名声(バズり)を求めし者   作:suiru

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終章

「俺は大馬鹿だな」

 あれから二日後、ガラリアの見舞いに来た俺は彼女がいるベッドの隣に置いた丸椅子に腰かけ、林檎を剥いていた。

 事故後のガラリアの経過は良好で、医者の見立てどおり退院が間近に迫っていた。

「例え俺の作品が世界中から喝采を浴びたとしても、君が……喜びを分かち合ってくれる君がいなければ何の意味もないのに。君を喪うかもしれないと思わなければ、気づけなかったなんて。あんな目に遭うのは、もう懲り懲りだ」

「あら、随分しおらしくなっちゃって。私の偉大さをわかってくれたみたいでよかったわ」

「それにしても、ごんぎつねさんの正体がガラリアだったとは……。どうして黙ってたんだ」

 ガラリアは自分が仕組んだいたずらが大人に見つかった時の子どものように無邪気に笑った。

「だって、あなた無駄にプライドが高いんだもの。家族に見られるのは嫌がるんじゃないかと思って。だからこっそり応援してたの。でも、これからは心置きなくあなたの読者でいられるね」

 何ともこそばゆい気持ちになった俺は咳払いをし、話を誤魔化そうとする。

「ところで、さっきから何を見てるんだ?」

 ガラリアはにこやかな表情のまま、手にしていた自分のスマホを俺に手渡した。

「私が大好きな作家の、デビュー作」

「……こんなものまで読んでたのか……」

 剥き終わった林檎とナイフを近くのテーブルに置いて、受け取ったスマホの画面を見る。そこにあったのは、俺が初めてサイトに投稿した小説だった。

 画面をしばらくスクロールして、俺は思わず苦笑を漏らす。

「酷い出来だ。誤字脱字だらけじゃないか。三点リーダーとか括弧とかの使い方も滅茶苦茶だ。でも……」

 画面をスクロールする指が止まる。沸き起こるのは、決して後ろ向きな感情ではなかった。

「俺はこんなにまっすぐで綺麗な思いを、執筆に向けることができるんだ。誰にも評価されなくても、俺だけはちゃんと自分の価値を知っている」

「私も知ってるわ。あなたが持つ執筆活動への愛が、ちょっとやそっとのものじゃないって」

 ガラリアは誇らかにそう言った後、俺の手から返ってきた自分のスマホをしばらく両手で握りしめていた。それから神妙な面持ちになるとぽつりと言った。

「あのね、私……ツイッニャーって使い方を間違えなければ素晴らしいツールだと思う。SNSがなければ出会うことができなかった同じ趣味や感性を持つ人と交流したり、自分の世界を広げてくれるような価値観や表現力を吸収したり、とても楽しいよね。やっぱり人間って自分以外の誰かと繋がりたいし、そうすることで救われたり成長できたりするのよ」

 俺は黙って頷く。

「でも、最近のシュワルツはネット上の評価が全てっていう考えに囚われてるみたいに見えて……SNSは人の心を豊かにするためにあるはずなのに、あなたの心がSNSに埋もれていっちゃうみたいで、心配だった」

 ガラリアの隣で、スマホを手にしながらくだを巻いていた過去の自分の姿を思い起こしそれを恥じながら、俺は目を伏せる。

 すると、膝の上で握っていた俺の拳にガラリアが自らの掌をそっと重ねた。

「人々の興味は簡単に移り変わっていく。でも、あなたの愛は明日も明後日も、ずっと変わらない。忘れないでね、あなたが一番大切にするべきものを」

 顔を上げると、そこにはありのままの俺をいつも見守ってきたガラリアの眼差しがあった。

「そうだな。俺は、君と俺のためだけに書き続ければいい。もしもその過程で、『面白い』と言ってくれる誰かがいたら……いつか俺の作品に愛を抱いてくれる人が一人でも現れたなら……その人へ心からの感謝を捧げよう」

 俺の顔つきは冴え冴えとしたものになっていただろう。

「君は、俺の愛は変わらないと言ってくれた。それは執筆への愛だけじゃない、君への愛も同じだ。今日も明日も明後日も、ずっと」

 ガラリアは満足げに微笑むと、俺が切り分けた林檎を美味そうに頬張っていた。

 

 

 病院から帰宅してソファーに座ると、どっと眠気が押し寄せてきた。

 昨日、俺はアーギュストの書いた小説を書店で初めて購入した。

 はっきり言おう。奴は天才だ。ページを捲る手が止まらず、読み耽っていると夜が明けていた。

 アーギュストの文章から溢れるもの、それは他者から賞賛されるための努力ではない。それは、自らの中に息づく力を具象化させるとでも言わんばかりの果てなき挑戦への情熱。俺達は、奴が生み出す文字の激流に否応なく巻き込まれる。だからこんなにも読者の心を掴んで離さない。

 作品の真髄をろくに理解しようともせず、奴を妬んでいただけの時間があまりにも無駄だった。気づけただけでもまだマシか。アーギュストの作品は、俺の創作活動にとって確かな糧となったのだ。

 眠気に抗いながらも俺はノートパソコンを開いて電源をつけ、次回作の執筆に取りかかる。

 ガラリアが思い出させてくれた。俺はただ、執筆を愛する自分に誠実であり続ければいい。

 そうは言っても、俺は弱い人間だ。この決意を疑いたくなる時はまたやってくる。多くの人に認められたいという欲求に自分を見失いそうになったり、賞賛される他者の姿と自分を比べ惨めさに心が折れそうになったりすることはきっとある。

 だがそれは人間であれば仕方のないことなのだ。だからその度に初心に立ち返り、どうすればより面白い話が書けるのかを模索すればいい。一時的な感情に翻弄されることはあっても、俺の根底には揺らぐことのない愛がある。この芯があれば、俺はどこにいても戻ってこられる。

 葛藤、上等。大いに悩んで乗り越えてやろうじゃないか。これこそが人の営みだ。

 真っ白なパソコンの液晶画面に向き合い、俺はこれから自らの手で作り出される物語に胸を高鳴らせた。

 誰に何と言われようと、いや、誰に何も言われなくとも、絶対に書き上げてみせる。

「きっと観れるぞ。素晴らしい結末をね……」

 俺はキーボードを叩き始めながら、そっと呟いた。

 

 

「お父様!」

 ある日の昼下がりのことだった。その男は自宅の大邸宅のソファーで、スマホを眺めながらくつろいでいた。

 すると、邸宅の外から中へ入ってきた金髪の子どもが男を目がけて駆け寄ると、そのまま彼の膝の上に飛び乗った。そこはその子どもにとって特等席だった。

 男の胸にすっかりもたれかかりながら、子どもは男の目の前に両手を差し出す。

「見て、見て! お母様と一緒にお庭で四葉を見つけたよ。お父様にあげるね」

 父親と呼ばれたその男は手にしていたスマホをソファーに置き、可愛らしい四葉を受け取った。そして色白の、細長いもう一方の手が子どもへのびる。その手は子どもの頭をやさしく何度も撫でた。

 父親に頭を撫でられながら、好奇心旺盛な子どもは言った。

「お父様、さっきスマホを見てニコニコしてた! 何か楽しいことがあったの? ねぇ、僕にも教えて‼」

「ミハエルの言うとおりね。あなたがそんなに御機嫌な顔になるなんて。どうしてなのか私も気になるわ」

 男の妻が庭から戻り、気品のある微笑を湛えて彼の隣に腰かけた。

「書き手というのはいつも題材を探しているのだよ、フランセスカ。心に情熱の炎を灯し、自らの創作に命を吹き込んでくれる、刺激的な題材をね……」

 天才オンライン小説家アーギュストは不敵な笑みを浮かべ、再びスマホを手に取った。

「私が作品投稿をしていたサイトを久しぶりに閲覧していたら、実に興味深い作家に出会ったのだ。まだ粗さが目立つが、作品から伝わってくる向上心と熱意……間違いなくこの人間には才能がある」

 アーギュストのスマホの画面に映し出されているのは、シュワルツが創作者として新たな旅立ちを果たしてから執筆を始めた連載小説だ。サイト内の閲覧数は相変わらず僅少で、さほどの反響も呼んでいないことは明らかだった。

「それだけではない、この作品からは妙な懐かしさを感じる。この昂りを例えるなら、そう……遠い街で偶然古い知人と再会した時のような喜びだ。私は何年も、この瞬間を待っていた気さえするのだ」

 静かに光るアーギュストの瞳は、スマホの画面を超えて既に作者のシュワルツ自身を見つめているかのようだった。

「私が至高の物語を紡いでいく上で、この知人は私にかつてない着想をもたらすだろう。私からも、最大限の賛辞を送らねば……」

 アーギュストはサイトのリンクからシュワルツのツイッニャーアカウントを探し出した。美しくしなやかなその指が、シュワルツの投稿にいいにゃと共有の跡をつけた。

 重なった二人の数奇な運命。その結末については、また、別の話である。




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
 この作品の書き始めたきっかけは、人間の欲望がテーマの一つになっている『オクトラ大陸の覇者』の中で取り上げられている「名声」という承認の欲望と、現代人を取り巻いているSNSの闇のようなものについて関連させながら話が書けないかと思ったことです。そこにさらに字書きの端くれとして私自身がSNSと関わって今まで感じたことなどを落とし込んだので、何を言いたいのかわからない・共感できない箇所があったと思います。
 サザントスさんの手記には「欠けゆく自尊を満たそうとした者は心を失っていった」と書かれています(手記をあちこちで落っことしてるサザントスさん、おっちょこちょい説)。自分が何かを好きだと思う気持ちを発信したり誰かと共有したりする場であるはずのSNSによって自分の心が傷ついてしまったら本末転倒なので、自分が大切にしているものを見失わずにSNSとはうまく付き合っていきたいなと思っている今日この頃です。
 本編では「自分のために書き続ければいい」という結論を出しましたが、読者の方から反応があることはもちろん嬉しいです。今回の連載で、作品を投稿してすぐ感想をいただけたり、感じたことをつぶやいていただいたり、そんなことは初めてだったので小躍りして喜んでいました。ラストのシュワルツと同じ気持ちです。心から感謝を申し上げます。
 オクトラ2発売が間近に迫り、大陸の覇者も全てを授けし者編が大詰めを迎え、盛り上がるオクトラの世界をこれからも楽しんでいきたいと思います。そして創作活動をとおして得られた出会いにとびきりの感謝を‼︎ トラベラーの皆様、これからも仲良くしていただければ幸いです。本当にありがとうございました。 
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