アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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16 『来ちゃった!』

 

 始業式から早一週間。新しい生活環境にも慣れ、ユウは再びちょっぴり退屈で代わり映えの無い、されど平穏で穏やかな日常を過ごしていた。二年生になったからと言っても特別何かが大きく変わるということも無く、せいぜいが授業内容がちょっと難しくなったくらいである。

 

 【受験】という言葉がちらりと耳に入っては来たが、ユウの通うこの高校は進学校ってわけじゃあない。気にならないことも無いが、夏休みに入ってからゆっくり考えれば良いや──などと、ユウを含めた大半の学生がそう思っている。

 

 この段階で将来をしっかり見据えている学生なんてほとんどいない。適当に生きていれば、そこそこの企業に就職して、なんとなく結婚なんかもして、そのまま流されるように生きていくのだと、そう考えている人間がほとんどだろう。

 

 ユウ自身そう思っている……というか、ユウは他の人間に比べて特にその傾向が顕著だった。平穏無事に一日一日を過ごすことが出来れば、それだけでもう満足なのである。

 

「ふー……」

 

 今日も今日とて、ユウは朝のジョギングを行っていた。一年生の時との違いと言えば、こうして朝のジョギングを継続していることくらいだろう。

 

 別に、大きな理由があるというわけじゃない。ただなんとなく、朝に体を動かさないと気分がすっきりしないというだけだ。

 

 運動部に所属していないユウにとって、『リラックスして』運動できる時間というのは結構貴重だ。

 

 唯一の誤算は、それでなお、なんか気分がもやもやして落ち着かないということだろうか。かれこれ一週間以上、ユウはずっとこのよくわからない、不安にも似た何かに苛まされている。

 

「ただいま」

 

「あっ、おかえり、おにーちゃん!」

 

 家に戻ると、すでに制服姿になっていたアイが大きな声をあげた。朝餉の支度をしている途中だったらしく、みそ汁の良い匂いが玄関先にいるユウの方にまで漂ってきている。

 

「おにーちゃんも、平日なのによく走るよね」

 

「まぁ、な」

 

「……その、鍛錬は」

 

「腕を落とさない程度にはやっている」

 

 【夢現流無手派修練山 咲島道場】。ユウの実家であり、ユウが持つもう一つの顔。師範代としての肩書を持つユウは、しかしもう随分と長い間、修練場に顔を出していない。朝のジョギングはほぼ欠かさず行っているくせに、自宅の一部でもあるそこには、まるで寄り付かないのだ。

 

「それに、これ以上鍛えてどうなるんだ? もう十分だろ」

 

「うん……強さって意味では、そうだろうけど……」

 

「なら、この話はおしまいだ。……早く食べないと、遅刻するぞ」

 

 ちょっと気まずい空気のまま、朝餉を食べて。制服に着替えて、家を出る。持たされたお弁当とは別にコンビニで追加の菓子パンを買い、週刊誌をちょっぴり立ち読みしてから学校へと向かう。

 

 いつも通りの行動。いつも通りの日常。

 

 ユウが愛してやまない、平穏で穏やかな日々。

 

 そんなユウの大切な宝物は、いとも簡単に打ち壊された。

 

「咲島、ちょっと──」

 

 朝のホームルーム終了直後。ちょっぴり小声でユウを呼ぶ、担任の声。なんだか嫌な予感がするぞ──というユウの直感。

 

 がやがやとした教室。それを聞き取れたのは近くにいた数名だけだったのは、果たしてユウにとって良いことだったのか悪いことだったのか。

 

「放課後、校長室に来てほしい。……とても大事な話だから、絶対に忘れないように」

 

「──え」

 

 ユウの顔面が、真っ青になった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「お前さぁ、マジでなにやらかしたの?」

 

「うっせぇ。こっちが知りてえよ」

 

 昼休み。珍しく、ユウは学友である天野と一緒に昼餉を取っていた。それも教室なんかじゃあなくて、中庭などといういかにも青春真っ盛りな高校生がたむろしていそうなオシャレスポットで、である。

 

 天気が良いからか、辺りには似たようにお弁当を広げているものがけっこういる。されど、みんながみんなおしゃべりに夢中で、ユウたちのことを気にかけている人は一人としていなかった。

 

「指導室ならともかく、校長室って相当だぞ。しかもあんな風にこっそり呼ばれたってことは、良い話じゃないだろうに」

 

「だよなぁ……というか、指導室に呼び出されるのだって都市伝説みたいなもんだろ。いや、内容がはっきりしている分、そっちの方がマシか」

 

 一応、ユウは品行方正、まじめで問題の一つとして起こしたことが無い優等生として通っている。大半の人間は問題なんて起こしたことが無いだろうが、ともかく問題児ではないということだけは確かだ。ついでに言えば、表彰なんかにも縁がない、どこにでもいる地味で目立たない一般生徒という立ち位置を確保している。

 

 そんなユウが、校長室に呼び出された。たまたま話を聞いてしまった天野が気にならないはずがない。ユウだってめっちゃ気になっている。

 

「でもマジでなんだろうなぁ。やらかしたにしてもまだ一週間だぜ? 成績とか進路関係でもないだろうし、目覚ましい功績をあげたとかそんなでもないだろ? お前、なんか心当たりあるの?」

 

「…………ないこともない、けど」

 

「……えっ」

 

 ユウの脳裏に浮かぶ、最近あった衝撃的な出来事。巷で話題のアイドルを凶器を持った狂人から助け、なんかテレビやネットでめっちゃ話題になっている──というそれ。

 

 だけど、それはゴシップとかそういう類の話であって、学校から呼び出される案件じゃあないはずだ。カメラマンやレポーターがいるならまだ可能性はあるが、そんなヤジウマよりはるかにたちの悪いマスコミ連中が、放課後まで待つとも考えにくい。現段階でそれっぽい車両や人物が周囲に確認できない以上、可能性は低いと言っていいだろう。

 

「でも、学校案件じゃない……はず」

 

「お前のプライベートマジでどうなってるの……」

 

「いや、普通だよ。日課をこなしたり、ジョギングをしたり……あ」

 

 ユウの脳裏に新たに浮かんだ、最近あったちょっぴり衝撃的な出来事。

 

「どした?」

 

「いや……そう言えばちょっと前……」

 

 ここで、ユウは言葉を濁した。

 

「不良に絡まれてる女の子、助けたわ」

 

「……それじゃね?」

 

 初めてユイにあったあの日。ユウは確かに、犯罪者一歩手前……というか、たぶん普通に余罪がたくさんありそうな三人組の不良と【お話し合い】をしている。それはユウ自身が述べていた通り、【警察を呼ぶと逆に困る】くらいに丁寧に行われたものだ。

 

「すごいじゃん。お前、かっこいいじゃん。そーゆーの、リアルであるんだな。……一応聞くけど、無事だったんだよな?」

 

「そりゃもう。見ての通りピンピンですよ。だけど……」

 

 やっぱりこれも、学校案件じゃない。警察案件だ。呼び出されたらユウは大変困ったことになる。女の子を助けたという一点だけを鑑みればセーフかもしれないが、助けた相手が相手なだけに、そうなると今度はマスコミ案件になってしまう。

 

「やっぱり、それでもないと思う」

 

「そーかぁ? もうそれくらいしかないと思うけど。相手の親御さんが直々にお礼を言いたいとか、そんな感じじゃね?」

 

 なんやかんやと話していても、結局結論は出ない。そうこうしているうちには昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、ユウたちは教室に戻ることになる。

 

 眠気が猛威を振るう五限目の教室。春の心地よい麗らかさもあって、大半の人間はうつらうつらと舟をこぎ、何人かはそのまま微睡の淵に落ちていく。かくいうユウも普段ならそんなねぼすけの一人ではあるのだが、しかし、今日に限って言えばぱっちりと眼が冴えてしまっていた。

 

「……」

 

 六限。刻一刻とその瞬間が迫り、ユウは気が気でなくなってくる。拳で解決できることなら何も恐れないユウだが、そうでないことにはめっぽう弱いのだ。つくづく生まれた時代を間違えたものだと、ユウは数式がびっしり書き込まれた黒板を睨みつけながら思った。

 

 そして。

 

 キンコンカンコン──と、学生の誰もが求めた終わりのチャイムが……ユウにとっては別の意味での終わりのチャイムが鳴る。

 

 もう、逃げられない。

 

「咲島よぉ……腹ぁ、くくれよ」

 

「途中まで一緒に来てくれよ」

 

「やだやだ! 誰が好き好んでそんなヤバそうなところに行くんだよ。……あっ、でも、マジでなんかのお礼とかで、超絶可愛い美少女が来てたなら連絡くれ。全力で駆けつけるから」

 

「けっ」

 

 薄情な言葉を残し、天野は去っていく。小さくため息をついたユウは、重い気分のまま校長室へと向かった。

 

 他の教室の扉とは明らかに雰囲気の違う、ある種の重圧感さえ放っている扉。たかだか校長一人のために、それもろくに有効活用できていないのに、どうしてこうも校長室というのは豪華な造りをしているのだろうとユウは毎回のように疑問に思う。来客をもてなすだけなら応接室で十分のはずだというのに。

 

 あえて無駄に金をかけて豪華な造りにすることで、我ら学生に金と権力の関係という社会の縮図を示しているのではないか──と、そんなことを思わずにいられない。

 

「──失礼します」

 

 コンコンとノック。扉とはとても思えない、ふかっとした感触。あまり音が出なかったことに瞬間的に漫然としたイライラを覚えたユウは、ちょっぴり本気でその重厚な扉を叩いた。

 

「──あら、もしかして機嫌でも悪いのかしら?」

 

 校長室の中。

 

 集会の時くらいにしか見ないメタボ気味の校長──の隣に、見慣れぬ若い女がいた。

 

 できる秘書みたいな人だな、というのがユウの第一印象だ。ファッションに疎いユウにはその名前がわらかないが、そんな感じのそれっぽい服を着ている。長めの髪はすっきりとまとめられており、シックな眼鏡はなんとなくアンティークのそれを連想させた。

 

 目つきがちょっぴり鋭いことを除けば、意外なことに顔立ちは可愛らしい部類に入るかもしれない。ただ、それ以上に立ち居振る舞いが、放つオーラがクールで凛としており、【可愛い】よりも【綺麗】という言葉が良く似合う。

 

 そして、ユウは健全なる大和男子である。スレンダーでモデルのようなそのシルエットに、一瞬だけ目を奪われてしまったのは紛れもない事実だ。

 

「その、呼び出されてきたんですけど」

 

 その女は、何かを言おうとした校長を視線だけで黙らせた。状況的を鑑みれば、視線でやんわりと合図を送っただけに過ぎなかったのだろうが、そう思えてしまうほどに彼女の眼には迫力があったのだ。

 

「ええ、間違いないわよ。だって呼び出したのは私だもの」

 

「はぁ」

 

 この人なんでこんなに偉そうにしているんだろうな──なんて、ユウは場違いにもそんなことを思った。

 

「ええと、その、なんで俺を? ……初めまして、であってますよね?」

 

 とりあえずこう言っとけばあってるだろう。ついでに手を差し出しておけば、握手しない人間はいない。握手することさえ出来れば──否、握手できるほどに彼我の距離を詰めることが出来たなら、相手がどんな使い手だろうと何とかできる。

 

 そんな打算の元、ユウは戸惑いを装いながら右手を差し出した。

 

 が、しかし。

 

「……“はじめまして”?」

 

 ──あ、なんかヤバいぞ。

 

 ユウの本能が、そんな警鐘を鳴らす。

 

 女の人特有のブチギレ一歩手前の空気。最近どこかで似たような空気を感じたことがユウにはあった。いや、自分の妹も怒るときはこんな感じだし、ユイだっていきなり情緒不安定になった時はこんな雰囲気だったような気がする──なんて、思ったところで。

 

 その揺らめく気配に、合点が着いた。

 

「……いや、初めましてなんかじゃない」

 

「……へえ?」

 

「……いつぞやの、ストーカーの人か」

 

 それは間違いなく、この前の放課後にユウをストーキングしていた女だった。揺らめいた気配も、体の動かし方もユウにははっきりと覚えがあった。違っているのは雰囲気だけで、それはおそらくファッションの違いにより生じたものだろう。服装だけでこうも見事に雰囲気を変えてくるから女という生き物は怖い。

 

「そうね、確かにあなたから見ればストーカーよね……やっぱり、気付かないふりをしていたのね?」

 

「そりゃまあ……。男子高校生が女の人にストーキングされたって言われて、信じる人が何人います?」

 

 ──それに、逃げるのでも【お話し合い】でも負ける気はしなかったし。

 

 そんな言葉を心にしまい、ユウは問いかける。

 

「どうしてあの時、声をかけてくれなかったんですか? わざわざこうして学校に来て呼び出したってことは、やましい事情があるってわけじゃないんでしょう?」

 

 正直な所、ユウは呼び出された理由にまるで見当がつかなかった。教師でも、警察でも、マスコミですらないストーカー疑惑のあるおねーさんに呼び出されるだなんて、そんなの夢にだって普通は思わない。関わりが無いというなら、なおさら。

 

「言いたいことは三つ……いえ、四つあるわ」

 

「……」

 

「まず、私はストーカーじゃない。やってたことはそれっぽかったけど……それなりに真っ当に生きているつもりよ。あの時あなたを尾行していたのは、そう、探偵みたいなものかしら?」

 

「……探偵?」

 

「本業は探偵じゃないけれど。これは後で嫌でも詳しく語ることになるわ。……私はね、あなたのことをよく知る必要があったのよ」

 

 ぞわり、とユウの背筋に嫌な寒気が走った。ストーカーを否定しておきながら、言い分が普通にストーカーのそれと大して変わらないじゃないかと思わずにいられない。

 

「二つめ。……気づいていたなら、あんなに無駄に走らせないでよぉ……!」

 

 女が若干涙目で、恨みがましさをまるで隠そうともせずユウを睨みつける。歩きにくい靴であれだけの距離を移動するのは相当堪えたのだろう。今までで一番、感情がこもっていて人間らしい表情に見えた。

 

 道中の町内大散歩のことか、はたまた最後の直線ダッシュのことか。心当たりが多すぎるのが困りものだった。

 

「まぁ、それについてはこっちが全面的に悪かったから、別にいいのよ。重要なのはこれから……三つめと四つめなの」

 

「はぁ。……でも、俺とあなたの関わりなんて、ストーキング以外にありますか?」

 

 女は一瞬眉間に皺を寄せかけ──意外なことに、朗らかな笑みを浮かべた。

 

「あるの。あるのよ。とっても大事なことが」

 

「大事な、こと?」

 

 おうむ返しのように繰り返したユウを見て、その女は出来の悪い弟に物事を教えるかのごとく語りだす。

 

「【ありがとう】と【よろしく】の二つね。……校長先生、ここから先は私たち三人(・・)だけで進めたいです。もう答えは確信できました。あの娘の言う通りです。……ので、先程の話でそのままお願いします。……では、お暇させていただきますね」

 

 どんな弱味を握られているのか、校長は女の話にこくこくと頷くばかりでまるで言葉を発しない。女の眼力に負けた可能性もあるが、いずれにせよその事実だけは変わらなかった。

 

「おいてけぼりにされても困るんですけど」

 

「そんなつもりはなかったけれど……そうね、そうよね。わかるはずがないわよね。……ええ、どのみちそのつもりだったし、話すより見たほうがはるかに早いかしら」

 

「いや、だから何を──」

 

 

友里(・・)。彼が咲島ユウくんで間違いないわよね? きっちり確認取れたわよね? ──さぁ、出てらっしゃい」

 

 

 きぃぃ、と扉が──校長室と直通になっている職員室の扉だ──開く。

 

 そこに立っていたのは、ついこの前までユウと共にジョギングをしていた少女だった。

 

「──ユウくんっ!」

 

 花が咲いたかのような満面の笑顔。少女は嬉しそうにたたっと駆け寄ると、感極まったかのようにユウの手を握った。

 

「お、おま──!?」

 

 狼狽えたのは他でもないユウと、さりげなく彼女のファンであった校長である。

 

「一応、自己紹介しておいたほうが良いかしら?」

 

 ようやくユウに一矢報えたと思ったのか、女はにんまりと笑った。

 

 

「私は姫野 凛香。ある芸能プロダクションに所属しているプロデューサーよ。そしてこの子が、私の担当しているアイドルの──」

 

 

 【おっきぃ会場が満員になる】、【テレビにも何回も出たことがある】超大型の新人アイドル。その笑顔で老若男女問わず魅了してしまう、至高の存在。

 

 芸能関係なんてまるでわからないユウでさえ知っている、たった一人のアイドル。

 

 

「──転校生のユーリですっ! えへへ、来ちゃった!」

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