俺はオフィスの廊下を重い足取りで歩いている。
昨夜投稿したばかりの新作も、いいにゃも閲覧数も全然増えない。今朝方、ごんぎつねさんからツイッニャーでいいにゃをもらったきり。それから通知が来ないか、スマホが気になってしょうがなく、一日中仕事も手につかなかった。しかしスマホの画面は真っ暗なまま。席を離れている間に自分の作品を見た読者から反応が届いてるんじゃないか。ほんの数分席を立つ用事があって、戻って来たらすぐにスマホに齧りつく。けれど沈黙、沈黙、また沈黙。
好きの反対は無関心とはよく言ったものじゃないか。圧倒的無関心。世界から置き去りにされたようなこの孤独と虚無感は、物書きの端くれの心などたやすく粉砕する。
何が間違っているんだ。作品を書くために、設定に矛盾が起きないように参考文献を読み漁った。何ヶ月もかけて構成を練って、話の展開や登場人物の台詞回しも単調で陳腐なものにならないように知恵を絞った。小説投稿サイトに作品を投稿するときも、多く読まれている作品に付けられているタグを見習って考えた。俺は世間から評価されるべき作品を送り出し続けているはずなのに。それなのに誰も俺を見てくれない。閲覧数が増えない。肉球マークがもらえない。
読者のいない小説に価値なんてないんだ。今まで執筆に費やしたこの膨大な時間も、全部無駄だったのか。
そして追い打ちをかけるように、失意に沈む俺を痛めつける声がした(気がした)。
「まいったな……。どこが詰まってんだ?」
「この私がッ‼ 行き詰まるとでも言うのか⁉」
「おわっ⁉ なんだよいきなり‼」
我に返ると、同僚の男が目を丸くして立っていた。彼はエラーランプが点灯しているコピー機と向き合っている。どうやら紙詰まりを起こしたコピー機に対処していたようだ。
「いや、何でもないんだ。驚かせてすまない」
「今日のお前、おかしいよ。そういや部長も、『いつもはクソ真面目なあいつがずっとスマホ見て挙動不審にしてる』って心配してたぞ。一体どうしたんだ?」
眉根を寄せている彼の言葉に愕然とした。「バズりたい」という自らの願いが肥大化し、日常生活に支障を来し始めているということに初めて気づかされたのだ。ここ最近、アーギュストの投稿や自分の作品への反応が気になってスマホが手放せない日が続いていた。
(俺は滑稽だ……自分から見ても、周りから見ても……)
ズボンのポケットに入れているスマホを握りしめて俯いた俺を見ながら、コピー機を指先でトントンと叩き同僚が言った。
「こいつを直したら一服しようと思ってたんだ。お前は先に休憩室に行ってろよ」
「へぇっ、小説! シュワルツにそんな特技があったなんてなぁ。すごいじゃん‼︎」
休憩室の椅子に腰かけ、俺の話をきいていた同僚は心底から驚いている様子だった。
「全然すごくないんだ。どんなに作品をサイトに投稿しても、俺は見向きもされてないんだから」
「ふーん……。俺はツイッニャーやってるけど滅多に投稿しないから、お前の気持ちはわからないけどさ」
飲み終えたパック飲料をごみ箱に捨て、同僚は俺を見据えながら言った。
「要は賞賛されたいから小説を書いてるってことなんだな。楽しいから書いてる、じゃ駄目なのか?」
その表情は言葉とは裏腹にやわらかいものだった。彼の瞳の光は静かに俺の胸の中に差し込み、潜む懊悩の正体を照らしていた。
「褒められて認められて喜ぶのは当たり前だ。だけど、いいにゃがついてもつかなくても、お前の作品自体の価値は何も変わらない」
俺ははっとして、椅子に座ったまま呆けたように同僚を見つめる。
この同僚は手厳しくものを言うことで社内でも有名だ。しかし、いたずらに人の心を踏み躙るような人間でないことは同期の俺がよく知っている。
彼は俺と向かい合っている今、俺が苦しんでいる原因を明らかにし、それを打開する術について考えを巡らせているのだろう。
「一人からいいにゃがもらえたら、次は十人からいいねがもらえるように小説を書く。その次は百人、一千人……いつになったら満足できる? 数字だけを気にしながら書き続けるって、しんどくねぇか?」
「そんなこと……」
後に続く言葉が口から出てこない。
(そんなことはない。俺は執筆という創作活動を愛している。だから今まで時間を費やし努力を重ねてきたんだ)
いや違う。今の俺にそう言い切ることができる自信はない。
アーギュストと、彼を称えるSNSの投稿。その集団の輪には溶け込めず、俺はいつも離れたところからいいにゃのつかない自作を握りしめて立ち尽くしている。賞賛を受ける他者への妬み、自作が評価されないことへの遣り場のない怒り。そんな負の感情に振り回されながら執る筆に、何を込めることができるんだろう。
その時、ズボンの中のスマホが震えた。慌ててスマホを取り出し画面を見たが、それは念願のいいにゃを知らせる振動ではない。小刻みに震え続けるスマホの画面は、見知らぬ電話番号を映し出していた。
「シュワルツ様のお電話でよろしいでしょうか?」
電話に出ると、若い女性が事務的な口調で俺に問いかけた。
「こちらはシアトポリス総合病院です。先程、奥様のガラリア様が交通事故に遭いこちらに搬送されまして――」