アイドルクロージング!   作:ひょうたんふくろう

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53 いざ、ステージへ!

 

 

『盛り上がってきたところでぇぇぇ……! お次いってみよーっ!!』

 

 ──おおおおおっ!!

 

 

 舞台袖からでもわかるほどの熱狂。楽しくて楽しくて、もはや心ここに非ず──心からの迸る熱意を本能のままに発散している人間が、今この会場には何百人、何千人といる。それだけでも驚きだというのに、彼らを熱に浮かせているのはたった三人の人間でしかないというのは、ユウにとってはもはや信じられなさすぎて異常事態だと言ってもいいくらいだった。

 

「すげえもんだな」

 

 三人娘のライブ当日。なんだかんだでリハーサルは無事に終わり、こうして本番も何事もなく始めることができて、そしてプログラムも順調に進んでいる。さすがはプロというべきか、ユウにわかる範囲ではトラブルらしいトラブルも起きていない。

 

 あまりにもとんとん拍子に物事が進んでいくものだから、なんだかちょっぴり拍子抜けというか、あまりにも場違いな自分が本当にここに居て良いのか──なんて、そんなことを思ってしまう余裕さえ出てきている。

 

「あら、ユウくんでもそんな感想を言うことがあるのね。アイドルとか全然興味ないって言ってたのに……もしかして、ちょっと気になりだしてきてるのかしら?」

 

「そりゃ、曲がりなりにも関係者としてそこそこ長い時間関わって来てますからね……。バイト仲間がこれだけのことをやっているっていうのなら、素直にすごいって思いますよ」

 

「……未だに”仕事仲間”感覚なのは良いことなのかしらね?」

 

 ちょっぴり薄暗い舞台袖。照明係やら音響の調整の人やら……ユウにはよくわからないが、今この瞬間もそれぞれの責務を全うしている人たちがいる。この場にいる何千人という観客たちはステージにいるたった三人のアイドルに夢中になっていて、彼らの事なんて誰も気にも留めていないというのに、誰もがみんな真剣だ。

 

 体に響くほどの大きな音。思わず気圧(けお)されるほどの大歓声。視界の端で煌めくカラフルな閃光。華々しいステージと、奇妙な緊張感が張り詰める現場裏。

 

 どう考えても、ただの男子高校生はあまりにも場にそぐわない。

 

「あらやだ、ユウくんったら。なんかちょっと、緊張してる?」

 

「いやあ……緊張じゃないと思うんですけどね。場違い感がすごいというか、みんなプロで真剣にやってるのに……こう、甲子園を目指しているバリバリの野球部の練習に、下手の横好きなだけの素人が混じっているかのような」

 

「微妙にわかるような、わからないような……」

 

「そうかな? なかなか的確な例えだったと思うけれども」

 

 ユウの意見を肯定したのは、例の企画会社の代表取締役だった。こんな薄暗い中でもやっぱりサングラスを着用していて、そしてユウたちと同じく、現場裏最前線にいる割には特にこれといった仕事をしているわけじゃない。

 

「しかし、私が言うのも何だけどね。これでなかなか貴重で得難い体験だよ。どんな人間もこの空気に慣れるところから始まる。……こう見えて、私も最初は現場作業から始めたからね。今でも本番の時はここに居ないと落ち着かない」

 

「なんか、社長さんって……VIP席みたいなところで眺めているってイメージありましたけど」

 

「あはは、それも間違ってはいないよ。他の社員からしてみれば、本番の大事な時に見回りにやって来る面倒な上司だって思われてるから……おっと、ここでの話はクラスのみんなには内緒にしておいてくれよ?」

 

 ある意味必然というべきか、直接的な仕事がない人間同士、こうして成り行きで三人で固まって会話することになっている。ほんの数か月前の自分に、こうしてアイドルのステージの裏で社長と雑談することになるんだぞ──なんて言っても絶対信じなかっただろうなと、ユウはぼんやりとそう思った。

 

 ──三人娘の歌がサビに入る。

 

「いやはやしかし……今のところは順調でホッとしておりますよ」

 

「ええ、まったく。さすがにあんなのそうそう起きるものじゃないと思ってはいましたけれど……やっぱりどうしても、ね」

 

 大人同士の何気ない会話。やはり姫野もグラサン社長も、心の中ではどこか不安があったのだろう。

 

「持ち物検査は徹底的にやりましたし、警備の数は普段の倍以上。少々入場に手間取りましたが、ここまでくればもう大丈夫ですよ」

 

「ええ。……ユーリのサプライズがあったとしても、前みたいなことはないでしょうね」

 

 ちら、と姫野はこっそりとユウに視線を向ける。その意味を知っているのは、今この場では姫野とユウ本人だけだ。

 

「……なんかますます申し訳なくなってくるな。俺、何もしてないのにスタッフのジャケット着てる」

 

「おいおい、そこはラッキーって思っていいんじゃないか? 仕事しなくてもコトが問題なく進むんだから。僕が学生だったら喜んで飛びつく仕事だよ」

 

 ははは、とユウは曖昧な笑みを返す。金銭的な意味だったらたしかにその通りなので反論のしようもない。

 

 

『さぁ! さぁさぁ! 名残惜しいけど、次がラストだ!』

 

『まさか、もう力尽きたって人はいないよなーっ!?』

 

『最後まで精いっぱい頑張りますので! みなさんも付いてきてくださいね!』

 

 

 あれだけ煩く鳴り響いていた機材が一瞬止まり、そして次の瞬間にまた別の音楽を奏でだす。たったそれだけで会場の空気までもが全く異なるものに変わるというのが、未だにユウには信じられなかった。

 

「お……もうラストか」

 

「姫野さん、そろそろ」

 

「大丈夫、もう呼んでるわ……ほら」

 

「──あ」

 

 バッチリ整えられたヘアセット。これまた気合の入った丁寧なメイク。そして何より──アイドルだけが着ることを許される、最高で素敵な可愛い衣装。

 

「……ふふっ! なんかユウくんがここに居るのってちょっと不思議な気分だね!」

 

「お、おう……」

 

 ──そんな、アイドルとしての正式衣装に身を包んだユリに、ユウは確かに目を奪われた。

 

「調子はどう、ユーリ?」

 

「ばっちり! 無理言って、本当のギリギリまでしっかり確認取って貰っちゃった!」

 

 実際、その通りなのだろう。衣装そのものは昨日のリハーサルの時と全く同じはずなのに、何か決定的なところで昨日と違う。まるで本当に輝いているかのようで、控えめに言ってもとんでもなく可愛い。いったいどうして同じ衣装のはずなのにこんなにも可愛さに違いが出るのかは皆目見当もつかないが、とにかくなんかめちゃくちゃ可愛い……というのが、ユウの嘘偽りのない本音であった。

 

「……あれ? ユウくん、もしかして見とれてたあ?」

 

「こら、ユーリ。ユウくんをからかわないの……ユウくん?」

 

「……あれっ?」

 

 三人娘の時は。このライブが始まる直前に見た三人娘の衣装においては、こんなふうには思わなかった。たしかに気合が入っているなとは思ったけれど、別に昨日とそこまで変わらないとユウは確かに感じたのだ。

 

 なのに、どうして。

 

 どうして条件は同じはずのユリの衣装姿がこんなにも違っているのか。

 

「……えっ、ホントに見とれているの?」

 

「あはは、そりゃあユーリちゃんほどのアイドルからそんなこと言われたら、普通の男子高校生はドキドキして固まっちゃうだろうよ」

 

「普通の男子高校生なら、その通りなのかもなんだけど……」

 

 小さな小さなユリのつぶやき。ここでようやく、ユウは我に返った。

 

「いやあ……すげえなあって。昨日と同じ衣装のはずなのに、なんか昨日よりすげえなあって……そんなこと、考えてた」

 

「おっ……なんか、いつもに比べて随分と素直だね?」

 

「そう言うお前も、なんかテンション高くないか?」

 

「そりゃあね! 自分が楽しんでいなきゃ、お客さんを楽しませることなんてできないもん!」

 

 にっこりとユリは笑う。久しぶりの本番直前であっても、変に緊張していたりだとか、プレッシャーを感じていたりだとかはしていないらしい。実にリラックスした自然体で、ともすればユウの方がその場の空気に飲まれている節さえある。こうしていつも通りにおしゃべりができていることからも、それは疑いようがない。

 

「……青春してるねえ。正直、ちょっとうらやましいよ。こんな有名なアイドルと、本番前にこっそり何気ないおしゃべりができるだなんて」

 

「当の本人は、その価値に全く気付いていませんけどね」

 

 そうして話している間にも、ユリの出番は刻一刻と近づいてくる。ユウの記憶が確かならば、あともう五分もしないうちには出番になることだろう。

 

「……とうとうだな」

 

 一万人の前で歌って踊る。ユウからしてみれば、考えられないことだ。そもそも大勢の人間の前に立つという機会自体が全然ないし、その人数だってせいぜいが学校の授業で発表会をしたくらい──つまりは、三十人か四十人ってところだろう。単純計算で二百倍以上の差である。

 

「……ね、ユウくん」

 

 なんだかんだ言っても、こういうのを平気でこなすってのはすごいよな──なんてユウのその考えは、ほんのちょっとだけ裏切られることになった。

 

「どした?」

 

「うん……えっと、その」

 

 妙に照れているというか、恥ずかしがっているというか。ユウのなんてことの無い問いかけに、ユリはちょっぴり照れくさそうに反応した。

 

「おねがい……いい、かな?」

 

『ごめんねーっ! アンコールには今日は応えられないんだ!』

 

 ステージの上で、 ホタルが叫んでいる。最後の曲が終わったのだろう。

 

「……俺にできることなら」

「ふふっ、だいじょぶ。……ユウくんにしかできないことだから」

 

『こーら! あからさまにがっかりした顔をするんじゃないぞ!』

 

 ステージの上で、マリナが声を上げている。ほんのすこしのざわめきと、そしてそれでもなお諦めきれないアンコールの声が響き渡った。誰も彼もが心の底からこの夢のような時間が終わってほしくないと望んでいて、そんな気持ちが抑えきれずにあふれ出ているのだろう。

 

「……気合、入れてくれる?」

「……俺のやり方でいいのなら」

 

『その代わり、と言っては何ですが……今日は、とってもスペシャルなサプライズがあります!』

 

 ミチルの呼びかけを合図に止まる音楽。一瞬訪れた、確かな静寂。そんな静寂が人々のどよめきを飲み込み、その余韻を十分に浸透させたところで──新たな音楽が流れ出す。

 

 ~♪・♪!

 

「うん。ユウくんのやり方で……ユウくんのやり方がいいの」

「……しょうがねえなあ」

 

 ホタルの歌でも、マリナの歌でも、ミチルの歌でもない。かといって、誰も知らない新曲の発表……ってわけでもない。その曲のライブなんてもう何回もやっているし、わざわざサプライズと銘打つほどの目新しさや珍しさがあるわけじゃない。

 

 だけど。

 

 いや、だからこそ。

 

 誰もが望んでいたのに終ぞ聞けるはずが無かったそのメロディに、会場にいた全員の心が塗りつぶされた。

 

 

 ──え……っ!? うそ、これって……!?

 ──ま、まさか……!? そんな、ホントなの……!?

 ──う、嘘じゃないよね……!?

 

 

 どよめき。大いなる期待とちょっぴりの不安が入り混じった、何か素晴らしいことが始まるような予感。

 

 それだけのことをやってのける目の前のアイドル(ユーリ)を見て。

 

 ユウはなんだか……今すぐに、目の前にいるユリを攫ってあの公園で一緒に走りたくなった。

 

 

「……頑張れ、アイドル!」

「……頑張ります!」

 

 

 ぱしん、と叩かれた背中。押し出されるように、しかし自分で確かな一歩を踏み出して走り出したアイドル。その片手にはマイクが握られていて、その向かう先は煌めくステージだ。

 

『『本日のスペシャルサプライズゲスト!』』

 

 三人娘が声をそろえる。しかし、もう誰もその三人には注目していない。さっきまではあれだけ夢中になっていたというのに……今はもう、舞台袖からその人物が出てくるのを今か今かと待ち構えている。

 

 そして。

 

 

 ──あああああああ!!

 

 

 ユーリの姿がステージに見えた瞬間、巨大なスピーカーの音をかき消すほどの大歓声が、ユウの体をぶるりと震わせた。

 

 

 ──ユーリちゃん!!!!

 

 ──マジか!!!

 

 ──ユーリちゃんだあああああ!!

 

 

 たった一人の人間が、一万人の人間を魅了している。会場の温度が数度上がったんじゃないかと思えるほどの熱狂。というか実際、マジに数度ほど上がっていることだろう。彼らの抑えきれないその情熱は、こんな舞台袖にまで伝染してきている。

 

「ホント、すげえなあ……」

 

 ユウの目の前、十数メートル。ステージのど真ん中に、そのアイドルは降り立った。

 

 会場を見渡し、今までできなかった分の極上のスマイルをプレゼントして。

 

 流れるイントロ、近づくその時。

 

 焦らすように勿体ぶりながら、アイドルはそのマイクを口元に近づけて。

 

 ──そして、その瞬間は訪れた。

 

 

 

 

 

 

 『──ガコンッ!!』

 

 

 

 

 

 甘い声とは程遠い、奇妙な衝撃音。

 

 真っ青な顔をしたユーリが、ぺたんと膝から崩れ落ちていた。

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