欠けた夢を見た。
少年は矢をつがえる。
少年の眼に映るはだだ、目標である獲物のみ。
弓を放つまでのその瞬間、少年の時は静止する。
木々はざわめき、泗水は流れても、少年はじっとしたままその姿勢を崩すことはない。
ふっ、と突然の風が吹く、驚いた鳥たちは驚き、羽ばたく。
―――その瞬間のこと、ギリギリまで引き絞った弦をから放たれる矢は直線的な軌道を描き、獲物へ肉薄、その矢に気づいても後の祭、少年の放つ矢は見事獲物を捕らえた。
「見事です兄上」
後ろから声がかけられる、気づいてないということはなく、声の特徴からおおよその人物は分かっていた。
「ラクシュマナか・・・・・・、見ていたのかい」
「兄上のいるところ、そこが常に私の居場所ですから」
ニコリとラクシュマナは微笑むと獲物の回収へと向かう。
まだ息があったのだろう、ナイフを取り出すと、首筋にナイフを差し込み、雄鳥を逆さに吊り上げ、血を抜く。
「見事な雄鳥です。ヴィシュヴァーミトラ僧も喜ぶでしょう」
「そうだね。ともかく僧正を一人にするわけにはいかない、見識を深めるために王城から飛び出した手前、不甲斐ない結果を残すわけには行かない。すぐに戻るぞラクシュマナ」
「はい、兄上」
来た道を戻り、森林を駆ける兄弟。
王の苦渋の決断の末、こうして一人のバラモン僧と旅をするという選択をしたラーマとラクシュマナ。
彼らは今仕えているバラモン僧の儀式を邪魔する羅刹から僧を守るために今回の旅に同行することとなった。
林を抜け、少し開けた場所に戻ると、一人の男性が座り込み、瞑想にふしていた。
「僧正、ただいま戻りました」
ヴィシュヴァーミトラは微動だにせず、沈黙を保つ。
この僧正はそもそも、ラーマたちと同じクシャトリヤとして生まれ、長年の苦行の果てにバラモン僧へと至り、世に
聖仙となっても修行を怠ることなく、堅物のような真面目さであるが、不思議とそのような硬さをラーマは嫌いではなく、むしろ好ましいくらいであった。
「兄上・・・・・・」
「ラクシュマナ、ああなった僧正は梃子でも動かないよ。今日はここで野宿だ。幸い、夕食にはありつける」
「分かりました。薪を拾ってきます」
そうすれば行動は早い、ラクシュマナは薪を拾いに、森を散策し、ラーマは石を拾い焚き火の準備に移る。
荷物から毛布を取りだし、夜に備える。
聖仙ヴィシュヴァーミトラと共に各地を回る旅路に付き添うこととなったラーマ。
ラーマにとって、聖仙ヴィシュヴァーミトラとは、学問は元より武術や魔術の師である。
「ミティラーですか」
「うむ。この森を抜ければ時機にミティラーに着くであろう」
夜が明け、火種が無くなり掛けたとき、ヴィシュヴァーミトラはそう切り出した。
「物資の補充ですか」
思い切ってラクシュマナは質問する。
修行を兼ねての難所を歩んできたこれまでの旅路ではミティラーなどの王都に行くのは初めてのことであった。
「それもあるが、そのようなことは近隣の村でも可能だ。ラーマよ、貴様は後に王となるもの。様々な国を見て見識を深めるのも良かろう。武勇だけが王の資質でない、智勇兼ね備えてこその王。ラーマ、貴様にはその資質がある、ワシが保証しよう」
「もったいない言葉です」
「謙虚も過ぎればそれはいらぬ妬みを買う。自信を持つのだ、これは貴様にしかできぬ故にな・・・・・・」
「兄上、ヴィシュヴァーミトラ僧の言うとおりです。コーサラ国の未来は兄上に懸かってるのです、そのような弱気ではだめです」
コーサラ国の第一王妃から生まれた嫡男ラーマの期待は篤い。
生まれながらにして優秀なこの兄は若くして尊敬を集め、且つ努力を怠ることもなくその弓の技量において群を抜く。
「・・・・・・そうだね、僕の一挙一動は全て故国の評価といっても過言じゃないからね。ありがとうございます僧正、ラクシュマナ」
「ふん、礼など不要だ。とっとと準備をせんかこのままではミティラーに着くのは夜中になってしまうぞ」
「「はい! ただいま準備を!」」
威勢よく返事した後、兄弟は素早く準備に取り掛かる。
長日の野宿によって多少なりとも軽くなった荷物を背負い、街道を目指し、ミティラーへと向かう。
「そう言えば、ミティラーにはとある噂があってな。何でも王家に伝わる弓があってな、それを引くことができたものには王の娘である美姫を妻に迎えることができるらしい」
「弓に美姫ですか」
「うむ。まあ、それもまた着いてからのお楽しみという奴だ。どうだ? やる気が沸いてきただろう」
「ははは」
「あ、兄上またごまかしている」
「・・・・・・誤魔化してなんてないよ」
「質問をぶつけられて笑うのは兄上の誤魔化し癖ですよ。疾く直すべきです」
そういって弟に窘められる兄。
前途は多段、目指す先に何があるのか未だ知らず、なぜなら彼らの旅路は始まったばかりなのだから。
しかし、彼の胸は高揚し、足取りは軽い。
見果てぬ国がある、知らないことは多い。
美姫に興味がないということはない、王家の弓というのも多少は気になる。
未だ未熟なこの身、されどどこまで試せるか、その真っ直ぐな心意気を胸に彼は往くのだから。
目を覚ませばそこには白い天井が。
「知らない天井だ・・・・・・って、えっ? ここ何処」
様式美に決めてみたが、それでも多少の混乱は否めない。
目が覚めたら見知らぬところにいるというのは現在リアルタイムで命の危機に瀕していた彼にとっては恐怖でしかないのだから。
「落ち着いてくれ、晴彦」
「―――っ! って、アーチャーか」
「ここは警察病院の一室だよ、あぁ、一応今の僕の名前はガンジーだから、警察に尋ねられたらそういうように」
突然現れた自分の相棒に驚いた晴彦だが、数秒の後、状況を理解する。
「・・・・・・あぁ、お前が送ってくれたのか。えーと・・・・・・、確かお前がナイフを持っていたところまで覚えてるんだが・・・・・・」
「あの程度軽いもんさ。腹に穴が開くぐらいじゃないと傷とはいえないよ」
「いやその理屈はおかしい」
こいつはまともで常識人のふりをしているが、本当はぶっ飛んだ人間じゃないのかと訝しむ晴彦であるが、それでも命の恩人であることは間違いないのだろう。
「とりあえず、傷口の摘出には成功したよ。大まかな部分は院長さんに頼んだけどね。じきに治る傷でもあるし、後遺症も問題ないと聞いたから」
「・・・・・・そう、か。ははは、一応ほっとした」
ふと、自分の右腕を見る。
腕には包帯を巻いた跡と共に、手の甲にも包帯が巻かれている。
恐らく、警察が手の甲の令呪を何らかの痣と誤認しただけだろうと晴彦はそう思った。
「・・・・・・」
「どうしたかな晴彦」
「・・・・・・いや、なんでもない」
痛みに耐え切れず気絶したのはまだ良い、命を救ってもらった以上、文句を言うのは筋違いだからだ。
問題は明晰夢とでも言うのか、不思議な夢を見た。
しかも、その夢に出てきたのはアーチャーだ。
なんとなく晴彦はそのことを言うのは憚られた。
人の記憶を勝手に覗かれて良い気分の人間はいないからだ。
特に晴彦にいたって、それは顕著である。
「人を呼ぶ、悪いが霊体化してくれ」
「・・・・・・うん、分かったよ。無理だけはしないでくれ」
「あぁ」
枕元のナースコールを押してから数分後、晴彦の事情聴取が行われることとなったのは想像に難くないことだった。
「―――さて、それでどこまで話したかね」
「ヨーゼフ・ウッド・アルビオンの概説までよ」
「ああ! そうそう、そうだった。といってもこれは君に対する質問になってしまった、失敗失敗」
「あら、良いのかしら」
「構わんよ、客人を最上にもてなすのが私の流儀だ。先のは待たせてしまった謝罪だよ。何せ、今の我々は敵ではない」
にこやかに、且つ和やかに表面上を取り繕いあう二人。
その裏は熾烈な交渉戦の中に二人はいる。
レイヴ・ロザンが知る情報、早瀬七海が知る情報、その中でも己に有用な情報を聞き出す交渉戦。
しかし、深入りは禁物、相手の懐に入った瞬間、そこで交渉は終了。
(今・・・・・・ね。なるほど、飴ねこれも。ありがたいことだけど、つつくのはここじゃないわ)
今ということは後々まで保証はできないこと。
会話の最中、彼がまだ聖杯をあきらめていないことを七海はぼんやりと理解していた。
確証はない。
そもそもこの交渉戦で確証を得る質問を出しにくい以上、非常に難しいゲーム展開が予測される。
嘘は言えない、言った瞬間からこの身は呪われたものとなる、それだけは避けなければならない。
「とは言え、手番はまた私なのだがね」
「えっ・・・・・・」
一瞬どうしてかしら、といいそうになったが、すんでのところで堪える。
レイヴが自信満々に言うところ嘘ではないのだろう。
「・・・・・・まさか」
「君は『良いかしら』と問うた。対して私は『構わんよ』と答えた。うん、これで一巡だ」
「・・・・・・」
狡猾。
英国紳士を舐めていた。
そんなのありかといいたいが、レイヴの言うところ、それはルールに則っている行為だ。
現に彼がセルフギアスによって罰せられてないのがその証拠だろう。
「卑怯者」
「ははは、聞こえないなぁ」
あくまで知らぬ存ぜぬ。
若い頃は辛酸舐めさせられてなんぼのもの。
だが筋は良い、早瀬九郎は良い娘を持った。
少しだけ、そんな優秀な魔術師を追悼するが、所詮は顔も分からない男、想いをはせるといってもその程度だ。
「まぁ、話に移ろう。君はロナウド・ハーペン神父とは懇意な仲だと思うが、実際のところ、教会はどの程度安全だろうか」
「・・・・・・ハーペン神父は元々やり手の代行者よ。正直言って、そんじょそこいらの魔術師に負けるとは思わないわ。だだ、そんな彼に気づかれずに聖堂に侵入したヨーゼフ・ウッド・アルビオンに対しては未知数ね。基本は安全でしょう。でも、完全に安全とはいえないわ」
未だ実力を見せない魔術師であるヨーゼフ・ウッド・アルビオン。
優秀か、凡夫かの判断もつかないからこそ、恐ろしい。
「なるほど、教会は安全ではないと」
「質問、私の知らないサーヴァント、アーチャーとアサシンについて教えて頂戴」
「・・・・・・よかろう。アーチャーの能力値は見たところ中堅程度、スキルに関しては良く分からん」
「ほかは」
「褐色に近い肌、美しい瞳、装飾を見るにおそらくは東洋系の英雄であろうな」
「アサシンに関してはもっとよく分からん。白衣を着ていたことより、近代以降の英雄だろう。得物はナイフだ。ライダーを一撃で仕留められた」
「近代ね、神秘の格はそうでもないのかしら」
「そして、奴については重要なことがある。奴は受肉化し令呪を所持していた」
「・・・・・・」
受肉化、しかも英雄の受肉化などそうそうできるものではない。
それこそ、聖杯を使うなどの多大な神秘を必要とするであろう行為だからだ。
「不穏ね、しかも令呪を持っていたとすると・・・・・・」
「あぁ、マスター不在の単独だろう。下手すれば、神秘の秘匿を構いもせずに暴れまわるやもしれん。そうすれば・・・・・・」
「聖杯戦争どころでないと・・・・・・。このことはほかに?」
「神父に一言。ただし、本当にマスター不在かどうか分からん限り、教会も強くは出れん。やましいことをしているのは我々も変らないことだろう」
「失礼ね。私はきちんと理解していますもの」
実に心外であると頬を膨らませる七海。
そんな表情にレイヴは微笑ましく思った。
冷えた紅茶を一口飲むと、味気ない感じがした。
「私の知っている情報はこんなところだろう。満足かな」
「アサシンの身体的特徴についてもう少しよろしいかしら」
「身体的特徴か・・・・・・髪は黒、整った顔立ちのコーカソイドだな。あとは・・・・・・妙な言葉をしゃべっていたな。よく分からんが」
「妙な言葉?」
「まぁ、会ってみれば分かるだろう。あるいはこちらを油断させる策だっだやもしれんな」
未だに理解は出来ないし、出来たとしてもどうせろくでもないことだろうとレイヴは見切りをつける。
事実その通りであるが、七海はそんなアサシンに対し疑念を募らせるのであった。
それにしてもレイヴの話し方が気に入らない。
情報を小出ししたかと思えば、今度は多く情報を掃き出す。
おかげでこっちは必要な情報以外にも気になるものが多くなる。
話せば話すほど疑問が湧き上がる、そんな興味をそそられる話し方だった。
「さて、ホームルームまで時間がない。まだほかに気になることはあるかな」
その言葉でふと携帯を取り出す。
現在午前八時三十分。
SHLまであと十五分ほどのことだ。
「ないわ。そちらの手番よ」
「ふむ、制限時間もないと見た。ならば、これが私の最後の質問だ」
レイヴはこめかみに指を当て、考えるそぶりを見せながら、強く告げる。
「―――小聖杯、あるいは大聖杯を所持しているものは誰か」
小聖杯、それはまさしく脱落した英霊の魔力を内側に取りいれる器。
「・・・・・・」
ここぞとばかりに難しい質問であるが、それ以上に、この男は何を思ってこの質問をしたのか、七海はそれが非常に気になった。
「小聖杯に関しては現在不明、大聖杯に関してもね」
「・・・・・・本当にそれだけかね」
「私だって分からないことぐらいあるわ、ただ・・・・・・」
「ただ」
七海は口をつむぐ。
言いたくはない、しかし、ギアスによってそれは不可能だ。
「―――用意したのはヨーゼフ・ウッド・アルビオン。大聖杯、加えて小聖杯に関して、彼なら知ってるはずよ」
最悪は両方の所持。
ライダーが脱落したことより、まず英霊一騎分の魔力がすでに小聖杯に宿っている。
つまり、聖杯自体はいつでも使用可能という状態であるということだ。
あの男のことだ、どうせろくでもないことに使うのだろうと七海は決め付けた。
「なるほど。ヨーゼフ・ウッド・アルビオンがやはり主宰か・・・・・・」
かくして、レイヴの予想は半ば当たったといえよう。
最初は七海自身が小聖杯かと思ったが、どうも違うらしい。
「・・・・・・」
そして、七海はひとつの仮説を建てる。
「貴方は―――」
そのような力はない筈、それでも万が一のことがある。
手が届くなら、そう、手が届きうるものだとしたら、誰もが手を伸ばす。
それは当たり前のことである。
「―――貴方は、この聖杯戦争の場面に再び上がる。そうじゃないかしら」
可能性としてはなくはない。
たとえば再契約。
彼はすでにアーチャーと接触済み、それでなくとも魔術師、恐らく、根源のためなら命すら惜しくないはず。
しかし、彼は七海を一笑に付すかのようにほくそ笑む。
「君が何を考えているかは分からないが、その答えはYESだ。あぁ、私は聖杯を諦めてはいないとも」
堂々とレイヴ・ロザンは言い切った。
「・・・・・・ゲームは終わりだ。人生の先輩として忠告しよう。学友とは仲良くしておいたほうがいい。大人になったらそんな余裕はないからね」
「・・・・・・忠告、感謝するわ。けれど」
席を立ち、出口に向かう七海に声をかけるレイヴ。
そんな彼の忠告に対し、顔を見合わせずに七海は告げる。
「―――私と貴方は敵同士、馴れ合いは結構よ」
放った言葉は拒絶。
未だ若いこの少女は多少の潔癖であり、そんな青さをレイヴは微笑ましく見ていた。
「―――それでも、だ。我々が敵対し、袂を分かち、殺し合いの最中になろうとも、せめてその時までは友好でいたいというのは間違いかな」
故に、彼が彼女に与えるのは教訓。
おそらく、彼女は自分と似たような性を持っている。
証拠も何もないが、なんとなくそんな気がした。
「―――我々は魔術師だ。喩え友であろうとも、信念のために相手の背中を撃つ。それが出来るのが我々だ。それを、すべきなんだ・・・・・・!」
そうでなければ到底生き残れない。
聖杯戦争はそんな甘いものではない。
「・・・・・・すまないな、引き止めてしまって。ただ、私人として、とても好ましいと思う。それだけは本心だ」
「・・・・・・」
七海は振り返らない。
彼女にはもう立ち止まるという選択肢はない。
ただ、彼の言葉だけはなぜか頭からは離れなかった。
レイヴさんは口であれこれいいながら結構なお節介焼き、まぁ、下心が全くないとは言いませんがね。
ともあれこれで一段落、次の局面に移ります。