私はね、アキくんのお姉さんなの   作:瑠威

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第7話

 

 

「ていうかなんでアキの髪濡れてんだ?」

「…風呂上がりだからだ」

「ドライヤーは?」

「面倒だからしてない」

「おかか、めんたいここんぶ」

「棘がちゃんと乾かせつってるぞ」

「しゃけしゃけ」

 

 

 一年の教室を後にしたアキたちは、五条が上機嫌な顔で先行し、それに続くように真希、アキ、パンダ、狗巻、最後尾を乙骨が歩いていた。

 

 アキの湿った髪にいち早く気がついたのは真希だった。真希はアキの隣を陣取っていたので気づけたのだろう。真希はニヤリと笑い「湿った髪で結ぶと髪痛むぞ!」とアキの髪ゴムをほどいた。パサっと落ちてくるアキの髪を見て、思わず一年は足を止め「おお〜」と何故か拍手をする。

 

 

「…なんだよ」

「アキ、髪を下ろすとまんま女だな」

「ガタイのいい女な」

「しゃけしゃけ」

「ぶっ殺すぞ」

 

 

 眠い身体を無理やり動かしているアキの言動には覇気がない。それをしめしめと思っている三人はさらに畳み掛ける。

 

 

「そう言ってアキは殴んねぇもんな」

「なんだかんだ面倒見がいいからな」

「しゃけ!」

「…勝手に言ってろ」

 

 

 言われたい放題のアキだが、それが別に嫌なわけではない。アキは教員ではないけれどこうやって生徒たちがアキに心を開いてくれるのはなんだかんだ嬉しい。

 

 

「にしても眠そうじゃん」

「二十九時間の分刻みスケジュールから開放されたと思ったら三時間で起こされたからな」

「社畜だな」

「しゃけ」

 

 

 ちなみに、前日も五条にだる絡みされていたためロクに寝れていないことを記述しておく。

 

 

「早川さんは悟に虐められてんの?」

「俺も七海も伊地知もみんな虐められてるよ」

「雄は?」

「…アイツはある意味純真だから」

「「ああ〜」」

「すじこ〜」

 

 

 アキの代は色々と苦労している。灰原はそこまで苦労しているようには見えないが、まあ先輩たちがなまじ実力があったため、大きな壁には何度もぶち当たったし、アキと七海に関しては五条という壁を攻略できないでいる。

 

 

「で、乙骨とは仲良くできそうか?」

「えッ!?」

 

 

 これまで話に一切割り込まなかった乙骨が話の中心に来たことで、乙骨が声を荒らげる。

 アキの質問を聞いたパンダはポリポリと頭を搔き、狗巻は視線を逸らした。そして露骨に黙り出す真希。さすがのこれではアキでも察せるものがある。

 

 

「…お前ら…前途多難だな」

「俺と棘は大丈夫だ。真希がなあ」

「しゃけしゃけ」

「おい! チクるのはズリィだろーが!!!」

「(あ、やっぱり僕は真希さんに嫌われてるんだ…)」

 

 

 比較的友好なパンダと棘。普通に乙骨のことが嫌いな真希と真希に嫌われている事実を改めて知った乙骨。そんな一年四人は()()()()。ーー■■が嫌いなアキと、美味しいメシと暖かい寝床さえあればなんでもいい■■■。高圧的で少し子供っぽいところがあるけれどなんだかんだ素直な■■■。一人少ないけれど、どことなく面影が…。

 

 

「……い。聞いてる? おーい! アキくーん!!」

「…五条さん」

「うん。五条さんだね。グラウンドついたからさ、いっちょ憂太とバトってくんない?」

「は?」

 

 

 もう、色々とついていけない。え? なんで俺は乙骨と戦うことになってんだ…? 少しボーッとしてたこの一瞬に何があったんだ……。

 

 

「ほら、憂太もロクに実力の知らないアラサーのお兄さんを師匠に持ちたくないでしょ? だから身をもって実感してもらう感じだね」

「え、早川さんってアラサーだったんですか?」

「あ、そこに食いつく? 早川アキくん二十六歳! 独身の超シスコンです!! そんでもって僕の見立てが間違ってなければアキはどうてーー」

 

「コン」

 

 

 その時、アキはすごくイラッとした。

 そして、眠気がMAXだったことや、過去のことをつい先程まで振り返っていたこともあり、そう、()()()でやってしまったのだ。

 

 恵の「十種影法術」のように手で影絵を作り出すように、アキは右手で狐の形を作った。その右手を自身の目線に合わせるようにし、余計なことを喋ろうとする五条の身体を狐の口に入るよう角度を調整する。そして一言。

 その瞬間、莫大な呪力と共に大きな狐の顔が現れーー五条を一噛み。五条の下半身部分だけ狐の口の中に入り、上半身は出ている。甘噛みのため食いちぎられることは無い。

 

 

『おや、オマエは私を出すことを()()()()()()()ハズだろう? …まあ、いい。久しぶりの外だね』

「ん? え? なにこれどういう状況??」

「悟が食われてるな」

「悟が食われてるな」

「つなつなめんたいこ」

「う、うわあああ!! 狐!! 大きな狐の顔ですよ!?」

「…なんで担任が食われてるのに憂太以外冷静なの??」

 

 

 五条は急に何処からか現れた狐に食われているというのにそこまで焦っているようには見えなかった。きっと、抜け出そうと思えば抜け出せる自信があるのだろう。

 

 

「ちょっとー。アキくーん? なにこれ」

「…さあ?」

「さあ?ってキミね…」

『で、コイツは食っていいのかい?』

「……ああ」

「いやいやダメだから!!」

 

 

 狐は冷静に視線をうろつかせると、ペッと五条を吐き出した。

 

 

『オマエ、随分腑抜けたねぇ。()()()()まだギラギラしてたよ』

「…昔?」

『憶えてないのか思い出したくないのか。それとも「あの女」が封じ込めてるのかは知らないけれど、私は()()()()()()()()思い出した方がいいと思うけどねぇ』

 

 

 狐はそう言ってクツクツと嗤った。その顔はとても愉しそうで、アキを心配してるようには見えない。

 

 

『マア、オマエが■■(わたし)の話を信じるかは解らないけれど』

 

 

 『久々の外だ。「対価」はコレで勘弁しといてやるよ』と狐は言うとアキの髪を適当に切って何処かへと消えていった。

 パサパサと風に靡く髪の長さは適当に切られたせいで不揃いである。真希が「その髪の長さじゃ結べなくね?」と言った。

 

 

「……一体なんだったんだ」

 

 

 やけに静かな五条はただアキを見つめていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 結局、あのあと乙骨と組手をさせられるのかと思っていたアキだったが五条の「ん〜、組手中止にして憂太連れて任務行ってくんない?」の一声で近場の任務に向かうことになった。一回マジで死んでくれねぇかなというアキの呟きは誰に拾われることも無く「ほらほら行った行った!」と五条に背を押されるまま車に詰められ発進してしまった。運転手は見知った顔の伊地知で、伊地知は青い顔をしてひたすら「すみませんすみません」と謝っていた。

 

 

「…別に伊地知が悪いわけじゃねぇだろ」

「それはそうかもしれませんが……最近、早川さんは休まれていませんから」

「別に…恵たちの行事に合わせて無理矢理休みを取ったツケだと思ってるからなんとも思ってねぇよ」

「でもさすがに二十九時間は働きすぎです」

 

 

 アキの中では伊地知の方が働いているようにも思えるが、それこそどっちもどっちだろう。アキは伊地知の言葉に返すことなく、流れていく外に視線を外した。

 

 

「そういえば灰原さんが携帯を見ろと怒ってらっしゃいましたよ」

「灰原が?」

「返信が来ないんだけど!!とのことで」

 

 

 言われるようにして携帯を見ると、そこには灰原と七海から何通ものメールが来ていた。その内容はもっぱら「今日ご飯いける!?」である。仕事と五条の相手に忙しくて見れていなかった…。

 

 

「早川さんの今日の任務は十七時から一級の任務が一件と、特級の任務が一件です。早川さんの実力なら十九時には終わるのでは?」

「そうだな」

「お二人とも心配されておりましたよ」

「….絶対七海に怒られる」

「でしょうね」

 

 

 久々の伊地知との会話を楽しむこと数十分。任務地についたのか、伊地知は車を止めた。

 

 

「到着しました」

 

 

 車から出ると、そこは森の入口だった。

 濃い呪力が蔓延しており、「ひっ…」と乙骨が小さな悲鳴をあげる。

 

 

「…特級か」

「…はい。五条さんからは「アキの戦いぶりを憂太に見せつけて憂太の純情なココロを射止めちゃってー! シクヨロ〜!!」とのことです」

「殺してしまえそんな奴」

「私には無理です」

 

 

 アキは「ハア」と重いため息を吐くと、乙骨の方に視線をやった。

 

 

「動けるか」

「は、はい」

「…戦闘はしなくていい。ただ見てるだけだ。下手に交じろうとするなよ」

 

 

 「死ぬからな」とアキは事実を教えてあげただけなのに乙骨は「ひぇ」と恐縮し、伊地知は静かに汗を流した。

 

 

 

 

 乙骨はビビっていた。とにかくビビっていた。

 呪術高専に来て早数日。その日々は怒涛の日々だった。処刑から始まり、自分が虐められっ子だったことを意図も容易く見抜かれ、挙句の果てには何故か嫌われる始末。目まぐるしいその日々はどこか輝いて見えたけれど、まだ始まったばかり。五条によく分からないまま任務に連れられたこともあったけれど、これはあの時以上によく分からない。

 

 例えば。あの時のバディは真希だった。乙骨は真希に嫌われているけれど、今と比べればまだマシだったように思う。初顔合わせで刃を向けられた仲だけれど、本人からの自己紹介も聞いていたし、歳もそこまで離れていないことからまだ接しやすかった。

 対して。早川アキはどうか。早川アキはいかにも「出来る人」を体現しているように思う。今では不揃いになってしまったけれど、最初はきっちりと髪は結われていたし、何よりシワ一つない黒のスーツというのは大人感を出すものだ。伊地知のようにヒョロリとはしていないちゃんと筋肉のついた体躯に、腰に帯刀されている(それ)に目がいかないほど乙骨は出来た子ではない。何より、五条は乙骨に「刀を使わせる」と言っていた。呪術の世界では銃刀法とかそんなものはないと聞いていたけれど、改めて自分が武器を持つと思うと怖いものだ。

 

(……早川さん、ずっと真顔だな。そうだよな、急に五条先生に僕を押し付けられたんだもんな。こうやって急に任務も押し付けられちゃって…嫌に決まってる。)

 

 そして何より乙骨はネガティブだった。元々、アキはそこまで表情が変わる方ではないのだが、出会って数分の乙骨がそれを知ってるわけないし、なんなら寝不足と五条のイラつきで若干アキは機嫌が悪かったので、尚更乙骨をビビらせていた。

 

(それに、リカちゃんが可笑しい…。)

 

 祈本里香。乙骨を呪っているのか、それとも乙骨が里香を呪っているのか、現時点ではまだ不明だけれど乙骨は里香を解呪するという目的を持って呪術高専に足を踏み入れた。里香は初対面の一年生三人に手を出した前科があるのだが、アキを見た瞬間から何やら可笑しくなったのだ。

 

 

『憂太ぁ、怖いよぉ"…怖いよお゙ッ!』

 

 

 ナニカに怯えるようにしてずっと。『怖い怖い』と言っていた。特に狐が出てきた時なんかは顕著で、リカと共に居てこんなことは初めてだったので殊更にアキにビビっていたのだった。

 

ーーそう。()()()。である。つまり、過去形である。

 乙骨は困惑していた。何故こんなことになったのだろうと。

 

 乙骨は今、焼けた大地で何故かアキに刀を借りてアキの髪の長さを揃えていた。

 気分的には処刑人の気分である。手はカタカタと震えるし、間違えて首を切ったら…なんて怖い想像もしてしまう。いや、なんでこんなことになったの…。

 

 「死ぬぞ」とアキに脅された乙骨は首がもげるのではないかと言うほど首を縦に振り、余計なことはしないと誓った。なんなら縛ってもいいと思うほど。分かればいい、と頷いたアキは伊地知に視線を向けると帳を張らせ、そこからはアキの先導で山を登ることになる。

 

 山はそこまで大きいものではなく、ものの三十分程で頂上についた。アキが言うには「土地神案件」とのことで、信仰の無くなった神が呪霊に堕ちた姿とかなんとか言っていた。

 

 アキが戦闘態勢をとると同時に、アキの背後にナニカが現れる。黒色のモヤのようなモノはそこら中に沢山の目をつけていて、それはギョロギョロと動いていた。

 

ーー呪霊だ。

 

 アキは呪霊に背後を取られている。これはヤバいと乙骨はリカを呼ぼうとした。けれど、それは数秒のうちに打ち砕かれることになる。

 

 

「姉さん」

 

 

 アキはその呪霊を「姉さん」と呼んでいた。それを聞いて乙骨は思い出したのだ。そう言えば五条は「()()()()()()()()()()()()」と乙骨を紹介していた。それに、乙骨が死刑だと聞かされた時も五条は言っていた。「上は死刑だなんだって騒いでるけど、結局前例が死刑になってないわけだから憂太も死刑にならず済むでしょ」と。

 ああ、あの呪霊(ヒト)が僕にとってのリカちゃんと似たような呪霊(ヒト)なんだな、と分かってしまった。

 そこからはその呪霊の土壇場だった。

 

 

『アキ、私はアレを使っちゃいけないって言ったよね。なんで使ったの』

「アレって…狐のことか?」

『それ以外になんかある?』

 

 

 どうやら呪霊は怒っていたらしい。敵の呪霊そっちのけでアキに説教を初めてしまった。が、ちょいちょい敵の呪霊が邪魔をするものだから『ああもうウザイ!!!』と最大火力の火炎放射的な何かで焼かれてしまった。『ゔあ゙あ゙あ゙あ゙!!!』と断末魔を上げて消えていく呪霊は中々にクるものがあるが、乙骨はそれに気づかない振りをした。これが大地が焼けている原因である。ちなみに、ピンポイントで呪霊を焼いたため、山火事にはなっていない。

 

 そこからは何やら呪霊に説教を受けたあと、アキは呪霊に抱きしめられていた。『お願いだから無理はしないで』そう言って抱きしめられている場面を見て、あの呪霊は早川さんにとってどれだけ大切なヒトなんだろうと乙骨は疑問に思った。

 

 そしてふわりと消えていく呪霊を見てアキは一言。「そうだ髪揃えねぇと」。よく分からないまま乙骨は右手に刀を握らさせられ、「髪揃えてくれねぇか」と首を差し出された。え? 僕は首を切るの? ん? え? は???

 

 「早く」と急かされ乙骨は「はいッ!!」と返事をしてしまった。

 

(へ、返事しちゃったよ…!! どうするの? ぼ、僕の馬鹿ぁぁぁ!! どうしよう、僕人の髪切ったことないよ! ていうかそもそも友達すらいなかった僕に髪を切れはちょっと無理なんじゃないの??? で、でもなあ…返事しちゃったしなー!! ていうか僕って人の髪を切れるほど器用なのか? 絶対不器用だよ。どうしよう、長さ間違えてどんどん短くなっていくパターンだよね!? これでまるちゃんみたいな髪型にしちゃったら……こ、殺されるー!!! 無理だよ無理無理無理無理!!! 五条先生! 真希さん!!パンダくん! 狗巻くん!!! 誰でもいい助けてくれ僕には無理だよー!!!!!! はっ、り、リカちゃんなら………ダメだよそれこそ首を切りかねないよッ! やっぱり僕がやるしかないのか!? でもどうしようそれで間違えて耳とか切っちゃったら………あ゙あ!! そんなことしたら顔向けできないよ!! それに、早川さんって真希さんたちにすごい尊敬されてたよな…ってことは変な髪型にしたら僕は真希さんたちに殺されるのでは??? いや、ダメだよ!! ぼ、僕にはリカちゃんを解呪するという使命があって……ダメだ解呪出来る未来が見えない。どうしようどうやっても五条先生が腹を抱えて笑ってる未来しか想像できない。予知夢? これは予知夢なのかな? あれ、予知夢って起きてても見れるものなんだっけ? ん????)

 

 乙骨が悶々と悩み震えている間にアキは眠気に襲われ、夢の中へ。そして帳は消えたのに中々下山してこないアキたちを心配してやってきた伊地知が卒倒するまであと数十分。

 

 




 

「アキって一体何者なのかなあ。「お姉ちゃん」に呪われてるけど…それ以外にも呪われてる。少なくとも()()。初めて会った時から黒いモヤで雁字搦めになってたけど…最近はそれが顕著に現れている。それに今日会ったあの狐…()()()()()()()。きっとあの口ぶりからしてアキは憶えてない。「お姉ちゃん」に聞ければいいんだけど…あの時のようにはいかないだろうし」


五条はギリッと親指の爪を噛む。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「あー! さすがの五条先生でも分かんないな〜ッ!!」そう言って五条は椅子の背もたれに寄りかかった。

 
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