「よう、またあんたか」
「息災で何より、気分はどうかね」
白い崖の先端に佇むジョゼフとそれに声をかけた紳士は静寂の中、ただ波の音をBGMに視線を交差させていた。
あの出会いから半年、ジョゼフは未だに五体満足で生き延びていたことに紳士はさも当然のように落ち着き払っていた。
「最悪だ」
ジョゼフはまず、苦言を呈した。
「飯を食えば胃に貯まるし、飯を食ってなくても空腹を感じなくなった。雑草食っても腹を壊さねぇし、生肉生ごみにかじりついてもピンピンだ。おまけに毒に対する耐性すらついている。丈夫な腹になったかと思いきや、こんな季節に薄手でも風邪を引かねぇ、それどころか凍傷すらない」
季節は冬、こんこんと降りしきる雪の中、薄手のシャツにボロボロのズボン、おまけに裸足という体にも関わらず、ジョゼフは何ら平気そうだった。
最後に食事をとったのは三日前、それなのに心なしか肉付きもよくなったように感じられるのだから不思議なことだ。
「正直言って、気味が悪い。自分が自分じゃなくなってる、なんせこんな状況で生きてるんだからな、普通だったら命の危機だ。命の危機のはずなんだよ」
しかし、ジョゼフはどこかで確信している、この程度では命の危機とは言えないと、他ならぬ自身の直感が働いているのだ。
「願ったり叶ったりだろう、少なくとも死に難くなった」
「・・・・・・あくまで結果論だ、根本的な解決にはなっちゃいねぇ」
ジョゼフはあぐらをかいて海を見つめる。
「結局は底辺のままだ。状況の改善なんかないし、所詮はごみ溜めの屑に変わりない。手に入れたのは死に難い身体だけ。それでも死は迫り来る・・・・・・」
死が、何よりも怖い。
ただ、生き続けたい。
「教えてくれ、俺は―――どうしたら生きれる。どうすれば死ぬことがなくなるんだ」
縋り付くかのように、ジョゼフは問いを投げかける。
今にも泣きそうな震えた声で絞り出した問い。
否定されるかも知れない、そんなものはないかもしれない、それでも縋りざるを得ない。
「その答えは、既に君の中にあるだろう」
紳士は答えない、それはジョゼフの答えではないからだ。
死を超越するのは並大抵のことではない、死を超越するとは、人の信仰をひっくり返すと同義だ。
宗教の始まりは死である、その死に立ち向かうために、儀式を行い、神を祀り上げることが信仰の始まりなら、彼はそれを否定しなくてはいけない。
「―――海は、」
揺れる波間、眼下に広がる大海原。
この先に何があるだろう、何があったのだろう。
「海は、広いな。とてつもなく広い」
「ああ、そうだな」
「それで、変化に富みながらも、決して変わらない」
「そも、それが世界の法則だ。水は流れ、循環し、世界を巡る。海の水が雲となり、雲は雨を降らせ、山脈から少しづつ雫が垂れるように、川へ、そして海に戻る。そして、生命の起源は海に有った」
水の星、地球。
表面積のおよそ七割が水である恵まれた星。
母なる海とは言いえて妙だ。
種の起源は小さなバクテリアから水中の生物へ姿を変え、やがては人となった。
「そうか」
ジョゼフは、二つの箱を持ち、それをひっくり返す。
さらさらと粉末状の遺骨は風に煽られ、海へと流れる。
「決心はついたかね」
「あぁ、決まったよ。俺はあんたについていくよ。そして、あいつらが生きれなかった分を、生き続けてやる」
人は、常に変化に富む生き物なら、たとえその身がただの水滴の塊であろうと、人であることには変わりない。
不変のものは存在しない、ならばこそ、人はきっと死を克服できると、ジョゼフは願わずにはいられないのだから。
「ヨーゼフ、親父の名前だ。せっかくだから使いたい」
ヨーゼフ、ドイツにおいては一般的な名前、イギリスでいう、ジョゼフにあたる意味だ。
「振り返るのは、これで最後だ。俺の人生はここから始める。この
向き合う、少年と紳士。
世界を救うため、そして、死を克服するため。
少年は世界と、人類に立ち向かう。
「俺は、俺様はヨーゼフ・ウッド・アルビオンだ」
「ジュニアは?」
「恰好がつかないだろ、ジュニアじゃ。うん、中々イケてると思わないか?」
ニヒルな笑みを浮かべ、精一杯に格好つけるジョゼフ改め、ヨーゼフ。
もう、振り向かない、彼ができることはただ走り続けること。
そのゴールが死という結末しかなかろうとも、彼は執着する、生へと。
やがては、それは渇望となる。
「生きてやるさ、俺様ができるのはそれだけだ。目標、あんたより長生きする」
「・・・・・・あぁ、それはいい目標だ」
目を伏せ、紳士は力なく苦笑する。
しかし、そんな紳士の姿はほんの一瞬、目を上げた時はいつもの彼だった。
「では往こう、ヨーゼフ。君は私の大切な子だ」
「あぁ」
少年は手を取る。
もし彼がこの過去に戻ったとしても、おそらく選択は違えない。
きっとまた、この手を取るだろう。
死の超越者、彷徨海の俊英、ヨーゼフ・ウッド・アルビオン。
彼がそう呼ばれるのは何十年も後のことである。
そう時は人を変えるもの、不変たる存在に価値はない。
「弟弟子の受け売りだがな、人は信念の生き物らしい」
四谷郊外の遺跡で道を塞ぐように立ちはだかる男。
その周囲を取り囲むように陣形をはる異形の集団。
「想いの力が、人間の持つ最強の力といった奴は今では行方知らず、ならばせめてでもその『遺作』はどうにか手元へ置きたいと思うのが人情だろう」
「バーサーカー・・・・・・!」
「そう急くな、ランサー。俺様は寛大だ、その少女を渡すなら貴様の身柄は丁重に扱おうとも」
中央に鎮座する未だ見ぬ魔術師と、自然公園で会った狂戦士。
虚ろな眼光はランサーではなく一重にマスターである結香に注がれている。
「こちらに来てもらおう、姫。そして杯を満たすのだ、新たなる秩序の為に」
ランサーは一歩前に出るようにして結香の盾となる。
さながら本職の騎士らしく様にはなっているが、肝心の魔術師は全くの動揺を見せることはない。
それどころか情なども解さないかのようにその言葉からは真実たる重みが発せられない、それがさらにランサーを警戒させた。
「ランサー・・・・・・」
「大丈夫だ結香、君は私が守る」
その言葉に対し、一際殺気が強まる、見れば周囲のバーサーカーは槍を構え、今か今かとランサーを狙う。
「逸るな、狂戦士。彼は貴重な戦力だ、出来得るならば手中に収めたい。・・・・・・何より、それは貴様のもう一人の少女の為にはならんぞ、8th」
くつくつと喉を鳴らすかのように笑う魔術師、彼は大きく手を広げると高らかに謳いあげる。
「喜べ英雄、貴様の願いはようやく叶う」
「揺さぶりか、そんなもので私が靡くと思っているなら心外だ」
「そうだろうか? この戦いに参戦している以上、願いがあって然るべきだろう。それも他者を踏みにじる覚悟あっての気力だ。さてランサー、貴様の願いは今まさに目の前にあるとしてどうしてそれに手を伸ばさないと言えようか」
手を伸ばす魔術師、まるでそれこそ救いの手であるかのように、ランサーへと差し伸ばした右腕と胸に左手を軽く当てる仕草は何処か気品さえ感じさせる。
「人は信念の生き物、想いと、願い。何より自身の本心を偽り生きるなどそれに何の意味があろう。己が望むまま生きることは決して間違いではない。・・・・・・そうであろう? 双剣の騎士」
「ならば返そう
―――何故なら、騎士は人々の規範であり、守るべき秩序の守護者だ。弱きを助け、強きを挫く。たとえどれ程の多くが犠牲になろうと、一人でも多くの人を救えるならば、それこそが正しいと信じている。それが私の信念だよ、
それは紛れもなく本心だろう、しかし、それがあまりにも高尚過ぎたためにヨーゼフはひどく安っぽいと感じてしまった。
「救い? 規範? 馬鹿馬鹿しい、よもやそのような世迷い言を自身でいうとは思わんだ。ランサー、貴様の言葉には重みが欠けている。誰も救えなかった男が救いを口にするだと? 罪を重ねた咎人が何を血迷う」
嘲笑するヨーゼフ、騎士然とするランサーの瞳には確かな動揺があった。
「悪であれば良かろう。認めろよ、蛮人。・・・・・・悪は楽だぞ楽しいぞ」
正しいことは辛い、正答には痛みが伴う。
そして、悪は楽だ。
間違えているからこそ、楽で、何より気持ちいい。
「では、今一度問おう。俺様に従え、ランサー」
自信と傲慢さ、侮蔑するような視線を送り、ヨーゼフは再度投降を呼び掛ける。
こちらは満身創痍、しかし、令呪はまだ二つある。
だからこそ、負けを認めるわけにはいかない。
札はまだあるがゆえに、おめおめと敗北を認める訳にはいかないのだ。
「断る、この身は既に主に預けた。魔術師、君のいうことを聞くつもりはない」
「・・・・・・そうか、残念だ」
頑な態度についぞヨーゼフは諦める、そしてそれが彼らの運命を決定した。
「仕方ない、敵であるなら、容赦は出来ない。故にここでお別れだ」
ヨーゼフの表情は伺い知れない、たが、ランサーには彼が笑っていることだけが読み取れた。
双剣を構え、正眼に敵を見つめるランサー。
敵は魔術師、見たところ武術をたしなんでいる様子もないが、どの様なかくし球があるか、わかったモノじゃない。
故にこそ、ランサーがヨーゼフに注視するのは必然であった。
「「―――自害せよ、ランサー」」
胸を穿つ双剣、霊核を抉られ、鮮血が花びらのように散りゆく。
「考えてみたまえランサー、我々がなんの策も無しに彼女を放逐するとでも思っていたのか? だとしたらなんとお目出度い」
眼を開き、後ろを向けば結香は無表情で、そこに感情は介在しない。
何故?
ランサーの心情はその一点につく。
全くもってランサーはその素振りに気づかなかった。
この身は既に満身創痍、加えて霊核を抉られている。
これでは如何に魔力があろうとも、消滅は免れない。
「結・・・・・・香ッ!」
それでも、己がマスターを守らずにはいられない。
後ろへ数歩下がり、結香の体にそっと触れる。
すると、ふっと結香の瞳が大きく開き、枷が外れたかのように動揺を見せる。
「―――妙だな・・・・・・」
ランサーの対魔力と感応し暗示が解かれたことにヨーゼフは勘繰る
「セイバー、ライダーの二騎が落ちた状態で暗示が解かれるだと。ふむ、二騎程度なら人の感覚が薄れると思ったが少し修正が必要か・・・・・・。やれやれ、これでは令呪を使ってキャスターを止めたことがまるっきり無駄ではないか」
組織から施された術式はそう簡単に解けるものではないとして、使用したが、逆に裏目に出てしまった。
その結果、暗示はランサーの対魔力と感応し、破壊された。
加えて、小聖杯は貴重な存在、そのようなものにヨーゼフは触れられないし、キャスターに期待するしかない状況である。
「まぁいい。ここが貴様の終着点だ、ランサー。俺様の腕の中で息絶えると良い」
「ぬかせ、
剣を手に、疾駆するランサー。
しかし、その行き先を塞ぐ影がある。
「■■■■―――!」
「―――くっ・・・・・・!」
縦横にランサーに向かうバーサーカー。
毒々しい槍を携えながらランサーへ突貫する異形に囲まれる状況にランサーは動こうにも動けない状況に陥ってしまう。
「―――マスター!」
ほぼ詰みの状況、この状況で勝利を得ることは非常に難しい。
その状況でとある男の言葉が思い浮かぶ。
結香を救ってくれと懇願する男の顔がランサーの脳裏に確かに刻み込まれた故に、彼は決めた。
「―――逃げるんだ・・・・・・! 退路は私が創る! 出来得る限り、逃げるんだ! 教会に!」
「ランサー」
「早く! 振り向かないで、逃げるんだ。私は君を守ると誓ったから!」
かつて思い出す過去の情景、愛した者をこの手で討った記憶。
守るべきものを守れなかった愚かな罪人の記憶。
一度失敗したが故に、彼に二度目はない。
賢者は歴史から学び、愚者は経験から学ぶ。
故に、失敗は赦されない。
「俺様が逃がすと?」
ヨーゼフはランサーを取り囲むようにバーサーカーを配置する。
しかし、ランサーの瞳に諦めはない。
必ずや活路を見出だそうと、剣を構える。
「行くぞ
「やれやれ、これは長期戦になりそうか」
怯えを孕んだヨーゼフは久方ぶりに命の危機に見舞う。
確かな確証故に彼は恐れている、特に彼の聖槍は自身を殺し得るが故に、恐れる。
それでも果敢に立ち向かわなくてはいけない。
なぜならこれは新生のため、永遠たる命の為に。
「行くぞ狂戦士、俺様も本気を出さざるを得ないか・・・・・・!」
原則として、人間は英雄に敵わない。
ごくごく当たり前のことで、そもそもまともな人間なら立ち向かうのすらおこがましいと思うだろう。
そして、英雄にも格があり、ランサーのそれは最上級、バーサーカーをどれ程並べようが、敵う道理もない厳然たる力の差がある。
しかし、これは英雄同士を戦わせるものではない、彼らにはいつであろうとマスターの存在がある。
「括目しろ、これが俺様が持つ唯一にして無二の魔術だ―――!」
ヨーゼフ・ウッド・アルビオンは魔術師としての能力は決して優れてはいない。
純然たる才能では劣等に近い。
しかし、彼には武器がある、いつだってその武器を以て数々の難行を超えて来た自負がある。
一点特化型、嵌めれば最強である歪な器。
これこそが彼の持つただ一つにして全の魔術、彼の持つ魔術の総技―――!
「
ヨーゼフの才能=エミヤの才能
つまり一点特化型の非才です、お察しの通り聖杯戦争をすると必ず一人はいる固有結界持ちです・・・・・・いますよね、私はほかの二次創作で固有結界持ちのオリキャラとか見たことないんですけど。
固有結界の読みはティルナノーグ・マナナンマクリルです。