アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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28 参戦、咲島ユウ。

 

 当然の如く、狙われたのはユウだった。

 

「咲島ァァァァ!」

 

 文字通り、一切の遠慮も容赦もなく放たれた剛速球。嫉妬だとか妬みだとか、いろんな負の感情が込められているであろうその一撃は、おそらくこの試合が始まって以来一番の威力と速度があったことだろう。

 

「よっと」

 

 そんな球を、ユウは危なげなく避けた。別に大きな動きをしたわけでも何でもない。体一つ分横にずれただけの、実にゆったりした動きだった。

 

「逃げるなァ!」

 

「いや、逃げるでしょ」

 

 ひょい。

 

 ひょい。

 

 ひょいひょいひょいひょい。

 

 そんな擬音が目に浮かんでくるような華麗なる動き。ドッジボールの名にふさわしく、ユウはただひたすら、キャッチするでもなく、ましてや攻撃するそぶりを見せることも無く、それが堪らなく愉快だとばかりに避けていく。

 

「くそ……っ! 意外とすばしっこい……っ!」

 

「いるよなぁ……! 逃げるのだけはやたら上手いやつ……!」

 

「誉め言葉として受け取っておくぜ」

 

 ──この程度なら、楽勝だな。

 

 実際に狙われる側になって、ユウは改めて実感する。

 

 思っていたよりも、はるかにこれは生ぬるい(・・・・)。ボールの速さは目で楽に追える程度だし、彼我の距離も十分にある。なにより、相手はこちらへの敵意をむき出しにしていて、どこに投げるのか、いつ投げるのかのタイミングまでばっちりわかる。

 

 ここまで条件がそろっていれば、万が一にもユウが被弾するはずがない。

 

 ──せめて、投げるタイミングくらいはずらせよな。

 

 休む間もなく襲ってくるボールを、ユウはおちょくるように避け続ける。右に一歩、前に一歩、左斜め後ろに半歩ずれ、真正面から来たのはしゃがむ。

 

「いいぞ咲島ァ──っ!」

 

「そのまま時間を稼げぇーっ!」

 

「うぇーい」

 

 避ける。避ける。避ける。避ける。

 

 この程度、ユウにとっては造作もないことだ。

 

 よくよく見れば、ユウがほとんど動いていないことに気づくことができただろう。巻き添えを食らわないようにユリが大きく動いているからわかりづらいものの、ユウ本人は自身を中心に二歩で動ける距離くらいしか動いていない。

 

 それもそのはず。

 

「くそ……なんで当たらねえんだ……!?」

 

「というかあいつ……何十発も投げてるのになんでぴんぴんしてんだよ……!」

 

「俺、さっきまで外野にいたから」

 

 ──見切っているから。

 

 ユウは完璧に彼らの投球を見切っていた。見切ったうえで、万が一に備えて最小限の動作でボールを避けているのだ。

 

(アイの拳のほうがよっぽど速くてヤバいよな)

 

 顔の横で唸りを上げるボールを目でしっかりとらえながら、ユウはぼんやりとそんなことを思う。

 

 咲島流の継承者の一人である妹の拳は、もっと鋭く、速く、そして危険だ。手の届く位置から繰り出されるそれを平気でいなせるユウから見れば、それより遠い位置から放たれる、それより遅いボールになんて当たるほうがおかしい。

 

「咲島くん……!」

 

「……なんだよ?」

 

 きらっきらした瞳でこちらを見てくるユリに、ユウはちょっぴりぶっきらぼうに答えた。

 

「信じてたよ……! この調子で、ボール捕ってガンガンぶつけていこ!」

 

「あ、ごめんそれ無理」

 

 顔面に向かって飛んできたボールを、ユウは仰け反るようにして避けた。

 

「俺、逃げるの専門だから。キャッチなんてできるわけないだろ」

 

 運動苦手なの、知ってるだろ……と言わんばかりに、ユウはユリに向かってにかっと笑う。

 

 今ここでそれを言うのかぁ! ……と言わんばかりに、ユリはユウを恨めしそうに見つめた。

 

「なぁにユーリちゃんと見つめあってるんだ咲島ァ……!」

 

 地の底から響くようなおどろおどろしい声。その主は小野寺。ユリとアイコンタクトを取ったせいで、ユウの反応がほんの一瞬だけ遅れた。

 

「天誅ゥゥ!」

 

「ひゃ──!?」

 

 風をブチ破る音。クラスで一番の力持ちである小野寺が、全身全霊を込めて放った一撃。およそボールが投げられたとは思えない音を立て、土煙を巻き上げながら、それは無防備なユウの背後に襲い掛かる。

 

 が、しかし。

 

「よっと」

 

「嘘だろ!?」

 

「ありえねえよ!」

 

 ユウは後ろを見向きもせず、ジャンプしてそれを避けた。ただのジャンプにしては少々高かったけれども、しかし皆が驚いたのはそこではない。

 

「お前……後ろに目でもついているのかよ……!」

 

「わかりやすく声をかけてくれたから、タイミングはばっちりだ。でもって、首や胴体を狙ってダメなんだから、次は足を狙うに決まってる」

 

「……」

 

「それなら、跳べばいい。簡単だろ?」

 

「咲島ァ……!」

 

「いうほど簡単かなぁ……?」

 

 嘘である。ホントはただ単に、殺気とよく似たそれがこもった視線を足に感じたからってだけである。いくらユウでも、いや、ユウだからかこそ、【次はそうするに決まっている】などという不確定な決めつけで行動するはずがない。ユウが信じるのは、長き年月によって鍛え上げられた己の感覚のみだ。

 

「あれ……咲島って意外とやる……?」

 

「まぐれ……にしてはおかしいよね……?」

 

 ──やっぱり、これが限界だよなァ。

 

 男子に比べていくらか冷静である女子には、すでにこの状況が少しおかしいことに気づいている者がいる。運動ができないことで通っているユウが、運動できる系男子の全力の投球を延々と躱し続けられるのはいささか不自然だ。ましてや、後ろからの奇襲を見もせず余裕で避けるなんて、本来ならあり得ない。

 

 だからこそ。ユウは、キャッチだけは絶対にしない。いや、出来ない。隠し続けてきた一年間の努力が、無駄の泡になってしまうから。避け続けるというそれこそが、今この場でできるユウの限界ギリギリであった。

 

「調子に乗るなよ咲島ァ……!」

 

「天野……お前……」

 

 避けて、避けて、避けて。

 

 もう何度避けたかわからなくなるころになって、ようやくユウはじりじりとライン際へと追い込まれていた。油断か、あるいは男子の策略か。おそらくは、その両方だろう。

 

 いつもどおりひょいと避ければ、そのすぐ後ろには天野がいた。

 

 彼我の距離、ほぼゼロ。お互いの肩が小突ける距離。

 

「完全に取った(・・・)ぞ。いくら俺でも、これなら外さない。いくらお前でも、これなら避けられない」

 

「……ハメられたってやつか?」

 

 そういえば、さっきからやたらと左を狙う球が多かったような……と、ユウはここにきて思い当たった。

 

「さっきからお前、余裕ぶっているのかいないのか、最小限の動きで逃げてたよな。予想通り、お前ならこう来るだろうと思っていた」

 

「……」

 

「正直信じられねえよ。お前にこんな才能があったなんて」

 

「……そりゃ、どうも」

 

「だけど……俺にも意外な才能があったわけだ」

 

 言ってみろとユウは目で促した。

 

「俺は運動はできないが……お前の動きなら読めるつもりだ」

 

「話が長い」

 

「あ」

 

 ぱしん、とユウは天野の手からボールを叩く。完全に不意を突いた一撃により、天野の手からボールは離れ、ころころと女子外野の方へと転がっていく。

 

「咲島……おま……っ!」

 

「俺の動き、読めるんじゃあなかったのか?」

 

「この……ッ! こんなのルール違反だろ……ッ!!」

 

「俺は線からは出てないぜ? でもって、投げる前にお前がボールを落としただけ。……何のルールに違反してるんだ?」

 

 内野が外野の持っているボールを叩いてはいけない。そんなルールはない。少なくとも、ウチの地元にはなかった。この試合でもそれを禁ずることを確認していない。敵が投げた(・・・)ボールに当たったらアウトであり、禁止行為にも該当しない以上、今回の行為は正当なプレイの一環である。

 

 そんな理論武装を、ユウは滔滔と述べる。

 

「あいつ……誰もが一度はやろうと思って、やれなかったことを……!」

 

「確かに、ローカルルール的にはありなのかもしれないけど……いいのか……?」

 

「いいぞ咲島ーっ!」

 

「見直したぞ咲島ーっ!」

 

 男子の歯ぎしり。女子の応援。正反対の二つの音に囲まれながら、ユウは誇り高く右腕を掲げながらユリのいるコート中央へと戻る。

 

(すごいね……ユウくん……!)

 

(いや、今のは不意打ちだからな。二度は使えない)

 

 歓声が起きているこの時だけは、内緒でこっそり会話をすることができる。出来ればずっとこれが続いてほしいと願ってしまったのは、果たしてユウの方か、それともユリの方か。

 

 なんにせよ、まだ──試合は続いている。

 

「えいやぁぁぁっ!」

 

「舐めんな!」

 

 女子外野からの攻撃を、男子は難なく受け止めた。試合も後半になって、その身体能力の差が顕著に表れ始めたのだろう。元より、男子のほうが身体的スペックは高く、そして経験も多い。

 

 しかも、今はガチなのだ。

 

「おいおい……またボール取られちまったぞ」

 

「うーん……これは、本格的に最後まで生き残らなきゃいけないパターンかな?」

 

「おらァ!」

 

 ぎゅおん、と勢い良く伸びてくるボール。やはりというか、まずはユウとユリを引き離すための一投らしい。さっきからずっと、ユウばかりを狙ってユリには一回も投げてこないことからも、それは疑いようがないだろう。まず間違いなく、万が一の暴投を恐れている。

 

 そして、引き離すためのボール……いわば、ユリに当たる可能性のあるボールが、そんなに避けづらいものであるはずがない。余裕をもってそれを躱したユウは、自身に注目を引き付けるかのようにユリから大きく離れ──。

 

 自身の選択が間違ったことを悟った。

 

「おい、ユイ!?」

 

「う……」

 

 さっきまでのユリだったら、ユウと同じく大きく避けて、ちょうど今のユウの反対側となる位置に逃げ延びてそこに陣取ることができていた。だからユウも、あえてその位置から大きくは動かず、ユリを狙わせない──自身を的にされることを承知でそこに陣取り、男子もまたそんなユウに遠慮なく全力の球をブチかましていた。

 

 でも。

 

「おま……ここでコケるやつがあるか……!」

 

「だめ……も、限界……!」

 

 ユウが内野に入った時点で、ユリの足はだいぶ限界だったのだ。いくらユウが男子の攻撃を一身に引き受けていたといっても、ユリだって棒立ちしているわけにはいかない。ボールの動きに反するように……万が一に備えてボールに近づかないよう動いていれば、それだけで結構な運動量になる。

 

 当然の帰結として、ユリの足は疲労に耐えきれず、そしてもつれて転ぶことになったのだ。

 

「おい! チャンスだぞ!」

 

「今なら確実に、しかも優しく当てられる!」

 

「ユーリちゃんさえ外に出てもらったら、その時はマジに全力で咲島を潰すだけだ!」

 

「やれッ、天野!」

 

 そして、男子も覚悟を決めている。転んだ女の子にボールを当てるなんて本来なら言語道断だが、これは聖戦だ。夢のアイドルとのランチがかかっている聖戦だ。それを逃すにはあまりにも惜しいし、今この瞬間を逃せば、優しく、紳士的にユーリをアウトにすることはできないだろう。

 

 己の願いのためにも。想う相手のためにも。今この瞬間が、千載一遇のチャンスであった。

 

「許してくれ……ユーリちゃん……!」

 

「あー……さすがに、ここまでかぁ……」

 

 儚く消え入りそうに笑い。そしてユリは、きゅっと目をつむる。

 

 ボールを持った天野は、心がしくしく痛むのを感じながらも、優しくそれを投げ──

 

 

「──させるものかよ」

 

「──え?」

 

 

 衝撃が来ない。いつまでたっても、体にボールが当たった感覚がしない。

 

 おそるおそるユリが目を開いてみれば。

 

 その先にあったのは──いつぞやと同じ、頼りになる背中。

 

「……ユウ、くん?」

 

 広くて大きくて、思わず抱き着きたくなるような──ユウの背中があった。

 

「「何ィ!?」」

 

「バカな……あの距離を一瞬で、だと!?」

 

 ドッジボールのコートの反対側。距離にして数メートル。刹那で埋めるには長すぎる距離を、しかしユウは一瞬で詰めて見せた。

 

 ──もしここに、少しばかり冷静に周囲を観察することができる人間がいたのなら。ユウが立っていた場所に、「気のせい」で片づけるには少々無理があるレベルの土の抉れた痕……ユウが地面を強く踏み込んだ跡を見つけることができただろう。

 

「い……いったいどうやって……!?」

 

「いや……よくわかんないけど、なんかめっちゃ速かった……!」

 

「よ……よくやった咲島ぁぁぁぁ!」

 

 倒れるユリの目の前で、ユウはがっしりとボールをキャッチしている。絶対にしないと誓っていたはずの、封印されしキャッチだ。それがどれだけ大きな意味合いを持つのかを知っているのは、この四十人近くがいるコートの中で、ユウとユリの二人しかいない。

 

「ユ……ユウくん……よかったの?」

 

「あんな優しいボール、男子だったら捕れないほうがおかしい」

 

 もちろん、それは間違いではない。

 

 だけど、ユリが聞きたいのはそういうことじゃない。

 

(あれ絶対……陸上選手でも無理だよね……)

 

 まるで瞬間移動したかのような高速移動。コートの端からここまで、一踏みで跳び駆けている。クラスで一番、いいや、学校で一番体育の成績がいい人でも、いやいや、それこそ日本で一番のスポーツマンでも絶対にできないと断言できる偉業。いっそ映画か何かの演出といわれたほうが納得できるくらいのそれを、ユウはクラスメイトの目の前でやって見せたのだ。

 

 それも、ユリを守る……ただそれだけのために。

 

「~~っ!」

 

 なんだかたまらなく顔が熱くなって、ユリは思わず頬を両手で覆った。 

 

「おいこら、ぼーっとしている暇はないぞ!」

 

「わっひゃい!?」

 

 無情にも、ユウはユリの腕をひっつかみ、ユリのほっぺからその両手を引き離す。腕を引っ張られて立ち上がらされ、これは女の子に対する扱いじゃない──と文句を言おうとしたときに、ユリが今までいたところにそれなりの勢いのボールが襲い掛かってきた。

 

「ちくしょう……せっかく外野にパスしても、すぐに奪われちまうんじゃあな……」

 

「え? え、え?」

 

 だめ、みんながみてる。ここ、こうしゅうのめんぜん。

 

 ドッジボールの最中だというのに、ユリの頭にはそんな言葉しか浮かんでこない。飛んでくるボールよりも、がっしりと掴まれている──久しぶりにつかんでもらったその腕しか、意識できない。掴まれているそこが熱くて、なんだか体がドキドキしてきて──

 

「ぼさっとするな!」

 

「わっ──!」

 

 思いっきり引っ張られた。ついさっきまで体があったところをボールが通り過ぎる。勢いに負けて、たたらを踏んで、そのままユウの腕の中に倒れこんで……。

 

「おっと」

 

「……もう」

 

 ユウはユリの肩をがっしり掴んでいる。さすがに不用意に誰かを懐に入れるつもりはないらしい。もちろん、そのつもりがあったとしても、もしこの場でそんなことをしたらいろんな意味で終わってしまう。

 

「何やってんだ咲島ァァァァ──ッッ!!」

 

「許さない! 許さないけどナイスだ咲島ぁーっ!」

 

 男子も女子も、グラウンドいっぱいに響くほどの叫び声をあげた。各々いろいろ言いたいことがあるのだろう。どちらともに共通しているのは、憧れのアイドルの体に触れているという、それに対する嫉妬であった。

 

「なんか今日はやたらと名前を叫ばれるな……」

 

「……叫びやすい名前だからじゃない?」

 

「そうか? ……おっと!」

 

「わふっ!?」

 

 ユウの顔面に飛んできたボール。反射的に、ユウは自身がしゃがむのと同時に、ユリの頭を抑え込むようにして下へと下げる。

 

「お、女の子にする扱いじゃない……!」

 

「悪い、今のはすまんかった。気づいていなかったから、つい」

 

 よくよく考えてみれば、ユリまで避けさせる必要はなかった。ついそうしてしまったのは、ユリがあまりにも無防備に突っ立っていたからだ。さっきから足が覚束ないことといい、すでにユウの中ではユリは保護対象として無意識的に認識されてしまっている。

 

「咲島ァァァァ──ッッ! てめェェェ──ッ!!」

 

「ふ」

 

 もはやあまり動けないユリ。いくら狙われているのがユウとはいえ、先ほどの様に何かの拍子に再びユリが狙われないとも限らない。そうなると、ユリから離れて自身を囮にするという選択はユウの中から消える。必然的に、ユウはユリの傍でユリを守る必要が出てくる。

 

「ユイ、確認事項が一つ」

 

「な、なにかなっ!?」

 

 どこぞの戦場と見紛うほどに飛び交うボール。そんなボールをひょひょいと避けながら、ユウはユリに問いかけた。

 

「一人で逃げ切れるか?」

 

「無理っ!」

 

「じゃあ……多少アレだが、守ってほしいか?」

 

「……うんっ!」

 

 多少アレ、の部分が気になるものの、ユリは即座に頷いた。

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