私はね、アキくんのお姉さんなの   作:瑠威

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第11話

 

 

 虎杖が死んだ。等級違いの任務に派遣され、釘崎と恵は負傷し、虎杖は恵の前で死亡したのだと言う。そしてこの任務には明らかに「上層部」の介入があった。

 まず、虎杖を確実に殺すため五条とアキを出張任務に出した。特にアキは約一ヶ月程の北海道の長期任務となっており、五条の方はギチギチの各地出張コースだったのだと言う。

 

 

『アキ、悲しい?』

「…悲しくないと言えば嘘になる。でも、虎杖はまだ幸運な方だろ」

 

 

 伊地知から送られてきた、一年生の任務詳細が綴られたメールを閉じたアキはホテルのベランダに出る。7月故に身体にねっとりと付きまとう暑さに眉間にシワを増やしながらも、スウェットのポケットに入れていたタバコを取り出し、ライターで火をつける。

 

 

「死体が残る死は、まだいい方だ」

 

 

 アキは知っ(憶え)ている。腹から大量の血を流し、留まることなく自身のスーツが血を吸っていく感覚も、抱きしめて暖めようとしているのに氷と勘違いしてしまうほど冷たくなっていく身体を。

 アキは知っ(憶え)ている。服だけを残して死んで行った相方(バディ)を。

 

 

「でも恵の前で死んだか。それはツライな」

 

 

 当たり前のように隣にいた人間が急に消えることは怖くて寂しくて悲しい。幾度となく経験してきたそれは、アキでも未だになれない。特に自身よりも未来があったであろう歳下の子が死んだと聞くとなんとも居た堪れなくなる。

 

 

『ン〜、でも大丈夫だと思うよ?』

「大丈夫?」

『虎杖くんの中には両面宿儺がいたでしょう。アレの器になれる虎杖くんって本当に凄い子だから、きっと両面宿儺は虎杖くんを失いたくないはずだよ。まあ、虎杖くんの死体を乗っ取る可能性だってあるだろうけど…』

 

 

 『両面宿儺は愉しいことが好きそうだからきっと、何かを入れてくるはず』と「お姉ちゃん」は言った。アキはそれに少しホッとしたけれど、両面宿儺が何を仕出かすのかは分からないし、「お姉ちゃん」の推測が本当になるかも分からない。まだ緊張感は持っておかなければいけないし、いざとなった時に墓など諸々の所有費は自分が出そうと進言しておかなければ。

 

 アキの硬い顔が柔らかくなったことに気づいた「お姉ちゃん」は勢いよくアキに抱きつく。助走からポンとアキに飛び乗ったはずなのに、アキの体幹は揺らぐことは無い。それもそうだ。「お姉ちゃん」は実体ではないのだから。

 

 

『アキ〜、タバコの吸いすぎは身体に悪いよ。早死しちゃうよ』

「今日はまだ一本しか吸ってない」

『ふふ、アキは高専に出入りするようになってからタバコ控え始めたもんね。未成年に受動喫煙させる訳にはいかないって』

「別に…」

『あ、違うか。恵くんに出会ってから本数減らし始めたんだっけ?』

 

 

 クスクスと笑う「お姉ちゃん」を横目で見ながらアキはしょっぱい顔をして、携帯灰皿にタバコを押し付けた。

 

 

「やめればいいんだろ、やめれば」

『うん。私はアキに早死なんてして欲しくないよ』

「……姉さんが一緒に生きてくれるなら俺は死なないよ」

 

 

 アキの言葉に「お姉ちゃん」は嬉しそうに笑った。そして「お姉ちゃん」はアキの頬をゆっくりと撫でると、顔を近づけ互いのおでこをコツンとぶつけた。

 

 

『そろそろ寝ようアキ。明日からまた忙しいからね』

「……ああ」

 

 

 

 

 

 

 

「デンジ〜〜、ココはどこじゃ!?」

「はァ〜!? 俺が知るわけねーだろ!」

 

 

 デンジと呼ばれたくすんだ金髪にギザ歯が特徴的な少年は、自身の腕に絡みついている亜麻色の髪に赤い角のカチューシャを付けている少女に怒鳴りつけるように言った。

 

 

「そもそもパワ子が「デンジ! あそこにチョンマゲが居った!!」つって俺の腕引っ張って電車乗り継いで行ったんだろ〜!? おかげで金すっからかんになっちまったじゃねぇーか!」

「本当にチョンマゲ()()()()が居たんだもん!!」

「ぽいやつだァ〜!? アキじゃねーのかよ!!?」

「似とったが違ったようだな」

「「違ったようだな」じゃねーんだよ!! どうすんだ、神奈川まで来ちまったぞ!? 帰りの電車賃ねーよ…」

 

 

 神奈川駅と書いてある看板を見つめ、デンジは深いそれはもう深海の如く深いため息を吐いた。それを見たパワ子と呼ばれた少女がふいとそっぽを向きながらモゾモゾと口を動かす。

 

 

「ふん、デンジが働けばいつか帰れるじゃろ」

「俺は帰る以前にメシ代もないつってんだよ!」

「ハァ〜〜!? ウヌは何をしておるのじゃ!! ワシは腹が減ったぞ!!!」

 

 

 帰り道の電車賃も今日の昼ごはんも食べれない。デンジが持っているオレンジ色のがま口の財布には三十八円しか入っていない。頑張ってうまい棒が三本が限界だろう。

 

 

「知るかバカ!! パワーがアキが居るっつーからこっちはなけなしの金はたいて着いてきたんだろーが!!」

「むう〜〜〜〜ワシは悪くないんじゃー!!」

「全部お前のせいだよ!!」

 

 

 唸りながらデンジの肩に頭突きしてくるパワーを無視してどうするか…とデンジは頭を悩ませた。すると、沢山の視線を感じてデンジは辺りを見渡す。そしてデンジは思い出した。ここは人通りのある神奈川駅で、二人は喧嘩と言う名の騒ぎを犯している。そして二人はまだ小学生で周りに親らしき人はいない。注目の的になるのは仕方ないことだった。

 

ーーデンジ、お前はちゃんとパワーを見てろよ。パワーはお前の相方(バディ)なんだから、お前が手綱を握れ。そして周りに迷惑はかけるな。いいな?

 

 

「おいパワー。ひとまず駅から出るぞ」

「ぐずっ、ワシは悪くないもん…」

「分かった、分かったから…。ここは人目につく」

「うん……」

 

 

 グズり始めたパワーの手を引きながら、デンジは神奈川駅を後にする。

 本当ならパワーの手を引くのはデンジの役目では無い。本来なら、パワーとデンジが二人で騒いで、怒ったアキに襟を掴まれ退場していくのが流れだ。

 

 しかし、ここにアキはいない。いるのはデンジとパワーだけ。パワーの鼻の啜る音がデンジには鮮明に聞こえた。そんなデンジも泣きたくて仕方なかった。

 

 デンジとパワーはずっと一緒だった。一度、マキマにパワーが殺されてしまったけれど、またデンジはパワーに出会えて、その後は昔の喧騒が嘘のように穏やかに余生を過ごした。寿命でデンジが死んでそれを追うようにパワーも死んだらしい。

 

 次の人生もクソのような人生だった。デンジは小さい頃から親に虐げられていた。両親は黒髪の黒瞳なのに、生まれてきた子はくすんだような金髪にオレンジ色の瞳をしていたからだ。幾ら検査を行おうともデンジは両親と血が繋がっていて、それを気味悪く思った両親はデンジを虐げた。そしてそれはパワーも似たようなものだった。運が良かったのは、デンジもパワーも前世のことを憶えていたこと。そして二人の生まれはとても閉鎖的で排他的な村だったが、生まれが同じ村だったことから二人は寄り添って生きてきた。そして、デンジもパワーもいるならアキもいるはずだ。二人はそういう結論に行き着いて、アキを探し出しまた昔のように楽しい生活を送ることを目標に村から飛び出した。

 

 飛び出したのはいいものの、アキがどこにいるのか分からず二人はとりあえず東京に向かった。二人は前世にいた悪魔のようなものが見えていたので、今世でもデビルハンターがあると思ったのだ。何とか二人でやりくりし、時には()()()()()()()()二人は生きてきた。しかし、幾ら探せどアキは見つからず、なんならデビルハンターすらも見つからなかった。そして、何度も季節が過ぎ今である。

 

 デンジは少し挫けそうだった。茹だるように暑い外、余裕も備蓄もない金銭、空いたお腹に、一向に見つからないアキ、自分たちに全く興味を示さない他人、様々な要因が重なってもうデンジは全てを投げ出したいと思っていた。

 

 一体いつになったらアキは見つかるのだろう。そもそもアキは本当にいるのだろうか。アキを殺したのは自分(デンジ)でその罪でアキと出会えないとしたら? 自分(デンジ)のせいでアキがこの世界に生まれ落ちてないとしたら?

 

 楽しかった一時の日常がデンジの中で走馬灯のように流れる。アキに会いたい。アキの作った美味しい料理が食べたい。デンジのようにガサツな料理じゃなくて、ちゃんと細かく軽量カップで計った暖かい料理が食べたい。デンジとパワーのことを思った、二人だけのために作られた料理が食べたい。

 

 ずっと昔ならこんなことで挫けなかったのに。自分も変わったな…そう思ってデンジが空を見た時だった。

 

 

「おいデンジ」

「…ン、なんだよパワー」

「……あそこに何か居るぞ」

 

 

 パワーはいつの間にか涙を止め、歩く足も止めていた。パワーはクンとデンジの腕を引っ張り、裏路地を見つめている。パワーの視線をなぞるようにして、デンジも裏路地の方を見た。

 

 

「デンジ! ツギハギじゃ!! 人型のツギハギじゃぞ!! フランケン! フランケンが居る!! フランケンの悪魔じゃ!!!!」

「フランケンんん? そんな悪魔居んのかァ〜?」

 

 

 さっきまで泣きべそをかいていたというのに、今ではツギハギフランケンを見つけてパワーはテンションが上がっている。

 

 あまりにもパワーの声が大きかったものだからツギハギに気づかれてしまった。長い銀髪が揺れ、漆黒を飲み込んだような黒曜石の瞳がデンジたちを映した。そして愉しそうに口角をあげると「へぇ、君たち俺が見えるんだ」と嗤った。

 

 

「見える…?」

「何言っとるんじゃコイツは。バカか?」

「バカ? 君たち人間と一緒にしないでよ。だって呪霊の存在も知らないんだろ?」

 

 

 嘲笑うように男は嗤った。バカにされていることが分かったパワーは怒ったように「おいデンジ! コイツ殺すぞ!!」と叫ぶ。

 

 

「ほら、殺すなんて言葉使っちゃってさ。知ってる? 君たち。呪術師は呪霊にこう言うんだよ。「祓う」ってね」

「良く分かんねェけどよォ〜、とにかく俺らはバカにされてんだろォ? ンならよォ〜…!」

 

 

 デンジはニヤリと笑うと「おいパワー分かってんだろーな!」とパワーを見た。パワーは「ふん」と鼻を鳴らし「何年ウヌと一緒に居ると思っとるんじゃ! 分かるわ戯けめ!!」と叫ぶ。

 

 

「丁度良かったぜ、今日のメシ代が無くてよォ〜、コイツを喰うぞ!!」

「フランケンの血は美味いかのう!?」

 

 

 パワーは自身の動脈を切りつけるとそこから自身と同じぐらいの大きな血のハンマーを作り出した。

 対してデンジはニヤリと笑うと叫ぶ。

 

 

「仕事だぜ! ポチタ!!」

 

 

 どこからかワンという声が聞こえた。

 

 




 

 その日、アキは北海道にいた。

番外編 早川家の墓参り

 アキはモヤモヤしていた。近々、北海道に行きたいとは思っていたが、まさか任務で一ヶ月も北海道に滞在出来るとは思わず願ったり叶ったりなのだが。どうして自身があんなにも北海道に行きたいと願ったのか分からないのだ。

 北海道に来たらどこかへ行かなくてはいけない気がするのに、どこに行かなければならないのか。観光? アキは観光に一切興味が無い。観光しに行くぐらいなら身体を休めるし、観光に使う金があるなら貯蓄したいと思う。


『アキ、どうしたの? 眉間にシワ寄っちゃってる』


 ふわりと出てきた「お姉ちゃん」は心配するようにアキの顔を覗き込んだ。アキは言ってもいいのか少し悩み、なんで悩んだのか首を傾げた。そして自身で悩んでも分からないと諦め、口を開いた。


「北海道に来たからどこかへ行かなくちゃって思った。……でもどこに行けばいいのか分からない」
『………』
「姉さんなら、分かるか?」


 アキの問いに「お姉ちゃん」は困ったように笑った。それを見たアキは分からないよな、と肩を落とす。


『別に行かなくてもいいんじゃない?』
「え」
『だって()()()()()がアキに何かしてくれた?』
「やっぱり知ってるのか…」
『アキはいつも寂しそうな顔してたよ。だからいいんじゃないのかな、行かなくて』


ーーそれに無いしね。

 「お姉ちゃん」はそこまで言わなかった。顔を無にして言葉を発する「お姉ちゃん」の姿はアキの知っている「お姉ちゃん」とはかけ離れていて。


「…本当に姉さんか?」
『何言ってるのアキ。私はちゃーんとアキの「お姉ちゃん」だよ』


 そう言って微笑む「お姉ちゃん」の顔は黒いマジックペンで塗りつぶされたように一瞬見えた。アキは数度目を擦り、もう一度「お姉ちゃん」を見る。すると見慣れた「お姉ちゃん」の顔があってホッとした。


「姉さん、行き先知ってるなら教えてくれ」
『……アキは頑固だねぇ。一度決めたら絶対に覆らない。…そこ、治した方がいいよ』


 『本当は呪術師もやめて欲しいんだから』目を伏せて「お姉ちゃん」は言うとアキと手を繋いだ。


『そんなに行きたいなら()()()。そしたら然るべきところに連れて行ってあげれるから』
「分かった」

『ーーさあ、目を瞑って願うの。アキ、貴方の行きたい場所へ連れて行って、と』


 「お姉ちゃん」の言う通り、アキは目を瞑り願う。自身の行きたい場所へ連れて行けと。自身の行きたい場所さえ分からないのに。

 アキが願うと同時に、なにかに包まれる感覚がした。敵襲かと目を開けようとすれば『まだ開けちゃダメ』と「お姉ちゃん」の声が聞こえる。そこから数秒程目を瞑ったままでいると、「お姉ちゃん」から『もう開けて大丈夫』と言われアキは目を開ける。

 目を開けるとアキの周りの環境は一変していた。アキは長閑な道なりを歩いていた。任務帰りでホテルに向かっていたのだ。しかし、今アキが立っている場所は墓場で、沢山の墓が立てられている。俺は何で墓場に…?と首を傾げ、そして俺が行きたかったのは墓場だったのかと、よく分からない真実を受け止めた。

 アキの目の前には「早川家之墓」と書かれた墓があり、花瓶にはスイートピーが一本だけ刺さっている。「お姉ちゃん」はアキにスイートピーを一本手渡す。


『ほら、アキ刺してあげな』
「…()()スイートピーって別れの意味なかったか?」
『ん〜そうだっけ? アキはスイートピー気に入らない?』
「気に入らないわけじゃねぇけど…」


 それでもアキは進んで赤いスイートピーを花瓶に刺そうとは思わなかった。アキは頑固な男だ。アキの気持ちを組んだ「お姉ちゃん」はスイートピーを捨てる。


『アキって花言葉知ってるような粋な男だったっけ?』
「いや、■■先輩が言ってたことを思い出して…」


ーーそっか、そっか()()()()()か。ん〜遊び過ぎたのかなあ。余計な情報憶えてたみたい。残念、やっぱり魂は憶えてるのかなあ? ホント、面白くて面倒な生き物だよね人間ってさ。せっかくボクが愉しく遊んでるんだからさ。

ーーそろそろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ーーようやく、()()()の自我がなくなって来てチョーいいところなんだからさ。


 悪魔は闇夜で嗤う。
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