お前ラスボスだったのかよ・・・・・・。
「・・・・・・」
「・・・・・・っと、済まない。どうやら少し興奮したようだ」
アーチャーがそういうと張り詰めた空気は霧散しその右手でアーチャーは顔を覆う。
大人気ないと、アーチャーは自嘲しながら反省する。
「いや、大丈夫さ。それよりもさっさと運ぼう。長居しすぎだ。日が暮れるまでに帰らないとな」
「そうだね。ただでさえ危険が多いんだ」
相手が何時どこでこちらを狙っているかわからない状況で自陣でもないところで戦うのは下策だ。
さっさと出ることに越したことはない。
鞄を持ち、フロアを抜け、エレベーターに向かう。
二人の間に言葉はなく、ただひたすらにエレベーターが上がるのを待っていた。
甲高いベルの音とともに、ドアが開く。
「何階ですか?」
偶々エレベーターに乗っていたボーイが晴彦に尋ねる。
「一階のロビーまでお願いします」
「畏まりました・・・・・・」
ボーイは一階のボタンを押し、次にゆっくりと『閉』のボタンへ指は差し迫る。
瞬間、何故かわからないが違和感、雰囲気を晴彦は感じた。
そしてふと思い当たる。
(あれ? このホテル、―――エレベーターボーイなんていたか?)
じわりと浮き出る汗。
ボーイの左手を見れば、そのしぐさはまるで懐から何かを取り出すようで―――。
(アーチャー・・・・・・)
(どうした、晴彦)
強く、晴彦は一人鞄を強く握りしめる。
頭の中でレイヴ・ロザンの言葉を思い出す。
『―――アサシンは、受肉したサーヴァントだ』
努めて平静に、相手に気取られてはいけない。
故に、見るのはただ一箇所、エレベーターの『閉』ボタン。
そしてタイミングに合わせるかのように、晴彦はアーチャーに念話を伝える
(―――もしかしたら、戦うことになるかもしれない)
そしてボーイの指がボタンに触れたその瞬間、一瞬にしてボーイが此方を振り向く―――!
殺気、アーチャーは機敏にそれに対応し、霊体化を解くが、いかんせんこの距離ではさすがに敵があまりにも有利すぎた。
まるで、こちらのサーヴァントがアーチャーであるのを知ってるかのように近距離、かつ逃げ場のない室内での行為。
してやられた。
届かない、目の前でわざわざマスターを殺されるのを黙ってみることしか出来ないのか・・・・・・。
「―――晴彦ッ!」
手を伸ばすも、その距離はあまりにも遠い。
自分が晴彦を押し倒すのが先か、敵が晴彦を殺すのが先か、その答えは今まさに後者に傾きつつある。
つり上がる口角、歪む表情。
圧倒的な殺意の塊であるソイツは無慈悲に命を刈り取る悪魔他ならない。
刹那、振り抜かれた抜き身の刀身が晴彦に襲い掛かる。
振り抜かれれば最期、彼は物言わぬ骸となるであろう一撃。
意識の外からの不意を突いたその英霊の殺意に、晴彦はなすすべもなく死に絶える。
―――そう思っていた。
「―――いッ、痛ゥ・・・・・・!」
飛び散る鮮血、痛みを堪える男の声、目を見開く、二人の英霊。
アサシンの刃は確かに晴彦を傷つけることに成功した。
しかし、その一撃は晴彦の命を刈り取るには届かなかった・・・・・・!
(なんていう運ゲーだ・・・・・・! たが―――)
晴彦が生き延びた要因は二つ。
一つは前情報と違和感に気付き、相手を特定出来たこと。
そして、もう一つ。
運がいいことに、丁度いい盾を所持していたことである。
(―――腕一本で命が買えるなら安いもんだ・・・・・・!)
決死、あるいは火事場の馬鹿力とでもいう極度の神経と集中によって手繰り寄せた生存への道筋。
紙一重、アサシンの攻撃は心臓を狙い一直線。
鞄と腕を胸の前で押さえ、ナイフは鞄を貫通し、腕に裂傷を与えるも、致命傷からは程遠い。
九死に一生、命を懸けたその判断に対し、見事晴彦は賭けに勝った。
「晴彦ッ、君は―――!」
なんていう無茶をやってのけたのだ。
アーチャーは驚嘆するが、今はそれどころではない。
あらゆる能力値ですら弱体化したアーチャーの全てを下回るアサシンだが、それでもただの人間である晴彦とはそれこそ雲泥の差がある。
ただ刺されただけでもなにかしらの隠し球があるのではないか。
アーチャーの思考は止まりかけるが、それでも長年の感覚で、ここで立ち止まるべきではないと体が告げる。
しかし、相手もまたサーヴァント。
エレベーター内の三人の中で最も早く行動したのは他ならぬアサシンである。
晴彦は動けない、一般人であった彼にとって、これほどの痛みはとてもじゃないが許容できない。
右腕の患部を押さえながら、ゆっくりと地に伏す。
エレベーターの戸が閉まる。
タイミングを合わせるように、アサシンはするりとフロアに避難する。
その口に笑みを浮かべながら、アサシンはアーチャーを嘲笑する。
今からアサシンを追うことは出来ない。
可能か不可能かといったら可能であるが、このまま晴彦を一人にするのは愚策である。
このまま見逃すのも許容できない。
なら簡単だ、ちょっとした意趣返しだ。
晴彦が盾として使った鞄。
アサシンのナイフをもろに受けたためにぽっかりと穴が開いてる。
それほどのダメージだ、なにかしらの自衛手段が発動してもおかしくはない。
運よく晴彦の下敷きにはならなかったその鞄、拾い直して、すぐさま投擲する。
鞄は扉をすれすれに通り抜け、回転の威力の高まったそれはアサシンの背後に。
扉は閉まる。
すでにアーチャー達は扉の向こうを伺い知ることはない。
しかし、分厚い扉の向こうから聞こえる爆発音はそれなりに大きな威力を示すには十分であった。
「晴彦ッ、大丈夫か・・・・・・!」
「痛い、無理。死ぬ・・・・・・」
「結構、そのくらいの軽口がたたけるなら大丈夫だ」
アーチャーはすぐさま、患部を確認する。
幸い、鞄のお陰で骨が見えるが神経をうまく外しており、軽傷で済んだ。
ただ出血が酷いため、右手を上に掲げ、少しでも出血を減らす。
アーチャーは晴彦の傷口をなぞるように手をそえる。
晴彦は痛みに顔をしかめ、アーチャーは異変に気づく。
「サティラ」
聞きなれない言葉をアーチャーは告げる。
マントラ―――古代サンスクリット語で表されるそれは神々の真言を唱えることで一時的に神の力を行使する、インドならではの魔術体系であり、時代が下るにつれ、密教、陰陽道に取り入れられた、まさしく日本の魔術の原型と言えるものである。
マントラは一節程ではあるが、大きな魔力の奔流が晴彦を包む。
晴彦はどことなく不安そうな心持ちながら、詠唱を終えるまで待ち続ける。
しかし、晴彦の傷は全くその様子を変えることなく塞がる気配は全くない。
確かに魔術は作動してるにも関わらずであるのに・・・・・・。
「・・・・・・なるほど、そういう事か」
「何か分かったのか・・・・・・」
今度の魔術は不発。
そうしてようやくアーチャーは得心がゆく。
「晴彦、試してみたマントラからわかったことだけと、少し厄介なことになった」
「なん・・・・・・、だと・・・・・・」
自分の体にいったい何があったと言うのか・・・・・・。
内心の恐れを隠しきれずに晴彦の顔色は真っ青に染まる。
「傷は治療出来ない。あぁ、全く腹立たしいことにね。僕の力じゃどうしようも出来ない程の呪詛だ」
冷静に、そして端的にアーチャーは症状を告げる。
何も治療出来ない程の傷を負うことも、他人が負うのも見てきたアーチャーにとっては慣れたもので、そういった冷静さが晴彦の安定に買っていた。
「いや、呪詛というのもちょっと違うね。もっと概念的な、そうあれと義務付けられたかのような・・・・・・。まぁ、大きな違いはないだろう。直ちに影響はないよ」
「おい」
それは何かのフラグではないのかと、晴彦は喉元まで来るのを堪える。
正直ファンタジーだの浮かれる以前に命の危機である。
すがれるもんなら神様でもすがる思いだ。
「とりあえず、侵食と悪化を防ぐために少し術を掛けるよ。プラシャマナ」
アーチャーが術をかけると、熱を発するほどの痛みは大分軽減した。
「その術は・・・・・・」
「いわゆる鎮静の呪いさ。大分痛みは引いたと思うけど、過信は禁物だよ。アーチャー程度じゃ、ほんの気休めでしかない。最悪壊死しちゃうから」
「魔術って万能じゃ無いんだな・・・・・・」
おどけて笑ってみるも、アーチャーの言葉に晴彦は引き気味であった。
そりゃそうだろう、突然壊死と言われてどん引かない奴などそうはいない。
いるとしてもどこか頭のぶっ壊れた奴か、そういった言葉に慣れたアウトロー位だろう。
「キャスタークラスなら色々と出来ることもあったけどね。アーチャーじゃ、流石に一部を除いて万全という訳にはいかないよ」
アーチャーはそう呟く。
本来ならば、元々このマントラは聖仙ヴィシュヴァーミトラから習い承けたあらゆる武器の受納のマントラ。
一つ一つのマントラにより準宝具級の武装の召喚を可能とする秘技である。
キャスターならばあらゆる武器を操り圧倒的手札を以て傷程度はどうにかなっただろうに。
しかし、クラスと言っても一長一短、それぞれに出来ることと出来ないこともあるのだ。
「とりあえず、血をどうにかしないとね。病院に行っても治療は絶望的だろうから、レイヴ・ロザンに要相談だ」
「この状況の後始末はどうするんだ?」
「一応幻術で誤魔化すことは出来なくもないけど・・・・・・」
「出来なくもないが、なんだ?」
「大分魔力を食うからね。いやはや、一人二人なら兎も角、そんな桁じゃないんだろう。だったらまぁ、別にやらなくてもいいんじゃないかなぁ・・・・・・。うん、きっと教会が何とかしてくれるよ! 悪いのは向かってきた相手ということで」
「・・・・・・つまり?」
「放置安定! 晴彦は走ってホテルを出れば、上の階の惨状とあわせて勝手に勘違いしてくれるよ」
「お、おう」
それでいいのかコーサラ王。
とはいえ、それ以上の作戦も建てられる気がしないので順当に意見は採用される。
後で警察の厄介になったりするんだろうなと思いつつ、晴彦は行動を開始した。
地上で人通りの多い道を行く晴彦とは対照的に、アサシンは薄暗い路地を転々と駆けていた。
背中には大きな火傷、体の至るところに裂傷を負うが、アサシンの歩みを止めるほどの傷ではない。
投擲の瞬間、殺気の無い攻撃を受けたために反応することが出来なかったことに、アサシンはアーチャーとの隔絶した戦闘経験の差を思い知らされた。
アーチャーに対する対策が不十分であったと言わざるを得ないだろう。
「―――」
路地を進むと、やがて行き止まりに辿り着く、アサシンは戻ることなく器用に積み上がったコンテナなどの足場を使い、壁を乗り越える。
そうすると何処とも知れない建物の屋上に登る。
ふと空を見上げれば雲ひとつ無い晴天とギラギラと輝く太陽があり、若干の鬱陶しさを感じることとなった。
「猟犬の姿は無し。手を組んでいる訳ではないのか・・・・・・、いや、早計か・・・・・・。どちらにせよ、私の帰りを阻むものはないか・・・・・・」
少しの反省、殺し殺される、そのような遊戯ゆえに同じ二の轍を踏みたくない。
アサシンはそんな自問自答の後、ちらりと己の体を見る。
「―――酷いものだ、治すには新しい皮膚が要るな。マスターの肉体はまだあるが、とてもじゃないが火傷を覆い隠せる程はないな・・・・・・」
暫し目をつぶり、頭のなかで考えを熟考すると、アサシンはおもむろに愛用のナイフを取り出す。
「狩るか、出来るなら私の肉体と適合しているのがいいが・・・・・・っと、あれは―――」
皮膚移植の経験はほとんどないが、ぶっつけ本番で令呪の移植を成功させたのだ、不可能ではないとアサシンは確信する。
というわけで、手ごろな人間を探してみようとあたりを見回す。
するとどうだろう、遠目からアサシンは一人の少女を見つけ出す。
黒檀のような艶やかな髪、白磁のような美しい肌、衆人からでもわかる程に目を引く美貌の少女。
「別のマスターか・・・・・・」
ランサーのマスター、近衛結香。
アサシンはその存在を知らないが、近くには確かにサーヴァント特有の力の奔流をなんとなく感じさせる。
事前情報もなく打ち合うのは御免だが、数少ない敵マスター、火傷を負っているが、白衣で誤魔化せばどうということはない。
そもそも、打ち合う必要性もない。
うまくいけば、相手陣地の特定に繋がる。
しかし、ここで逃げることも選択としてなくはない。
ハイリスクハイリターン挑むかローリスクローリターンの安全策を採るかの話だ。
「あぁ、そうだ。ここで帰るのはとてもつまらない。なら、話は簡単だ―――」
アサシンは鉄柵に足を掛ける。
不敵に笑うその表情は実に愉しそうで、彼の意識の天秤がどちらに傾いたのかは言うまでもない。
サーヴァント特有の跳躍力で、空を切るアサシン。
ビルからビルに一足で着地し、その勢いに押され、次のビルに跳び移る
目指すは彼女の行き先、その行動パターンやその他諸々の情報を手にいれる為。
「―――さぁ、愉しくなってきたぞ・・・・・・。聖杯戦争、中々どうして悪くない」
気だるい午後下がり、聖杯戦争の局面はどのように動くのであろうか。
その答えは未だ神のみぞ知るものでしかない。
マントラについて一部改訂しました。