始まりは一つの結末であった。
魔術協会がひとつ、アトラス院による未来の結末を演算し続けた結果導き出された結末、人類の滅亡、そして世界の死。
一人の男はそれを理解したことから今次に至る戦いが始まったのだ。
「―――こんなものは認められん。ああ、認められるわけがない・・・・・・」
それは怒り、はたまた別の何かであろうか。
単純に、男はその結末を認めるつもりは更々無かった。
だから、彼は行動を始めた。
彼は未来を否定する、鋼の大地を決して認めるわけにはいかない。
しかし、男一人だけで出来ることなどたかがしれている。
それは男も重々承知の上だ、男は己の信念と望みのために願い進み続ける。
男が望んだもの、それは世界の救済であった。
世界と人類、その二つを両天秤にかけ、取捨選択した結果、男が止まることはない。
霊長の守護者がいるとすれば、さしずめ彼は地球の守護者。
世界が死に逝く細かな種を摘み取る者たち。
やがて男は一つの組織を作る。
世界を救済するためにあらゆる試行を行う者たち、世界を救うという一つの目標に向かい進み続ける魔術師たち。
その組織を『ノヴァ』という。
そんな彼らが到達した一つの結論、それは世界の救済のためならば、人類を滅ぼしても構わないというものであった。
世界を滅ぼし、死の原因になっているものを刈り取ること、組織はそれを是認した。
当然反発もあった、しかし、世界を救うに手っ取り早い方法は間違いなくその選択であったのだ。
何かを得る為には、何かを犠牲にしなければならない。
「認められんよ、それでは人類史の保存はどうなる? 既存のものを破壊し尽くした先に何があると言う。新生とはよく言ったものだ。貴様らのやろうとしていることなど、世界の滅びを加速させているのと変わりあるまい。
―――本末転倒だ。そういうのを詭弁というのだよ・・・・・・!」
どうしても人類の既存文明の保持を第一とする者からしてみれば当然反対するものであり、その言には一利ある。
それでも彼らはその目的のために、様々な試行を重ねた。
そして彼らはそれを再思考するのではなく、その意味を正当化させた。
その一つが、聖杯戦争であった。
流出した冬木式の聖杯をモデル、ベースとし、彼らは杯を造り上げる。
この柊で完成した聖杯もその一つである。
世界の救済を願うがゆえに作り上げたのは至高の杯、その前座こそ、この柊の聖杯である。
聖杯のシステム構築、土地保有者との折衝、小聖杯の選別、そして願いの指向性を生み出す。
彼らは、『ノヴァ』はこれらを実に見事な手際でやってのけた。
しかし、この聖杯では世界を滅ぼし、救い得るには程遠かった。
しかし、それでも実験をしつつげ、彼らは出来うる限りのことを行い杯を組み立てる。
あらゆる分野において高い能力を持つ人材を選りすぐり、作り上げた杯は、実験作ながらも中々に素晴らしい性能を誇った。
特に今次の小聖杯であり、ランサーのマスターである少女は実に使い捨てるには惜しい人材であった。
この日本と呼ばれる島国、その黎明期から活躍した一人の男から、その血筋は始まる。
その男の名を中臣鎌足といい、後に藤原鎌足と呼ばれ朝廷政治を牛耳った一大貴族である。
摂関政治により、この国の帝である天皇との血の結びつきによってその勢力を拡大し、のちに五摂家へと別れゆくことになる巨大な日本という国を支えた一族。
一条、二条、九条、鷹司、そして近衛。
現代の中で揉まれたとはいえ、その身に眠る神秘は並大抵のものではない。
千年に渡る血族に加え、この国の皇の血を備えた神代の奇跡の血筋、その一人に組織は目をつけたのだ。
利と謀略を以て一人の少女を入手、しかしそれでは完全たる聖杯には程遠い。
故に彼らは作り上げた、一人の少女を母胎とし、その胎盤に新たな命を宿す。
母胎を培養液の中に浮かべ、派閥を越えてその少女を作り上げる。
ホムンクルスによる生命の想像から人体改造、科学技術と魔導による投薬、細心の注意を払い、彼らは傑作たる少女を作り上げた。
その少女こそ、近衛結香。
魔術師たちによって造り出された天才である。
紛れもなく、それは完璧といって差し支えない出来であろう。
少なくとも彼らは本気でその少女を完璧な器として作り上げて見せたのだ。
素養もよかった、この上なく従順であり、技量や肉体的な素地や根本的な知識量であれば凡人を大いに凌駕する。
しかし残念なことに、彼女が失敗作たる所以とする状況が発する。
今次において、一番の問題。
それは小聖杯、その中身である。
そもそも、世界の始まりとは何か、世界が始まるまでのその世界はいったい何であろう。
ある男は言った、それは混沌であると。
そう、これは総ての始まりである根源のその先、混沌へ至る杯。
その方向性を更に持たせる為に、神格を投入し、原初へ還り至る杯、それが聖杯。
神格たる中国で語られる四凶が一角、三皇五帝が一人、黄帝の子、渾沌。
聖杯はその神霊を封じ、破滅と混沌に染め上げている。
如何なる願いであろうと、身に迫る願いは破滅を伴い、混沌ヘ帰す。
破壊の先の創造、まさしくそれを体現した聖杯である。
しかし、人類を滅ぼしうるが故に聖杯は完成品であり欠陥品でもあった。
そう、このようなものそもそも抑止力が黙っている筈がない。
ガイアの補正を一身に受けでもしなければ、そもそも勝負にもならない、その点においてこの聖杯は不完全であろう。
しかし、杯は完成した。
ならばわざわざ倉に放り込んだままなど、あまりに勿体ないではないか。
何より、これからも聖杯戦争を続けるには多くの実践データが必要である。
大望の為には人道などあって無いようなもの、魔術師が魔術師足らしめているが故に、彼らは誰よりも現実的であり、シビアだった。
だからこそ、魔術だけでなく科学分野での試行や、新たな魔術体系の模索など、彼らの研究は枚挙に暇がない。
加え、世界屈指の魔術協会ですらその影は闇の中、都市伝説のごとき曖昧な集団であった。
そして、そんな得体の知れない存在が作り上げた、破滅の杯、触れればやがては破滅を翻す悪夢の杯はこうして作り上げられたのだ。
「分かるだろう、ミスター」
あらましを語り終えたレイヴは晴彦に語る。
「あれは、到底まともとは言い難い悪質な『猿の手』だ。そんなもので根源を願ったとして、叶えた瞬間から不幸の始まりだ」
願いと同時にその願いを拡大解釈するのは勿論、願うものには多大な呪いが撒き散る。
「容易に死ねるなら結構な事だが、最悪は生き地獄を味わうこととなる」
「・・・・・・」
「臆したか、まぁ、それが当然であろう。だが、我々は進まねばならん。それを止めることができるのは我々しかいないのだから」
毅然とした態度でレイヴは言い切る。
何が彼をそこまで駆り立てるのか、それは彼女―――ライダーへの愛の為だろう。
愛する者の前ではいつだってカッコいいところを見せたいという虚栄心が彼を作り上げたのだとしたら、晴彦はそんな虚栄心を少しだけ羨んだ。
「君の、アーチャーの助力が必要だ。頼む」
レイヴは晴彦を正眼に見つめ、真剣なまなざしで晴彦を見つめる。
それは信念、あるいは想い。
彼に迷いはない、レイヴ・ロザンの行動原理には、いつだってライダーの影があった。
無辜の人々に対する破滅など、神々の勝手な気まぐれによって狂わされた彼女が望むはずがない。
彼女が望まないならば、レイヴはきっとそれを阻止する。
信望し、敬愛した惚れた女の為に。
「―――私とともに、世界を救ってほしいんだ」
レイヴはそっと右手を差し出す。
彼に迷いはない、魔術師であるが故に、彼は初めて人を信じてみようと思った。
晴彦はほんの一瞬、迷いを浮かべる。
この手を取るか否や、晴彦は考える。
アーチャーはおそらく晴彦の意見に何も言わないだろう、彼のことだ、たとえ破滅への道筋だろうと、彼は最後まで晴彦の味方だ、それは彼と接した数日間のことでよくわかる。
だからこそ、彼は考える。
彼の命はもう彼自身のものではない。
だが、その道はあまりにも重い。
家族を蹴落とし、忘却の彼方へ追いやった彼が、それを握り返す資格があるのか。
誰かを救うということが、彼にできるのか。
最初は、ただ生きたかっただけだ。
意地汚く、ただ死にたくなかっただけ。
打算もあった、ちょっとした欲もあった。
だから、半ば惰性に、それでも生存を第一にそんな風に生き延びてきた。
けど、本当にそれでいいのか?
何気ない日常、普遍的な社会、何ともつまらなく、そして幸福な一生。
こんな戦争がなければ、いつも通りに甘受したであろう生き方、きっとその頃には記憶も薄れ、過去に向き合うこともできたであろう一生。
『この戦いが戦争の名をとっている以上、巻き込まれる可能性は絶対にないとは言い切れない』
「・・・・・・」
今思えば、とんだきれいごとだ。
あんな目にあって、なお現実を見てなかったとは、自分で自分を嘲笑する。
だけど、同時に決めたじゃないか、『ここで逃げたら後悔するって』
柊市には何万人という人びとが住んでいる。
聖杯戦争のまっただ中で、平和と日常を甘受している。
もう、晴彦の手には入らないもの、最後の最後に投げ捨ててしまったものを、彼らは甘受しているのだ。
―――嗚呼、なんて羨ましい。
とんだお笑い草だ、日常を守りたいと足掻きながら、そんなものはとっくになかったというのに。
すべてが偽物だとして、晴彦に残っているのは何だろう。
何もない? そんなはずはない。
なぜなら彼は生きているから、彼は、生きている。
生きているなら、きっと何度だってやり直せる。
「俺は、殺さない」
「何?」
「聞けば、その少女は被害者もいいところじゃないか、レイヴさん。俺は彼女を助けたい・・・・・・」
時間がない、正解かどうかなんてわからない。
それでも、己の良心に従うことこそ、今の晴彦には大切なことだった。
誰かを助けられなかった、それは残念だ。
けど、今は助けられるかも知れない、彼はそんなちっぽけな可能性に賭けた。
「レイヴさん、人間って欲深な生き物だよな」
晴彦はさも当然かのように畳みかける。
「レイヴさんは出来るだけ町や人を救いたい、俺もその気持ちは変わらないが、あのランサーのマスターを救いたい。邪険にされるかも知れないし、もしかしたら拒否されるかもしれない。それでも、一人の少女を見捨てるわけにはいかないだろう
―――一人の少女を見捨てるはずがないじゃないか、レイヴさん」
「この・・・・・・、ぬかしてくれる」
レイヴは一つため息をつくと、肯定とばかりに頷く。
たった一人の少女の為に戦うレイヴ・ロザンが晴彦の言うことを否定することはないことはわかっていた。
それでも、こうしてきちんと伝えねば、レイヴは彼女を殺していただろう。
―――少女ではなく、道具として。
だからこそ、晴彦は告げたのだ、不幸な境遇、圧倒的な力をもつ者からの一方的な押し付けをされた彼女と重ねるために。
「俺は、誰かを殺すためにこの聖杯戦争にいるんじゃない。
―――一人でも多くの人を守りたいから、何かを失わずに済むために、ここに居るんだと思う」
死は恐ろしい、けどそんなことは当たり前のことだ。
傷つくのは怖い、けど後悔するのはいやだ。
「青臭いかも知れない。理想論だと、笑ってくれても構わない。それでも俺は目指したいんだ。一流の悲劇なんざクソくらえだ。二三流の喜劇でいいじゃないか」
「・・・・・・成る程、一理あるな」
晴彦に触発されるかのように柔らかな笑みを浮かべるレイヴ。
中々どうして、悪くない。
短時間でありながら、彼らは驚くべきスピードで成長していった。
「欲深結構、人間なら両取りを目指せか・・・・・・その考えは嫌いじゃない」
「反対はしないんだな」
「聖杯戦争なんぞに出てるんだ、もとより自分の命は賭けへのチップだ
―――だが、出来得ることなら生きて帰りたいものだ」
晴彦は右手を差し出す。
レイヴはそれを見ると、自身の右手を差し出し、固く握手をする。
「―――ここに契約はなった。貴君と私は盟友であり、相棒である。貴君と私は一蓮托生、まさしく一心同体だ」
「だったら、名前で読んでくれ」
「それはいいな、では晴彦と呼ぼう。この戦争が終わったら、ぜひとも君を私の研究室に呼びたい。魔術の素養はあるのだろう、教えてやってもいい」
「じゃあ、レイヴ先生だな」
晴彦は知らないが、魔術師は相手を自身の研究室に呼ぶという行為、それは本来ならばありえないことである。
その言葉の意味は自身の後継と目されたといっても過言ではない。
ふと、前方を見上げると、森が近づいてきた。
あそこではアーチャーやランサー、セイバーとそのマスターたちがいる。
晴彦に迷いはない。
体の震えはいつしか収まって、動悸もない。
なぜなら、彼は今度こそ聖杯戦争に挑むための勇気を手に入れたのだから。
「始まるんだ、俺の聖杯戦争は・・・・・・ここからだ・・・・・・」
ポツリとこぼれた言葉は夜の闇へ静かに消えていった。
晴彦君覚醒回、そして聖杯の中身についてのあれこれです
五摂家の血筋+破滅に指向性を持つ聖杯+渾沌=結香
頭の良い奴らと頭の良い馬鹿×2のせいでこうなった反省はしている。
それにしてもかませ枠のレイヴさんがこれほどまでに活躍するとはどうしてこうなった