アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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47 気迫:後編

 

「……やー、これが気迫か。なんかすまないね、悪人みたいにさせちゃって」

 

「いえ、気にしてないっすから……」

 

 ややあってから。ようやっと落ち着きを取り戻したホタルは、まだ少し顔を青ざめさせていながらも、なんとかユウと会話できるまでに回復した。先ほどまでは露骨にユウを見て震え、視界に入っているだけで怖くて怖くてたまらない……けど、本能的に目を離すこともできないというくらいに怯えていたのに、今は何とか、ぎこちないながらも笑顔を浮かべることができている。

 

 ただし。

 

「ねえホタル……なんで、立たないの?」

 

 マリナのシンプルな疑問。一応は元の調子に戻ったはずのホタルは、未だに床に座り込んだままだ。さすがに乙女のプライドであられもない姿は改めているものの、それでも尋常でないのは明らかだ。

 

「はは、それ無理。まだ腰が抜けてるし、足もがくがく震えてる。理性でどうこうできるものじゃないねえ」

 

「……ホント、すみません」

 

「あっ!? いや、責めてるわけじゃないからね!? 頭でわかってても、体が言うことを聞かないだけだから!」

 

 地味に傷つくユウと、必死に弁明の声を上げるホタル。とはいえ、必死になればなるほどユウに罪悪感が沸き上がってくるのは間違いなく、そして事実として、ユウは一人のアイドル完膚なきまでに威圧して、怯えさせ、そして足腰が立たない状態にした──と、字面だけ見れば大変ヤバいことをしたのだ。

 

「ホタルったら大袈裟過ぎじゃない? いくらなんでも、そんな……」

 

「……じゃあやってみるかい? 私でさえこうなったんだ。キミたちなら漏らしてるだろうね」

 

「はは……まさか、そんな」

 

「嘘だと思うか? よし、咲島く……」

 

「え、遠慮しておきます!」

 

 マリナもミチルも、ユウから三歩ほど距離を取った。ユウの心が更に抉れたのはもはや語るまでもない。

 

「もうっ! ユウくんったら、やりすぎ!」

 

 一方で、ユリはと言えばいつもと全く様子は変わらない。空いたスペースにこれ幸いとばかりに体をねじ込ませ、さりげなくユウの傍をがっちりとキープしている。

 

 いつもだったら少々気まずくて背中がむずむずする距離感だったが、今この瞬間に限って言えば、いつも通りの分け隔てのないユリのこの性格が、ユウにはとてもありがたかった。

 

「すまん……言い訳じゃないが、加減したつもりだったんだよ……」

 

「ほんとぉ? あのホタルちゃんが腰を抜かすレベルって、相当だよ?」

 

「妹だったらこれくらい普通に流すというか、小手調べくらいの感覚で使うからな……」

 

 あんなのが小手調べであってたまるか、とホタルは笑顔の裏で黙したまま盛大にツッコミを入れる。そして、あんなものを平気で受け流せる妹やらは一体どれだけの人間なのかと、末恐ろしいものまで感じてしまった。

 

「……そこらの道場とは比べ物にならないとは思っていたけれど。気迫だなんて、マンガみたいなことが本当に出来るのね」

 

「いやいや、姫野さん。それっぽく言ってるだけで、身近な例ってのは割といっぱいありますよ?」

 

 なんで俺、アイドル達相手にこんなこと説明しているんだろう──と頭の片隅でぼんやりと考えながら、ユウはそれの説明をつづけた。

 

「なんかヤバいやつってのは、パッと見ただけでもなんとなくわかるでしょう? 変な不審者と真正面から向き合ったら、ビビッて足が竦んだりするでしょう? そういう風に、動作としては何でもないはずなのに体が竦んだり、なんかヤバいって本能で感じたり……」

 

「あ……」

 

「基本はアレと同じっす。それを意図的に強調して──技術として使っているだけ。さっきやってみせたのは、それこそ……ヤバい刃物を持ったマジの不審者と直面したのを再現したって感じですかね」

 

「なるほど……確かに言われてみれば、表現が違うだけで同じことか。いくら私でも、そんなヤバいやつと相対したら腰だって抜かすだろうし」

 

「……そもそも、構えるだけでそんな異常者と同じ雰囲気を出せること自体がおかしいってのは、気にしちゃいけないことなんでしょうね」

 

 ともかく、ユウが使った技術というのはそういうものだ。良くも悪くも、特別な訓練をせずとも無意識で出来てしまうようなことである。それを真っ当な精神状態のまま、意図的に起こせるというのがこの技の真価であって、現象そのものは特別不思議というほどのものではない。表現を変えれば割と納得できてしまう話なのである。

 

「この気迫……さっきみたいに、その多くはいわゆる殺意とか害意とかが乗せやすい(・・・・・)。攻撃的な感情や、負の感情ってやつです。自然に起こる身近な例としてもそっちの方が多いです」

 

 だけど、とユウは一呼吸を入れる。ここからが、そもそもの話──ユリの不調に関わるかもしれない所なのだ。

 

「この気迫は、負の感情だけじゃなくてポジティブな感情も乗せられる。さっきの話じゃないが、ヤバいやつだって意図的に気迫を乗せているわけじゃない。良くも悪くも、本気でやれば知らず知らずのうちに乗せてしまっている……思いを込めてしまってるものなんだ」

  

 武術である咲島流には、そもそもの前提としてあり得ない概念。相手を傷つけ、壊し、屈服させるという武術の原則として、ポジティブな気持ちを気迫として用いることなんてありえないが、しかし原理や理屈としては存在し得るものである。

 

「さっきの寸止めみたいにさ。本気でやるって言うのはそれだけで自分にも相手にも影響を与えるものなんだ。動きが全く同じなのに何かが違うって言うのなら、この気迫が込められているかどうかだと……俺は、そう思う」

 

「……よくわかんないよ、ユウくん」

 

「あー……なんて言うかなあ」

 

 これ絶対追加料金とってもいいだろうと思いつつ、半ばヤケクソ気味にユウは答えた。

 

「例えばロボットがアイドル(おまえ)の動きを完璧に模倣したダンスを踊っても、俺は全然感動しないし、引き込まれない。お前が気持ちを込めて踊ったからこそ、こんな俺でさえ夢みたいにドキドキして、なんかすごく楽しい気持ちになって……」

 

「……私のダンスを見て、ドキドキしてくれたんだ?」

 

「……一般論の話だ!」

 

 一般的に、アイドルとはそういうものである。その歌で、踊りで、たくさんの人を笑顔にするのが仕事である。そのために日々努力して、なんてことの無いただの動作だけで人々を魅了できるように技術を身に着けていくのだ。

 

 方向性は違えど、その原則は咲島流のそれに通じるところがないこともない。だからこそ──いや、そうでなければ、自分がただのダンスであんなにも魅了されることは無いはずだと、ユウはそう考えていた。

 

「ともかく! アイドルってのはそうやって気持ちを込めて踊っているから、周りにポジティブな反応を起こせる……んだと、俺はそう理解している。実際、心当たりはあるんじゃないか?」

 

「そりゃ……確かにその通りだけど」

 

「でもさあ、咲島くん。それが本当なら……今のユーリは、気持ちを込めたダンスを踊れてないってことだよね?」

 

「私たち自身、気持ちを込めて踊るって言うのは理屈じゃなくて感覚で理解できますけど……ユーリちゃんだって、それくらいはわかってるはずです。……それでも調子が出ないって言うのは、何か理由があるんでしょうか?」

 

「……それなんだよなあ」

 

 表現は違えど、一流の領域に至った人間なら誰もが無意識に使っている技。言葉に表すことこそできないものの、この場にいる全員が感覚でそれを理解しているし、ユウが何を言いたいのかも、それがどういう現象なのかもわかってはいる。

 

 だからこそ、ユリの不調の本当の原因がわからない。

 

「体の調子、心の持ちよう……結局のところ、そんな数字にできない細かい要素が全部積み重なって気迫となる。具体的に上手く表せないからこそ、思いだとか気持ちだとか、そんな風に表現されているわけだし」

 

 おそらく。

 

 何かしらの理由で、ユリは自分でも気づかないレベルで、気持ちを込められていない。本気になれていないと言ってもいい。だからいつも通りの動きをしているはずなのに、本来あるべき手ごたえを感じられないのだろう。

 

「殴る蹴るの話であれば、直接的だから気迫を込めるのも簡単な部類だろうけど。ダンスに込める気持ちなんて、俺にはわかんねえしなあ……」

 

「たしかに、抽象的な話ではあるわね。……ま、悩んでいても仕方ないわ」

 

 ぱん、と手を叩いて姫野はみんなの注目を集めた。

 

「現状、目に見えた大きな問題というわけではないわ。であれば、当日までに調整して仕上げるまでよ」

 

 結局のところ、ユリにできるのはひたすら練習をするというそれだけである。まだ本番までに時間はあるのだから、体になじむまで……自分が納得するまで何度も試行錯誤するしかない。いつの時代、どんな場所でも、最終的にはそういう結論に行きつくものなのだ。

 

「マリナ、ミチル、ホタル。あなたたちも練習再開よ。四人でレッスンの成果を確認し合うなり、自分たちの頭で考えて動きなさい。……それだけの能力はあると信じているから」

 

 はい、と三人娘は声をそろえる。なんだかんだでホタルのほうも足腰に力が戻って来たらしく、二人の手を借りながらも無事に立ち上がることができていた。

 

「終わったらみんなで焼き肉だから。美味しいお肉が食べられるよう、精いっぱい練習しておなかをうんと空かせておきなさい」

 

「あの、姫野さん」

 

 なんとなくスルーされそうになったので、ユウは姫野に声をかけた。

 

「俺はどうします?」

 

 姫野は、にっこりと笑って言った。

 

「四人のレッスンを見学していてちょうだい。アイドルのダンスの雰囲気に慣れてほしいのと……そうねえ、もしできるなら、ユウくんなりにその気迫の技術を伝授してほしいわね。きっと役に立つもの」

 

 それじゃ、私は仕事があるから──と姫野はその場を後にする。

 

「……」

 

 アイドルが四人に、アイドルに全く興味のない男子高校生が一人。レッスン終了予定時刻まで……あと二時間。

 

「……マジかぁ」

 

 なんとも気まずくて居心地の悪い時間が始まった瞬間であった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽

 

 

「んー……気迫、かぁ」

 

 ユウが一人で、悶々としながら(?)ダンスレッスンを見学している頃。姫野は自らのデスクで書類仕事をしつつ、先ほどの一幕を振り返っていた。

 

 まず……なんだかんだで、あの三人娘とユウの顔合わせが上手く行ったことは僥倖だった。こちらの想定とはだいぶ異なったものの、三人ともユウに悪い感情は抱いていなく、それどころか友人として悪くないスタートを切っているようにすら見える。これならば、いずれは別のアイドルのボディガードも頼むかも……という冗談染みたお願いも、案外夢ではないのかもしれないと手ごたえを得られたほどだ。

 

 結果としてホタルがユウに威圧される形になってしまいはしたが、それもある意味では事故のようなもので悪意はない。ホタル自身、ユウには友好的に接しようとしていたし、拗れることは無いだろう。むしろ、必要以上に興味を持ってしまうことの方に注意をしなくちゃいけないくらいだ。

 

 そう、ここまではいい。三人娘とユウの顔合わせは、問題ない。

 

 問題なのは──ユリの謎の不調の方だ。

 

「アレを見せられたら、与太話で片づけられないわよねえ」

 

 ユウは、ユリの動きに気迫が乗っていないから──気持ちが込められていないから違和感を覚えているのだろうと推測した。本来だったらそんな非科学的であやふやなことを本気で信じたりはしないが、ユウはそれを目に見える形で実演して見せている。となると、一概に切り捨てるのも難しい。

 

 そして、ユリ自身が調子が悪いと自覚しているのである。姫野の目にはダンスそのものに問題ないように見えた以上、ユウの指摘というのはあながち間違っていないように思えた。

 

「……ブランクのせい、だったらいいんだけど」

 

 ユリのダンスに気持ちが込められていないと仮定して。では、どうして込められていないのか。ユリ自身はいつも通りにやっているのに、どうしていつもと違う感じがしてしまうのか。

 

「……」

 

 一人で練習していた時も、その違和感はあったという。

 みんなに見てもらっている時も、その違和感はあった……少し強くなったという。

 

 最初は姫野も、ユウがレッスンの見学をしているからだと考えた。ユリがユウにどんな思いを抱いているかなんて明白だし、年頃の娘が……曲がりなりにもプロであるユリがそんな風に緊張するだなんて、もうそれくらいしか考えられない。

 

 ところが、一人の時もその違和感があったとなると、その可能性は排除される。

 

 じゃあ、何が原因なのか。

 

 一人の時とみんなに見てもらった時とで、何が違っているのか。

 

「……まさか、ね」

 

 可能性として頭をよぎったそれ。最もありえそうで、そして本当だとしたらとんでもない致命傷と成り得るそれ。

 

 全然そんな素振りは見えないが……どうにも、嫌な予感が離れてくれなかった。

 

「……」

 

 ちら、と姫野はカレンダーを見る。

 

 本番まで、時間的な猶予はそこそこある。元より今回は復帰のためのサプライズ的なステージだから、いつもと比べてやることは少なく、その分覚えることも少ない。

 

 つまり、時間の使い道もいろいろできるわけだ。

 

「思春期、かあ……良くも悪くも不安定な時期よね……」

 

 自分の時はどうだったろうかと姫野は振りかえる。何年前の話だったかと指を折って数えようとしたところで、その行為の虚しさに気付き、何も考えないことにした。

 

「護衛対象の健康と安全を守るって意味では……これもある意味じゃ、仕事の範囲になるわよね?」

 

 そうでなくとも。

 

 自分だったら……結構嬉しい。そういうの、実はちょっと憧れていた。

 

「ちょっとメンタル面、整えておきますか」

 

 誰も困らないし、お互いにとっていいことなんだから別にいいだろうと、姫野はあっさりとそれを予定に組み込んだ。

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