「ね、■さん…ここ家賃高いんじゃあ…」
銃の悪魔の一撃によって家は崩壊。両親と弟が入っていた死亡保険とちょっとした財産でなんとかやりくりしながら俺たちは生きていた。
両親と弟が死んで、■さんの決断は早かった。北海道から東京に飛ぶことを決めて、不動産会社を二〜三回ったあと一度の内見で部屋を決めた。集合住宅のとある一室。ベランダがあって、リビングとキッチンは繋がっている。部屋は三つあって、風呂とトイレは別。まだ小さい俺でも、たとえ集合住宅であったとしてもそこそこ家賃がするのでは、と思った。
そんな俺の言葉を聞いて■は一言。
「ここが■■の大切な人達の拠り所になるなら全然狭いけれどね」
「でも……」
「■■は何も心配しなくていいよ。デビルハンターってね、命を賭ける仕事だからお給料いいの。この部屋の家賃なんて全然払えちゃうんだよ」
「■■がこの部屋から学校に登校して、沢山の友達や彼女でも連れて来てくれたら、私はそれ以上を何も望まないよ」そう言ってなんでもないように■さんは笑った。
今思えば、そう、今思えば■さんの語る「幸せ」は俺が中心だった。その中に決して■さんは居なかった。一体、どういう心境でそれを紡いでいたのだろう。何故、過去の俺はそれに気づけなかったのだろう。どうしてのうのうと、■さんが与えてくれる幸せをただただ享受していたのだろう。きっといくらでも知る機会はあったのに。
嗚呼、俺はなんて■不幸者なんだろう。
*
とある人間は言った。
──「愛ほど歪んだ呪いはない」と。
では「願い」はどうなのだろう。
愛とかそんな感情は全て置いて、
初めて会ったあの日。一目だけでも見れたあの日。初めて抱いたあの日。初めてーー指を握ってくれたあの日。
きっとその人間はこう言うに違いない。
──「キミのそれは『願い』と書いて『アイ』と読むんじゃない?」と。
ーー結果として矢張りそれは歪んでいた。
*
「彼女」は怪しんでいた。
可笑しいと思っていた。
田舎へ向かう電車で三人、騒音にならない程度の音量で色々な話をしている
事の発端はアキが急に任務を入れられたことである。補助監督が言うには「七海と灰原が向かう筈だった任務の等級が上がった可能性がある」と言った。補助監督の話を聞いた後、アキはどこかに思考を飛ばしーー最終的には了承した。アキ曰く、七海も灰原も頑張っているからもし二人が呪霊を祓えたのなら準一級に推薦してもいいかなと思った、らしい。原則、二人が準一級になるにはあともう一人の推薦がいるが、そこは五条なり夏油なり金を積んで冥冥に頼むなりしてどうにかすることができる。アキは気楽に考えているようだが「彼女」は違った。
嫌な予感がする。
ここまで嫌な予感がしたのは
ーーそして矢張り、その「予感」というものは的中する。
補助監督とは現地集合だった。というのも、たった一日で七海と灰原が向かう筈だった任務の等級は上がり、時と場合によってはアキ一人でも向かうことが推奨されるかもしれない。どれだけやる気や元気があろうとも、邪魔なものは邪魔でしかないので。それを見極めるため、補助監督は朝から呪霊を観察していた。
結果として、七海や灰原が居ても問題ないと診断された。
「どうかご武運を」
帳を張り、深々と頭を下げた補助監督は言った。
一級任務、それも昇進がかかっているとなるとさすがの七海や灰原でも少し緊張した面影だった。でもそれ以上にやる気に満ちていた。今なら最高のパフォーマンスが出来るかもしれないという謎の自信に満ち溢れていた。
帳の中は矢張りいつも通り少し薄暗い。地面がむき出しになっているそこは、草木ひとつ緑はなかった。ゴロゴロと岩が転がっているだけの少し埃っぽいところ。早く寮に帰って風呂に入りたいなんて思っていた時だ。
一際大きい岩の上に腰を下ろしている
「…出会い頭に酷いな」
土埃が舞う。手応えは、ない。
「
彼女は具象化した。青みかかった黒髪に、少し切り長の瞳。色白の肌に触ったら折れてしまいそうな華奢な身体。白のワイシャツに黒のネクタイ。そして黒のパンツ。アキがいつも会いたいと
突如現れた女性と人型の呪霊を見て七海と灰原は困惑していた。対して、アキはずっと願っていた「お姉ちゃん」の出現よりも、歩いてこちらに歩み寄ってくる赤髪の女性を静かに見つめていた。
『七海くん、灰原くん。今すぐアキを連れて逃げて』
「あ、あの…貴方は?」
「早川に似てる…」
『そんなの今はどうでもいい!! 早く逃げなさい!!』
「彼女」が声を荒らげる。そんな様子を見て赤髪の女性は愉しそうに嗤うだけ。
「凄い。凄いね。
『なんで、お前がここにいるの』
「私はね、
『ずっと…見てた?』
「彼女」の問いかけに赤髪の女性はただ笑みを深めただけで何も言わなかった。
わざわざアキの目の前で具象化までした「彼女」を見て赤髪の女性は「随分とこの身体の持ち主は嫌われてるなあ」と思った。でも、確かに「彼女」に嫌われることを仕出かしているのだからしょうがない。赤髪の女性は知っている。
赤髪の女性は「彼女」から視線を外すと、こちらを凝視しているアキの方を見やった。
「早川くん。力が欲しいとは思わない?」
赤髪の女はゆっくりアキに歩み寄る。
対してアキはなにかに取り憑かれたかのように周りが見えて居なかった。具象化した「お姉ちゃん」と警戒している七海と灰原。それら全てが見えていない。ただ、目の前を歩いている赤髪の女の瞳から視線が外せない。
「ちから…」
「早川くんは早川ちゃんを救けたくて■■■■■■■になったんだよね。じゃあ、力って必須じゃない?」
赤髪の女はアキの目の前で止まると小さく首を傾げた。
「ちから…」
「早川くん。私と
赤髪の女の言葉を聞いて灰原が弾けたようにアキの腕を掴んだ。
「聞いちゃダメだ早川! 行こう!! ここに居ちゃダメだ…!」
七海が赤髪の女の後ろに回り込むと、術式を使用して鉈を使って首に振りかざした。
鉈の刃は女の首の肉を裂き、ボトリと音をたてて頭を落とした。しかし、ーー数秒もしないうちに頭と首はくっつく。
アキは何故か、女の手を取ろうとした。
その瞬間。
『七海、灰原。その場から離れなさい』
凛とした声と共に、「彼女」の重い蹴りは
『ここは私が何とかする。貴方たちは戦線離脱を』
気を失ったアキに視線をやり、七海と灰原はお互いに目配せした後、離脱を選んだ。それを見送った「彼女」は少し寂しそうで、それでいて誇らしかった。
良かった。
「早川ちゃん。キミじゃ私は
『お前がマキマだろうが違かろうがどうでもいい。絶対に殺す』
「ああ、祓うも何も早川ちゃんはそもそも呪術師でもなければ人間でもなかったね」
『…殺す!!!!』
*
「ねえ、早川ちゃん。私が早川姉弟とお話したかったからこれを仕組んだって言ったら怒るかな?」
*
アキが気を取り戻した時には全てが終わっていた。高専の救護室でアキは寝ていて、既に一日が経っていた。正直にいうと、アキは任務のことについて一切憶えていなかった。
けれど、アキにとってそんなことはどうでもいい。今、アキは取り乱していた。
ーー居ない。姉さんが居ない!!
いつもアキと行動を共にしてくれている「お姉ちゃん」の姿が見えない。アキが「有希」として生まれて一度も離れたことがないのに。目を覚ましたらアキの元から「お姉ちゃん」が離れていた。
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!!!」
アキと「お姉ちゃん」は一心同体。それ即ち、「お姉ちゃん」が
嫌だ
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ
アキの巨大な呪力が放出される。
アキの放出された呪力は救護室を壊し、高専内に居た人間もたくさん傷つけた。
「早川!!!」
膨大に膨れ上がった呪力を感じ、近くに居た灰原と五条がやってくる。
「チッ! 完全に「お姉ちゃん」と切り離されて暴走してやがる。どけ灰原!! アイツを締める!」
「やめて下さい五条先輩! 話せば、呼べば気づいてくれるから! やめて早川!! 「お姉ちゃん」は絶対に帰って来るから!!!」
アキは喉が潰れそうな声の音量で何かを叫んでいた。灰原の声は容易くそれに打ち消され、アキには届かない。
「雖後□螻?↑縺上↑繧峨↑縺?〒繧医↑繧薙〒縺壹▲縺ィ縺壹▲縺ィ荳?邱偵↓螻?◆縺?h荳?莠コ縺ッ雖後□諤悶>縺壹▲縺ィ縺壹▲縺ィ縺雁ァ峨■繧?s縺雁ァ峨■繧?s縺ッ縺ゥ縺薙∪縺滉ソコ繧堤スョ縺?※縺?¥縺ョ鄂ョ縺?※縺?°繧後k縺ョ縺ッ雖後□繧亥ォ後□蟇ゅ@縺?ご縺励>豁サ縺ェ縺ェ縺?〒!!!」
「灰原…現実見ろよ。トんでんだろ!」
それから、アキが見たのは青く燦々と輝く宝石のようななにかと、赫い衝撃波のようなものだった。