翔るは緋、“硬”るも銅 ~散弾銃で殴るんじゃない~ 作:阿久間嬉嬉
また今回から、今話の様に三人称の中心が少しずれたりしてきます。
インカム越しに伝えられた
武偵高行きのバスは男子寮前停留所を最後に何処にも停まらず学園島を一周し、青海南橋を渡って台場へ向かっているとの事。
バス内からの連絡は男子寮前を発って少ししてから。つまりキンジが乗り過ごしてすぐ「バスジャックされている」と入ったらしい。
また警視庁と東京武偵局も既に動いてはいるのだが、相手が爆弾付きの暴走バスである為か、まだ準備が整っていない様子。
要するに、どう足掻いても都内に爆発物が突入するのは避けられない。
……ので実質、アリア・キンジ・レキの三人組が実質現場一番乗りという訳だ。
なんでも《武偵殺し》の電波を掴んで通報前に準備を済ませ、そのままキンジとレキを呼んだのだとか。
なるほど、早いのも当然である。
―――そう今までの情報を振り返りつつ、アリアはコルト・ガバメントベースの
諸々の特許が切れているからこそ他よりも改造の自由が利くそれは、素人目にもよく使いこまれているのが分かる。
そしてキンジの方は特に装備のチェックなどせず、先まではレキよりマシ程度だった感情をはっきりと表に出し、怒っているのか笑っているのか分からない表情を浮かべている。
元より彼の装備はトカレフの更に模造品と名無しの粗悪ナイフ。チェックしたところで意味がない。
……すると。
『見えました』
ヘリの轟音の中だからかインカム越しにレキの声が聞こえ、もう来たかとアリアもキンジも防弾窓から外を覗き込む。
だがしかし、そこに映るのは湾岸線や台場の建物のみであり、肝心の
「どれだ」
『現在ホテル日航前を右折したバスです、武偵高生徒約六十名の姿が確認できています』
『あ、あんた視力いくつなのよ、レキ?』
『両目ともに6.0です』
サラリと告げられた超人的数字にアリアは思わずキンジを見てしまい、更にそのキンジがずっと外を見ていた事で、視線の行き場を失う。
そのままレキの発言に従い運転手がヘリを向わせていってみれば、本当に底をバスが猛スピードで突っ走っていた。
ほかの車を次々追い越しながら走るバス、そしてそれを追うヘリはとても目立ち、テレビ局の中から大勢の人がカメラやケータイで撮影しているのも見える。
そちらへ僅かに……どこか厳しくも見える視線を傾けたキンジには気付かず、アリアはランドセルにも似た教習用パラシュートを準備しながら、インカムよりテキパキと命令を下していく。
『段取りを説明するわ。まず空中からバスの屋根に飛び移りあたしがバスの外側、キンジがバスの内側を確認、何かあったら連絡。レキはヘリ内で待機して』
「中に犯人がいた場合はどうする」
『いないわよ。《武偵殺し》は車内に入らないから』
「違った場合は」
『ならあんたが何とかしなさい、出来る筈よ』
アリアのそれは、武偵が世間からよく批難される原因の一つ、その場その場の判断を主とした迅速な解決というセオリーすらぶっちぎった、有無を言わせない実力主義だ。
非常識にも程がある。
無論、圧倒的な火力と戦闘能力での制圧は数多の場面で有効となる。……一気にカタを付けられるか、力で何とか出来る状況である限りは。
今この状況は違う、どう考えても力ではどうにもならないだろう。
……もしかすると日頃キンジが『日常で』振り回され、アリアが『非日常で』振り回されるあのやり取りになるのは、ここに理由の一端があるのかもしれない。
非日常の中で更に非常識を突っ走る少女と、日常を何とか得ようと己を傾ける青年が出会ったなら、片方が引っ張り回してしまうなど自明の理なのだから。
加えて、問題はそれだけではない。
数々の実績を残している現役Sランク武偵のレキは、まだその非常識について行けるだけのものがあると言い切れるのだから、ともかくとしよう。
だがしかしキンジは現状、
『ミルクティーとペットボトルでUZIを粉々にする奇術』
『アリアすら反応できない謎の拳骨もどき』
『トランクを傷つけずに投げ落とす技術』
『数人がかりと数道具がかりを強引に引きちぎるパワー』
『銃弾を掴み取る驚異的な反射神経と握力』
『そこそこの幅と高さがある消波ブロック帯を飛び越える脚力』
…と確かに高スペックだがそれ以外のものを見せていない。
それどころか武偵として求められる能力は良く言っても下の上。基本的な武装の扱いは言うまでもないし、自分自身が絡めばまだ推理可能だが、そこへ他人が加わると途端に疎くなってしまう。
こんな男に対し途轍もない過信をしている。これは流石に、余りに行き過ぎていると言うものだ。
先にアリアは、自分は名前の通り
自分には何処に居ようと、誰であろうとも合わせる事が出来ず、どの国でも『独唱曲』になってしまうと言っていた。
しかしこれを見る限り実力そのものよりも、もっと別の部分に問題があるとしか思えない。
それを、この短い間でも何となく察せてしまうと言うものである。
『合図したら行くわよ、降下準備!』
結局リーダーだからこそ誰も止める事はせず、アリアは強襲用パラシュートを背負い、
―――正に、その時だった。
過信を押し付けていたアリアへと、ある意味 “天罰” が下ったのは―――
「よし行くぞ!」
「え」
珍しくそう怒鳴る様に言うが早いかキンジがアリアの首根っこをむんずと掴み……なんと力づくでハッチを開け、パラシュートも無いのにバスの屋根目掛け未だ高々度に浮かぶヘリから飛び出したではないか。
「ちょ、うぇ、の、まっ……あああああああああ!!??」
ガオン!!!
「OKだ」
そんな凄まじい音を立て、危なげなく着地したキンジ。反対にアリアはほんの数秒呆けてしまい、戻ると同時に怒鳴り声をあげる。
「あんたバカ、いやアホの極みだわ!!? 何処の世界にロープやパラシュート無しで空挺する奴がいるのよ!! しかもあんな高さからポーンっと!!」
「ここにいるんだわ、だから作戦開始だリーダー。武貞殺しか違うのか、いずれにせよ叩きのめしてとっ捕まえる…そしてパンピーロードだ!」
「ああもう信じてたわよ、信じてたけど!!!」
こんなやり取りをしている二人だが、どちらも不安定で濡れた屋根から滑り落ちる気配がしないあたり、伊達に高い身体能力を持っている訳ではないらしい。
それに不思議とバスにも傷が無い。
キンジの顔には焦りも何も無いので、間違いなくこれを確信して落下したのだろうが、こいつはどうなっているのだろう――とアリアは穿ちざるを得ない。
そして、そう言い返しながらもバスの屋根へベルトのワイヤーを撃ち込み固定する最中、またもやキンジが非常識を実行。
……もうお分かりだろうが、ワイヤー無しにイモリの如くバスを伝って伸縮棒付きのミラーで確認し、普通に内部へ入りやがったのである。
動きに一瞬迷いがあったため、恐らくワイヤーの使い方自体が分からなかったのかもしれないが、それにしたって出した結論がアホ過ぎた。
(ほんとなんでこいつがEなのよ! たしかに銃とかボロボロだったけど! …ニホンの基準どうなってんの!?)
リぺリングよろしくバスの側面から潜っていくアリアの胸中には、緊張を吹き飛ばすぐらいの興奮と怒りと困惑が沸き上がっていた。
場所は変わってバスの車内。
そこでは先までかなりするする動いていた筈のキンジが、おもむろに立ち止まってしまっていた。伏せている者が多いお陰か、幸いにしてキンジの大柄な体でも動けるスペースは何とか確保しているので、その所為ではない。
彼が入ってきた瞬間に生徒達が一斉に喋り出したため、聞き取れず硬直しているのだ。
「キンジ! お前が来たのか…!?」
しかし聞きなれた声はすぐに届いたようでそちらへとキンジは視線を傾ける。
彼の思った通りその声の主は約三十分ほど前にバス停で分かれ、二時限目で会おうなどとキンジとバカトークをしていた彼の親友・武藤。
「さっきぶりに出会ったな、だが二限目にはギリギリ入っていない」
「ああ、その暢気ぶりはお前だな……くそ、何でおれはこんなバスに乗っちまったんだ……!?」
「運もあるだろうよ、今は嘆いている場合じゃあねえ」
軽口を叩きつつ彼の中に浮かんでいる事は十中八九《武偵殺し》。見回しても生徒しかおらず、どうやらアリアの言った通り車内に犯人は居ない様子。
その代わり。
「と、ととっ遠山先輩、助けて……!」
[速度を落とすと 爆発しやがります]
運転手席近くにいたメガネの女子生徒の持つ携帯から、キ音声ソフトにより組み上げられた、人工的な抑揚の脅し文句が響いていた。
「これは……」
「すり替えられてたらしいぜ、これ」
「いきなり喋り出して……! もう、どうすれば……!!」
[当然 ブレーキを踏んでも 爆発しやがります]
それは間違いなく、あの日キンジも聞いた声だ。即ち、あの日のチャリジャックと本当に同一犯……真実にしろ偽りにしろかの《武偵殺し》の仕業だとみて、もう間違いなかろう。
そして、この瞬間キンジが女子寮屋上で導き出した“自分狙い”という線が、より一層濃くなった。
『キンジ! そっちの状況は!』
思考が深まる前に聞こえたインカムからのアリアの声でひとまず引き戻されたキンジは、バスの後部ガラスから見えるアリアの脚に、何をしているか察しつつ報告する。
「お前の言った通りだ、遠隔操作されているぞこのバス。そっちは」
『底に爆弾らしきものがあるわ! タイプは……奴の十八番、カジンスキーベータ型のプラスチック爆弾ね。炸薬の量は見えているだけで3500立方センチ!』
「3500立方センチの炸薬…」
「待っ……てめっ、それ電車でもぶっ飛ぶぞ!? イカれてんのか
その手の情報に疎いキンジがオウム返しした言葉を武藤が拾い、叫びそうになるのを何とか押さえて、それでも鬼気迫る表情で怒りを返す。
同時に、理解したキンジの顔にも明らかな負の感情が浮かんでいる。
『待ってて。今解体を試み―――うあっ!?』
アリアの慌てた叫びに凄まじい衝撃が重なり、武藤など辛うじて立っていた生徒も皆もつれあうように転んだりしりもちをつき、追加の異常事態に悲鳴が飛ぶ。
この中でも、キンジの高い目線からは衝撃の“犯人”がよく見えた。ルノーと思われる、一台の真っ赤なオープンカーが。
そして―――それに括りつけられた、
「伏せろ!」
銃のシルエットを目でとらえたキンジが声を荒げて叫ぶと、直後にウォン! というエンジン音が耳に届き、素早くルノーが横に回り込んで来る。
彼はそれに対し、車内の生徒達が姿勢を低くしたと悟るが早いか、運転席目掛けて跳躍。
何をしたかは不明なものの、どうやらキンジは運転手を庇ったらしく、運転席近くだけ異様に弾痕が無い。
[有明コロシアムを、右折しやがれです]
しかしそれで問題点を把握した彼は武藤の方へ振り向いた。
「運転手にヘルメットをかぶせろ武藤! あとヘルプへ入れるよう待機していて欲しい!」
「い、いいけど俺、この間改造車がバレて一点しか減点出来ねえんだぞ!? もし運転する事になったら」
「その時はオレも頭を下げる、友達だからな! 心配せず構えてくれれば良いんだわ!」
「キンジぃ……お前のそういうところ好きだぜ!!」
銃へ確りと警戒を向けつつもヘルメットを受け取った武藤とすれ違い、キンジはそのまま足から飛び出して、屋根の側面を握り鉄棒競技の如く屋根へ跳躍。
……豪雨の中を突っ走るバスがレインボーブリッジへ差し掛かった事をそこで初めて知った。
また、降り立ったキンジの横にはまだ誰もおらず、されどアリアのワイヤーがまだ切れていないことから無事なのは分かる。
しかして一難去ってまた一難、急カーブが目の前に現れる。速度を落とすしかないこの道、万事休す。
「全員左へ寄れぇ!!」
そう思われた矢先に轟く武藤の声と、何かがぶつかるような音の後、一瞬片輪走行になったバスは……しかしそのまま猛スピードでカーブ成功。運転手の腕と
レインボーブリッジ内に差し掛かっても車は一台もおらず、眼前を通るのは横薙ぎに叩きつけられる雨のみ。
どうやら警視庁が手を回し封鎖をした様だ。
僅か数秒間の出来事の後、ここでアリアも屋根へとワイヤーを伝って昇って来た。
「キンジ!!」
「おう神崎、ヘルメットは!」
「ルノーにぶち割られたのよ! って言うかあんたは何で!?」
「武藤経由で運転手に貸している!」
彼としてはそのまま答えただけだったのだが、『強襲科としては有り得ない』その格好にアリアは湧いた焦燥そのままに叫ぶ。
「どうして無防備に出て来たのよ! 車内に隠れるのが普通でしょ!? 何でそんな初歩的な判断……バカ、後ろ、何やってっ…伏せなさい!!」
拳銃を二丁とも抜いて突撃して来る、真っ青な顔のアリアに言われるまま振り向いたキンジの目へ……いつの間にか前方へ回り込んでいた赤いルノーと、彼らへ狙いを定めるUZIの銃口と。
―――それがキンジの脳天目掛けてぶっ放すさまが映った。
彼の顔面目掛けて。
飛んでいく、銃弾が。
キンジへタックルする、アリアが。
彼を全く揺らがせられないまま、同時にルノーと応戦して。
(……え……?)
―――彼女の視界内で、赤銅色の散弾銃のような物がほんの刹那の間に現れ、UZIの弾を銃身で砕いて、音もなく火を吹き。
ガバメントの弾丸がUZIの銃座を正確に貫いて砕き、見る間に停止させ……ショットガンの弾丸がルノーの前面を『砲弾』の如く圧し潰し、衝撃で車体がはね上がる。
こちらに向かってくるその車体に、またほんの一瞬だけ見えたその散弾銃が振られたかと思うと、ガードレールへ跳ね飛んで。
『――私は一発の銃弾』
パァン! という音と共に、不可思議なに引き伸ばされた時間が、インカム越しのレキの声と一緒に戻って来た。
『銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない――』
多くの建物が密集していた台場では巡ってこなかった、ヘリからの狙撃のチャンス。それをレキは逃さず、バス下の爆弾目掛けて一発、二発と正確に放つ。
『目標に向かって飛ぶだけ』
詩のような、或いはまじないの様な呟きから一拍遅れ、更に三度銃口が光った。遅れて届く銃声と一緒に聞こえる不快音は、硬い音を立ててはがれたバスの部品と、件の爆弾のモノだ。
分離されたそれはレキの狙撃によって宙を舞い、中央分離帯を越えて海に落ち…………大爆発。
海中から盛大に上がった水柱の轟音が、皆の生還を祝い称える福音として、レインボーブリッジ全体へ鳴り響いた。
やがて徐々に減速するバスからは、武藤達武偵高生徒の歓声が聞こえてくる。
『助かった』
『ありがとう』
そんな言葉に混じり、泣きじゃくるメガネの女子生徒の背中を押す武藤の元へ向かう、まだ高揚しているのか分かり易く口だけで笑んでいるキンジの背を見ながら……アリアは唇を半開きにしていた。
(キンジ……あんた、いったい……?)
一人はSランクとして申し分なさ過ぎる働きをした。それは予想できていた。
もう一人は予想を超えた凄まじい活躍をしてくれた。……これは、予想の外だった。
(そんな才能を持っていて、どうしてパンピーなんかになりたいの……?)
「アリア先輩! 流石です!!」
「あっ! あかり……」
抱き着いて来た
『組むのはこの一回だけ』という約束すら、思い出すのにもたつくほどに……。