私はね、アキくんのお姉さんなの   作:瑠威

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第3話

 

 

ーー夢を、見ていた。

 アパートの一室で■と■■は何かを言い争っていた。

 

 

「■■。私は■■がデビルハンターになるなんて聞いてない」

「言ってないからな」

「なんで? ならなくていいんだよ。■■にはちゃんと学校通って、高校生活を楽しんで大学に通って欲しい」

 

 

 ■の言ったその願いは■が諦めた道だった。…やはり、■は■■なんかを養わず高校に通って甘酸っぱい恋をして別れを経験して勉学に励むような、そんな生活を送りたかったのだろうか。

 

 ■は■■の元へ歩き、そして冷たい■■の右手を取って祈るように言った。

しかし、■■は■に握られていない左手で一本一本、■の指を離していく。

 

 

「俺はデビルハンターになるよ。だから■さん、アンタはデビルハンターを辞めてくれ」

 

 

 ■■の切実な願いに■はなんて言ったんだっけ? 嗚呼、そうだ。■はこう言ったんだーー。

 

 

「■■を残して一人幸せを享受するつもりはないよ。それに私は契約で悪魔に()()()()()()()だから」

 

 

 泣きそうな顔で、笑って。

 そんなつもりじゃなかったんだ。そんな顔をさせるつもりで言ったわけじゃない。ずっと、ずっと■さんは俺のために身を粉にして働いてきたじゃないか。選手交代、これからは俺が頑張るからさ。だから今すぐ辞めるって言ってくれよ。じゃないと、じゃないと■さんはーー。

 

 

ーー 一転。

 

 

 寒空の下で雪玉を投げていた。

 相手はいない。パチパチと雪玉の弾ける音がする。

 

 

「■さん、どこ? どこにいるの…」

 

 

 小さい身体で俺は泣いていた。いつも遊んでくれる■さんがいないから。今の俺の手元にあるのは真っ白な雪と、それと、黒いスーツを赤くして真っ青な顔で寝ている女性。

 

 

「怖いよ…この人目を開けないんだ。身体も冷たいんだ。それに、それに何だか…■さんに似てるんだよぉ……」

 

 

 ぐしゃぐしゃな顔で泣いていた。寒かった。手は悴んで赤くなっていた。

 

 でも、これは夢だ。

 だって俺は、■さんが死んだ時泣いていないのだから。

 

 

「■■、何してんだ。早く起きて飯作ってくれよォ〜!!」

「そうじゃそうじゃ! ワシは腹が減ったぞ!!」

 

 

 ほら、これは夢だ。

 だって俺は、もうーー。

 

 

 

ーー 一転。

 

 

 

 *

 

 アキは目を覚ました。

 何か夢を見ていたような気がするが思い出せない。何か悲しい夢をーー。どれだけ頭を捻っても思い出せないので、思い出すことを諦め、ベッドから降りる。壁に掛けてある時計を見ると時刻は七時を少し過ぎていた。

 

 アキはいつも朝の七時に起きる。別に目覚ましをかけなくたって朝の七時に起きる。それは小さい頃からのアキにとっての「当たり前」。まるで魂にでも刻まれているかのごとく、どれだけ遅くに寝たって一度、朝の七時に目を覚ますのだ。

 

 アキはまずカーテンと窓を開ける。そこで少し日光と朝の少し冷たい風を浴びて目を覚ます。次にコンロに火をつけてお湯を沸かす。その間に顔を洗って歯を磨く。

 

 アキは特に食へのこだわりはないが、美味しいものがあるのならそちらの方がいいと思う質だ。それが多少手間暇がかかったとしても。お湯が沸くまでまだ少し時間が掛かるので、コーヒーの豆を挽く。お湯が沸いたら丁寧にドリップをしていく。コーヒーはほろ苦くて飲めたもんじゃないと思っていた時期があったけど、それを聞いた姉は笑ってたっけ。「この苦さは大人になるまで知らなくていいよ」って。あれ、「お姉ちゃん」はコーヒーなんて飲めないのになんだこれ。寝ぼけているのだろうか?

 

 

『アキ、おはよう』

「おはよう、姉さん」

 

 

 ふとした時、「お姉ちゃん」も食事が摂れればいいのにと思う時がアキにはある。料理も洗濯も全て姉のために覚えた。姉の負担を少しでも減らしたくてせめて家事だけでも、って料理本を買い込んだっけ。ーーそういえば、料理本なんていつ買ったのだろう。そんなの買わなくても()()アキは料理ができるのに。思えばいつからアキは料理を作れるようになったんだっけ。親と疎遠になっても食事は作られていた。けれどそれも最初のうちだけで、段々作られなくなってそれで…。思い返せば物心が着いた時には何かを憶えてるかの如く普通に作れていたような気がする。どうして?

 

 

『アキ。もうドリップし終えたんじゃない?』

「…本当だ。ありがとう姉さん」

 

 

 何を思い出そうとしていたんだろう。ああ、一人で摂る食事ほど美味しくないっていう話だったか。なんか違うような気もするけれど…まあいいか。

 

 ドリップし終えたコーヒーと昨日買った新聞を持って窓のそばまで行き、地べたに座る。本当は椅子も置ければいいのだけれど椅子まで置くと部屋が狭くなるので断念した。あぐらをかいて、太ももの上に新聞を置きコーヒーを啜りながら新聞を読む。内容は全て昨日以前のことだ。本当なら今日の朝刊を読みたいところだけど、残念なことに高専には新聞が届かない。先生の元へ行けばどうにかなるのかもしれないが別にそこまでして新聞を読みたいわけではない。何となく朝することがなくて隙間時間を埋めるために読んでるだけだ。今度、七海に本を借りてみるのもいいかもしれない。

 

 コーヒーを飲み終えたら、新聞はテーブルの上に置いてマグカップはシンクへ持っていく。そしてまた窓のそばまで行って一服。青い箱に「MEVIUS」とローマ字で書かれた箱はまだアキが手にしてはいけないものだ。吸い始めたのはアキが中学生の頃。ふとした時に口寂しくてコンビニで購入した。

 

 吸おうとして何度も躊躇って、結局箱に戻して。そんな意味不明な行動を何日も続けて、一週間。ようやく決意を決めて吸ったそれは大して美味しく感じなかった。なんなら誰かの悲しそうな横顔が過ぎった。「身体は大切にして欲しいな」だなんてアンタが一番大切にしてなかっただろうに。一体どの口が言うのだろう。…アンタって誰だ? ダメだまだちゃんと覚醒してないのかもしれない。それとも憶えてもない夢を引き摺ってるとか? とにかく目を覚まさなくては。昼から任務があるんだ。この調子だと命を落としてしまう危険性がある。

 

 一服し終えたあとは鏡の前で多少の身だしなみをチェックする。中学生の時から切りに行くのが面倒で伸びっぱなしにしていた髪を結う。切ってもいいなといつも鏡を見る度に思うけれど、いざとなった時に使うかもしれないからなんて思って結局切りに行くのを辞めてしまうのだ。いざとなった時に使うって、一体何に使うつもりなんだよ。髪の毛をいざという場面で使うことなんてないだろ。

 

 綺麗に結えたら、カゴに溜まってる服を共用の洗濯機まで持っていく。部屋を出た高専の寮は静かで物音ひとつしない。日頃うるさい先輩たちは三年に進級してからというもの任務を詰められているらしい。灰原も七海も二級になり、一年の頃よりも顔を合わせなくなった。

 

 アキは洗濯洗剤は粉末派だ。それもきっちりと計る派。それを話した時、灰原に「ぽい!」と言われたのが印象的だ。ちなみに七海は液体派らしいがちゃんと計って使うのだという。

 

 洗濯してる間に部屋を簡単に掃除する。日頃高専で鍛錬するか任務の二択なので部屋を汚すことは無いが、部屋は綺麗にしておきたい。簡単に掃除機をかけたあと、ようやく食事だ。アキは朝はパン派である。炊飯器もちゃんと買ってあるので別に米でもいいのだが、前日にセットするのがめんどくさいので大抵は食パンになることが多い。その代わり、比較的朝は余裕があるので夜はご飯ものになることが多かった。淡々と食事を済ませ、時刻は朝の八時。三十分から名ばかりのホームルームが始まるのでそろそろ部屋を出てもいいだろう。昼には一度戻ってくる算段なのでその時に洗濯物を洗濯機から取り上げなくては。忘れないように頭の片隅に入れておく。

 

 マグカップと皿を手短に荒い、掛けてあった高専の制服に着替えて部屋を出る。鍵はかけない。別に取られてはいけないものなんてこの部屋にはないので。

 

 

「早川ー!!」

 

 

 寮を出たあたりで後方から自分を呼ぶ声がする。この声は灰原だ。振り向けば思った通り、灰原が大きく手を振りながらアキの元へ走って来ていた。

 

 

「おはよう、早川!」

「おはよう」

 

 

ニパッと朝の挨拶を済ませると共に、灰原は後ろを向いて「早くー!!」と声をかけた。灰原が声をかけた遥か後方にはヨタヨタとこちらに歩いてくる七海の姿も見えた。

 

 

「七海って意外と朝苦手だよね。今日も早川の掃除機の音で起きたんだって」

「足取りが重いな」

「僕の元気を分けてあげたいくらいだよ!」

 

 

 ふんすと鼻息を荒らげる灰原は自己申告通り確かに元気そうだ。

 ヨタヨタと歩く七海を待っていると、五分ほどかけてようやくアキたちの元へやってきた七海は顔を歪ませた。

 

 

「…早川、貴方タバコ吸いましたね」

「……分かるか?」

「煙たい。家入さんと同じ臭いがします」

「家入さんは俺よりもうちょっと重めのやつ吸ってるだろ」

「知りませんよそんなこと」

 

 

 「全く、人畜無害そうな顔をして平気で吸うんですから…」とブツブツ小言を言う七海。それを見て灰原が「姑みたい」なんて言って笑った。そんな灰原を見て七海は重苦しいため息を吐いたあと「タバコも程々に。身体壊しますよ」と言った。吸うのを一切止める訳ではなく、こうして「程々に」許してくれる七海が好きだ。なんだかんだ言って七海は(やさし)い。

 

 

「ほら、行きますよ」

「もー!! 僕達は七海を待ってたんだぞ!」

 

 

 この後、灰原を軸にコロコロと話題が変わっていく。この三人の会話の主導権は灰原が握っているため、灰原の話にぽろぽろと七海とアキが口を出す形だ。

 

 

「そういえば! 今日! 初めて三人のマトモな任務じゃない!?」

「確かに…沖縄以来ですね」

「早川は特級だから忙しいもんね!」

 

 

 今日の昼から三人は初めての合同任務が入っていた。ちなみに沖縄の任務は合同任務に入れていない。何故ならあれは任務とは名ばかりで遊んだだけだったので。

 

 

「この任務で上手くいったら昇級もアリかもな」

「えッマジで!? 尚更燃えてきた!」

「落ち着いて下さい灰原。昇級もかかっているなら日頃の任務より少し難しいと考えるのが妥当だ。浮かれてたら死にますよ」

「ふふふ、昇級したらみんなでご飯食べに行こうね! あ! 夏油先輩たちも誘おうよ!!」

「聞け灰原」

「昇級した後のことはその時考えろ」

「そっか! それもそうだね!!」

 

 

 灰原は気楽そうだ。それが少し羨ましくも思う。何も悩みのないようなその様は少し憧れる。だってアキは■いで■■■めだから。

 

 

「にしても早川、ちゃんと休めてる? 今日だって久々の休みだったのに急に僕らの任務についてくることになってさ」

「別に大丈夫だ」

「この時期は繁忙期ですからね…」

 

 

 呪霊を狩る自分の姿は一瞬、何かブレるような時がある。同じような黒い服を着て、昔何かと戦っていたような気がする。呪霊? いや、呪霊よりももっと身近に居てそれは…。

 

 

『未来最高! 未来最高! お前も未来最高と叫びなさい!!』

「…なんだお前」

 

 

 教室に向かっていたハズだ。しかし、ここは高専の古びた廊下ではなく、闇に塗りつぶされた暗闇だった。

 そこで楽しそうに何やら叫んでいるのは両手を広げている木のような何か。どことなく既視感がアキにはあった。

 

 

『ふふふ、そうか。そうだった! 僕とオマエは繋がってるが、それだけだった!! ……マア、いいや』

「繋がってる? お前は一体何なんだよ…!」

『それはオマエが一番知ってるんじゃないのか? それよりも朗報だ。オマエ、()()死ぬぞ』

「………」

『気になるか? いいぞ教えてやってもいい。僕とオマエは()()()()()()()()。貰い過ぎは契約に反するしな』

「…言わなくていい」

『ほう? 何故』

「俺は()()()死に様には興味ない」

 

 

 そっぽを向くようにしてアキが言うと目の前のなにかは大声で笑い始めた。

 

 

『ははは!!! 変わらんなオマエも!! また、あの二の舞を踏むかもしれんと言うのに。…これだから人間は面白い』

「さっきから何言ってんだお前」

『別に分からないのであれば分からなくていい。しかし、憶えておけよ早川アキ。僕はオマエの中に住み着いている。僕がオマエの中に住み着いていればそれ相応の対価を僕はオマエに払わなければならないことを』

「は、住み着いてるって」

『我は■■の■■也。僕の力を使えば君の■■は少し先の■■が見える』

 

ーーマア、見えるだけだけどね。

 

 

 

 

 *

 

 

「は、早川ァッ!! 本当に大丈夫!?」

「頭が…痛い」

「そりゃあ壁に勢いよく頭を打ち付けていたら痛いでしょう」

 

 

 どうやらボーっとして歩いていたアキは灰原たちの制止も聞かず壁に突っ込みそのまま頭を打ち付けたらしい。そして数分ほど目が覚めなかったのでまさか死んだのでは、と心配したのだとか。

 

 

「本当に大丈夫ですか」

「大丈夫だ…今日はなんかツイてない」

「うわあ、見事なタンコブ…。後で家入先輩に見せに行こうね。僕も着いてってあげるから」

「…俺を注射を嫌がる園児か何かと勘違いしてないか?」

 

 

 コブが出来たアキの頭を優しく撫でる灰原はまるで兄のよう。どことなくその手つきは姉に似ているような気がした。

 

 

「ほら、またボーっとしてる。今すぐ行った方がいいんじゃない?」

「灰原を付き添わせますよ」

「いや、本当に大丈夫だ。早く教室行こう」

「…頭は何かあった時が怖いので早めに見てもらった方がいいと思いますけどね」

 

 

 

 

 

 結局、朝の授業を全て受けた終えたあとアキは家入を探していた。本当は一度寮に帰って洗濯物を取り込みたかったのだが、寮に行く途中で呆気なく七海に捕まったあと「私がやっておくので貴方は家入さんに治して来て貰え」と圧をかけられたのだ。

 

 

「家入さん」

「んー? あ、早川じゃん」

 

 

 外に置いてある自動販売機の横に併設されているベンチに腰掛け、自販機に身体を預けぐでーとなっていた家入を見つけた。

 

 

「そうだ早川。お前タバコ吸ってたよな。一本くれ」

「先輩のタバコは?」

「全部吸っちゃった。繁忙期かなんだか知らないけど、いっぱい人がやって来てさタバコすらコンビニに買いに行けないんだよ」

 

 

 アキはポケットに入れていたMEVIUSの箱を取り出せば、家入は不満そうに「SEVENSTARじゃないのか」と口を尖らせて言った。

 

 

「文句言うなら吸わないで下さいよ」

「…ま、MEVIUSで妥協するか」

 

 

 そう言ってアキからタバコを受け取った家入はタバコを口元に持っていくと「ん」とアキの方へ顔を近づけた。

 

 

「…何ですか」

「火」

「アンタ、ライター持ってるでしょ」

「取り出すのが面倒なんだ。早く」

「はあ……」

 

 

 ライターをポケットから取り出すと、家入の咥えているタバコに火をつけてやった。それを吸っている家入は人から貰ったものだと言うのに分かりやすく顔を歪めた。

 

 

「…やっぱSEVENSTARの方が美味しい」

「別に変わらないと思いますけど」

「決めた。私が死ぬ時はSEVENSTARと共に骨を埋めるわ」

「何ですかそれ」

 

 

 そんなことを言いながら何度かタバコを堪能した家入は、少し短くなったタバコをアキの口に突っ込んだ。

 

 

「ご馳走様」

 

 

 「お礼に頭のコブは治してやったよ」なんて言って片手を上げて家入はその場を去った。

 

 

「いつの間に…」

 

 

 タバコはまだ、吸える。

 

 

「わー、後輩が先輩と間接キスしてるー」

 

 

 棒読みなそれはいつか、誰かが言っていた内容とどこか被っているように思えた。あの時は、八階で永遠で、それでいて永久機関で、右の脇腹付近がすごく痛かったような気がする。

 

 

「まさか硝子と付き合ってたりしないよね?」

「…夏油さん」

「あ、そういえば灰原が探してたよ。頭は大丈夫かー!って。キミなにかやらかしたの?」

「壁に突っ込みました」

「うわあ。それは痛いね」

 

 

 「ジュースでも飲むかい?」と夏油はアキに聞いた。アキの返答を聞く前に自販機に500円玉を入れていたのでどうやら奢ってくれるらしい。

 

 

「水でお願いします」

「ふふ、こういうのは人のなりが出るよね」

 

 

 夏油はそう言って水のボタンを押した。ガコンと水のペットボトルが落ちてくる音がする。それを夏油は拾うと、アキに水を手渡した。

 

 

「はい」

「ありがとうございます」

 

 

 アキは夏油の顔をチラリと盗み見て、ベンチに腰掛けることにした。

 

 

「今日の任務は結構遠出なんだって?」

「灰原ですか?」

「ああ。昨日ね、灰原にコーラを奢ってあげた時に聞いたんだ」

「はあ」

 

 

 アキは灰原や七海のように先輩とそこまで顔見知りというわけではない。そもそもアキは入学した頃から特級呪術師で、ロクに学校に通えてなかったし、五条なんかは出会い頭が出会い頭だったのでお互いに少し避けていたりしていた。対して家入は小さな怪我を治して貰ったり同じ喫煙仲間として時間があれば会話の無い喫煙をする仲である。

 

 夏油は灰原と仲が良かった。そして最近、そんな夏油を見て灰原は言うのだ。「夏油先輩、少し元気ないよね」と。七海は「気のせいじゃないですか?」と言っていたけど、灰原は頑なに「夏油先輩は元気がない!」と言い張った。それからは、灰原は夏油を見つけたら突撃する回数も増えていたが、アキにとっては関係の無い話だ、と思っていた。

 

 久しぶりに夏油に会ってアキは直感した。「夏油先輩はやばい」と。そもそも夏油はマトモな人間の節が見えた。呪術師にとって致命的な弱点である。これは七海にも言えることだが、今は割愛する。

 

 とにかく、()()()()()()に就いてる人間はマトモでいることは推奨されない。

 

 

「早川は辛くないかい?」

「辛い?」

「呪術師であることが、だよ」

 

 

 唐突な質問にアキはぱちくりと二度瞬きした後「いえ」と否定の言葉を口に出した。別に呪術師であることを苦痛だと思ったことは一度もない。

 

 

「そもそも俺は非呪術師は嫌いですから」

「…………そうなのかい?」

「姉さんの存在すら感知できない人間を好意的には思えない。ならば姉さんの存在を肯定してくれる呪術師の方が幾分かマシだ」

 

 

 それに灰原と七海にも会えた。

 最近は夜、アキの部屋に集まって夕食を摂ることが三人の当たり前になってきた。少し前にアキがぼそっと口に出した「一人飯は美味しくない」という言葉を目ざとく聞きつけた灰原は容赦なくアキの部屋に転がり込んだ。七海も灰原に巻き込まれる形ではあったが、最近では自主的に来るようになったのだから面白い。

 

 

「夏油さん」

「…なんだい」

「マトモな思考は切り捨てた方がいいですよ。マトモな人ほど死にますから」

 

 

 アキはそう言って夏油にもう一度「水、ありがとうございました」と礼を告げたあと灰原たちと合流するためその場を去った。

 

 

 

 「マトモな思考は切り捨てる、ねぇ。なら、猿共を皆殺しにしても赦されるのかな」

 

 

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