固有結界を解いた時、全ては終わっていた。
結果は狂魔同盟の敗北というものだった。
「さて、あとは手筈通りかね」
「そうだな、退くというなら手は出さないよ」
空間から出てきたキャスターとアーチャー、晴彦、神父はそういってキャスターを見送った。
「・・・・・・すまんね、間に合わなかったよ。『行くよ、バーサーカー。おとなしく着いてきな』」
倒れ伏す八号の遺体を一瞬だけ見ると、その姿を大鷲へと変化させる。
キャスターは呪を乗せてバーサーカーにそう告げると、途端にバーサーカーはおとなしくなる。
バーサーカーを抱え、キャスターはそのまま空へと帰って行った。
「レイヴ先生たちがいないな、・・・・・・バーサーカーのマスターの死体があるが、戦況はどうだろうか」
晴彦は八号の死体を目ざとく見つけ、神父は死体に触れ、絶命を知ると、静かに祈りを捧げた。
「晴彦」
「・・・・・・あぁ、いや。分かっていたさ、犠牲無くば勝てない戦いだって、ひょっとしたらここに転がっていたのは俺かもしれない。そう思っただけさ」
それでも、誰一人死んでほしくなかったと思うのは傲慢なのだろう。
人の命は平等だとしても、価値は違う。
見知らぬ人間と見知った人間、どちらに生きてほしいかは明白だ。
「・・・・・・大丈夫だ、切り替えたから」
死体を見たのは初めてじゃない。
この骸と同等かそれ以上にひどい状態の現場を晴彦は見ている。
慣れとは違う、ただ耐性があっただけだ、それでも息苦しさを感じてしまう。
「儘ならないな、アーチャー」
「・・・・・・あぁ、そうだ」
感傷だ、あれほどまでに危険視したバーサーカーとそのマスター、それがこうもあっさりと死んでしまった。
命を奪われ掛けた相手故にその感慨は大きかったのに、蓋を開けてみればこの様だ。
なんとも言いがたい感情が晴彦の胸に疼く。
「本当に、儘ならない。僕らも彼もだ。儘ならないからこそ、求めたんだ聖杯を。きっと彼はそうだったんだろう」
「・・・・・・」
誰も彼もが退けない望みを大なり小なり抱えている。
晴彦だってやり直せるならやり直したいと心の中では思っているのだ。
そこに、彼も自分も変わりない。
ただひとつ違うとすれば、その願いに対し他者を切り捨てることが出来たかどうかだろう。
事実、彼は自分等の願いのために多くの人々の命を危険にし、因果応報の結末を辿った。
「・・・・・・行こうか、アーチャー。レイヴ先生がいるとすれば、恐らくは教会だろうから」
忘れるなんてことは出来そうにはない、きっと晴彦はこれからも彼の死を引きずっていくだろう。
悪いとは言わない、それこそ彼なりの覚悟なのだろうから。
「おやお帰り。その分では何とか無事なようだね」
教会に入ると真っ先に出迎えたのはアサシンだった。
いつも以上にくたびれた様子で教会の長椅子に腰かけ、ちらりとこちらを見ると、すぐさま視線を元に戻し、知恵の輪をいじくる。
どこから持ってきたのだろうか、或いは自作か、そんなことが頭に過るが、問題はそこではない。
「レイヴ先生は?」
「大けがだ、刺傷、裂傷が数十、ひどいところは縫合した。その他には火傷、両腕は数週間は使い物にならないね。後は打撲が数か所、これはまだ軽い方だ。なんにせよ動くのは医者としては容認できないな」
「後遺症は?」
「ないな、早めに処置した。火傷の跡は残るだろうが、私生活には問題なかろう。よし、解けた・・・・・・。あ、君もやってみるかね?」
「いいです」
普通に考えれば全治数か月、或いは後遺症も残るであろうそれをなんてことの無い様に告げる。
外れた知恵の輪を、軽く振り回しながら晴彦に渡そうとするが、拒否されてしまう。
仕方なく知恵の輪をポケットに入れると、アサシンは晴彦についてくるように促す。
おそらくはレイヴ先生や、セイバーのマスターのとこへ案内するのだろう。
「部屋に運ばせてもらった、レイヴ・ロザンはぐっすりだ。顔でも見るかい」
「いや、いい。今は休ませてあげよう」
「ああ、それがいいだろうさ。そうだな、なら女史に会ってもらおうか、ろくに話したことも無いんだろう」
女史、おそらくはセイバーのマスターのことだろう。
思えば事が立て続けに起こったせいで、ろくに面識もない。
教会の奥の間へ進むと、数個の扉がある。
おそらく聖杯戦争の敗退者に対する保護のために私室を用意しているのだろう。
そして、ここにセイバーのマスターがいる。
ノックを三回、少しの間があってセイバーのマスターは返事を返すと、ゆっくりと扉が開いた。
「アサシン・・・・・・、と確かアーチャーの」
「葛西晴彦です。あー、名前をお伺いしても?」
「そうね、私は早瀬七海。ここ柊のセカンドオーナーを務めていますわ。最も既に敗退した身、そうかしこまらずともよろしいですよ、私の方が年下のようですしね」
「あ、あぁ」
どことなく品を感じさせる上品なお嬢さんだった。
根っからの一般人である晴彦からすれば今まで感じた事の無い人物だった。
それもそのはず、セカンドオーナーということはここら一帯の地主。
お嬢様というのもあながち間違いではないのだから。
「そうだな、早瀬さんと呼んでも?」
「七海でもよろしいですわよ」
「いやいや、女性を名前で呼ぶというのはね、ちょっと恥ずかしいかな」
眼鏡をかけなおしながら、晴彦はそう返した。
なんだかんだ言ってもセイバーのマスター、そう、晴彦が倒したあのセイバーのマスターだ。
もしかしたら恨まれてる可能性もあると思うと、少しだけ気が重かった。
表面上にこやかな態度だが、それでもしこりはあると晴彦は思っている、人はそう簡単に考えを変えることなどできないのだから。
「あらそうですの。ああ、せっかくですので上がってください、お茶の用意をしましょう」
「ほう、紅茶か。これでも私は紅茶にうるさくてね」
「黙って、アサシン」
目に見えて落ち込むアサシン、膝を抱えのの字を書いてる様子を尻目に、晴彦は七海の部屋へと足を踏み入れる。
物は少なく、雰囲気は整然としていた。
それもそのはず、なんせ教会の部屋はそんなもんであり、私物などを持ち込む余地はほとんどない。
レイヴが晴彦に私物を持ってくるように頼んだのはそういう経緯があったからでもある。
(待てよ、そういや俺警察病院抜け出してるじゃん。やばい、面倒なことになりそうだ・・・・・・)
だからと言って戻る気もない、現状としてはここでこのまま固まっている方が何かと都合がいいというのがあげられる。
「どうぞ、お茶請けが無いのは少し寂しいけれど我慢してくださる」
「あ、あぁ。大丈夫だ」
ほのかに香る紅茶の香りが鼻孔を刺激する。
「へぇ・・・・・・」
「お気に召したかしら」
「あぁ、うん。美味しいよ、紅茶とかあまり飲んだこと無いからどういっていいのかわからないけどね」
「そう」
一口、もう一口と紅茶を楽しむ晴彦。
良い茶葉を使っているのか、それとも淹れた七海の腕がいいのかは判定がつかないが、少しだけ肩の力を抜き、純粋にこの時間を楽しんでいた。
「それで、私に何の用かしら」
暫しの沈黙の後、七海は口を開く。
「・・・・・・まぁ、顔合わせがまず第一なんだが。そうだな、これからの指針でも話し合うとかかな」
「それはいいわ、中々に建設的ね。少なくともあの男の相手をするよりかよっぽど有意義だわ」
紅茶の香りを楽しみつつ、七海は何てことなく頷く。
「聖杯のことはどれぐらい聞いている?」
「全部アサシンから聞いたわ、まったくどこから仕入れてきたのやら」
カップを置いてため息を漏らす七海、動作一つ一つが洗練されている。
晴彦では到底無理であろう、少なくとも一朝一夕に習得できるものではないということはわかった。
「あれは、破棄すべきだ。少なくとも俺はそう思っているよ」
「・・・・・・」
「危険だ。現物は見ていないが、情報を統合するに願望器よりか時限爆弾のようなものだろう、そんなものをほおっておけない」
「・・・・・・そうね、そうなのよね」
七海どこか遠い目をしながら頷く。
それは自身を納得させるかのように、そうするべきだとでもいうように、だからこそ。
「納得いかないかな」
「いえ、そのようなことは・・・・・・」
七海は最後まで言葉をいうことは出来なかった。
暫しの沈黙から、額に手を当て、熟考しようやく声を出した。
「理解はしているわ、ええ十分なほどに。けど、納得はできてないわね。ごめんなさい」
視線をそっと落とす七海、表情は見えないがおそらく様々な思いが錯綜しているであろうことは見て取れた。
「聖杯戦争を許可したのは父よ、舞台も、魔術協会との折衝も、父が担当したわ。そして、全てが終わったときに父は死んだわ。すべてを知っていたから、或いはそれが父にとって認められるものではなかったからでしょうね」
「お父さんの事、好きだったんだね」
「・・・・・・えぇ、尊敬できる父だったわ。真面目で堅物で、何の面白味もない男。女からしたらつまらない男でしょうね。・・・・・・でもね」
そっと目をつぶる七海、在りし日の父の姿は今も変わらない。
頑固で隙も無い父、昔の軍人を思い起こすかのようなそんな父。
けど、そんな父親だったから憧れた、そうありたいと思った。
「父のやったことは無駄じゃない。私はきっと、そう信じたいのね、父は決して害悪をふりまこうとしたわけじゃない、いつだって清廉で、前向きで、ひどく不器用で・・・・・・。だからこそ、そんな父の最後の贈り物をただ破棄するなんて、私は絶対に嫌・・・・・・!」
声を荒げる七海、そこにはセカンドオーナーではなくただの少女でしかなかった彼女の姿があった。
「聖杯は危険、破壊しなければならない。ええ分かっているわ、わかっているわよ! でも、でも、それじゃ父のしたことって何よ・・・・・・、ただ街を危険に晒しただけ? そんなはずじゃないわ、そんなことする人じゃないもの。だから・・・・・・、だから・・・・・・」
それ以上の言葉は続かなかった。
わかっている、これがただの我が儘でしかないということぐらい七海にもわかっているのだ。
でも、感情ではその我が儘を肯定している、どうしようもないことだとわかっているのにだ。
父のやったことが無駄とされ、なかったことにされてしまうのが許せない。
けれど同様に、そのまま何もせずに街が破壊されるのを父が望むはずもない。
板挟みの状況に、七海は動けないでいる。
目標があった、あるいは何も知らないままであったらどれほどよかっただろう。
周囲が引っ張ってくれる状況だから動いた、動くことができたのに、自分で考えることになった途端、一歩も動けずにいる。
「・・・・・・ごめんなさいね、急に大声出してしまって。話も大分脱線してしまいましたし・・・・・・」
「いいさ、家族を失うのは辛いからな・・・・・・」
重く沈痛な雰囲気と化した空間で、ただカップの鳴る音が響いていた。
「敵の拠点は分かっている、俺は行こうと思う。それが俺の選択だから、出来ることなら君にも来てほしい。レイヴ先生があのような状態である以上、戦力は少しでも必要だ」
「・・・・・・そうね」
「とても、厳しい戦いになると思う。時間はそうかけられない一発勝負だ。だからできるだけ早く決めてほしい、俺から言えるのはそれだけだ。・・・・・・ご馳走様、紅茶うまかった」
席を立ち、扉の前に立つ晴彦は一度だけ七海に振り返った。
顔を落とし表情を窺い知れないが少しだけ申し訳ない気持ちはあった。
「あ、お帰り」
「・・・・・・」
「微笑みを絶やさない、それが私の美徳だ。その様子ではあまりうまくいかなかったのかな? なに気にすることはない、人間うまくいくことばかりじゃないさ。時には失敗するのもまた良し、人生の糧さ! さぁ、私と一緒に走ろう! 明日の太陽に向かって・・・・・・!」
「いいです」
「ひゅー、ナイスセメント!」
さっきまでの落ち込み様はなんだったのか、溌剌とした笑みを浮かべるアサシンに対し肩を落とす晴彦。
「なんだね、最近の若いのはノリが悪いなぁ・・・・・・、そんなんじゃつまらない男って言われるぞぉー」
「はぁ・・・・・・」
「気の抜けた返事だなぁ・・・・・・で、どうだい? 女史の様子は?」
アサシンは肩をすくめつつ、晴彦に問う。
「正直、会わない方が良かったんじゃないかと。俺はセイバーを討ったわけですし、遺恨は無いとは言えません。それに他人です。腹に何抱えてるか分からないでしょう、あんまり突っ込むのもあれですし、多少考えてくれとしか言えませんからね」
晴彦は七海についてなにも知らない。
そんな他人、しかもこちらに敵意を持っているかもしれない人間に対して深く追求することは逆効果にしかならない。
「だろうな、まぁ上出来な部類だろう。あれは兎だ、それも飛びっきり寂しがり屋のな」
「兎・・・・・・ですか」
「しかもただの兎じゃない、努力する兎だ。向上心も高く、優秀で、それでいて脆い。よくいるんだよ、天才故のってな」
アサシンは扉を見る。
彼女は今、何を考えているのだろうかと遠い目をしながら目を細めた。
「あの兎は怠けることはないが、怪我をする。少し休めば治る傷を休むことなく走り続け、傷を大きくする。亀よりゆっくり進んでいるとも知らずにな」
「・・・・・・それは」
「荒療治が必要だ、あのままでは間に合わん。成長を止めた天才ほど無様なものはない。屠殺したほうがよほど益になろうとも」
冷たい氷の様な視線、真正面から見たら震えてしまうであろう笑みを浮かべるアサシン。
心底軽蔑し、そして悲哀を向けていた。
「殺すのか?」
「そうだ、何故ならそれが私の在り方だ」
白衣に手を突っ込み、ニヒルな笑みを浮かべ晴彦に相対する殺人鬼。
「世の中の規範、守るべき秩序、こうであるべきという道徳。大いに結構、素晴らしいものだな。だが私には関係ない。
―――手前のルールは手前で作るものだ。何を良しとし何を悪しとするかはすべて私が決めることだ、それに他者は介在しない」
「もし俺が止めたら」
「眠ってもらおう。なに、命は取るまい。これでも自身の失敗は悔いた、ソレがいる限り私に勝ち目はないからな。それに中々に気に入った、殺すのは美学に反する」
美学、規範。
それこそアサシンがアサシンたる所以、混沌たる悪という属性を持つ彼の価値観。
それはまさしく究極の自己中心的思考他ならない。
気に入ったものだからこそ世話を焼き、気に入らない存在だからこそ殺す。
気に入らない唾棄すべき存在故にその血肉を食らう、それこそが彼のあり方。
多くの殺人鬼をその中に飼おうと、決して曲がることのない自身の生き方である。
「人を殺すのが悪か、まぁ悪だろう。だからと言ってどうということもないがな。そんなもんだ、人は死ぬ。多かれ少なかれ死ぬものだ。ろくな生き方ではないだろう、だからと言ってそれをやめる気もない。
―――それしか知らない、だって好きだから。そんなもんだよ、殺人鬼が人を殺すのは」
常人が理解できないからこそ狂人、晴彦はその言葉をようやく理解することが出来た。
少なくとも理知的であり、物事の順序もよくわきまえている。
忍耐力もあれば協調性もあるだろう、しかしその芯は決して分かり合えない。
精神汚染:A+
精神が錯乱している為、他の精神干渉系魔術を完全にシャットアウトする。
常人との会話は可能だが、他人には絶対に理解できないズレがある。
彼の場合、幼い頃のトラウマと先天的異常からこのスキルが発現した。
「止めてくれるなよ、そんなしょうもないことで私を失望させないでくれ」
「・・・・・・」
止めるべきだろう、それでも晴彦はその言葉を出せなかった。
止めてどうなるというのか、最悪二人の戦力を失う状況になる可能性もある、そうなれば最終決戦において勝てる可能性はほぼないだろう。
すべてはアサシンと七海の二人に賭けられた。
歯がゆいと晴彦は顔をしかめたまま、壁に寄りかかった。