「そういえば最近うんこが水っぽいんだよね〜。何でかわかる?」
「帰っていいですか」
「いいワケないじゃーん。ほら、座りなよ。奢ってあげるからさ」
東京都 新宿区の若者が集っているようなカフェの一席にて。突如「今から新宿の○○って店に集合ね〜。来なかったら七海にダル絡みするから」なんて人の予定をフルシカトしたメールが五条からアキに届いた。そもそも、アキは○○という店を知らなかったし、マップを駆使して向かっても五条はいないし。ブチ切れそうになりながらも待つこと十分。「おつかれサマンサー」なんて時代遅れな挨拶と共にやってきて、呼び出した本題を切り出すよりも前にドデカいパフェを頼み、携帯を触ること五分。パフェと共に携帯を触るのをやめた五条はパフェを一口食べながら上記の言葉を発した。
帰りたい。アキの思いはこれに尽きた。
「別にお腹壊してるワケじゃないんだよ? 身体の不調も特にないのに、ここ一週間ずっと下痢なの」
「誰もアンタの下痢事情なんて知りたくないし、そもそも飲食店で話していい内容じゃない」
五条の声は中々にデカいし、そもそも声自体が透き通るような声をしていて人目につきやすい。それなのに、全身黒の服を身にまとい、白髪に黒の目隠し。あと、放り出された長い足の人間を見て二度見では済まないだろう。よって、先の会話は周りの人間の耳にも届いているということで。
自身の発言ではないにも関わらず、何故かアキが店員に睨まれていた。いや、五条さんに言ってくれよ。
「甘いもんばっかり食べてるからじゃないんですか」
「えー、だって糖分摂らないと頭爆発しちゃいそうでさ」
「…いっそのこと爆発しろよ」
「何か言った?」
「さあ」
早く帰りたいな、そう思いながらレモン水を口に運ぶ。
夏油が離反して、五条は変わった。一人称も「俺」から「僕」に変えたし、夏油を彷彿とさせるニコニコとした表情に、取っ付きやすい態度を取り始めた。夏油が離反するまでは、アキの顔を見つければ嫌そうな顔をしてそそくさと逃げるか、股間を抑えながら噛みつきに来るかのどちらかだったのに、急に「あ、アキじゃーん!」と下の名前で呼びながら長い腕をブンブンと振りこちらにやってきた時は本当に医者を進めた。
ちなみにこうしてアキがいやいやながらも五条に付き合っているのは、七海を脅しに使われているのもそうだが、五条の加護下にいることが大きい。高専を吹き飛ばしたあと、アキは処刑されるはずだった。あのころは夏油が離反してそう日もたっていなかったし、五条も落ち着いていなかったので上層部に呼び出されて開始一発目で「早川は死刑にさせないから」との言葉と共に、その場を吹き飛ばした。もちろん、無駄に器用な五条によって上層部のお偉いお爺様たちには一切の傷はついていない。有無を言わせない五条の圧と五条と「お姉ちゃん」の間に課せられた縛りの開示により死刑はなくなった。けれどきっと次、何かをやらかしたらアキはもうお終いだろう。
別に、アキはそこまで生に拘ってはいない。けれど、封印を解かれたあの日。アキのために七海と灰原は涙を流してくれた。「本当に良かった」「あの寝顔は生きた心地がしなかった」「もう二度と目を覚まさないかと思った」二人に抱きしめられながら永遠と言われ続けた。それを聞いて生きてるっていいな、なんて思ってしまったものだから。こうして大して尊敬もしていない五条の呼び出しにちゃんと足を運び、どうでもいい話に適当に相槌を打ち、使いたくない敬語まで使ってやっているのだ。
「ていうかさー。可笑しくない!? なんで僕よりもアキの方が恵に好かれてるわけ!? ここ最近アイツずーーーと、口を開けば「アキさんは来ないんですか」ばっかだよ! 援助してあげてる僕でさえもまだ「五条さん」なのに!!!!」
「知りませんよ」
伏黒恵。五条が高専四年生の時。進路で教員を選択し、夜蛾に止められていたとある日のこと。「あ、そういえば術師殺しが息子がどうのこうのって言ってたな…」というとある一言から日の目に出ることになった少年である。
そこからは五条の権力を使って伏黒恵を探し出し、接触に漕ぎ着けたのだという。しかし、その伏黒恵は似ていたのだ。
アキに。
アキを幼くさせた容姿はアキの兄弟説、または隠し子説が五条によって囁かれた。もちろんのことながら、アキの隠し子はありえないし、兄弟説も無い。何故ならアキは早川である。伏黒ではないし、父親が浮気をして作った子ならまだしも、そもそも父親の名前も甚爾ではない。よって、この二つの説はぶった切られたワケだが、面白がった五条が半ば強引にアキと恵を引き合わせた。
これは五条と恵の二度目の邂逅の時だ。
正直、アキにとって恵はどうでも良かった。けれど、そもそも論として五条に子育てが出来るはずがない。現に、五条と恵の二度目の邂逅は一度目から三ヶ月経ったあとのことだった。五条曰く、恵を巡って禪院家と水面下でバチバチの喧嘩をするのに忙しかったとのこと。それでもまだ七歳の子供を三ヶ月間も放置するのは頂けない。しかも救いようがないのが、五条は恵の名前を出しても一発で「あー! 恵ね!」とはならないことだ。恵を育てるということも「金を振込んで術師のことちょちょいと教えればいいんでしょ?」と割と最近までそう思っていたぐらい。本当に救いようがない。それを見越していたアキは五条とは違って常識人なので、できる限り恵の家に通っていた。そしたら当然懐かれるわけで。
通って一週間で警戒するような猫だった恵は懐いた。ちなみに警戒心をどこかに捨ててきたらしい津美紀には二日目で「あ! アキさーん!!」と懐かれた。
アキは家庭的な男だったし、
現在では、恵も中学生になったことや、アキが買ってあげた携帯を津美紀が持ち歩くようになったので、津美紀と連絡を取りながら月イチで伏黒家に通っている。何故月イチなのかというと、五条が本格的に恵に体術を教え始めたからだ。小学生のうちは身体が出来上がっていないことを理由に、筋肉をつけることを重点的にやっていた。そのため、五条はあまり伏黒家に顔を出さなかったのである。
恵が中学生になると同時に五条も頻繁的に伏黒家に入り浸ることが多くなったのでバッティングしてダル絡みされるのも面倒だからと通う頻度を段々と減らしていったのだ。このことを津美紀には伝えていたが、恵には伝えていなかった。そして恵はまだ携帯を持っていないのでアキと接触する手段もなかった。完全なるアキの敗因である。
「修行もさ〜、つけて貰うならアキがいいって言うんだよ!? ちょっと腹たったからいつもよりもボコボコにしてあげたんだけど」
「さすが五条さん。自分から嫌われに行くなんて普通はできませんよ」
「は?」
「いえ、なんでも」
でも、修行に関してはきっとアキよりも五条の方が最適だろう。アキには禪院家相伝の「十種影法術」というものを一切知らない。小さい頃、よく恵が玉犬を見せてくれていたがそれしか知らないのだ。術式の知識だとか、呪力の使い方とか、そういうのを教えるのは五条の方が適任だ。アキは割と感覚で戦っている節があるし、呪力の調整なんかは専ら「お姉ちゃん」がやってくれるのだ。
まあ、それらの理由を聞いても恵は「アキさんがいい」と言うのだろうけど。無理なものは無理である。
「しかも最近になって「俺は術師にはならないー!」とか言い出してさ。修行をバックれるようになっちゃったんだよね」
「…随分と軽いですね?」
「ん? あー。別に僕は怒っちゃいないよ。恵の気持ちも分かるからね。でも、恵は「禪院家」だ。その血って言うものは厄介だし、
「まあ、それはそうでしょうね」
「恵は子供だから。イヤイヤ言っておけばどうにかなると思ってる。……きっとそれでいつか痛い目を見ることになるよ」
「僕みたいにね」そう言って五条は笑った。
五条は夏油のことを思い出したのだろうか。確かにあれは、周りの人間がもう少し気を配っていたら防げた離反だったかもしれない。そもそも、上層部が多少なりとも絡んでいたらしいので五条の後悔は計り知れないだろう。
「で、本題は。恵の話をしたくて呼び出したワケじゃないでしょう」
「あー、それね! ちょっとさ任務変わってくんない?」
やっぱり来なければ良かったとアキは後悔した。
そして、恵が中学三年生になった春。
津美紀が呪われた。
*
特級呪術師とは多忙である。そもそも特級呪術師が日本にアキを含めて二人しかいないことが理由にあげられる。本来、あともう一人いるのだが、色々な理由をつけて海外でプラプラしているらしい。
しかも、その特級呪術師の相方がまた面倒な人間だった。五条悟。何様俺様悟様で唯我独尊、高専時代と比べると周りのことを多少なりとも顧みるようになったが、根っこの部分は変わらない。つまるところ何を言いたいのかと言うとーー死ね、である。
その日、アキのスケジュールは大物芸能人が泣き出すほどびっしりの分刻みとなっていた。呪い呪われている「お姉ちゃん」のおかげでアキの呪力は無限大だ。その上、アキが望んだことを「お姉ちゃん」は叶えてくれるので、その分刻みのスケジュールをこなせるという悲しい事実。深夜の一時から活動して仕事から解放されたのは朝の六時だった。勘違いしないで欲しいのは、五時間の分刻みスケジュールではなく、約二十九時間の分刻みスケジュールだということである。
労基が来い。
アキは監視対象なので、成人した今でも高専の寮で暮らしている。五条からは「別に一人暮らししてもいいんじゃない?」と言われているけれど、もう荷物を移すのが面倒なのでそのまま寮暮らしを続行していた。
閑話休題。
寮に戻るとアキは睡眠を貪るつもりでベッドに沈んだ。ちなみに次の日は夕方の五時から任務が詰められているので五時まで寝る気だった。
しかし、その思惑は意図も容易く裏切られる。もちろん原因は五条悟だ。朝の九時から鳴り止まないスマホ。三十分程は無視していたけれど、流石に三十分も着信音を聞いていれば目が覚める。三時間しか寝れてねぇ…と寝ぼけ眼で電話に出れば『あ、やっと出た☆』である。ぶち殺してやろうかと思った。
『結構粘ってたね〜』
「着拒していいですか」
『うん、良いわけないよね! アキ、今すぐ一年の教室に来てくんない? 面白いもの見せてあげるからさー』
「結構です」
『来ないと伊地知をマジビンタしちゃうゾ♡』
「チッ!」
伊地知は色々と五条に迷惑をかけられている筆頭である。何もやらかしていないのにビンタは流石にダメだろう。七海ぐらいなら生贄に出そうと思ったが、後輩はダメだ。
五条との通話をぶつ切りしたアキはノロノロと布団から出る。流石のアキでも三時間睡眠はキツかった。自身の来ていたスウェットを籠の中に入れ、シャワーを浴びる。もう面倒なのでここで歯磨きも済ませる。シャワーからあがると、適当に身体を拭き仕事着に念の為着替えておく。出来れば早く終わらせてまた寝に帰りたいところだが五条が関わっている時点でそれは難しそうだ。なんなら時間通りに任務に行けるかさえ分からない。
一瞬、髪を乾かそうか悩んだが面倒なのでいいかと乾かすのは諦めた。もちろん朝ごはんも抜きである。食欲よりも睡眠がとりたい。
若干寝ぼけながら靴を履き、寮から出る。それにしても、一年の教室に面白いものとはなんだろう。どうせ五条関係なのでロクなものではないだろう。とにかく面倒でしかない。
十分ほどかけて、一年の教室に行くと「おっはよー!」と朝から元気な五条と「お、早川さんじゃねぇか」「眠そうだなアキ」「しゃけしゃけ!」と声が聞こえた。言わずもがな五条が担任というハズレくじを引いた可哀想な一年生たちである。
しかし、その一年に見慣れない顔がいた。
「…誰だ?」
「ふふ、アキ気がついちゃったー? 転入生の乙骨憂太くんでーす!」
「こ、こんにちは!」
「…おう。早川アキだ」
本来なら高専生ーーというか呪術師は黒の制服を来ているのだが、乙骨は何故か一人だけ白の制服を来ていた。かなり目立つ。
黒髪に幸薄そうな顔、色白の肌にキョロキョロと忙しなく動く瞳。五条が好きそうなタイプである。
「アキはねー、日本で
「…五条先生よりも?」
「五分かな! でも勝つよ」
「……本題」
「もう! そうかっかするなよ。禿げるよ?」
いちいち言動がイラつく。もう帰ってしまおうか。
「そんな早川アキくんは乙骨憂太くんの師匠になります!」
「え」
「は」
「はァ!? ズリィ!!」
「まず担任交換してくれねーかな」
「しゃけしゃけ」
「え、なんで担任交換の話が出てくるの…?」
なんかとてつもないことを五条は言い始めた。しかも乙骨自身も驚いている。いや、報連相しろよ。五条が報連相してるところを見たことも聞いたこともないけれど。
「あれ、アキに言ってなかったっけ? 憂太は同級生をロッカーに詰めちゃうぐらいイカれてるんだけど、アキと同じで被呪者なんだよね」
「全部初耳です」
「しかもリカちゃん…ああ憂太に憑いてる特級呪霊なんだけど、アキの「お姉ちゃん」より話通じなくてさあ。すーぐやらかしちゃいそうになるから、そこら辺の制御も教えてあげてよ」
「制御って…」
「あと、憂太は刀の呪具持たせるつもりだからそこら辺の手ほどきもしてあげて」
「いや人の話を」
「とりあえずみんな外出よっか!」
「聞け!!!!!」
聞いて貰えなかった。
早川アキは割と人に好かれている人物である。
番外編 あなたの思う早川アキ
・禪院真希
「早川さん?
「ん? 早川さんの手料理を食べたことがあるか? ーーあるぜ。つか、寮のメシ作ってくれてんのほとんど早川さんだからな。高専って寮母とかいねーし、自炊が当たり前だからよ。ほら、任務行ってベンキョーして、訓練してるとヘトヘトになるだろ? だからよくコンビニ弁当で済ませてたら、それを見た早川さんが自分の分のついでにって作ってくれるようになったんだよ。今では共用スペースの冷蔵庫の中に人数分のタッパーが入っててよ。好きな時に食えシステムだと。メシ上手いしマジで助かってる」
「つか食ったことないの? もったいな」
「え? 珍しく呼び捨てじゃなくて敬称つけてんな? 当たり前だろ。クソッタレ悟とは違ぇんだよ。あっちはちゃんとした大人だ。私はそういうちゃんとした人にはちゃんとした礼儀で返す」
「つまりだ。悟、お前もそろそろ
・狗巻棘
(彼に関しては筆談で行います)
「アキさんは礼儀正しい人だと思う。呪術師の家庭に生まれ、それなりにクズの人間を俺は見てきたけど、アキさんはちゃんと常識を兼ね備えていて、人の気持ちが分かる優しい人だと思ってるよ」
「アキさんは一般家庭の生まれってこともあって俺に会うまで「呪言師」っていうものを知らなかったみたい。しゃけしゃけ連呼する俺をしゃけ好きな子だと勘違いしていて、半年ぐらいずっとお土産でしゃけ関連のものを貰ってなあ。まあ、途中から七海さんに教えて貰ったみたいで本人から自己申告で「狗巻はしゃけ好きだと勘違いしてた」って言われたんだけど。」
「それからかな。アキさんよく俺の頭を撫でるようになってくれた。別に真希やパンダにはそんなことしないのに俺だけ。なんでかなって聞いたら「人よりも会話ができない分、こうやって狗巻を知ろうとしたんだが…イヤだったか?」って言われて俺は吐血したね」
「尊死ってやつ? 急に吐血した俺にアキさんはビビってたけど、俺の中に渦巻いてたのは「アキさんは絶対リアコ」これに限る。思わず自分の血で「アキさんはそういうとこある」って書いちゃった。血相変えて家入さんの元まで運ばれて家入さんに怒られたのはいい思い出」
「五条先生は何かやらかしてもその後奢ればチャラみたいなとこあるでしょ? そういう小さな考えっていうの? そこが尊敬されるかされないかの決定的なところだと思うよ」
「あと、ぶっちゃけ五条先生よりもアキさんの方が絶対先生向いてると思う」
・パンダ
「俺パンダ。別に人間のことは特に興味ねぇけど。まあ、アキは常識人枠だよな。でも、根は呪術師だ。アイツってなりふり構わねぇとこあるし。」
「どっちかって言うとお兄ちゃん気質だよな。本人は「お姉ちゃん」がいるけど、面倒見がいい。まるで手の込んでた兄弟を持ってたみたいな」
「それに時々遠いトコ見てんだよなあ。アレ、どこ見てんのかね。働き過ぎで幻覚とか見えてんじゃね? 俺らにも飯作ってくれたりするしよ。この前なんか伊地知さんがどうやって上からアキの休みをもぎ取るかで胃痛めてたぞ」
「悟さ、アキに仕事押し付けるだけじゃなくて、少しは休ませてやんねぇ?」
・乙骨憂太
「ええ…早川さん、のことですか…。いや、僕、ついさっき五条先生に紹介されたばかりなんですけど…」
「見た目で思ったことでもいいから言え? …ん、んー……早川さんって髪長いんですね。なんで伸ばしてるんでしょう? ちょんまげみたいな感じでちょっと可愛いなって思いました。」
「は、早川さんを可愛いと思う僕は異常!? いや、そこまで早川さんのこと知ってるわけじゃないし…。五条先生から聞いた「アキは高専吹き飛ばしたり初対面の男に容赦なく金的してくるしシスコンの超やべー奴だから」っていう偏った知識しかないんですけど…。」
「でも、みんなの反応を見てると五条先生よりも尊敬されてそうだったからちょっとホッとしてます!」
「ねぇ、なんでみんな最後に僕を落として言うの???」