てか、読者としてはキャラの掘り下げとかどう思ってるのかな?
―――遠い夢を見た。
第二次世界大戦、その一つの戦線であるイギリス、
男はそんな場所を一人歩く。
男はただの人間ではない、いわゆる世界の裏側、神秘について知る者の一人であった。
「ひどいものだ、あの大英帝国の末路がこれか・・・・・・」
戦勝国とは言うものの、新たに敵となったソ連に、低迷する経済、植民地にはまだ火種を抱えており、どう爆発するか分かったものじゃない。
斜陽の帝国、それが男の英国に対する評価であった。
「ようオッサン! そんなくたびれた靴でどうするつもりだい?」
そんなことを考えていると、男は不意に声をかけられる。
朗らかに少年はタオルと踏み台と二つの箱を手にしてにこやかに少年はその紳士に対応する。
「靴磨きかな」
この時代、靴磨きは子供の小遣い稼ぎのひとつであった。
とくに戦災で親が病気や怪我でろくに働けない場合、子供が働かざるを得ない、少年もその一人だろうと紳士は決めつけた。
「おう! いやさ、戦災孤児でな、親もいなけりゃ家もない。金がなければ飯もない。持ってるもんはこのタオル! この境遇に同情してくれるならどうか恵んでおくんなせぇや貴族様!」
そう判断したのは紳士の装いにあるのだろう、染みついた気品に整った顔立ち、靴がくたびれていたのはただ単に長い距離を歩いていたからなのだが。
「では、お言葉に甘えよう、幾らかね」
「1ポンド」
「ふむ、少しぼったくりすぎじゃないかね」
「いいじゃんよぉ、金なら腐るほど持ってんだろ。―――なんせ旅行客なんだからな」
その時を紳士は覚えている。
なぜならこれが彼と少年の出会い、長きにわたる付き合いの始まりなのだから。
「君は、何という名前かね」
「名前? 何だ、答えたらご贔屓にしてくれるのかい? 何なら観光案内でもしてやろうか。まっ、その分はずんでもらうけどな!」
「構わんよ、言い値で結構だ」
「おうおう、懐でっけぇなぁ。じゃあ改めて。
―――俺はジョゼフ・ウッド。ちなみにジュニアだな、当の親父は死んでるが」
複雑な目で、箱の一つを見ながら少年は答えたのだった。
「いやー、いいことした後は気持ちがいいなぁ!」
「ふむ、それは兎も角。なぜこんなところで火を焚いているのかね」
彼らがやってきたのは小高い崖、石灰質な石が転がるそこに彼らはいた。
「? 腹減ってんだろ? だからこうして作ってんじゃん。肉を捕る、塩振って食べる。これ最強! これ美味い! はっきり言おう、この国に料理を期待すんな、無駄だから」
こんがりと焼き目が付いたウサギ肉を少年は紳士に手渡す。
「・・・・・・君は食べないのかな」
しばしウサギの肉を見ていた紳士だが、肝心のジョゼフ少年の下には肝心の肉がなかった。
「あっ? 俺か、ああ俺なら大丈夫。俺の飯はそこらじゅうにあるからよ」
そういうとジョゼフは小さな石灰岩を口に入れ音をたてながら噛み砕く。
「うん、まっずい。けど、これで生きられる」
「驚いた、石を食う人間は久方ぶりだぞ。少年は古代人か」
「やめてくれ、俺は文明人だぞ! まぁ、やり方が原始人みたいだってことはわかるがよぉ・・・・・・」
ジョゼフは肩を竦めつつ、明朗に朗らかな笑みを浮かべる。
紳士にはわかっていた、それが仮面だということに。
「食べないのかい? うまいぞ」
「いや、いいよ。少年にあげよう」
「なん・・・・・・だと・・・・・・!? マジで!? いいの!? 食べちゃうよ!」
「あぁ、存分に食べるといい。毒入りだが、多少腹を壊す程度のことだろうしな」
途端、少年からは笑顔が消え去る。
真顔になり、一つ溜息を吐くと、今度こそ参ったかのように肩をすくめた。
「すごいね貴族様、もしかして本物? 毒殺とかされたりするやんごとない身分?」
「さぁ、どうだろうね。しかし、言い訳はしないんだな」
違和感はあった、人を一目で異邦人と見抜くとは中々の眼力であるが、それだけではない。
あの自信のある発言、そしてそれは経験に裏付けされたものだと紳士はすかさず読み取った。
「んー、こうもあてられると流石に嘘じゃないだろうしね、流石に殺すために毒を使うほど俺も馬鹿じゃないよ。もっと効率的にしないとな」
「たとえば?」
「食べるためかな」
「ウサギの肉かな? それとも私か?」
「両方」
カニバリズム、こうも堂々と言われてみれば怖気よりも先に感心してしまう。
物事に優先順位をつけている、しかも自分が生き残るための算段をより効率的に重視して。
「君はソニー・ビーンみたいだね」
「えっ? 豆?」
「・・・・・・ああ、君馬鹿なんだ」
「うっわひでぇ、そりゃハイスクールもろくに通われない下級労働者のガキだよ、悪いかい?」
「むむ、自覚ありか。成る程成る程、安心したまえ、君の評価は馬鹿から無知に進化した」
それはどちらにしてもけなしていることに変わりないのではと、ジョゼフは考えるが、今はそんなことを気にしている暇はない。
紳士の腕から肉をひったくると、わき目も振らずにかじりついた。
枯渇していたタンパク質が体にめぐり、骨と皮だけの肉体に栄養となって染み渡る。
後で腹痛を起こすが、数時間ほど動けなくなるぐらいで大した問題じゃない。
「んで、どうするんだい? 警察にでも突き出すかい?」
順当に考えれば、警察に突き出されてもおかしくはない、まぁ最悪は逃れるためにこうして証拠は隠ぺいしているが警察で飯が食えるというのもそれはそれで悪くないといえよう。
「まさか! そんなことをするわけないだろう」
しかし、紳士から放たれた言葉は違った。
「私はね、君に話が有って来たんだ」
「はぁ?」
この紳士は何を言っているのか、こんな明日を生きるにも希望を見出せないガキ一人に対して何を言うのか、ジョゼフは訳が分からなかった。
「そうだな、はじめに言っておくと、私は魔法使いなんだ」
「頭大丈夫かオッサン」
大丈夫かこいつ、いい年こいてトチ狂ってんじゃねぇか。
可哀想な人を見るようにジョゼフは紳士の正気を疑う。
そんなことを思っていると紳士はジョゼフの持つ箱を指さす。
「それ、なんだい」
ジョゼフが持つ二つの箱、小さな小さなその箱をジョゼフは一気に持ちながら軽く答える
「ああ、これか。親父とお袋の遺骨だ。まぁ、大分中身は減ってるんだけどな」
ジョゼフは箱を軽く降るとカラカラと小気味いい音がなる。
「これ以外の部分は食っちまったからな・・・・・・」
ジョゼフは参ったかのように、頭を掻きながら、唸る。
困窮する食生活、家もなく、どうすることも出来ないジョゼフは親の遺体に噛みついた。
それが始まり。
「本当は、弔うのが筋なんだけどなぁ、生きるためだししょうがないよなぁ。口から入ってケツから両親を出すってのもちょっとあれだけど。まっ、しょうがない。非差別民、敗戦国の虐殺者に相応しい所業かね」
「・・・・・・成る程、ドイツ系か」
敗戦国ドイツ、その血が混じったハーフがジョゼフだった。
「親父の置き土産さ、ユダヤ系からは忌み嫌われ、最悪リンチさ。こんなガキを雇ってくれるような人間はいないし、経済事情も最悪。やれやれ、詰みってやつだよ」
心底困り果てたように、ジョゼフは骨をかじる。
少しでも空腹を紛らわせるかのように、しゃぶり、軟骨を噛む。
「明日もしれない我が身、生きるのも精一杯、けど、あきらめるつもりはないんだ。なんせ死にたくない、死んじまったら、人はただの肉袋だ。天国なんざ見たことはねぇし、神様は俺を助けちゃくれねぇ。もっとも俺はとっくに地獄落ちだけどなぁ」
少年らしからぬ達観性、乾き切った死生観。
他ならぬ戦争が彼を変えたのだろう、彼はただ、貪欲に生にしがみつく。
悪逆非道に慣れ、社会的弱者という言葉を盾に奪う側へとまわった、ただ死なないために。
「このような状況に落ちる前に死のうとは考えなかったのかな」
「はぁ? おいおいオッサン、俺に神風みたいなキチガイのような真似でもしろと? 嫌だよ、馬鹿じゃないのか? この世界、死ぬこと以上に恐ろしいことなんてあるもんか。誇りだとか、誰かのためだとか、そんなものは思考の硬直と一緒だぜ。みみっちい矜持なんかとっとと捨てて、乞食になろうと生き延びる。それが生者のあり方だろう」
彼はたとえ親しい友人であっても、自身が生き残るためなら容易に切り捨てる。
そんな情景が紳士にはありありと見て取れた。
「生きるってのは、しがみつくことだ。死が俺を追い立てる、それはどこから来るのかわからない。けれども、それから逃げて逃げて、逃げ続ける。血反吐はいて、生き延びて、崖にしがみつきながら生きていくもんだ
―――それが当たり前だ。
「結構な自信だ」
「臆病なだけだよ。こんな負け犬でも、譲れない一線がある。それだけだ。
―――で、どうすんだい? キレかかって俺を殺すつもりなら最大限に反抗するが?」
ジョゼフはこぶしの中で手ごろな石を隠し持つ、いざというときの隠し玉として、しかし紳士は、とある一言を発する。
「いや、君には私に協力してほしい。望むなら、不老不死の研究でもしてもらおう」
「・・・・・・まーたわけのわからないこと言って、オッサン俺をおちょくってんのか」
「いいや本心だとも、それに言っただろう、私は魔法使いだと―――」
そういうと、紳士が手を振った瞬間、周囲の景色は様変わりする。
それは白く、何もない空間で、自分が立っているのか、それとも横になっているのかわからないまま、少年はただ茫然としていた。
そして、頭に流れているのは太古の記憶、小さな小さなネズミの話。
生きるために、虫を殺し、穀物を奪い、死肉を啜り、より強い外的から逃げおおせる。
あるいは、とある魚の話、臆病で小さな魚は洞穴の中でじっと外的から隠れ続ける話。
あるいは勇敢な虎、孤独な虎は、外敵を喰らい、己が血肉へと変える話。
どれもこれも、生きるための出来事だった。
ネズミは病気で死に、魚は餓死し、虎はより強大な敵に殺されようと、生きるために足掻き続けた記憶。
「―――そう、君はいつだって諦めない。すべては『生きる』ための出来事だ。死を憎み、死を恐れ、生を渇望する。それが君の『起源』だ」
視界は暗転、ぐるぐるとまわり、やがていつもの情景にまた戻る。
「うっ―――ぷ!?」
胃の中が急な衝撃に耐えきれず、戻しそうになるのを何とか堪える。
それは意地というものだろう、吐いたら勿体ない、生から遠ざかる、そんな思いからだった。
「どうだ? 生まれ変わった気分だろう」
飄々と嗤うその姿は、ジョゼフにとって、気味わるいものに見えた。
「なに、を・・・・・・したっ!」
「なに、君の起源を覚醒させただけだ」
起源とは生物の持つ志向性、生き方と言える。
ジョゼフはそれをいきなり覚醒させられた。
いや、元々素養はあったのだ、未覚醒と言えど、その方向性は確実に起源に引っ張られていた。
紳士が手を下さなくとも、覚醒していただろう、紳士はそれをただ早めただけだ。
どのみち、こうなった以上まともな生は送れない、ジョゼフは完全に何も知らない表の世界から切り離されたのだから。
「ようこそ、魔術師の世界へ、ジョゼフ・ウッド・ジュニア。出来得るならば、私と世界を救ってほしい」
「世、界?」
「我らは『ノヴァ』。新生の世を創るために、滅びゆく大地を守るために、君の力がおそらく必要だ。その生への渇望を、私たちに見せてほしい」
ジョゼフは訳が分からなかった。
突然世界を救えなどと言われて、はいそうですかと頷けるわけがない。
それどころか気分そのものが最悪だ、今にもぶっ倒れそうで、体に力が入らない、まるで作り替えられているかのように。
「ではさよならジョゼフ、縁があればまた会おう」
その言葉を最後に、少年の意識は埋没していった。
「―――なるほど」
神父、ロナウド・ハーペンは静かに頷いた。
「つまり聖杯は危険物であり、起動した場合町全体を破滅で覆われるということかね」
「ええ、そして私たちも無事ではすまない。しかもその被害は最小に食い止められた場合の結果です」
「・・・・・・」
神父は困ったように眼鏡を外し、鼻根部を強く押える。
それもそのはず、脱落者であるレイヴはライダーの宝具を隠し持ち、早瀬家の林間では大きな大火災やらなんやらが起きている。
それ以上にあのヨーゼフ・ウッド・アルビオンの暗躍に頭を痛めていた彼にとってはもはや許容できる範囲を超えている。
ここ数日で一層老け込んだようにも感じられて動くのも億劫だ。
しかし、そんな状況に関わらず七海は畳みかける。
「事態は一刻をも争います。我々は団結する必要がある・・・・・・ですから―――」
「監督役は公平を規す為に存在する。七海君、君はそれをどれ程重いものかわかっているのかね」
七海の言葉を切るように、神父は己のスタンスを示す。
監督役は公平でなくてはならない、本来ならレイヴに対し何らかの制裁を加えなければならない状況に加え、いきなりの討伐令などでは彼が頷くにはまだ足りないのだ。
監督役の職務はあくまで中立と神秘の秘匿のみ、逆説すればそれ以外の権利は基本的に認められていない。
「業腹なことだが、ヨーゼフ・ウッド・アルビオンは神秘の秘匿に関しては何ら問題はない。町全体が滅びうる可能性があるというあやふやな理由で出せるほど討伐令とは甘いものじゃない」
敵拠点や連合の拠点の把握から、報奨の礼装の準備、教会本部への報告。
これを通常業務である神秘の秘匿と被害の補填、事件の隠蔽を同時並行に進めつつ、的確に指揮をとらねばならない。
「そしてあくまで、教会は形式的なものだ。その気になれば、従うことなどせずともよい。その程度の実権しか握っていない。七海君、君は保障できるのかね? その討伐令に対する大義を、名分を、利を。それができなければ、私が動くことなどできないよ」
教会の権力は必ずしも抑止にはならない。
ルール無用で教会を破壊し、全サーヴァントを敵に回すことになろうとも厭わない者もなくはない。
特に、終盤戦においてはそれは顕著になりうる。
特に柊では今次が初の聖杯戦争、当然他陣営に与える令呪はなく、出来ることは礼装の進呈ぐらいのものだ。
教会に求められるのはあくまで中立という不文律、薄氷の上に立つ暗黙の了解のみだ。
「・・・・・・随分と弱腰ですね、あの代行者とは思えない」
「元、だよ。私も随分と老いてしまったからね。以前のようには体が動かん」
神父は眼鏡を外すと、服の裾を使い、レンズを磨くそぶりを見せる。
「兎も角、情報提供感謝するよ。後のことは教会に任せてくれたまえ」
「貴方は町が火の海に沈んでもいいと?」
「仮定の話だ、たとえ火の海に沈もうと事後処理は完璧に済まそう。時が来れば教会から派遣された凄腕が事件の隠蔽を図るだろう。その場合、聖杯戦争は二度と起こらないように注意させるさ」
「・・・・・・そんな事後処理で満足するとでも?」
それはすなわち、教会の強制参入であり、魔術協会との間に禊を打つ行為になりかねない。
そうなればどさくさに紛れて何をするかわからない、聖杯戦争が聖杯戦争としての体をなしているのは教会への根回しあってのこと、その信頼の積み重ねを破綻させてしまえば教会は柊に牙を剥くであろうことは自ずとわかることだ。
「・・・・・・」
神父とてこのまま手をこまねいていくわけにもいかない、しかし職務は絶対だ。
無辜の民を犠牲にするのは心苦しい、だからこそ彼は代行者として多くの魔術師を狩ってきたはずだ。
しかし、行きつく先はその魔術師の片棒を担いで民を犠牲にすること、心情的にはどうにかしたい。
「だとしても、無理だ。そう、敵が規則を犯さない限り、教会は手を出すことは出来ん」
だからこそ、これが神父のできる精一杯。
それを七海は瞬時に汲み取る。
「はぁ、結局はそうなるのね。分かったわ。質問を変えるけど、貴方は今どんな礼装を所持してるのかしら」
「魔宝石数十点、聖骸布が数枚、簡易の魔力を込めた攻撃札と防御札が数十枚ほどだ。後は秘蔵品でね、私の装備も入っている」
「見たところ、教会は霊地の格も高そうですね」
「まぁ、そういうふうにできていることも否めない。ここだけでなく、聖オルレアン全体が霊地だ。ふと思いついたが、守りには最適と言えるだろうね」
能天気に飄々に語る神父。
そしてふと思い出したように眼鏡をかけ、ズレを直しながら突飛に告げる。
「話は戻るが、セカンドオーナー早瀬七海、君は教会に用があるかな」
「そうね、大事なことだったわ。私を保護してくださらないかしら神父」
「結構、監督役ロナウド・ハーペンがその身の保護を受諾しよう」
にこやかに、しめやかに、二人は微笑むのだった。
ジョゼフ・ウッド、一体何ビオンなんだ・・・・・・。