恋心を自覚したえななんは強い(確信) 作:ムラオカ
「なぁ」
「なに」
神山高校、2年生のとある教室。授業を受ける一人の少年は、教師の口から垂れて出るありがた〜い言葉の数々を聞き流しながら、頬杖をついてただひたすらにボケーとしていた。この少年は今、とても暇をしている。
少年は、暇で暇でしょうがなかった。直に我慢の限界が来て、机の上に乗り出してブレイクダンスでもしてしまおうかと思う程にだった。
そしていよいよ退屈に耐えかねた少年は、隣の席に座っている黙々と板書をノートに書き写す少女に声を掛けてみた。
「じゃんけんってあるやん」
「あるわね」
「じゃんけんするときってさ、ジャンケンポンって言うてじゃんけんするやん」
「そうね」
突然話し掛けられた少女は、毅然とした態度でノートにペンを走らせる手を止めずに少年の言葉に応えた。
「ジャンケンポンのジャンさ、いらんよな」
「は?」
さて、この少年は何を言っているのか。少女には見当もつかなかった。あまりの訳の分からなさに少女は思わず、ノートに文字を書く手をピタリと止め、顔を上げた。
そこには、無駄に端正な顔立ちをした少年がとても真剣な表情でこちらをじっと見つめていた。ミーハーで面食いな少女だが、しかしこの男の顔を間近で見たとしても少女は1ミリのトキメキすら感じなかった。
「いやだってさ、冷静に考えてみ?ジャンケンポンをパーツごとに分解するとさ、ジャンとケンとポンになるわけやん?」
「……うん」
「各パーツごとに意味を持たせていくしたら、ケンは拳って意味やん。じゃんけんって拳使うし」
「うん」
「んで、ポンは雌雄を決する瞬間の合図やん」
「言い方が壮大ね?間違ってはないけれど」
そう言った後すぐに、いやジャンケンポンをジャンとケンとポンに分解する時点から間違っているでしょ、と少女は思ったがそのことは胸のうちにとどめておくことにした。
「やんな?ここまでツッコミどころはないよな? それでケンとポンはこんな感じで意味をもたせられるやけどさ、このままやとジャンさんがニートやん。職がないやん。無能やん。どうしようもないやつやん」
ジャンさんへの誹謗中傷が止まらぬ少年。取り敢えずお前は全世界のジャンさんに謝れ。
少女は、アホくさと思いながら口を開く。
「それなら、ジャンさんにも職をあげればいいじゃない」
「いや、そうなんやけどさ。俺も最初はジャンさん職無しは可哀想やな思うてなんか役割をつけてやろうとしたんやけどさ?そこで気付いてん。ジャンさんの仕事……なくね?拳のケンと合図のポンで完結してるやん、ジャンケンポン」
「……確かに?」
少女は少し考えて、それからちょっと納得してしまった。少年の真面目な物言いと表情が、余計に本当にジャンケンポンはケンとポンだけで完了するのではないかと思わせてくる。
「そうなってもうたらジャン無くてもいいやん」
「それで、ジャンケンポンのジャンはいらないっていう発想に至った訳ね」
「そういうことや。これどう考えてもジャン要らんよな?」
訊いてくる少年に、少女は深くため息をついてから、答えた。
「そうね、私から一つ言わせてもらうとしたら……クソ、どうでもいい」
「どうでもいいって……はぁ、傷付くわぁ……。俺はコイツのせいで夜も眠れんくなるくらいに熟考してんのよ?それなのにどうでもいいだなんて、傷付くわぁ……」
わざとらしく、ヨヨヨ、なんて言って泣きマネをしてみせる少年。少女はそれを見てイラッと来たし額に青筋も浮かんだが、平然を装って毒を吐く。
「どうでもいい、じゃないわ。クソ、どうでもいい、ね」
「クソとか言っちゃって、お下品な」
「クソうっさいわね。余計なお世話よ」
「まぁ、なんてことを言うの!タロちゃんはあなたをそんな子に育てた覚えありません!」
「アンタに育てられた覚えなら私にもないわよ。というか、自分のことを自分でタロちゃんって呼ぶの気持ち悪いからやめて。鳥肌立つ」
「んー辛辣ゥ!もー慣れたけど!最近はえななんに罵倒されんのが気持ち良くなってきてる気ぃすらするわ!」
「キモっ……キモっ」
「いや流石に冗談やで?」
「キモ」
「こりゃアカン」
「おーい、そこ、東雲と水瀬……はいいか。東雲、ちゃんと授業聞けよー」
少年と少女がワチャワチャとじゃれ合っているところに、そろそろ頃合いかと言わんばかりの、少女が少年のことを死んだ目で蔑視し始めたタイミングで教卓に立つ先生から注意が入った。
「あ、はい。すみません」
少女はスッ、と目にハイライトを戻し椅子から腰を浮かせてから座り直した。
「え?俺は?」
「放っといても問題ないだろお前は」
「え?」
「じゃ、授業続けてくぞー」
「え?」
少年の授業態度の悪さは、今に始まったことではなかったということだ。哀れ少年。遂に教師から見限られてしまった。
「えななーんッ!俺センセに見捨てられてもうた!どうしよ!」
「……」
「無視がいっちゃんキクねんて!ツラー!」
少年の叫びは虚しく、教室に霧散していった。
◆
授業が終わり、生徒達がぞろぞろと、校門を通り家に向かって歩き出す。そんな中、帰宅の時間になっても、少年と少女は教室に残っていた。
先生は、電気は消してくれよとだけ言って教室を去っていき、今この場にいるのは少年と少女の二人だけだ。
「あんた、いつになったら帰るわけ?」
「んー、いつやろなぁ」
椅子に座ったまま、一向に動く気配を見せない少年に少女はしびれを切らしたように言った。
「はぁ、さっさとしてよね」
「なに、待っててくれるんけ?もしかして俺一緒に帰りたいとか?」
「そうよ。だから早くしなさい」
「え……ぁ……そ、そうなん……」
ちょっとからかってやろうと思ったら予想外の方向からパンチが飛んできた少年。対する少女は済ましたような表情で、頬の横の触覚を指先でくるくるといじっている。
少年が少女の方を見ると少女は、ぷいとそっぽを向いてしまった。
「ぷはっ、なんや、言うてる自分も赤くなってもうてるやんけ」
「う、うっさいわね!」
少年の指摘が図星だったようで、少女は誤魔化すように大きな声を出した。
「まぁ、せやなぁ、えななんのこと待たせんのも申し訳ないしなぁ……うん、帰ろか」
「おっそい。待たせすぎ」
「すまんて」
席を立ち上がり、カバンを肩に掛けて笑みを浮かべながら少女に言った。
「なな、手ぇ繋がん?」
それは、からかいの言葉だった。学習しねぇなコイツ。
「繋ぐ」
「え?あ、はい」
案の定返り討ちに合う少年。
少女は不機嫌そうに、でもちょっぴり嬉しそうに少年の手を取った。
「さ、帰りましょ。太郎」
「……」
「なに、照れてるの?」
「だってホンマに繋ぐとは思わんやん!あー恥ずかし」
「大丈夫よ、私も恥ずかしいから」
「大丈夫とは……?」
───これはアホの関西弁男、