「随分とまァ、ゆっくり来たじゃねェか」
「淑女のエスコートがあったからね。まさか不満はないだろう」
四谷の大地主早瀬家への道中にて不遜に立ちはだかるセイバーと距離をとりながらランサーは相対す。
「―――フン」
セイバーはつまらなそうに鼻で笑いながら自身は一歩後ろに後退する。
セイバーに代わって出てきたのは彼のマスターたる少女、早瀬七海だった。
「久しぶりね、ランサー、そしてそのマスターさん。会うのはこれで二度目かしら」
彼女もまた不遜ながらも実直な少女だとランサーは七海を見受ける。
英雄に相対し我を通すなど中々できることではない、だからこそセイバーと協調できているというのは想像に難くなかった。
「戦う前に少し話でもどうかしら? 屋敷に案内するわ、そちらも長旅でお疲れでしょう。腰を落ち着けてはどうかしら」
「マスター」
ふとランサーは結香に目くばせをする。
結香は一つ頷くとランサーは黙って交渉の矢面に立つ。
「話は結構だ、私らは戦いあう運命にある。この戦いの勝者がただ一人ならば話し合いなど不要だろう」
「どうしても、話を聞くことはないと」
「あぁ・・・・・・」
「そう、ならしょうがないわね。セイバー」
「ったく、こうなることはわかってだだろうに・・・・・・。まァいいか、ウチの面子の埋め合わせのためだやってやろうじゃねェか―――!」
巨体に似合わない速度で間合いを詰めるセイバー。
地面は陥没し爆発的な速度から放たれた巨体から繰り出すのはその身に余るほどの大剣・・・・・・、ではない。
「―――うらァ!!」
「―――ッ!!」
突然の攻撃により、何とか防御に成功したランサーだが、その威力は並大抵のものではない。
蹴りがあたった瞬間、広範囲に吹き飛ばされるランサー。
木々の数本を薙ぎ倒し、セイバーはランサーを追いに向かう。
「へますんなよ、マスターッ!」
「えぇ、私に慢心の言葉はないわ。誰であろうと、等しく全霊を以て応えましょう・・・・・・!」
「イイ言葉だ!」
その言葉を後に、セイバーはランサーの下へ疾駆する。
「まったく・・・・・・」
そんな嬉々としたセイバーとは異なり、七海はため息をつく。
「吹っ飛ばされたランサーよりもマスターを討てばいいというのに、あの単細胞ったら戦いのことしか頭にないのかしら」
しかしそんな愚痴をこぼしつつも魔力路を活性させ、戦いの準備へと移る七海。
見据える標的はただ一人、敵であるランサーのマスターだ。
「じゃあ、始めましょう。魔術師の戦いをね・・・・・・」
不敵に笑うその表情はどこか妖艶だった。
「どうしたァ! 逃げてるばっかじゃ俺を倒せねェぞォ!」
周囲を薙ぎ倒し、圧倒する激震。
その暴風はただ一つの目標に向かい破壊をまき散らす。
「くっ・・・・・・」
しかしランサーはその圧倒的な暴力を圧倒的技量をもって防ぐ。
セイバーを大木と評するなら、さながらランサーは柳だ。
しのぎ、削り、隙をみてはセイバーに肉薄する。
だがそれでもセイバーに傷をつけることは叶わない。
それどころかランサーのほうが徐々にだが消耗は激しい。
「ゲアハハハハハハ、最高だ! 最高だぜェ!」
その巨体は赤を超え、白く発熱し、周囲一帯に熱風をまき散らす。
周囲の木々は水分を失い枯れ果て、あるいは自然発火を生じさせる。
「マスターの前じゃこんなことは出来んからな。誤って殺しちまう。だがまァ・・・・・・」
セイバーは大剣を横一線に振りぬく、ランサーは軽くそれをよけるとカウンターとばかりに剣をセイバーに刺突させる。
前回の戦いではかすり傷なれど傷つけられた剣戟はセイバーにその身に一切の傷を許さない。
ランサーは苦虫をかみしめる顔をするが、セイバーはやや残念そうな面持ちだ。
「本気を出すまでもなかったってか」
ポツリと一言、それは失望。
ランサーは悔しさと怒りに顔をゆがませる。
かつて、ランサーは騎士の中でも最強と畏怖される存在であった。
それが、一介の英雄の足元にも及ばないというのはランサーのプライドをいたく刺激することだった。
「・・・・・・そうだな、私は騎士としては不十分な存在なのかも知れないな・・・・・・」
「あァ? 何言ってんだ」
ランサーは悲しげに目を伏せるとただ棒立ちとなる。
そんなランサーの行動を不審に思ったセイバーだが、攻撃を加えることはしなかった。
彼がしたいのは命と命の掛け合いだ、決して無抵抗な存在を蹂躙することじゃない。
「そもそも、おかしいんだよ。私という存在が英霊の座というものに招かれること自体が」
「聞き捨てなんねェな。お前は一端の英霊だとは思ってたが、まさか自分の存在すら否定するってか」
セイバーはランサーの投げやりな態度に怒気をにじませる。
才能にしろなんにしろ、ここまで鍛え上げた武錬はそうそうない。
ランサーという英霊は技量だけなら超一流の戦士であるセイバーすら超える、それほどの存在であるからだ。
「―――ああ、そうだ」
その言葉をセイバーは一瞬理解できなかった。
この男は何と言った。
こいつはいったい何を言っている。
「なに、ふざけたことをぬかしやがる・・・・・・! テメェは!」
怒りのまま、セイバーはランサーに大剣を振りぬく。
目にも止まらないその斬撃をランサーは受け止め、流す。
ここまで何度も剣戟を交わした相手だ、ランサーはその経験からセイバーの癖や技量を完全に把握した。
加え、怒りに任せて振るう剣は精細を欠き、単調なものとなる。
もはやセイバーの攻撃を食らうことはない、こちらから攻撃を与えることは出来ないが、セイバーもまたランサーに攻撃を与えられない。
まさにイタチごっこである。
「否定するってのか、自分が歩んできた道のりを! 自身が築いた栄光を!」
「栄光などどこにもないよ」
「それでも成し遂げたんだろ、英雄なら・・・・・・!」
「成し遂げた? 私が・・・・・・?」
ランサーは目を丸くし驚く。
「は、はははははは・・・・・・。面白い冗談だセイバー」
それどころかランサーは笑いすらした、まるでそんなものに価値などないかのように。
この態度に流石のセイバーも困惑を隠せない。
「なぁ、セイバーわかっているだろう。私が成し遂げたことはな。
―――いたずらに罪なき人々を殺め、不幸のどん底へと追いやった。そんなことを私はしてしまったのだよ」
ランサーは酷く疲れ、達観した面持ちで語る。
「自分に、正義があると思っていた。蛮人と、野蛮と蔑まれようと、私には騎士としての誇りがあるとそう勘違いしてしまったんだ」
ランサーは語る、懐かしむように、古の情景を懐古する。
「思えば、終生あの獄の中で一生過ごすことが、皆にとって幸せだったのだろう。冷たく暗い監獄の中、蛮人と蔑まれていれば、それだけで、皆を不幸にすることはなかった」
それは後悔。
ランサーの後悔、強く、重く、彼にのしかかる。
「なあ、見てくれセイバー」
「・・・・・・なんだ」
右手で彼は剣を一本持ち上げる。
そして剣の柄から手を放すが、剣は地面に落ちることはなく、その手に触れたまま、微動だにしない。
それどころか黒い靄はランサーを包み込むほどだ。
「剣を抜いた代償だ。もはやこの剣は我が身から逃れることはない。方法はあったかもしれないが、既に方法を知っていた湖の乙女は死んだよ。他ならぬ、私が殺したんだ・・・・・・」
淡々とランサーは語る。
驚くほど無表情に、自分がどれ程矮小で卑賤であるかを語る。
「湖の乙女を殺した。王命に従い、私の下に来たランサー卿も殺した。あぁ、それに彼の婚約者も私の前で命を絶ったかな。あれも私が殺したようなものだ」
ランサーは剣の柄を固く握り、刀身を見る。
鏡のように反射する自分のことを見ながら、その一方で弟のことを思い出す。
「私には自慢の弟がいてね。私なんかより、ずっと立派な騎士だった・・・・・・」
セイバーは気づく、ランサーの瞳から、涙が零れ落ちていることに。
「立派で、実直で、素直で。こんな無様な兄を、心から尊敬してくれた。そんな騎士だった・・・・・・、少なくとも、そう少なくとも・・・・・・、こんな人間に殺されていい子じゃなかった・・・・・・!」
郊外に響く慟哭、弟だけじゃない。
同僚も、恩人もみな等しく不幸へと追いやった自分が、何よりも許せないのだろう。
「誰も死ななかった。誰も、こんな結末は望んじゃなかった・・・・・・! 誰のせい? 私のせいじゃないか・・・・・・! 私が、他ならぬ私がやったことなんだぞ!」
これが、英霊だというのか、今泣きじゃくっている彼が、かの双剣の騎士だとはおそらく誰も思わないだろう。
「なぁ、わかるだろう。セイバー・・・・・・」
「・・・・・・わかるか、わかりたくねェな。俺はバカだが、これだけはわかる。
―――それは責任逃れって奴だ」
息も絶え絶えに、憔悴しきった顔からはは深い後悔と、それよりも大きい懺悔があった。
「それでも、それでもだよ。たとえ責任逃れでも、みんなが幸福になれる結末があるなら。私はそれを願いたい」
明確な願いがランサーにはある。
自身の不幸、それは甘んじて受けよう、その責任は他ならぬ自身にあるのだから。
だが、彼は自身の周囲の不幸を認めることは出来なかった。
「―――ああそうだ、私はこの世に存在してはいけなかったんだ・・・・・・」
自身という英霊の抹消、それがベイリンの願いだった。