なにぶん稚拙なところがありますが、温かい目で見てくれましたら幸いです。
暗い夜の町並みを青年は走る。
何かを恐れるように、何かから逃げるように。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
荒い呼吸、じっとりと濡れる汗。
強張った表情。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ここまでくれば」
きっと大丈夫だろう。
青年は安堵の表情を浮かべる。
だが、唐突に訪れる、悪い予感、寒気。
青年は半ば反射的に体を捻り、倒れこむ。
「―――」
口を開かない異形の怪物。
ただ、そこにいるだけだというのに、圧倒的な存在感を放ち続ける怪物。
「何なんだ・・・・・・オマエは」
「―――」
怪物は何も答えない。
感情のない目はただ、機械的に青年を貫く。
やがて、振るわれる一本の槍。
毒々しいまでに赤いその槍は青年の心臓を―――
「いやだ、死にたくない」
―――それは青年の心からの想い、願い、叫び。
故に答えた、故に始まる。
「―――!?」
異形の怪物が後退する。
同時に青年の目の前で光の奔流が巻き起こる。
莫大な力の具現。
体から何かが抜けるような、そんな感覚。
「―――痛ッ!?」
燃えるような左腕の痛み。
それは、ぼんやりとした青年の思考を覚醒させる。
「―――問おう」
眼前には一人の男性が立っている。
整った顔立ち、薔薇色の目。
黒髪をたなびかせ、軽装の青年は立っていた。
「君が僕のマスターかな」
微笑みながらその男は青年を見る。
まるで、この出会いが必然であったかのように。
目の前のドアを開ける。
しっかりとした、鉄製の扉を横に引く。
「―――」
そこには一体の異形が鉄格子の中佇む。
大小様々な目玉。
その目玉はそのすべてはただ少年を見つめ続ける。
「『SUN値チェックです』」
『ほらー、だからやめろって言ったじゃん』
『何のことだがわからないなー』
『発狂要員は黙ってろよ』
『これはwwwひどいwww』
「いや、むしろ予想しろよ。明らかにやばいってわかるだろうよ」
ネットカフェの一室で青年はぼやく。
「『1D100でダイスを振ってください』・・・・・・っと」
『見せてやるぜ! 俺のダイス運って奴を! ウオオオォォォ! あ、不定の狂気』
『ファーーーwwwww』
『アカン』
『これもうだめかも知れんね』
男がやっているのは俗に言うTRPG。
その中でも人気を博している1ジャンルであるクトゥルフ神話TRPGである。
「不定の狂気か・・・・・・『では、少年はその異形を目にしたことより、不定の狂気に蝕まれ、手にしていた拳銃を怪物に打ち込んだ』」
『う、うあああ』
『少年叫びすぎだろ』
「よし・・・・・・『銃弾を打ち込まれたことにより、異形の怪物はこの世のモノとは思えない断末魔を上げた。SUN値チェックです』」
『うわー! 飛び火した』
『まぁまぁ、こうなったら仕方ない。ダイス振ろうぜ』
『あ、SUN値0になった』
『おい、待て、お前の装備・・・・・・!』
「えーと、P4がゲームオーバーと『少女は錯乱し、散弾銃を周囲に放った』」
『みんな死ぬのよ・・・・・・。みんな・・・・・・!』
『おい馬鹿やめろ』
『こんなん避けられるわけないだろ(憤慨)!』
「『P2さん、P3さん、死亡です』・・・・・・終わったなこれ」
『だめだ、もうロリショタしかいない』
『実質、P4もゲームオーバーだからな』
「『残念だったねェ!』」
『GMェ・・・・・・』
青年は携帯を取り出し、時計を見る。
「あと30分で退室だな・・・・・・『すみません、もうすぐネカフェの退室が近いんで』」
『んじゃ、仕方ないな』
『おう、楽しかったぜ。ありがとな』
『え、俺まだ残ってるんだけど・・・・・・』
『精神科医死んでんじゃねぇか。無理だろ』
「『最後、少々急ぎ足になってしまったでしょうか』」
『いいんじゃね、十分ありえる判断だったし』
『負けたら負けたでしょうがない。GMの責任じゃないよ』
『むしろP4が戦犯』
『お願い☆』
『死因お願い☆か・・・・・・これは伝説になる』
『少女は悪いことしちゃったね』
「『それでは、退室します。ありがとうございました』・・・・・・っと」
青年は背もたれによりかかり眼鏡を外して、目を瞑る。
「あ゛ー、やっと終わった」
家のパソコンが故障し、急遽、ネカフェでのセッションとなってしまい、いつもより短かったが、それでも、終わったことにより今までの疲労が出てきているようだ。
「ん?」
振動する携帯。連絡先は大学の友人だった。
「もしもし」
『よお、元気かGM』
「やめろ、P4」
『ははは、ごめん、ごめんって・・・・・・で、用件なんだが、葛西、明日の授業サボるから、ノートとっておいてくれないか』
「なんか、用でもあるのか?」
『朝一で、兄貴の結婚式。美味いもん食ってくるわ』
「わかった、用件はそれだけか」
『まあな、あ、最近物騒だから気をつけて帰れよ』
「お前は俺のかーちゃんか」
『ママって呼んでいいのよ』
「死ね」
ピッ、と電話の通信が切れる。
何一つ変わらない日常。
普遍的な日常。
疲労のたまった体に鞭打ち、重い足取りのまま清算へ向かう。
小銭がたまって重くなった財布をポケットに無造作に押し込む。
午前中の暑さとは何だったというほど、涼しい夜の気候。
風が気持ちいいくらいに吹いている。
一歩一歩、ゆっくりと歩く。
世の中には恵まれない人々が多くいる。
普通の日常。
普通の生活。
そんなちっぽけなものを渇望し、手の届かなかった人々がこの世界には腐るほどいる。
恵まれている。
彼は―――葛西晴彦は日常を愛している。
だから、彼は今、究極の選択を迫られていた。
全身に鳥肌が立つかのような寒気。
だめだ、ここにいてはいけない。
全身が警報を鳴らす。
逃げなければならない―――何処に。
逃げ切ろう、逃げ切らなければ。
きっと、これに逃げ切ったなら、何の不自由のない日常に戻れるだろう。
だが、会ってしまった。
ソレに会ってしまった。
理性のない目、尖る歯、2mを超える身長。
素人目でもわかる引き締まった筋肉を持つ異形。
こんなものは知らない。
少なくとも、こんな幻想上の怪物など、創作の中で十分だと思っていた。
何かの企画なのか。
いや、むしろそうあってほしいとすら思うほどにその怪物は紛れもなく本物だった。
晴彦には何も出来ない、だからこそ、足掻くことしか出来なかった。
立ち向かう? 無謀だ、あまりにも無謀な選択肢。
彼は弱かった。
だから、それがどれほど無謀なことであっても逃げるという選択肢以外なかったのだから。
目の前の男に敵意はない。
あの怪物と違い、こちらに向ける威圧感とは別だ。
いわゆる安心、安堵の意を強い。
「マス、ター」
一体、何のことだと、晴彦は混乱する。
俺がお前のご主人様だって?
ねぇよ・・・・・・どうせならかわいい女の子がよかったわ。
失敬・・・・・・むしろ混乱の極地にいたようだ。
「まぁ、先ずは、敵の撃破だ。マスターは僕の前には出ないようにおとなしくしてくれ」
そういって、男は怪物に立ち向かう。
怪物はいまだ理性のない目で、外敵である男を見る。
「此度、アーチャーのクラスで現界した。君も、クラス名ぐらい明かしたらどうかな」
「―――」
男はアーチャーといった。
それ以前にクラスとは何だ。
新しい用語の数々に晴彦の疑問はさらに増えていく。
それは、晴彦の視界にも現れる。
ステータス値だ。
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷D 魔力D 幸運E
【ステータス】筋力C 耐久C 敏捷B 魔力B 幸運C
上が怪物の能力値、下がアーチャーの能力値である。
何段階評価かわからないが、こちらが優勢なのだろうか。
「無言か・・・・・・まぁ、武装から考えられるにランサーか、それともバーサーかーか。それが答えというなら仕方ない。来い」
アーチャーは怪物をランサーと決め打った。
怪物は腕を振り上げ、ゆっくりと構える。
静寂、両者は一歩も動かず、やがて痺れを切らした怪物は咆哮をあげ駆け出す。
「■■■■■■―――!!」
理性のない、獣のような叫びを放つ。
常人が聞いたら今にも卒倒しそうなほどの音の攻撃。
体が萎縮し、震えそうなほどの恐怖が詰まった咆哮。
「バーサーカーか、相手にとって不足はない、だが、甘い」
アーチャーは軽快な足取りで槍の一撃を避けると、バーサーカーの懐に潜り込む。
そもそも、アーチャーは本来遠距離主体の英霊。
圧倒的範囲からの狙撃こそが真価。
しかし、このアーチャーにその常識は通用しない。
「!!??」
その声は誰の声か。
バーサーカーはアーチャーの一撃を受け、後方へ投げ飛ばされる。
体勢を崩す敵に対し、アーチャーは弓を番える。
「こう見えても、近接戦はそれなりと自負しているんだ」
アーチャーが放つ一矢はバーサーカーの目に寸分の狂いなく命中する。
「■ッ――!」
バーサーカーが声を上げる、だが、その声は届かない。
アーチャーの第二矢はバーサーカーの喉元を射貫き、喉をつぶす。
「仲間を呼ばれたら面倒だ。さぁ、決着を付けよう」
流れるような弓捌き。
アーチャーの攻撃は額、心臓、肺、眼球。
アーチャーの攻撃は悉く人体の急所を射抜く。
しかし、バーサーカーもただの雑魚ではない、アーチャーの矢を弾き、自らの得物を投げ、牽制する。
「逃げるか・・・・・・。だが、逃がしはしないぞ・・・・・・」
そういってアーチャーは一本の矢を番える。
だが、その矢は今までの矢とは違っていた。
アーチャーは矢に力を込め、姿の見えないバーサーカーに向け矢を番える。
それを、バーサーカーに向けて、放つ。
「―――なっ!」
その矢は様々な物体を透過し、バーサーカーへと迫る。
そして、今までの矢とは段違いの威力で正確にバーサーカーの心臓を抉る。
「―――!?」
まるで、自身に何が起こったのかを知らずにバーサーカーは夜の闇に溶けていった。
その光景はまるで、この世の物ではないような、まさしく非日常の幕開けだった。