翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~ 作:阿久間嬉嬉
しとしとと生暖かい雨が降る今日この日。
「ダメか……」
キンジは翌日のバスに乗り遅れてしまっていた。きちんと理子に直してもらった腕時計を確認しつつ準備を進めていたと言うのに、気が付けばほぼギリギリ。
さらに雨が降った事もあり、武偵高行きのバスは生徒たちですし詰め状態だ。2メートル越えの男が入る余地などどこにもない。
今しがた乗り込んだ武藤すら押し出されるのを堪えている態勢なのだから、最早キンジが乗れる場所はバスの屋根ぐらいしかない。そしてそんな所に乗る気などさしものキンジも持っていない。
「やった、乗れたぞ! おっキンジおはよう! 浮かない顔してるな!!」
「ああ地に沈みまくっている……乗れないなこりゃあ」
「はっはっは、デカい体が災いしちまったなぁ! じゃ二限目で会おうぜ!」
「よっしゃ、なら怒られるさまでも楽しみにしておけよ」
「ポジティブだなお前! おう、じゃあまたすぐ!」
今更足掻いても仕方がないと思ったらしく、チャリを失ったキンジはほんのわずかに苦笑しながら、はしゃぐ武藤とぎゅうぎゅうのバス内を一瞥し、見送る。
いずれ一般高校に移る気のキンジにとって本来通常授業である一限目は逃せないし、本人もそれを分ってはいた様で、遅刻したふがいない自分に呆れて少し肩を落としていた。
(遅刻なんてミスに置ける初歩の初歩、一般を目指すならこれは皆無にしないとな)
等と悩んでいても仕方がない、このままでは二時限目にも遅れてしまう。じゃあと少しでも早く学校へ行く為、キンジは生暖かい雨の降る中を早足で歩きだす。
しかし元々滑走路を安価で作る為の人工浮島を買い取って建てられた学園島は、その道路が途轍もなく長い。もっと言えば全体的に色々と細長い。
武藤の言う通りキンジは一時間目を実質フケてしまう形になりそうだ。
そんな他に車の音以外が聞こえやしない雨天下を、何時も通りのようでいてどこか暗い顔をしたキンジが、今しがた追い越していったアリアと“あかり”の乗った車を目で追う。
幸か不幸か向こうは彼に気が付かず、そのまま学校方面へと向かっていく。
(自家用車か、いいな……貴族と言っていたものな)
もし先の事件で自身が乗っていたのが自家用車であればもっとマシだったのか、などと意味のない思考をしながら、暫くお世話になろう
それと奇しくもほぼ同時に……彼の携帯電話が鳴る。
「――もしもし」
『キンジ、今どこ』
声の主はアリア。
だが時刻はまだ八時半前であり、強襲科としてあたる依頼についての相談は勿論のこと、授業もまだ一時間目すら終わっていない。
ならばなぜ電話をしたのだろう?
……妙に冷たくへばりつく、嫌な予感を胸中にわかせながら、キンジは一拍置いて問い返した。
「強襲科のすぐ横だ」
『グッドタイミングね、そこでC装備に着替えて女子寮の屋上に来なさい。今すぐよ』
「事件、なのか」
『察しがいいわね。だから早く!』
予感は見事当たってしまい、キンジはこれまでで一番苦々しそうな顔を浮かべ、それでも約束だからとすぐさま強襲科の専門等へ赴く。
その苦々しい顔が指し示しているのは、果たして事件そのものか、それとも……。
約十数分後。
女子寮の屋上へ向かう階段を、キンジはC装備というSATやWATにも似た『出入り』用の攻撃的装備に身を包み、飛ばし飛ばしに昇っていた。
TNKの防弾ベストに強化プラスチック製ヘルメット、武偵高の紋章入りインカムにフィンガーレスグローブ、そしてホルスターと予備マガジン4本付きのベルト。
キンジの体格に合わせたものまであるあたり、より広く多様な想定の下で、複数作られた事が伺える。
こんなものを持ち出す時点で、小さな事件だとはとても思えない。それは強襲科として一度も依頼を受けたことが無いキンジでも察せていた。
願わくばアリアに押し付けられる、自分が動かなくても良い事件であるようにと怠惰な祈りを捧げつつ、キンジが屋上へ出てみれば。
「―――!!!」
「……」
そこには何やらインカムに怒鳴り続けているC装備のアリアがおり、次いで視線を階段の庇の下へ傾けてみると、ヘッドホンを付けた碧髪の物静かな少女が目に入る。
彼女の名はレキ。
アリアよりも頭半分程度高い身長と、細い体からは想像もつかない程の実力を持つ。
ランクも当然ばかりにS。
そしてロボットなどとあだ名されるぐらい、キンジなど目でもないほどの無表情であるためか存在感が薄く、果ては誰も名字を知らないと言う中々に謎の多い美少女だ。
けれどキンジの興味はもう別の所へ向いている。なぜならば武偵事情に疎い彼でも知っている天才少女が居る時点で、もう可能性は固定されたに等しいのだから。
(Sランクがもう一人という事は、そうか……)
つまりこれは間違いなく大事件だと、キンジも悟らざるを得なかった。
同時に、約束をしたとは言え何故そんな凄腕の集まりに奇術が取り柄なE判定の自分を呼んだのか? と、多少ながら辟易もしている。
ふざけているのはふざけていられるから、こんな時まで現実逃避のおバカ発言など出来よう筈もない。
ましてアリアが自分に拘っていたところまでは理解していたキンジだが、まさか普通に武偵としてアテにしていたとは、ここに来るまで終ぞ思わなかったのだろう。
半ば呆然と佇むキンジと、無言でセミオートマチック狙撃銃ドラグノフを肩にかけて座るレキ。
そんな彼・彼女に、ようやっと通信を終えたアリアが振り向きざまに駆けよって来た。
「時間切れね、本当はもう一人戦力が欲しかったとこだけど、出払ってるなら仕方ないわ。……追跡するわよ、火力不足はあたしが補うから」
既に上方修正されまくっている事にキンジは内心複雑な思いを抱きつつ、今聞くべき事を何とかまとめて口から吐き出す。
「追跡って何をだ、説明ぐらいはしてくれ」
「バスジャックよ」
「……バス?」
再びキンジに走る……今度は鋭く冷たい、嫌な予感。
―――まさか?
―――違うよな?
そんな彼の刹那に紡がれた小さな懇願は、無情にも運命に斬り捨てられた。
「武偵高行きの通学バスよ、あんたの住むマンションに停留した7時58分発のやつ」
「……犯人は」
「乗ってはいないでしょうね、バスには爆弾が仕掛けられているから」
キンジの脳裏によぎるのは『じゃ、二時間目で会おう!』と明るく言う武藤の笑顔と、中で談笑する見知ったクラスメイトと後輩たちの顔。
すし詰め状態で乗っている彼らが、命の危機にさらされているという事実。
続いて湧き上がる、またもや自分が乗るだろう運搬車への乗っ取り事件が起きたと言う、不自然な偶然。
「キンジ、これは《武偵殺し》……あんたのチャリをジャックした奴と同一犯の仕業よ」
「《武偵殺し》ってのはあれか、以前バイクジャックに、カージャックをしでかしたやからの」
「そう、そして今回はあんたのチャリに、今のバスね。奴は毎回減速すると起動する爆弾を仕掛けて乗り物の自由を奪い、遠隔操作でコントロ―するんだけど……その電波にはパターンがあってね、あんたと出会った時もそれを追っていたのよ」
「だが《武偵殺し》はもう逮捕されているんじゃあなかったか?」
だから模倣犯として考えた方がいいと、キンジがそう続けようとした矢先に、アリアが遮って来る。
「それは真犯人じゃないの」
「……何?」
「詳細を説明している時間は無いわ、それにあんたが知る必要もない。元よりこのパーティのリーダーはあたしよ」
昨晩のことに今回のこと、自身に関連した二度のジャックに《武偵殺し》、次々畳み掛けてきたせいで流石のキンジも何も言えず、混乱するばかり。
彼らの上空からは既に雨音に混じって、車輌科ロジのヘリのプロペラ音まで聞こえてきている。……アリアは手際よくこんなものまで呼んでいたらしい。
「事件は既に発生しているわ! 今すぐ爆破されるかもしれない以上、言うべき事は二つ! ミッションは車内に居る全員の救出! そして武偵憲章1条『仲間を信じ、仲間を助けよ』!! さあ行くわよ!!」
降りてくるヘリの音に負けないよう叫ぶアリアへ――決して荒げてはいないのにいやに良く通る声で、キンジは恰も自分へ言い聞かせるように呟いた。
「やってやるしかねえな」
彼に呟きを聞き届けたアリアはツインテールをなびかせて振り向き、笑う。
「これが最初の事件になるわね、キンジ!」
「ああガッチガチの大事件だ」
仲間の危機だと言うのに気色を隠せないアリアと、またもや対照的な表情をキンジは浮かべた。
手なんか抜けない、抜いていい筈がない。乗っているのは数少ない親友と、顔見知り達なのだ。
今年度で分かれるからと言って見捨てるなど、そんな薄情な真似ができる者はいやしない。
そも抜ける手など無い。
あるとすればそれは、アリアにも知られている刃物や銃火器を使うことのみ。
事件の性質と上記の件故にそんなこと出来るものではない。
何より―――本人なのか違うのか、件の《武偵殺し》はキンジを狙っている節がある。
と言う事は、キンジの奇術についてもある程度認知している人物と言う事になろう。
そんな奇術を利用したがる変わり者についても知っていなけれないけない。
要するに彼を、何かしらの目的と秘密を知っているアリアに前と今で二度、どうしようもない状況で意図して接触させたのだ。
もう武偵でいる気の無い遠山キンジを。
武偵らしい方があっていると言われたことに、複雑な思いを抱くような男を。
彼の友人まで巻き込んでまで。
されど、つまり逆に言えば彼をパンピーから遠ざける、真の元凶とは……。
「約束は守りなさいよ? あんたが実力を見せてくれるとこ、楽しみにしてるんだから!」
本来ならばこれはキンジにとって喜ばしくもない事でしかないし、事実全く持って喜べない。
……だがそれは“ただの事件”であった場合だ。
自分の行動が何であれ、あの日崩れた原因を担う黒幕がこの事件の首謀者であると言うのなら。
彼の夢と親友を害そうというのならば。
「やってやる」
―――見つけたぞ、本当の
―――一般の道へ戻る際の助走を付けるため、今はより踏み込む――
―――
これこそが、強襲科に移る際『決めたこと』を固めさせてしまう、後押しとなり。
先刻までずっと燻り続けていた、キンジの胸の中に浮かぶ一つの道標と共に、赤銅色の灯がともった瞬間であった。
それが……より深い混沌へいざなうとも知らず。
次回から新規分となります。
ここからよりがっつりと変化が起きていく予定です。