アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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3 レッツ・ジョギング!

 

「ほーら、言わんこっちゃない」

 

「うう……」

 

 ぜえぜえと肩で息をする彼女。その呼吸は荒く、パッと見てわかるほどに顔中は汗だらけだった。口元を隠し、さらにはジャージも着こんでいるからか、服の中は結構蒸れて暑いらしい。その証拠に、露出していない手や耳の部分はびっくりするほどに真っ赤っかで、おまけに全身からうっすらと湯気のようなものが漂っている。

 

「うぇぇ……なんか目がちかちかするぅ……」

 

「典型的な酸欠の諸症状だな。マフラーとマスク外せば?」

 

 彼女はその場で立ち止まり、ふるふると頭を振った。もはや喋る気力もないのだろう。それでなおマフラーもマスクも外さない……否、自分の顔を晒さない姿は、ある種の決意じみたものをユウに感じさせた。

 

「なら、せめてジッパーおろせ。冗談抜きで倒れるぞ」

 

 意外なことに、彼女にはユウが想定した以上の体力があった。最初こそちょっとじゃれ合って全力に近い速さで走っていたけれども、すぐに自分のペースと言うものをつかみ、あのアップダウンの激しいコースを一時間近く走ることができたのである。

 

 初めての人間にしては間違いなく上出来の部類になるだろう。少なくともユウは、この上級者コースに迷い込んだ初心者ランナーが、彼女と同じように走れた姿を見たことが無い。

 

 しかし、彼女は自分の体力の限界と言うものを知らなかったらしい。ちょっとペースが落ち始めたな、なんて思った次の瞬間には糸が切れたかのように失速し、そして今に至るというわけだ。

 

「……おい、本当に大丈夫か?」

 

「…………」

 

 ユウの問いかけに、彼女は答えない。先程の忠告もすっかり無視して……というか、指を動かす気力すらないのだろう。あ、と思った次の瞬間には膝をつかんでいた腕がぺたりと地面を突き、彼女は前のめりになるようにして膝を地に着けた。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ!」

 

「ええい、変な意地張ってないでマスクを外せ!」

 

「う……っ!」

 

 さすがにここまで来ると四の五の言ってはいられない。ユウは半ば無理矢理彼女のマスクとマフラーを剥ぎ取り、酸欠で真っ青になりつつある彼女に肩を貸す。

 

「いいか、ゆっくりでいい。ほんのちょっとでいいから足を進めるんだ。向こうのベンチで休んだ方がいい」

 

「は、はぁ……っ!」

 

「返事、しなくていいから」

 

 そのまま、ユウは彼女の体重の大半を支えるように肩を貸し──ほとんど担いでいるのと等しいくらいではあったが、ともかく彼女を支え、半ば引きずるようにしてベンチへと向かう。

 

「ほら、もうちょっとだけ頑張れよ……と」

 

 ちら、とそのあらわになった口元をユウは盗み見た。

 

 ぷっくりとして艶のいい、ピンク色の唇。小さめのちょこんとした鼻がどことなく可愛らしい。にこっと笑えば中々に可愛いんじゃあないか──そう思わずにはいられない。

 

 あれだけ恥ずかしがって顔を隠していた割には、普通の顔立ち……というよりも、別嬪さんの部類に入るだろう。まだ目元と併せてみていないので何とも言えないが、口元だけでクラスのアイドルになれそうなくらいのオーラを感じることができる。

 

 堂々としてりゃいいのにな、とユウはぼんやりと考える。少なくとも、自分の妹よりも何倍も可愛い。これでなおダイエットだのなんだのとより高みを目指すというのだから、女子というものは難儀なものだとユウは思う。

 

 そして。

 

「はぁ……ふぅ……」

 

(……めっちゃくすぐったい)

 

 ユウの首元をくすぐる艶やかでサラサラの髪。ぎゅっと押し付けられた柔らかい体。否でも意識してしまう、くらくらするような甘い香り。顔の近くで聞こえる息遣いと、確かに感じる荒い吐息。

 

 いくらなんでもこいつぁヤバい、とユウは頭の片隅で考える。もし彼女が息絶え絶えの、女の子があまりしちゃいけない表情をしていなかったら、こうして冷静でいられなかったことだろう。

 

「ほら、ついたぞ」

 

「あり、がと……」

 

 そうこうしている間にはベンチに到着する。ユウはゆっくりと彼女を座らせ、自分もまたほんの少しの距離を開けて腰を下ろした。

 

 普段使う人がいないのだろうか、初心者コースや広場にあるベンチに比べ、ここのベンチは大変自然味あふれるスタイルとなっている。ユウは別段そんなことを気にしたりはしないが、彼女がこの薄汚れたベンチを気に入るかどうかはわからない。

 

「ふぅ……ふぅ……」

 

「よっしゃ、だいぶ落ち着いてきたな?」

 

「……うん」

 

「目がちかちかしたり、息苦しかったり、手足に力が入らなかったりするか?」

 

「……さっきより、らく」

 

「それなら、後はゆっくり休めば大丈夫だろ」

 

 さて、とユウは立ち上がる。このまま彼女の息が整うまで待っていてもいいが、それではあまりにも芸がない。回復するまでにあと十分くらいは見込んだほうがいいし、どのみち今日はもう彼女は走れないだろう。

 

 す、と目を閉じて辺りの気配を探る。今日もまた、人の気配ははるか遠くにしか感じない。今この周辺にいるのは、ユウと彼女のほかには小鳥や虫だけのはずだ。

 

「……どこか、いっちゃうの?」

 

 いきなり立ち上がってユウを見て不安になったのか、彼女はか細い掠れるような声で聞いてきた。

 

「お前、運動するってのに飲み物一つ持ってきてないだろ? ちょっとひとっ走りして買ってくらあ」

 

 ほい、とユウは腰につけていたウェストポーチを彼女に渡す。訳も分からぬままそれを受け取った彼女は、当然の反応として口をパクパクしながらユウに目で問いかけた。

 

「その中に麦茶が入ってる。すぐに戻ってくるつもりだけど、待ちきれなかったら遠慮なく飲んでいい。あ、まだ口つけてないからそこら辺は心配するな」

 

 小銭はすぐに取り出せるよう、ユウはいつもポケットの中に入れてあるから問題ない。ポーチの中には大事なものがいくつか入っているけれど、彼女は盗みを働くような悪人じゃないだろう。仮にそうだったとしても、ユウには逃走する彼女に追いついて、物理的なお話し合いで説得できる自信があった。

 

 ポーチを預けたのは、言葉通り飲み物を渡すためと、必ず自分がここに帰ってくると安心させるためである。

 

「あ、え……?」

 

「俺がもっと洒落た飲み物持ってりゃそれでよかったんだけどな。ま、とりあえずささっと行ってくるわ」

 

 あっという間にユウの背中は見えなくなっていく。随分と自分のために加減して走ってくれていたのだと、彼女は改めて思い知った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「……ふぅ」

 

 荒い息遣いがだんだんと治まってきて、彼女はほっと一息をついた。まだまだ心臓はドキドキと激しく動いているけれど、息苦しさはなくなってきたし、眩暈もほとんどしない。あともう少しここでこうして座って休むことができれば、走ることは叶わなくとも、普通に歩いて動けるくらいには回復できるだろう──と、自分でも思えるくらいだった。

 

「なんか、不思議な人」

 

 たしか、ユウと呼ばれていただろうか。不良に絡まれていた自分を助け、さらには朝のジョギングにも付き合ってくれ、極めつけにペース配分をミスって倒れかけた自分を介抱し、飲み物まで買いに走ってくれている。

 

 都会にそんな人が──いいや、この現代日本にそんな物語の登場人物みたいな人がいるなんて、一体誰が想像しただろう。

 

 ──お礼を言いたかっただけなのに、また迷惑かけちゃったな。

 

 はぁ、と彼女はため息をつく。出来得ることなら素顔を晒してお礼を言いたいが、万が一を考えるとそれは出来ない。既に口元を晒してしまっているが、彼に全く気付いた様子が見えないのは幸いか。

 

「……そうだ」

 

 ふと思い立ったので、彼女は受け取ったポーチを開けてみることにした。別に深い意味はない。ただ単に、ちょっと気になったのと、退屈しのぎをしたかったってだけだ。

 

「わぁ……ホントに不用心……」

 

 カギと財布がすぐに出てきた。財布の中身はそう大して入ってなさそうだが、それでも出会ったばかりの人間にほいほいと預けていいものではない。カギについては言わずもがな。玄関のカギを閉めないことで有名な田舎の人だって、カギそのものを他人に預けることはしないだろう。

 

「あ、お茶」

 

 次に出てきたのは水筒だ。意外なことに、都会のOLがバッグに忍ばせていそうな、ペットボトルよりも小さいデザインのものである。コップなどはついていなくて、蓋をきゅるきゅると開けてそのまま口を付けて飲むタイプらしい。

 

「……飲んじゃおっかな」

 

 彼女は別に、あまりそういうことは気にしないタイプだ。でも、最近はちょくちょくそういう行為は控えるように、とお叱りを受けている。本人が良いなら別にいいじゃないかと思わなくもないが、向こうの気持ちもわかるので口には出さないだけである。

 

「……」

 

 でもまぁ、バレなきゃ問題ない。

 

 心なしまた息が荒くなってきた気もするし、念のため飲んでおいた方がいいかもしれない。

 

「……やめやめ」

 

 すでに昨日、雷では済みそうにない事案をもみ消しているのだ。これ以上おいたをしたら、せっかく勝ち取った朝のこのフリータイムもなくなってしまいかねない。ただでさえ最近は忙しく、その中で無理してお願いして作ってもらったものなのだ。これ以上気苦労を増やすのはさすがに胸が痛くなる。

 

「他には……っと」

 

 気分を紛らわせるため、彼女は再びポーチの中を漁りだす。

 

 最後に残っていたのは、ちょっと意外なものだった。

 

「……ゲーム機、だよね?」

 

 一世代……いや、今となっては二世代前のハード。当時はダブルスクリーンやタッチ機能が付随するということで大変な話題になったが、今となってはすっかり旧世代機と認識されているものだ。実際、既に生産は終了してサポートも受け付けていないと聞く。

 

 名作ソフトはたくさんあるし、彼女自身、まだまだ現役で遊べるものだと──それどころか、こいつはハードの完成型だとさえ思っているが、この場に似合わないものだということだけは間違いない。

 

「なんで走るのにこんなの持ってきてるんだろ?」

 

 音楽プレイヤー代わりかと思ったが、この型はゲームしかできないタイプだ。一時期流行したすれ違い通信かとあたりを付けるが、そもそも電源が入っていない。仮に入っていたとして、この時間、この場所で、十年以上前のハードで遊ぶ人間が他にいるとは思えない。

 

「……えい」

 

 好奇心に負けて、彼女はゲームの電源を入れてみた。

 

「わぁ」

 

 ピロリロリン、とどこかで聞き覚えのある軽快な音楽が流れだす。それもそのはず、これは彼女も昔よくプレイしていたゲームだ。クラスの誰もがやっているというほどのものではないが、一部に熱狂的なファンがいる、いわゆる隠れた名作という奴だろう。

 

「懐かしい……」

 

 データファイルは四つ。そのうち二つはまだ未使用。使用済みファイルのうち、【ユウ】と名づけられたファイルは既にプレイ時間が三十時間を超えている。一方で、【アイ】というファイルは一時間程度で止まっていた。

 

「これなら大丈夫だよね……」

 

 ブランクファイルが二つもあるのだから、一つくらい使ってもいいだろう。そう考えた彼女はNEWGAMEを選択し、データをセーブするファイルの作成画面へと入る。とはいえ、昔ながらのこのゲームにおいては、ファイル作成と言っても名前を付けるくらいしかやることはない。

 

「ユ・リ……」

 

 キャンセルボタンを二回。

 

「げ・す・と……っと」

 

 懐かしいオープニング画面。彼女の前で物語は紡がれ、若者が遥かなる世界へと旅立っていく。最初の店で武器と防具を買いそろえた彼女は、しっかりとメニュー画面でそれを装備した。

 

「そうそう……ここの突き当りに隠しアイテムが……」

 

 一度その世界に入り込むと、止まらない。懐かしい道をあらためて進み、時折忘れてしまっていたイベントシーンに出会って新鮮な気持ちになる。最近はゆっくりゲームをする暇もなかったから、こうして遊ぶのも彼女にとってはずいぶんと久しぶりだった。

 

「えっと、最初のボスがあり得ないくらいハードだったっけ……」

 

 手早く攻略を続けていく彼女は、やがて最初の難関であるボスと対面する。このボスは一番最初に戦うボスのくせにやたらと行動パターンが多く、おまけに攻撃力も高い曲者だ。半面、防御力は低くて体力もそこまで多くないものの、こざかしいことに結構な効果量を誇る自動回復スキルが備わっている。

 

「ああ……やっぱり負けちゃった……!」

 

 昔の彼女は何度も何度もこのボスと戦って、何度も何度も倒された。攻撃が読めなくて被弾するし、相打ち覚悟で特攻しても自動回復のせいで力尽きるのはこちらだけ。大人がプレイしてもちょっと難しく感じるくらいなのだから、子供がプレイしたらもっと難しく感じるだろうことは想像に難くない。

 

 次第に彼女は熱中し、周りのことが見えなくなってくる。三回ほど再挑戦するころには、すっかりのめり込んでしまっていた。

 

「んっ……!」

 

 コンティニュー画面になったところで、手元にあった水筒からごくりと麦茶を一口飲む。熱くなった体がいい具合に冷めて、気分もすっきりとしてくる。

 

「あっ……ウチと似てる味……。こだわって作ってるなぁ……」

 

 実家の麦茶とよく似た味の麦茶。おそらく昔ながらの粒麦を使って作っているのだろう。もしかしたら麦を炒ってから使っているのかもしれない。いずれにせよ、味も香りもパックのそれとは比べ物にならないくらいに強く、深い。

 

 それにたぶん、隠し味として塩と砂糖も少し入っている。実家では麦茶当番だった彼女が言うのだから間違いない。

 

「体動かした後の麦茶って格別だよね……!」

 

 そのままごくごくごく、と彼女は喉を動かす。優しい味もさることながら、運動によってすっかり水分を失っていた体がしきりにそれを求めていたからだ。この味に勝るものがあるのだとすれは、それはおそらく風呂上がりの一杯くらいなものだろう。

 

「えい……っ! やぁ……っ!」

 

 ゲームして、飲んで。

 

 ゲームして、飲んで。

 

 飲み物とゲームほど最高の組み合わせはない。これに手頃なお菓子とゴロゴロできる環境があればなおさら言うことはない。それこそが彼女のジャスティスではあるが、実家でそんなことをしようものなら、容赦なく拳骨が落ちてきていた。

 

 そして。

 

「ああ……っ! あとちょっとだったのに……!」

 

「そうかぁ? ごり押し気味だったし、けっこう厳しかったんじゃね?」

 

「わっひゃい!?」

 

 いつの間にか、彼がいた。ベンチの後ろ、彼女の肩口から覗き込むようにしてゲーム画面を見つめている。

 

 いったいいつの間に──と思った次の瞬間には、彼女の目の前によく冷えた缶ジュースが差し出された。

 

「ほい、ジュース。オレンジとりんごがあるけど、どっちがいい?」

 

「あっ、りんごがいいです」

 

 ほらよ、と彼は缶を開けてからそれを彼女に渡す。自分も同じようにオレンジジュースを開けて、彼女の隣に座った。ごっきゅごっきゅと力強く喉を動かす音が、妙に大きく彼女の耳に届く。

 

「やっぱり運動の後の一杯は格別だねぇ」

 

「たしかに……じゃなくて! ごめんなさい、私、勝手に……!」

 

「ゲームのこと? 別にいいぜ、持ってくるのは落として壊してもダメージ少ない奴だし」

 

「でも……!」

 

 気にするな、と彼は笑う。

 

「それよか、体調はすっかりよくなったみたいだな」

 

「あっ……! はい、おかげさまで……」

 

「麦茶どうだった? たぶん、アレ飲んだらだいたい一発で治ると思うけど」

 

「とってもおいしかった! ……パックじゃなくて、あと、砂糖と塩も入ってる?」

 

「そうそう。だから水分補給もミネラル補給も完璧。熱中症対策もバッチリって寸法だよ」

 

 そうして二人は、そのまましばらく他愛もない話を続けた。ゲームの話とか、美味しい麦茶の作り方とか、ジョギングするときの注意とか、そんな感じだ。

 

 涼やかな風がさあっと吹いて、火照った彼女の体を冷ましていく。汗をしっかりかいているので、このままだと風邪をひいてしまいかねないが、この何とも言えない心地よさは何物にも代えがたい。

 

 出来ることならもうちょっとこのままでいたい──と思ったところで、彼女は自分がゲームを手に持ちっぱなしだったことに気付いた。

 

「あ、これ……」

 

「ん。データはそのまま残しておくか……そろそろいい時間だと思うけど、大丈夫か?」

 

「あっ……!」

 

 言われてみれば、もう結構な時間が経っている。どうやらかなり長いところ話し込んでしまっていたらしい。時間を忘れて話し込むなんていつ以来だろうと記憶を遡ってみるが、彼女は見当をつけることすら出来なかった。

 

「あの、えと、ジュースのお金……!」

 

「いいよ、どうせ百円くらいだし」

 

 たかが百円、されど百円だ。お金の貸し借りは額が小さかろうと大きかろうと、こと信頼関係において大きな意味合いを持つ。

 

 百円稼ぐのがどれだけ大変か、百円あればどれだけのことができるのか──それをよくよく知っている彼女だからこそ、ここでお金の借りを作るのは、出来るだけしたくないことだった。

 

 しかし、ポケットから財布を取りだそうとした彼女を、彼はやんわりと止めた。

 

「ここはカッコつけさせてくれよ。病人助けるための飲み物代──それもたったの百円を請求する男って、さすがにみみっちすぎるだろ?」

 

「で、でも……! 私、麦茶もしっかり飲みきっちゃったし……!」

 

「いいよいいよ、それくらい。……でも、次はないからな?」

 

「えっ」

 

 次はない、とはどういう意味だろうか。もし次何かやらかしてしまったら、何か恐ろしい目にでも合ってしまうのだろうか。不良三人を無傷であっという間に撃退した彼だけに、そのセリフの重みと響きに言葉に出来ない迫力があるから恐ろしい。

 

「……ん? 明日も走るんじゃないの? さすがに明日も奢れってのは勘弁な」

 

「ああ、そういう……明日も付き合ってくれるの?」

 

「そりゃまあ。ここでしか走るつもりはないんだろ? 一人だと危ないし、どのみち俺は毎日ここで走ってるから」

 

 そう言って彼は立ち上がる。彼女から受け取ったウェストポーチを腰につけ、ぐっと大きく伸びをした。

 

「待ち合わせは……公園の入り口に今日と同じ時間でいいな? ええと……」

 

 ちら、と彼が視線を彼女に向けた。その意味を理解した彼女は、若干の後ろめたさを感じつつ、言葉を発する。

 

「私、ユイって言います。呼び捨てで大丈夫だよ」

 

「そっか。俺は咲島だ。いつまで続くかわからないけど、明日からよろしくな」

 

「こちらこそ……っていうか、よろしくするのって私の方なんだけどね」

 

「細かいことは気にするなって」

 

 そして、彼は彼女を公園の入り口まで送り届けた。最後にもうひとっ走りしてくる、と言って去っていく彼は、彼女と走っていた時よりもはるかに速いペースを維持している。そのたくましい背中はあっという間に見えなくなって、彼女の胸の中に奇妙な寂しさを覚えさせた。

 

「やっぱり……ずっと私に合わせていたんだね」

 

 明日は頑張らないと、と彼女はマスクとマフラーをしっかりと装備し、その下で誰にも見せたことのない笑みを浮かべた。

 

「また明日ね……ユウくん」

 

 顔をしっかり隠した芋ジャージの不審者少女は、活気づいてきた町の方へと去っていった。

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