私はね、アキくんのお姉さんなの   作:瑠威

2 / 11
2話

 

 早川アキは同級生に恵まれていた。突っ走る灰原とそれを渋々追いかける七海。後ろでノコノコと歩いているアキに気づいて二人揃って後退し、手を引いて一緒に前へ進んでくれるようなそんな同級生である。呪い呪われているアキを見ても偏見を持つことなく「早川は早川だ!」と胸を張って言ってくれる。それがどれだけ嬉しいことだったか。

 

 非術師には「お姉ちゃん」が見えない。どれだけアキが「お姉ちゃん」の存在を肯定しようと、全て虚言として処理された。対して術師は「お姉ちゃん」の存在を肯定すると同時に存在を否定した。アキの味方は人間という縛りの中ではどこにもいなかった。

 

 アキには「お姉ちゃん」しかいなかった。「お姉ちゃん」がいれば何も望まなかった。でも、初めて「お姉ちゃん」以外にアキを見てくれて、「お姉ちゃん」の存在を肯定してくれる灰原と七海に出会い友達がいる生活っていうのも悪くないなと思った。

 

 そんなアキの姿を見て「お姉ちゃん」は酷く寂しそうに、それ以上に嬉しそうであった。「お姉ちゃん」が喜んでくれるなら尚更ここに来て良かったのかもしれない。

 

 

「そー言えばまだ早川は先輩たちに会ってないんだっけ?」

「二人は会ったんだよな」

「とてもロクな先輩たちじゃなかった…実力は本物らしいですけど」

 

 

 苦々しい顔でそう告げる七海を見て一体何があったんだと思うものの、アキはそれを問うことが出来なかった。対して、灰原の顔は何故かキラキラとしていて「五条先輩はアレだったけど、夏油先輩はマシだったよ!」と教えてくれる。つまり、七海が言った通り五条はロクでない先輩で、夏油は五条と比べると比較的マシであると。総じてクズらしい。いや、なんでその報告をキラキラとした顔で言えるのか。温度差で風邪ひきそうだ。

 

 灰原と七海は4級スタートだったが、幼い頃からずっと呪霊を祓ってきたアキはいきなり特級スタートだった。「お姉ちゃん」が特級呪霊なことも原因に当たるだろう。そのせいで未だに一度も灰原と七海とは共に任務に行けていない。時間も合うようで合わないが、こうして仲良く談笑出来るのも二人がアキに寄り添ってくれているからである。本当に恵まれているな、とアキは思った。こんな想いをアイツらにも体験してーーアイツらって()()

 

 

「………わ、は……わ、早川!」

「…なんだよ」

「もー!! 聞いてる!? 見てよ、話してた先輩たちナイスタイミング!! 自動販売機のところで屯ってるよ! 挨拶しに行こ!!」

 

 

 何かを思い出しそうな気がした。けれど、それは灰原に強く肩を叩かれることで考えは霧散し、数秒後には何を考えていたのかを忘れた。綺麗なUターンでその場を去ろうとする七海の腕を掴み、アキの腕を引く灰原の顔は蝉を目の前にした小学生のよう。灰原は年中楽しそうだななんてアキは思った。

 

 

「五条せんぱーい! 夏油せんぱーーい!!」

「あ゙? …んだよ一年か」

「こらこら悟。そんな嫌な顔をするんじゃないよ。後輩との交流は大切にしなきゃ」

「私も居るぞ」

 

 

 壁に寄りかかっている白髪の先輩 五条と変な前髪をしている先輩 夏油、夏油の後ろからひょこりと顔を出した女性の先輩らしき人がいた。灰原、七海と視線を動かしその場にいた先輩の視線は今や全てアキがかっさらっている。

 

 

「先輩たちはまだ早川と会ってなかったですよね! 僕たちの同期の早川アキくんです!!」

「…どうも」

 

 

 灰原がアキの紹介をしてくれたため、アキは小さく頭を下げる。アキの顔を凝視しながら灰原の紹介を聞いて夏油が「この子が例の呪われてる子か…」と呟いた。それにひくりとアキは眉を動かしたが夏油は気づかなかったらしい。そのまま自身の紹介を始めた。

 

 

「私は夏油傑だ。分からないことがあったら気軽に聞いてくれていいよ」

「私は家入硝子。怪我したら治してやるよ」

「………」

「悟?」

 

 

 じとりとアキを見ていた唯一自己紹介をしていない五条は夏油に名を呼ばれると嫌そうに顔を歪めた。

 

 

「おえ何こいつキッッモちわるっ!! 夜蛾センはお前が呪われてるつってたけどお前もねーちゃん呪ってんじゃん。つか何、お前のねーちゃんマッキーで塗りつぶされてるみてーー…オ"ッエ"ー!!」

 

 

 全力で吐くマネを披露する五条を竦めるように夏油が「悟」と五条の名を呼んだ。しかし、それは五条には届かずさらに言葉を紡ぐ。

 

 

「しかもお前…呪われてるのーー」

「いい加減にしろ」

 

 

 ペラペラと語る五条を黙らせたのは五条の同期である夏油や家入ではなく、言われたい放題をされていたアキだった。アキは容赦なく五条の股間を目掛け渾身の蹴りを披露する。咄嗟に五条は無下限術式で股間を守ったが、一歩遅ければ男の大事な象徴はサッカーボールを蹴られるようにして跳ねていたことだろう。蹴られそうになった五条も、それを見ていた家入とアキを除く男は咄嗟に股間を抑えた。

 

 

「お、おまッ!! 股間を蹴られる痛みを同じ男として知りながらそれをするのか!!」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()って決めてるんですよ。それに、尊敬に値しない奴の股間を蹴って何が悪い」

「ハア!?!?!?」

 

 

 どこかで聞いた事のあるようなセリフ、まさか自分がこれを言うのかなんて思ったけど今はどうでもいいとアキは考えを打ち消した。今、アキがやらねばならないことは目の前の男の股間を再起不能にすることである。

 

 

「七海、見たところお前もこの先輩好きじゃねぇんだろ。股間蹴り大会でもしようぜ」

「…私を巻き込むな」

「あ、私それしたいかも」

「硝子ッ!?」

 

 

 どうやら出会って数日ではそこまで五条を嫌いになれていないらしい七海はアキの視線から逃げるようにそっと顔を逸らした。しかし、アキの発言に食いついたのはまさかの五条である同期の家入だった。五条がマジかよお前なんで!?みたいな顔をしている。

 

 

「安心しろよ五条。たとえお前の股間が潰れても私が治してやるからさ」

「潰す前提で話を進める硝子が怖い…」

 

 

 夏油はそっと家入から距離をとった。

 

 

「ここらでちゃんと痛い目にあっとかないと後に響くだろ? クズはクズなりに去勢しないとな」

「矯正じゃなくて?」

「あーそれだったカモ」

「おい硝子お前絶対ぇ俺のチンコ切るつもりだろ!? やらせねーからな!!」

 

 

 ポンポンとテンポよく紡がれていくそれはまさしく漫才のよう。しかも家入は五条の股間に殺意高めである。五条と家入の間に何かあったのだろうか…と思わず七海が悩み瞬時に「それは無い」と家入にぶった斬られた。もしかしたら家入は心を読めるのかもしれないと思った瞬間である。

 

 

「早川、行こっか!」

「は? 俺はアイツの股間を」

「五条先輩に構ってるだけ時間のムダだよ! どうせ無限で防がれちゃうから、それなら鍛錬とかしてた方が余っ程有意義だって」

「灰原に同意です」

 

 

 曇りなき眼でアキを見つめ、純粋に自身が思っている言葉で五条をグサグサと刺していく灰原。五条を助けてるようで本当の刺客は灰原だったのかもしれない。

 

 

「エ、なんで俺は灰原にあんな嫌われてんの…?」

「やっぱり初対面のアレがいけなかったんじゃないかな?」

「単純に五条がクズだからだろ」

 

 

 アキが灰原に手を引かれる後ろでそんな先輩たちの会話が聞こえた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

「早川」

 

 

 朝のホームルームが始まる五分前。教室に来てからやることも無くボーっとしていたアキだが、昨日行った任務の報告書を書いてないことを思い出し、記憶を振り返りながら報告書を書いていた。

 

 今日、灰原は朝から任務が入っていていないらしい。そのため、教室内はいつもより数段静かである。いつも先頭きって話し出すのは灰原だし、一人で騒いでいるのも比較的灰原だからである。

 

 アキが教室に来た時には既に七海は窓際の席に着いて本を読んでいた。それを横目で見ながらアキは席をひとつ空けて廊下側の席に座ろうとして…やめた。アキの中のイマジナリー灰原が「なんで距離取るの!!!」とアキを叱咤したからである。灰原は昼まで帰ってこない。それまでこの距離感は、なんとなく気まずい感じがした。

 

 アキが真ん中の席に座っても七海は何も言わなかった。それから数分後、思い出したかのように報告書を書き出すアキを見て、ようやく七海がアキに話しかけた。

 

 

「何だよ」

「…貴方は何故ちゃんと名前を書かないんだ」

 

 

 七海の視線は報告書記入者欄にあった。そこには今まで学校に通っていなかったという言葉が嘘に感じられるほど綺麗な字で「早川アキ」と記入してある。一体それの何がいけないのかとアキは首を傾げた。

 

 

「早川。貴方は「早川有希」でしょう。早川まで漢字で書いたのならちゃんと下の名前も漢字で書きなさい」

「…別に俺だって分かればなんでもいいだろ」

 

 

 アキはあまり「有希」という字が好きではなかった。幼い頃に疎遠となってしまった両親が「有希」に一体どのような意味を込めたのかは知らない。けれど、何故だろう。アキは「有希」を受け入れることができなかったし、「アキ」を忘れちゃいけないような気もするのだ。

 

 七海は一瞬の空白を置き「そうですか」と言った。これで会話が終了か、とアキは再び報告書に向き合おうとすると再び七海から声が掛かった。

 

 

「早川は字が上手だ」

 

 

 「字が綺麗な人は好ましい」と七海は言う。アキの字を褒めるが七海も負けてない。達筆で読みやすい字だと思う。対して灰原はあまり字を綺麗に書くことを得意とはしていないようで、いつも七海やアキの字を見て「僕も上手くかけるようになりたいな〜」とボヤいていた。

 

 

「姉さんに教えてもらったからな。…それにアイツらに教えるなら俺も上手くないと笑われるだろ」

「…アイツら?」

 

 

 七海は詳しいことは知らないがアキが「お姉ちゃん」に憑かれていることを知っている。呪霊が人間に文字を教えるのかという疑問とアキが誰かに文字を教えたらしい事実を聞いて、一先ずは比較的明るいであろう話題の方から突くことにした。

 

 

「早川はお姉さんとの二人姉弟ですよね。近所の子にでも文字を教えてたんですか?」

 

 

 一昨日、一つ上の先輩である五条がアキの「お姉ちゃん」を侮辱するという地雷を踏み抜いて股間の危機に陥っていた。それを目の前で見ていた七海は「何があってもアキの姉を侮辱しない」と心に誓った。

 

 

「近所…いや、違うな」

「では親戚の?」

「いや、違う」

 

 

 フルフルと首を横に振るアキの目はどこかを見ていた。思わず七海がアキの腕を掴む。

ビクリと肩を動かしたアキは「どうした?」と小さく首を傾げた。

 

 

「いえ……」

 

 

 貴方がどこかに消えてしまうような気がしたから、なんてことをアキに告げることも出来ず、着席した七海は数秒前のようにアキと会話を楽しめる空気でもなく、かと言って本を読む気も起きなくて、灰原がやってくるまでの間微妙な空気が続くのであった。そんなギスギスとしたアキと七海を見て灰原は「あ〜!」と何かウンウンと一人で頷いている。

 

 

「二人の間にラブコメ的なことでも起きたんだね!」

「はっ倒すぞ」

 

 

 

 

 

 *

 

 時が流れるというのは早いもので、アキは高専に入学して半年が経った。アキの日常というのは特に今までと変わりなく、強いて言うなら先輩の五条がアキを見つけると内股になるぐらいしか記述することはないだろう。五条が内股になる度、家入が面白おかしくメスをチラつかせるので家入には逆らわないとアキは誓った。

 

 高専に入学してからというもの、同期は増えたがそれだけ。一緒に任務に行きたいと願っても等級という厚い壁が邪魔をしてくるので、半年経った今でもアキは灰原と七海と共に任務に出向いたことはなかった。

 

 しかし今、一年の教室は沸いていた。主に灰原が。

 その日、一年三人は珍しく三人とも任務が入っていなかった。いつもだいたい誰か一人は任務に入っている状況だったため(と言っても特級であるアキが駆り出されることが多い)、三人揃っての休日というものは珍しい。そして、その日は平日だったので常識のある三人はちゃんと教室へ足を運んだ。その事実だけで担任は涙していたが、その涙は問題児を押し付けられた夜蛾に対する哀れみの涙なのか、それとも自身が請け負った生徒が常識人であることへの感謝の涙かは分からない。

 

 三人が揃いも揃って休みだという事実に灰原のテンションは高かった。「今日何しよっか!」「鍛錬びよりだね!組手しよう!!」「あ、早川さ剣の使い方教えてよ!」「この前、七海は五条先輩に鉈を進められてたよね! 結局どうしたの?」「そういえば今日は五条先輩と夏油先輩が共同任務でいないんだって!!」エトセトラ。とにかくテンションが高かった。そんな灰原を見て担任が「お前たちの休みをもっと揃えてやるからな…」と涙をほろりとさせていた。

 

 そんな担任が去る前、突如担任の携帯が鳴った。担任はその電話をとり、そして数秒後顔を青くさせる。

 

 

「…お前たち今すぐ沖縄に向かってくれ」

 

 

 やっぱり灰原は沸いた。対して七海は凄く嫌そうな顔をしている。ちなみにアキもあまり乗り気ではなかった。そんな二人を見て灰原は「二人は沖縄行ったことあるの?」と問うてきた。

 

 

「いえ、ありません」

「ない」

「じゃあもっと楽しんで行こうよ!」

 

 

 アキはあまり遠出というものをしたことが無い。お金がなかったことが大きいが、姉の負担になりたくなかった。一時期は江ノ島に旅行へ行くなんて話も出ていたが結局北海道へ墓参りしに行っただけだった。もう、あの時にはアキの家族は誰も居なくてーー。

 

 

『アキ。せっかく沖縄に行けるんだから楽しんで行かなくちゃ』

「…分かってる」

 

 

 全く乗り気じゃない七海に灰原が頑張って沖縄の魅力を伝えている。ちんすこうだ首里城だと身振り手振りでプレゼンをしていた。

 

 

「沖縄の魅力は分かってる。…ただどうせこれも五条先輩絡みなんだ。きっとロクなことじゃない」

 

 

 三人の中では一番五条と関わりのある七海が残業終わりのサラリーマンみたいな深いため息を吐きながら言う。

 

 

「それに任務だ。遊びに行くんじゃない」

「どーせなら妹にお土産買ってあげたいなー。何がいいかな? ソーキそば?」

「聞け灰原」

 

 

 

 

 高専一年に与えられた任務は「那覇空港を守れ」という言うもの。どうやら今五条と夏油が請け負っている任務でなんやかんやあり沖縄へ飛んだらしい。しかし、二人は護衛任務を請け負っているので、護衛対象に何かあるとやばいからお前らちょっと沖縄へ来いやとのこと。これはまるまる七海宛に五条から届いたメールの内容である。それを読んだ七海が自身の携帯に間発入れずヒビを作ったことだけはお伝えしておく。

 

 

「ねえねえ、お菓子はいくらまでかな!?」

「旅行じゃねぇつってんだろ灰原」

「チッ…携帯にヒビが入った」

 

 

 方や旅行気分の抜けない灰原と五条に怒りを燃やしている七海に挟まれたアキは何故か笑っていた。なんとなく、懐かしいと思ったのかもしれない。三人は、心地よい。

 

 

「分かってるって! こう見えても僕は燃えてるんだよ!! 夏油先輩にいいところ見せたいからね!!!」

「…どう考えても一年に務まる任務じゃないと思いますけどね」

「なるようになるだろ」

 

 

 長いフライトだった。各々が身体を解すようにストレッチを行う。

 

 

「それにいたいけな少女のために先輩たちが身を粉にして頑張ってるんだ!! 僕達が頑張らないわけにはいかないよ!」

「台風が来て空港が閉鎖されたら頑張り損でしょう」

「まず五条さんと少女って時点で上手くいかないと俺は踏んでるんだが」

「「それは間違いない」」

 

 

 言われたい放題の五条だが、それは人徳のない五条のせいだ。せめてもうちょっと夏油のようなマイルドなクズになればいいのに、と考えて結局クズはクズだとアキの中で落ち着いた。

 

 

「ん〜、とりあえずお土産買っちゃう?」

「さっきのやる気はどこ行った」

「はあ…お土産は後にしなさい」

「はーい!」

 

 

「あ、七海! 早川! 滞在一日伸ばすって!! 何かあったのかな?」

「はあ…先輩はクソ」

「諦めろ七海」

 

 

ーーそして任務とは名ばかりの沖縄任務は、一年は一年なりに満喫して帰ってきた夜(担任の計らいで二泊三日になった)。五条と夏油の「任務失敗」を聞くことになる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。