を口にしながら、ある一点を読めない表情で見つめ続けるキンジ。

 果たして……その一点、大きな木の陰から、一人の小さな女子生徒が姿を現した。

 

「尾行に、気付いていたんですね…」

「一応探偵科所属だからな」

 

―――あとかなり下手だったんだわ――

 そんな本音を奥底にしまい、キンジはその女子生徒を改めて眺める。

 

 背丈はアリア以上に低く、ツインテールにまとめた髪形もあってより幼く見えるが、そんなある意味目立つ彼女にキンジは覚えがないようで、内心首をかしげた。

 

 つまり十中八九今年入った一年生。

 元より武藤と以外は一人行動が多いキンジに、そんな所への関わりなんぞありはしない。

 

「何故オレを尾ける」

 

 ふざける余地も無かったからこそ、キンジはストレートに疑問をぶつけた。

 はぐらかされる可能性もあるがそれはそれ、まずは踏みこまないと話にもならない、と考えたのだろう。

 

「だって……だって……!」

 

 相手の女子生徒はと言うと、何故だかぷるぷる震え始め、そんな言葉をつぶやき始める。

 その震えが不意に止まったかと思うと……思いの丈を乗せたのだろう、かなり大きな声が飛び出してきた。

 

「だってずるいです! あたしは頑張って漸くアリア先輩とお近づきになれたのに、あんな……! あなたはアリア先輩の何なんですか!!」

「…………」

 

 “何を言っているんだこいつ”と、少し前にも抱いたそれがキンジの中へと再びぶり返す。

 

 そもそも何なんだと言われたところでキンジ側には適当な例えが存在しない。もっと言えばアリアと一緒にいた時点で、どう反応しても恐らく彼女は納得しない。

 だがすぐに返さず悩んでいたからか彼はある答えに辿り着く。

 

「そう言えば戦姉妹がいるって言っていたな……お前なのか」

「え……あ、そ、そうです!!」

 

 彼女の返答でキンジは合点がいき、同時に先日の屋上の会話も思い出した。

 ……実力からも性格からも遠巻きだが、その分だけ隠れファンも多いアリア。

 そんなSランク武偵へ必死に喰らい付き、戦妹となったEランク武偵“あかり”……それが目の前の彼女のなのだ。

 

 なるほど、確かに面白くないだろう。

 

 謎の激強美少女として孤高を保っていたアリアへ努力して努力してやっと手が届いたのに、キンジはそんなアリアから一足飛びに距離を縮められている。

 しかも相手はSランクどころかEランク、本来の科でもDランクという“あかり”自身と変わらない補欠男。

 

 あらぬ想像をしかねないこの状況。

 「お近づきに」とまで口にするほど信望しているらしい“あかり”なら、尾行してでも調べようとするのは寧ろ当然である。

 

「神崎に憧れているんだな」

「そ、そうですけど! 憧れて何か悪いんですか!?」

 

 キンジとしてはただの事実確認だったのだろうが“あかり”は変な対抗心から必要以上に反発。穿って言うと真っ当な会話を望めるかすらも怪しい。

 

 だがキンジは全く違ったようで。

 

「いいや。それを大切にすりゃあいいんじゃあねえか」

「へ?」

「だからオレなんぞに構わくて良いだろ、憧れを必死に追って形にしたのなら」

 

 思わぬ返しに“あかり”は不信感という名の嫉妬を収め、彼の言葉を聞いてしまう。

 

「だからつける必要はねえ、元より外野が流布した男女云々の話題なんぞ嘘八百だ」

「じゃあアリア先輩とすぐにでも別れればいいじゃないですか!」

「そのアリア先輩本人が自ら動いたからで突っ掛かっているのがお前だろ」

「う……」

「元よりお前、なんて返しても納得しないだろ。神崎自身が発端である以上、仕事仲間かパートナーかパーティーの一員かは関係が無い」

 

 完全に黙ってしまった“あかり”にキンジは細く、長く息を吐いてから、こう付け加えた。

 

「戦姉妹になれたのならそれでいいじゃあねえか。自分が一番興味を持って貰わなければいけないなんてルールは無い」

「でも……そんなの興味を持たれてるから言える事です!」

「確かにな。だがさっきも言った通りオレが曲がりの無い本心のまま告げてもきっと納得しないと思う」

 

 だから平行線。彼が言いたい事が分からない程、流石の“あかり”も目が眩んでではいない。

 なればこそとキンジは別の観点で話を切り出す。

 

「その憧れでオレを超えて神崎を振り向かせればいい。今は今、この先はこの先、ずっとこんなオレに構っているとでも思うのか?」

「正直に言います、思わないです」

「ならいいだろそれで。よく分からない上に良い答えも返せないDランク探偵科なぞに、成長途上であるSランクの戦姉妹が突っ掛からなくてもな。それに」

「……?」

「隠す事でもないから言うが、オレは武偵を辞めて一般市民になる。どの道お前の一人勝ちだ」

「え…」

 

 予想外だったのか固まる“あかり”をよそに、そしてチャンスだとばかりにキンジは早足で帰路につき、なんとか“あかり”の尾行をまくことに成功する。

 

 その道すがら、キンジが思い浮かべていたのは――アリアとかわした『アリア』の会話。

 信望だからまだ独唱と言いたいのか、気付いていないだけなのか。

 だが何れにせよ、アリアは『アリア』のままではいないのかもしれないと、そう考えた後で。

 

「ならオレも腐りかけている場合じゃあねえな」

 

 向き不向きがなんだ。らしい、らしくないがどうした。

 最終的に憧れを掴み、証明すればいいのだ。

 

 ――何も無いと言う事が素晴らしい、その毎日の中へ飛び込んで――

 ――何かあるこの自分でも、平たんに揺蕩っていられるのだと―――

 

 そう、己の目標を改めて浮かび上がらせ。

 

「この一件を迅速に終わらせる、そしていざ、パンピーを目指して」

 

 アリアに言われたことを彼方へ吹き飛ばすかの如く、変人でしか無い男がそんな無謀な決意を抱いた、強襲科へ入った―――その翌日。

 

 

 彼等を取り巻く事態は急変する事となる。

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