アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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33 決闘、開始。

 

「なーんか、大変なことになっちまったな……」

 

 昼休み。珍しくクラス一丸で……全員が教室に集まって昼食をとっている中、天野がぽつりとつぶやいた。

 

「ごめん……なんかホント、ごめん……」

 

 本当に気まずそうに、上村が声を上げる。何人かの女子がすぐに気にしなくていいとフォローをして、そしてほとんど同じタイミングで小さなため息をついた。

 

 体力測定。この初夏の時期に行うちょっとしたイベント。別段盛り上がるというわけではないが、実質丸一日とも自由時間になるとあって楽しみにしている人間もそれなりに多い。こうして全員がジャージ姿で昼食をとるという機会も、このイベントを逃したらそう多くはない。

 

 もちろん、だからといってクラスみんなが教室に集ってお弁当を食べることなんて本来はあり得ない。ユリがこの学校に転校してきてから似たようなことは増えたが、しかしその時はいつだってもっと笑顔と喧騒にあふれていた。

 

「まさかあいつが、あんなにアホだとは……」

 

 クラスの微妙な雰囲気。その理由は、上村の手の中にあるスマホ……より正確に言えば、現在進行形でみんなが持っているスマホの中にあった。

 

「測定後の決闘……ね。今時こんなのやるやつ、マジでいるのな」

 

 天野がユウに見せてきたスマホの画面。そこには、今日の午後の測定が終了したのち、グラウンドでリレーの勝負をする旨が綴られている。人数は互いに四人で、ルールは至ってシンプルなそれ。合計五週──アンカーだけは二周する──を、どちらが速く走れるかというたったそれだけのことだ。

 

 体力測定の余った時間でそういうことをするのは、別に珍しいことじゃない。こんなふうに告知したり大規模にやること自体は珍しいかもしれないが、サッカー部や陸上部あたりがふざけて競争しているのをユウも去年見ている。

 

 問題なのは。

 

「勝った方が、上村さんたちとデートできる……ね」

 

 なぜか、その景品──勝利の報酬に、上村たち(・・)とのデート権が用意されていることだろう。

 

 そしてその決闘の参加者には、ユウのクラスと──葛西連合軍なる名前が連ねられていた。

 

「なぁ上村さん、この葛西ってのは……」

 

 ユウの問いかけ。上村から返ってきたのは想像通りの答えだった。

 

「うん……さっきの、あいつ」

 

 葛西 駿。それが先ほどちょっぴり揉めた(?)上村の元カレの名前であり、そしてこの謎の決闘を提案した張本人であった。

 

「俺あいつのこと全然知らないんだけど、なんかヤバい奴だったりするの?」

 

「……あんたが知らないの、あいつに限らないでしょ。下手したらクラスメイトも怪しいんじゃない?」

 

「やべぇ、バレてる」

 

「えっ……ユウくん、それはちょっと……」

 

 小声で呟かれたユリの声を聞こえなかったことにし、ユウは視線で続きを促した。

 

 意外なことに、返答は別の所からやってきた。

 

「上村が一瞬だけ付き合ってた……っていうか、お試しでデートしたやつ?」

 

「めちゃくちゃナルシストで性格もヤバいんだよね」

 

「最初はカッコいいし、悪くないなーって感じだったんだけど……」

 

「すぐにあの性格が広まって、おまけに粘着質でしつこいものだから女子からは嫌われてる」

 

 それ以外にも、女子たちの口からはこれでもかと葛西の悪評がこぼれ出てくる。曰く、無差別に女子に声をかけまくるヤバい奴だとか、ほぼ初対面でいきなりキスを迫ってきたりだとか。とにかく自己中でナルシストであり、黙っていればそんなに悪くないのに口調も割と暴力的で救いようがないだとか。

 

「わーぉ……絵にかいたようなテンプレのヤバい奴……」

 

「俺でもあいつのことは結構知ってるからな。悪い意味での有名人ってやつだ」

 

「うむむ……天野の耳にも入るほどか……」

 

「むしろなんでお前は知らねえんだよ……。一時期、女子の移動教室時は絶対に男子も一緒にいろって言われたことがあっただろ?」

 

「……あったっけ?」

 

「あったんだよ……」

 

 ともかくそんなヤバい奴が、なんだか知らんが勝手に決闘を開催していて、そしてその報酬には上村たちのデート権が宛がわれている。良くも悪くも無関係でいられないのがユウたちのクラスで、だからこそこうしてあまり明るくない雰囲気で対策会議と言う名の昼食をとっているのだ。

 

「マジな話、無視すればいいだけじゃないのか?」

 

「……あんたはわからないだろうけど、この告知既に学年全体に広まっている」

 

「……参加しなければいいだけじゃないか?」

 

「『決闘場に現れなかった場合、その時点で無条件敗北となる』、『お互いルールは合意済み』……」

 

「嘘ばっかりだな」

 

「『よりを戻そうとしていたところ、A組側が待ったをかける形となった。本来なら聞き入れる義務はないが、ここは公平のため決闘の形で勝負をつけることとした』」

 

「どうしよう、何を言っているのかわかんない」

 

「私もだよ……」

 

 どういう伝手を使ったかはわからないが、すでに学年中にこの報せは回っているらしい。ある情報筋によれば、面白がった男子連中により会場や用具のセッティングまでかなり本格的に行う計画が進んでいるのだとか。女子は女子で葛西に嫌悪感を持ちつつも、自分のことではないから……というのと、まさか本気でこんなアホみたいな報酬が実施されることも無いだろうという確信の元、イベントか何かの一つとして受け取っている者がほとんどであるとのことである。

 

「……最近は大人しかったのに、今日の作戦が裏目に出たみたい」

 

「や、それはしょうがないだろうよ。あんなヤバい奴がいるなんて普通は思わない。上村さんはむしろ被害者だろ」

 

「……ありがと、って言いたいけど。咲島も巻き込まれているからね?」

 

「……えっ」

 

「『なお、選手の選定はクラス内であれば男女自由であるとするが、主催者である葛西俊と上村優香との間に割り込もうとしたA組の男子は必ず参加のこと。彼の参加が無い場合、その時点で葛西連合軍の勝利とする』」

 

「……誰だろう、そいつ」

 

「あんただよ、咲島……。現実逃避したい気持ちは、本当によくわかるけどあんたなんだよ……」

 

 そしてさらに、悪いニュースは続く。

 

「マジな話、私たちにとって一番ヤバいのは……この、デート権の方」

 

 その言葉が出た瞬間、クラスの雰囲気が更に刺々しいものとなった。

 

「あの場であいつに目ぇつけられたのは……私と」

 

 ブチブチ、とどこかで何かが切れる音がした。

 

「玲奈と、柚と、遥と……ユーリちゃん」

 

 ──勝利の報酬、上村たちとのデート権。その中には、当然のようにユリのことも含まれていた。

 

「ふざけやがってよォォォ……! 何様のつもりだコラァァァ……!」

 

「なぁに葛西連合軍だ畜生がァァァ……! 図に乗るのもいい加減にしろよくそがァァァ……!」

 

「ムカつく……! 心の底からムカつく……ッ!!」

 

 男子連中から迸る怨念。ジメジメして陰気な、混じりっけなし純度100%の敵意。闘争しているわけでもないこの状況で、鍛えているわけでもないただの学生がこれほどまでの気迫を醸し出せることに、ユウはちょっとした感動すら覚えた。

 

「──つまるところ、勝負に負けるわけにはいかない。無視したらしたでそれを理由にあいつはいつまでも粘着する。最悪、強硬手段に出るとも限らない」

 

「素直に先生にチクれば一発じゃね?」

 

「……それをしたら、不戦勝とか言い出しかねない。こっちに恐れをなしたんだろうって」

 

「……いかなる形であれ、言い訳を相手に与えたくないってか」

 

「そう。だから……出来ることなら、相手の土俵に立ったうえで完膚なきまでに叩きのめしたい」

 

 ただし、と上村は続ける。

 

「葛西は……あいつは、元陸上部なんだよね。それもいわゆる、県大会レベルの」

 

 大会だか外部との共同練習時に、女子生徒に執拗にナンパして問題を起こしたことがあるらしい。それが原因で陸上部を退部しているものの、練習自体は個人で続けており、時たま先生がいないところで男子の練習に混じることもある。だから、実力は健在だ……というのが選手としての葛西の評価であった。

 

「どうせ、葛西連合軍ってのも陸上部の伝手で固めていると思う。……というか、まっとうな連中はこんなの引き受けるはずがないし、ストッパーの意味も込めて参加しているはず」

 

「じゃあ、わざと負けてくれたりとか?」

 

「それはない。たぶん、気持ちよく勝たせて宥めるつもりだと思う。ああいうタイプはおだててコントロールするほうが楽だってことを、あいつらはよく知っている。……でも、それじゃあやっぱり確実性に欠けるし、あいつに口実を与えることになる。それはムカつく」

 

 だから、と上村は続けた。

 

「私たちは勝たなきゃいけない。逃げずに奴らに立ち向かわなくっちゃいけない。咲島というハンデを背負った状態で、ユーリちゃんを守るために……団結しなくちゃいけない!」

 

 野獣の如き咆哮が、教室の中に響く。男子も女子も闘志に満ちていてやる気でいっぱいだ。間違いなく選手には選ばれそうにない天野もそれは同様で、この瞬間だけを切り取れば、ユウのクラスはかつてない程に団結していた。

 

「……で、どうするの、ユウくん?」

 

 そんな中、ユリはこっそりと……誰にも気づかれないようにユウの脇腹を小突く。その顔には、面白いことになったと言わんばかりに小悪魔的な笑みが浮かんでいた。

 

「このままだと私、なんか変な人とデートすることになっちゃうみたいだけど?」

 

「……」

 

「残念だけど、私は応援する側になるしかないかなあ。目だった場所には出られないもんね」

 

 本当は自分で走りたいんだけど……なんて、ユリはにっこりと笑った。

 

「助けてよね、ボディガードさん?」

 

 ユリの顔。ユウがこの勝負に負けることなんて微塵も疑っていない。むしろこのイベントをどこまで楽しんでやろうかと言う、王者の風格さえ漂わせている。

 

 ──カツサンドの奢りだけじゃ、割に合わねえよなあ。

 

 せめて今日の分だけでも報酬を割り増しにしてもらうことを心に固く誓い、ユウは弁当の残りを腹の中に収める作業に戻った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「よお。逃げずにやってきたことだけは褒めてやる」

 

 午後。体育館での身体測定も無事に終了し、ユウたち一同は本来は来る必要のないグラウンドへと集まった。どうやら三年生の測定も終わりが近づいているようで、グラウンドに残っている生徒は意外と少ない。

 

 代わりに、グラウンドのすぐ近く……体育の授業では観客席(?)となるそこに、ちょっとびっくりするくらいの二年生が集っていた。一体何事かと、測定を終えた三年生がちらちらとみてしまうレベルである。

 

「お前だよ、お前。その冴えない……ええと、咲島だ」

 

「なんだよ、目の敵にしていた割には名前知らなかったのか? 今、明らかに胸のところ見ただろ」

 

「そんなわけあるか。お前みたいな影の薄くて冴えない奴の名前、思い出すのに時間がかかっただけだ」

 

「えっ、じゃあなんで俺の胸を……ぇっち」

 

「ッッッ!! てめェ……ッッ!!」

 

「冗談だよ。これはマジに善意だけど、もっとカルシウム取ったほうが良いぜ」

 

 こんな面倒なことに巻き込んだ八つ当たりとして、ユウは少しばかり葛西をおちょくった。これでブチ切れて殴ってくれれば一番早いと願いつつも、しかし葛西は拳を握り締めるばかりであと一歩を踏み込んでくれない。意外と周りを見ていて、そして良くも悪くもみみっちいところがあるんだな……と、ユウは葛西の評価を改める。

 

「そっちはちゃんと、メンバー集めてきたんだろうなァ……!」

 

「おうとも……なんか俺が仕切る感じになってるけど、一応は」

 

 動ける筋肉、小野寺。

 クラスで唯一のサッカー部、吉崎。

 運動能力は男子に引けを取らない、メンバーの紅一点である上村。

 そしてアンカーであり悪い意味で葛西に目を付けられたユウ。

 

 これが、ユウたちA組の鉄壁の布陣だ。具体的には、クラスの最速を固めてクラスの最遅であるユウをカバーするというコンセプトのもとに組まれた布陣である。

 

 一方で、葛西連合軍は。

 

「いや、なんかホントごめんな」

 

「でもこいつも、きっと一回発散させたら落ち着くと思うから」

 

「終わった後はなんとか俺たちが宥めるから……ホントどうか、この件は内密に……!」

 

 ぺこぺこと申し訳なさそうにしているものの、やっぱり全員が陸上部である。なぜかわざわざ陸上部のユニフォームも着こんでおり、戦闘態勢もばっちりだ。葛西の行いに思うところはいろいろとあるらしいが、それはそれとしてかけっこの勝負で負けるわけにはいかない、ということなのだろう。

 

「……大変なんだな、そっちも」

 

「いやいや……完璧あのバカが一番悪いし、そっちが間違いなく被害者だから……。一応これでも、あいつの最初の計画より規模は抑えたんだが、どうにも力及ばず……」

 

 聞けば、最初はもっと大々的、かつエキセントリックな決闘内容だったという。疲れたように笑う連合軍の一人に、ユウは心の底から同情したくなった。

 

 話している間に、準備はあっという間に進んでいく。ラインはしっかり整えられているし、スターターピストルの準備もばっちりだ。何も事情を知らない人間から見れば、これから本格的な試合か、あるいは測定会を行うように見えるに違いない。

 

 葛西連合軍と名乗らされている陸上部の連中は、なんだかんだ言いながらも入念に準備運動を行っている。ユウたちA組の選抜メンバーもまた、各々ストレッチを行ったり軽いアップをしたりしていてその戦意は衰えることを知らない。

 

 そう、互いにすでに戦う覚悟はできている。あとはもう、始まりの合図さえあればいつでも走り出せる状態であった。

 

「時間も惜しい。そろそろやるぞ」

 

「おう……なぁ、こういうのってなんか礼とかするんじゃないの?」

 

「ふん。必要あるかよ、そんなの」

 

 特に何もしないまま、葛西はトラックの内側に入る。アンカーである葛西の出番は当然一番最後であり、それまでは手持無沙汰だ。一方でトップバッターである陸上部のそいつは、同じくトップバッターである小野寺にぺこぺこと頭を下げながら位置についた。

 

「みんなぁぁぁ! 気合入れていくぞぉぉぉっ!!」

 

「「おおおおお!!」」

 

 上村の雄叫びに応えるように、選抜メンバーが、観客席のみんなが──A組の全員が声を上げる。まさしく大地を震わすほどのその熱気は会場に伝播し、ただの野次馬で来ていた生徒たちの心にも何か熱いものを生み出していく。

 

「絶対、絶対に負けるもんかああああ!」

 

「おおおおおお!!」」

 

「おおー」

 

 本物の熱意は、会場をどんどん飲み込んでいく。普通の体育大会では絶対に見られないような……いいや、もしかしたら引退をかけた夏の最後の大会のそれよりも滾っているその気持ち。

 

 その場のノリとして社交辞令的に声を上げたユウは、こんなにもみんなが純真に熱くなれることに少なくない羨望を覚えた。

 

『それでは、葛西連合軍対二年A組の先鋭たちの決闘を始めます! トップバッターは連合軍、金子! A組は小野寺!』

 

 両者が位置に着く。ハンデのつもりか、小野寺がインコース側で連合軍がアウトコース側。それも、スタート位置の差がない。

 

『位置についてぇぇぇ……!』

 

 トップバッターの二人が身構える。ざわめきがにわかに静まり返り、辺りは奇妙な沈黙と押さえきれない空気の震えで満たされた。

 

 

 ──パンっ!

 

 

 スタートのピストルが鳴る。

 

 大地を蹴る力強い音は、熱狂に飲まれた大歓声によってかき消された。  

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