『シュワルツ』は現代社会のしがないサラリーマン。SNSでバズり続けているオンライン小説家『アーギュスト』に嫉妬の炎を燃やす反面、彼のようになりたいと思いながら自身もネット上に小説を投稿し続けている。ネットの反応に一喜一憂しながら執筆をしている『シュワルツ』の姿に妻の『ガラリア』は呆れながらも彼を密かに応援していた。名声(バズり)を求めし超俗物『シュワルツ』を待ち構えるのは、人々の賞賛か、それとも地獄なのか⁉︎
(アーギュストの今日の投稿……もう1,000いいにゃ超えか)
自宅のソファーに寝転がりスマホをいじる俺の目に写ったのは、SNSの一つ「ツイッニャー」である男が十分前に投稿したテキストだ。その男の忌まわしきアカウント名は「アーギュスト@『ピュリッティの妻』アニメ化決定」。
「おはようございマーヴェラス。本日は『ピュリッティの妻』アニメ第一話の放送日。唯一にして至高の物語をどうぞお楽しみください」
(コメント22件、共有88件、いいにゃ1,122件)
そしてテキストに添えられた写真。両手を掲げて決めポーズをとり(巷では子ども達の間でも空前のブームらしい。『マーヴェラス』だか『マーガリン』だか知らんがこんなのが流行語大賞とるなんて世も末だぞ‼)、ふてぶてしい笑顔を浮かべるアーギュスト本人と、その傍らに立ち妖艶な美しさを振り撒く妻フランセスカ。
突如として小説投稿サイトで執筆を始めたアーギュストのライトノベルは瞬く間に人気を博し、その作品は次々と書籍化・漫画化デビューを果たしている。華々しく文壇に現れた奴はメディアやSNSで自らの素顔をさらし、そのビジュアルでさらに多くの女性読者を獲得したとか。
今度は俺自身が今までツイッニャーに投稿したテキストのリストを見返してみる。それは代わり映えない日常の呟きと、小説投稿サイトに作品を投稿したことの報告で占められている。テキストごとに押されたいいにゃの数(それは肉球の形で表示される)は、3、3、3、4、3、4、3……。今プレイ中のソシャゲのガチャで出てくるキャラのレアリティと一緒だな。
ちなみに俺のフォロワー数をアーギュストと比較すると、約六千倍。
ため息をつくと体中の力が抜けて、手から滑り落ちたスマホで鼻を強かに打った。
冴えない休日。冴えない人生。
「シュワルツ先生は今日もアーギュスト様をネットストーキングしてるのかしら?」
ソファーの上で身悶えしていると、妻のガラリアが湯気の立つマグカップを両手に持ちながらキッチンから現れた。
「失礼な。宿敵の動向把握は当たり前のことだ」
ソファーから身を起こして、苦笑するガラリアからカップを受け取り、中身を一口すすった。いつもと同じ中さじ二杯の黒糖が入ったコーヒーの温かさと甘さが、鬱屈した俺の心情をいくらかやわらげた。
俺の隣に腰かけたガラリアもコーヒーを飲みながら自分のスマホを取り出し、ツイッニャーを開いた。
「それにしてもアーギュストの人気はすごいね。あっ、この写真、奥さんと一緒に写ってる! 綺麗な人……今ミュージカルや舞台で大活躍してるんだって。ニャーチューブチャンネルも開設してすぐに登録者数30万人突破したらしいよ」
「写真なんていくらでも化粧や加工アプリで盛れる! 君の方が絶対に絶対に美人だ‼︎」
「やっぱりアーギュストもかっこいい。この前、創作仲間のシメオンって人と一緒にホームパーティーを開いた時の写真があがってたけど、あれも目の保養だったな」
「顔出しとイケメンの友達自慢でファンを増やそうとするなんて、こいつは自分の作品だけで勝負し続ける自信がないんだ‼︎」
「でも何よりアーギュストの一番の魅力は、創作活動に対する姿勢な気がする。作品を読んでると、この人は純粋に楽しんで小説を書いてるんだなっていうのが伝わってきて、読んでるこっちも楽しくなってくるの」
「なっ⁉︎」
「それだけじゃなくて、この人は一人でも多くの人に活字を読むことの素晴らしさを伝えようと工夫もしてる。自分で挿し絵を描いたり、イケボを活かして自作を読み上げた動画をニャーチューブにアップしたりして、読書に興味がない人にも小説の魅力を発信してる。執筆活動にまつわるあらゆる努力と矜持を感じるわ」
「ガラリア……商業的芸術に魂を売ったこいつの計略に君まではまってしまったのか……!」
俺は肩を落として、スマホの画面を眺めた。
「真の創作者は孤独だ。俺の理解者は……『ごんぎつね』さんだけだ……」
ごんぎつねさんは俺が小説投稿サイトへの作品の投稿を初めたばかりの頃、俺のアカウントをフォローしてくれた相互さんだ。俺の投稿に必ずいいにゃをくれる。
そしてごんぎつねさんはいいにゃをくれるだけでなく、俺の小説を丁寧に読んでくれる貴重な読者なのだ。俺が初めて書き上げたネット小説を読んだごんぎつねさんは、感想を書いてくれただけではなく、一番心に残ったシーンの挿し絵を描いてDM機能で俺に送ってくれた。それは物語のラストシーン、主人公の男と、病を克服した彼の想い人が喜びの中で抱きしめ合っているところ。ごんぎつねさんの人柄の良さが一目でわかるような優しく温かいタッチで描かれていた。
思わぬ読者からの反応に俺は有頂天になった。その挿し絵をネットに投稿すればいいにゃや読者が増えるのではないかと期待し、投稿ボタンを押そうとした直前、俺の指は止まった。理由はよくわからないが、この挿し絵だけは自分の心の中だけにしまっておきたいという思いが湧き起こり、以来誰の目にも触れさせず宝物にしている。
「ほら、スマホばっかり見てないで。夕飯の買い物がてら散歩に行こうよ。気分転換したらもっといい作品が書けるかも」
コーヒーを飲み終えたガラリアは、俺の手を引いて立ち上がる。俺はしぶしぶ彼女の後に続いた。