アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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40 『ダチだろ、俺ら』

 

「ああ……やっちまった……ッ!」

 

 車の中で、ユウは頭を抱え込んでいた。

 

「どう考えてもあれじゃあ、ただのヤバいやつじゃねえか……!」

 

 身体測定。それはまだいい。いろいろあって女子と一緒に巡ることになってしまったとはいえ……結局は仕事だ。一度決まってしまったことにぎゃあぎゃあ文句言うほど子供じゃないし、今となってはあれはあれでなかなか得難い良い体験だったのでは、と思えてしまう自分すらいる。

 

 身体測定後の謎の決闘。これもまぁいい。最初から最後まで理不尽で訳が分からない話だったうえ、なし崩し的に今までずっと秘密にしていたこと──実は運動ができるということをバラしてしまったわけだが、これもやっぱり終わってみれば、案外悪くない結末だったように思える。

 

 放課後のカラオケ。これもまぁ、思いのほか悪くはなかった。カラオケなんて生まれてこの方やったことないし、一曲も歌わず乗り切る……あくまでアイドルのボディガードの務めだけ果たそうと思っていたが、どうしてなかなか、鮮烈なカラオケデビューを飾れたように感じる。自分でもこれはひどいと思っているあの歌声が、アイドルのフォローもあってだいぶマシな領域にまで引き上げられたのだから。ある意味じゃ、一番理想的だったとすらいえるかもしれない。

 

 だけど。

 

 最後の最後……カラオケが終わった後がダメだった。

 

「でもユウくん……ユウくんがいなかったら、きっと大変なことになっていたかも」

 

「そうかもだけどさ……! 普通は警察呼ぶのが先だろ……!?」

 

 ついつい飲みすぎてしまったドリンクバー。家じゃ滅多にジュースなんて飲まないから、この機会にたらふく飲んでやれ……と羽目を外してしまったそれ。当然の帰結としてユウの膀胱は膨れ上がり、過去最大とも言えるほどの発射時間を要すことになってしまったわけだが。

 

「お前がすげえ勢いでトイレのドア叩いてくるしさ……! マジで何事かと思ったんだからな……!」

 

「ご、ごめんね? でも、非常事態だったから許してほしいな……なんて」

 

「……まぁ、確かにその通りだったんだよな」

 

 盛大に叩かれたトイレのドア。なんとかかんとか出し切ってドアを開けてみれば、そこにいたのは必死の形相のユリ。まさかそこまでトイレを我慢してたのか、やっぱアイドルもトイレに行きたくなるよな……なんてユウのアホみたいな想像は、ユリの口から状況が伝えられた瞬間に吹っ飛んだ。

 

「上村さんの判断力、マジですげえな。自分がヤバいって時に真っ先にお前を庇って逃がしたんだもん」

 

「……ホント、その娘には頭が上がらないわね。おかげでこの子だけは目立たずに済んだし、結果として騒ぎも収まったんでしょう?」

 

 ハンドルを握る姫野が、バックミラー越しにユウにちらりと視線を送った。

 

「代わりに俺が、ヤバい奴になりましたけどね……今から思えばなんで俺、あんなイキった中学生みたいなこと……」

 

「……まさかユウくん、やっぱり優香ちゃんのこと」

 

「お前ホントに時々怖いな!?」

 

 ユリの目から光が消えたような気がして。何か本能的な恐ろしさのようなものを感じた気がして、ユウは咄嗟に防御態勢を取ってしまった。

 

「だってぇ……! 今日だって、ユウくんってば優香ちゃんのために本気だしたじゃんっ! 助けたのだって優香ちゃんだし、それってどう考えても……っ!」

 

「本気を出したのはただの成り行き。そして絡まれたのがたまたま上村さんだったってだけ。それにもう、あんなことがあったんだから今頃……」

 

「……」

 

「あんなヤクザみたいなやつに頭下げさせる同級生なんて、誰が近寄りたいと思う? 平気で人を路地裏に連れ込んでボコるようなやつに、誰が近寄りたいと思う? 気にしなくとも、そう遠くないうちにまたいつも通りの自由気ままなソロスタイルだ」

 

「あっ、やっぱり殴ってたんだね……」

 

 あの後。何度も何度も頭を下げるヤクザと、それに引きずられるチンピラを見送ったユウたちは、なんだかんだで駅で解散することになった。お互い何となくぎこちない雰囲気のまま、さっきのは悪い夢か何かだったと信じようとして……でも、やっぱり現実のことで、何を話していいのかわからないまま、なんとなくいつも通りに挨拶してそのまま別れた。

 

 はっきり言って、気まずい雰囲気。いつも通りにしようとすればするほどそれが浮き上がって、お互いにとってよろしくない空気だったと言えよう。

 

 だからユウは、そのことを考えないようにして……こうして姫野の元までユリを送り届け、そして事の顛末を報告するために一緒に車に乗ることになったのである。

 

「でもユウくん……結局あのおっかない人、誰だったの? 知り合いみたいだったけど……」

 

「お前の知り合いでもあるんだが」

 

「えっ……」

 

「わからないか? ほら、初めて会った日……お前に絡んでいたあいつだよ」

 

「……あっ!」

 

 忘れもしない、あの春の日の朝。ユウとユリが出会うきっかけとなった、あのヤバい暴走族らしき不良である。

 

「あ、あの人たちって……その」

 

「"お話し合い"して、やらかすなら身内だけにしろって伝えたんだけどな。……院に入っていたのは間違いないが、少年院じゃなくて病院の方だ」

 

「──ユウくん。あなた、そんなこと話していいの? 一応私は、配慮していたつもりなんだけど」

 

 唐突に差し込まれた、姫野の声。半ば自虐するように、ユウは答えた。

 

「ははっ……どうせ今頃、似たような噂が立ってるでしょうし。学校の連中ならともかく、こいつに変に隠し立てしてもしょうがないでしょう?」

 

「……それって、私だけ特別扱いしてくれるってこと?」

 

「そりゃまあ、俺とお前の仲だし……おい、妙に嬉しそうだな?」

 

「へへっ」

 

 ああ、本当にこいつはいつだってポジティブで羨ましい──なんてユウは心の中だけで呟いて、どうせ聞かれるだろうからと先手を打って話すことにした。

 

「薄々感づいているかもしれないけど……俺の家って独自の拳法というか、武術を代々受け継いでいる家でな」

 

「あっ……咲島流って言ってたアレ?」

 

「そう。まぁ、正確には咲島流ってのはあくまでこの代での呼び名なんだけど……ともかく、腕っぷしで食っていた一族だったわけだ。わかりやすく言うと……」

 

「……ボディガード?」

 

「用心棒だな」

 

 ボディガードと用心棒。誰かを護衛するために雇われる人間と言えば聞こえはいいが、ユウの指しているそれは、もっとダーティな業界で通じるほうの「用心棒」である。

 

「金さえ用意出来ればどんな相手の依頼も受けた。日常時はそれこそショバ代を取って生活していた。よく言えば古き良き任侠だが……やってること自体は、な」

 

 もちろん、それはあくまで昔の話であって、今もそんなことを続けているわけじゃない。ユウの家は咲島流としてその武術を受け継ぎつつ、同時に道場として門下生を受け入れていたりもする。歴史が歴史故に集まる門下生がちょっぴり特殊だったり、昔の名残で今もこの界隈のその手のおにーさんたちの間で名が知られたりしているが、少なくとも公には普通の道場だ。

 

「……あれっ? なんか聞いている限り、ちょっと過激なだけの普通の道場だと思うんだけど……」

 

「……普通の道場はな、ちょっと過激だろうと一般人に暴力なんて振るわないし、武術指導以外の仕事なんてしないんだ。それにたとえ公的には普通の家だろうと、何かあればまずブン殴るか蹴り飛ばすのどちらかで解決を図るようなやつに、周りだって近づきたくはないだろうさ」

 

「そうかなあ……」

 

「そうなんだよ。だから俺は……」

 

「俺は?」

 

「……いや、なんでもない」

 

 ユウは語らない。語ったところで、わかってもらえないと思っているから。身体能力的にも、考え方的にも……そもそもの本質として、ユウはすでに現代社会に生きる人間とは致命的に異なってしまっている。例え自身が普通だと思っていることでも、実は全然普通じゃなかったことなんてこれまでに何度も経験してきたのだ。

 

 だから、ユウは……余計な詮索をされないために、わざわざ運動ができないふりをしているのだ。 

 

「私が言うのもおかしいけれど、過ぎたことはもう忘れましょう。……何か食べたいものはある? 今日頑張ったご褒美に、好きなもの奢ってあげるわよ」

 

「やったぁ! えーっとねぇ、私、お肉がいいっ!」

 

「ユリ……あなたに言ったわけじゃないんだけど……」

 

「いえ……俺も肉が喰いたいっす。もう、何もかも忘れるくらいに、腹がはちきれるほどに……」

 

「……学生じゃ手が出せないお高い所にしようと思ったけど、チェーン店の食べ放題にするわね」

 

 

 

 ──正直、男子高校生の胃袋の大きさを舐めてたわ。

 

 その日、道すがら立ち寄った焼き肉屋のレシートの……その長さを見て。姫野は、食べ放題にして良かったと心の底から思ったという。

 

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「ふー……」

 

「こーら、ユウくん。朝っぱらからため息なんて良くないぞっ!」

 

 週明け。ユウの祈りもむなしくやってきてしまった月曜日。学生であり、義務として勉強をしなければいけない以上、子供のように部屋に引きこもるわけにもいかず、ユウはこの重い気持ちのまま登校するという選択を取らざるを得なかったのである。

 

「ここまで学校をサボりたいと思ったのは初めてだぜ……」

 

「またそんなこと言って……こーんな可愛いアイドルと一緒に登校できるのなんて、この世でユウくんしかいないんだよ?」

 

「俺、お前のそういうところちょっと尊敬するわ」

 

「でしょ!」

 

 ユウの気持ちを見抜いているのか、ユリは殊更に明るく笑って、その魅力を存分に振りまいている。アイドルとかそういうのを抜きにしても、その明るい雰囲気は今のユウにとっては正直かなり有難いものであり、鬱屈した気分もいくらか吹き飛ばすことができていた。

 

「ユウくんもようやく、二人で登校できることのありがたさをわかってくれたねえ……!」

 

「なんか今日、いつも以上に上機嫌だな」

 

 何気ないユウの一言に、ユリの頬にさっと赤くなった。

 

「だってぇ……今日は、ちゃんと教室まで一緒にいけるんだもん……!」

 

「お前……」

 

 今のは正直かなりヤバかった、とユウは早くなった脈拍を悟られないように表情を形作る。狙ってやっているのかは定かではないが、ユリはこうして時々ピンポイントに急所を突いた不意打ちをしてくるのだ。最近はどうにもその頻度が上がっている気がして、ユウとしては油断ができない状況になっている。

 

 ──最初はそんなこと、なかったはずなんだけどな。

 

「一緒なのは万が一に備えているからだってのは忘れるなよ? 学校での俺とお前の関係は、前と変わらないんだ」

 

「……もう、けち」

 

 そんなことを話している間には、教室の前に到着する。いつもだったらほとんど無意識で開けるはずのその扉が、なぜだか今日は非常に重々しく見えて、ユウはどうしてもその取っ手にかけた手を動かすことができなかった。

 

「ユウくん? どしたの?」

 

「いや……」

 

「……ああ、なるほど」

 

 何かに気づいたユリが、にこーっと笑って。

 

「心配することないって……えい!」

 

「おま!?」

 

 ユウの手をきゅっと握って、手を重ね合わせたままその扉を開けた。

 

「おはよーっ!」

 

 もちろん、ユウとてバカじゃない。扉が開ききるかどうかの瞬間には手を引っ込めて、万が一にもスキャンダルになりそうなそれを見られないようにしている。そして、残念そうにくちびるを尖らしつつ空いた腕でさりげなく脇腹を小突くという芸当をこなしてみせたユリに、心の中で降参のポーズをとった。

 

「あっ、ユーリちゃん……と、咲島! おはよ!」

 

「お、おはよう……」

 

 真っ先に目が合ったのは他でもない上村で、そんな上村はいつも通りの元気いっぱいな様子で、ユウたちの方へとやってきた。

 

「どしたの咲島、声小さくない? 朝なんだからもっとちゃんとしないと!」

 

「お、おう……」

 

「……ユーリちゃん、咲島どうしたの? おなかでもいたいの?」

 

「んーん。この子ねえ、恥ずかしがってるだけなのよ!」

 

「お前……!」

 

 にやにやと笑ったユリが、わざとらしくユウの背中を叩く。

 

「もう、今日は朝から本当に大変で。学校でお友達ができなかったらどうしよう、一人で授業受けられるかなあってずっとめそめそしていて。だからママが一緒について来てあげたんだよね、ユウくん?」

 

 腰をかがめて、上目遣いをするように。もっと言えば、母親がぐずる子供を安心させて言い聞かせるように。ユリは紛れもなくユウを小さな子供扱いをして──もっと言えば、自分の子供扱いしてからかってみせていた。

 

「あっははは! なにそれユーリちゃん! なんかめっちゃ面白いんだけど!」

 

「お前……! 後で覚えてろよ……!」

 

「まぁ! ユウくんったら、ママに向かってなんて言葉遣いをするの! ……ごめんなさいねえ、ウチの子が。ほらユウくん、ちゃんとお友達に挨拶して!」

 

「くっくく……! ユウくーん? 私もユウくんの元気な挨拶、聞きたいなー?」

 

「上村さん……」

 

 ノリというか、なんというか。ユリの即興のおふざけに上村までもが乗り出して、ポンポンとユウの頭を軽く撫でた。

 

「……一応聞くけど、上村さんはどのポジション?」

 

「幼稚園の先生?」

 

「……」

 

「……みんなぁー! ユウくんが来たよぉ! 元気に挨拶しよっかぁ!」

 

 面白そうにやり取りを見守っていたクラスメイトが、待っていましたとばかりに元気に声を上げる。それはいつもと全く同じ風景で……そして、いつもより暖かな気持ちがこもったものだった。

 

「おはよう、咲島!」

 

「よっす、咲島! なんだお前、まだ寝ぼけてんのか?」

 

「お、おはよう」

 

 気づけばいつの間にかユウの周りに人だかりができている。これは、ユウの人生経験においてはじめてのことだった。

 

「ったく、おせーぞ咲島」

 

「天野……」

 

 いつも通りの見知った顔である、天野。ある意味じゃユウと一番挨拶していたその少年は、特に変わった様子も見せずに、いつもと同じようにユウに向かって声をかけた。

 

「おら、さっさと出せよ。どうせ今日も持ってきてるんだろ? 朝のHRが始まるまでちょっと時間あるし、軽くワンプレイくらいはできるだろ」

 

 そう言ってカバンから取り出したのは──ずいぶんと年季が入った、古い携帯ゲーム機だった。もちろん、中に入っているのはユウが普段プレイしているあのソフトである。

 

「天野、お前……」

 

「すげえよな、買ったのはもう十年近く前なのに……最後に電源付けたのは五年も前なのに、まだ普通に使えるんだもん」

 

「私もわざわざ引っ張り出してきたんだから! 咲島も早く準備して!」

 

「えっ……優香ちゃん……!?」

 

 気づけばいつも通り、ユウはゲーム機の電源を入れることになっていて。いつもと違って、周りにはクラスメイトの人だかりができていた。なんだなんだ、懐かしいものやってるな、俺も明日もってこようかな──だなんて、そんな喧騒の中で通信プレイが始まった。 

 

 ある男子は、天野の背中からその画面を覗いて。ある女子は、上村の背中に抱き着くようにしてその画面を覗いて。絶対にこれだけは譲らないぞ──というオーラを全身から醸し出したユリは、ユウの隣を死守してその画面を覗きこもうと顔を近づけていた。

 

「あっ、天野ぉ! そのアイテム、私が取ろうと思ってたのに!」

 

「えええ……距離的に絶対無理だったじゃん。……咲島、そっちのフォロー頼む」

 

「お、おう……」

 

 何が何だか、ユウにはよくわかっていなかった。はっきりとわかっているのは、いつもと違って協力プレイだから、一人でやるとき以上にサクサクステージを攻略することができている……というその事実のみである。

 

「お、もうボスか。ブランク長いし腕も鈍っていると思ったけど……やっぱ、体が覚えてるもんだな」

 

「私、普通にこのボスの属性変化パターンまだ覚えてるもん……最初のターンが火、火、水と続いて」

 

「次が風、土、風だよね!」

 

「おっ、ユーリちゃんもやり込んだ口だなぁ?」

 

 画面の中で、三人のキャラクターが容赦なくボスを打ちのめしていく。弱点攻撃を的確に叩き込み続けているからか、エフェクトも派手だしダメージの減少速度もすさまじい。必殺技が必殺技とチェインして、一人プレイでは決してみられない光景がそこに広がっていた。

 

「天野……上村さん……」

 

「──ダチだろ、俺ら。お前が何考えてるかはわからねえけど、こうして一緒にゲームしてんだから、ダチなんだよ」

 

 ユウが何かを言う前に、天野の方が先手を打つ。これが拳を用いたタイマンだったら、絶対にありえないことだった。

 

「そりゃあ、ちょっと驚いたけどさ。でも、咲島が私を……私たちを助けてくれたのは間違いない。そうでしょ?」

 

「え……ちょ、ちょっと優香ちゃん……!?」

 

 もし、ユウが画面の中以外のことに気を向ける余裕があったのなら。見る人が見ればわかってしまう感じで頬を染めた上村と、そんな上村をアイドルがしちゃいけないほどあんぐりと口を開けて見つめているユリに気づいたことだろう。

 

「何があろうと咲島は咲島。私たちのクラスメイトで、私たちの友達……それだけでよくない? それだけじゃ、ダメかな?」

 

「まぁ、お前ってその……正義の極道なんだろ? 秘密の一つや二つ誰でも抱えてるもんだし、変な所には首突っ込むつもりはないからさ。お前がよければ……いつも通り、アホみたいな話で盛り上がって、こうやってゲームで遊ぼうぜ」

 

 一応、極道ではない──というのは置いておくとして。それはきっと、クラスの総意なのだろう。誰一人として、天野と上村のその非日常感あふれるセリフを茶化す人間はいない。

 

 きっと、というか間違いなく。あの後別れてから、みんなでいろいろ考えたに違いない。そうでなければ、天野と上村が示し合わせたようにあんな二世代前の古い携帯ゲームを持ち込むなんて、絶対にあるはずが無いのだ。 

 

「なんか……ありがとな」

 

 だからユウも。

 

 視線だけは画面に集中しながら、自然にその本音を呟くことができた。

 

「正直俺、今までどおりは無理だろうなって思ってた。……体育で本気出してなかったのも、バレちゃったし」

 

「あ、そっちは許す気ないからね、私」

 

「……えっ」

 

「身体測定の時も、あの決闘の時も……思い返せば、ドッジボールの時だって。実は内心じゃ余裕綽々だったんでしょ? こっちはあんだけ気ぃ張りつめていたってのにさぁ……?」

 

「それは、その……」

 

「──だから」

 

 上村のその言葉は。

 

 きっと心からの言葉であり──ユリとはまた別の意味で、ユウのことを救うものだったのだろう。

 

「──だから、これからはもっと普通に! ちゃんと見せてよ! 今までの分も、ずっと!」

 

 ──実はすごく運動ができる。

 ──実は歌を歌うのがすごくへたっぴ。

 ──なんでも美味しく食べることができて、特にカツサンドが好き。

 ──お弁当はいつも妹に作ってもらっていて、それとは別にいつもウィンナーパンを食べている。

 

「ね、ユウくん。言ったとおりでしょ……心配することないって」

 

「ユリ……」

 

 ──ユリが知っている、ユウの秘密。それが二人だけの秘密じゃなくなる予感。ちょっぴり寂しくて切なく、そして同じくらいに嬉しいというなんとも不思議な気分。まだまだ内緒の秘密はたくさん知っているんだから……というその意気込みを、本当にしょうがなく、ユリはこの瞬間だけ引っ込めてあげることにした。

 

「ユウくんは、ユウくんが思っている以上に……すごい人なんだから。アイドル(わたし)のお墨付きなんだから、もっと自信もっていいんだよ!」

 

「はは……そうかも、な!」

 

 

 ──この日、ようやく。十七年間生きてきた中で、ユウは初めてクラスメイトの一員になることができた。

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