「さあ、選択の時だ―――」
勝手すぎる。
何が選択だ、何が足手まといだ、荒い呼気に胸が締め付けられるような痛み、その中で様々な言葉が胸に反芻する。
『あれは、破棄すべきだ。少なくとも俺はそう思っているよ』
青年の言葉は正しい、だからこそその刃は七海を深く切り刻む。
そんなことわかってる、分かっているのよ人として、人理として正しいのはわかっている、悲鳴に似た叫びを彼女は上げる。
『―――我々は魔術師だ。喩え友であろうとも、信念のために相手の背中を撃つ。それが出来るのが我々だ。それを、すべきなんだ・・・・・・!』
男は言った、立場と力を持つものとしての正しい役割を。
正しいとは何だ、分かっている、それが魔術師というものだと。
一時の気の迷い、情に左右されない意志、信念と覚悟。
物事を俯瞰的、客観的に見つめる学者、或いは政治家としての在り方だ。
どこまでも、そうどこまでもレイヴ・ロザンは正しいだろう。
その根底概念がたった一人の女に有ろうと、優先順位は違えない、合理的に、効率よく作戦を立て遂行する頭脳と意志を持つからだ。
歯を食い縛る、恐怖と、憂鬱が混じって何が何だかわからない。
恐い、恐い、恐い。
体の震えが止まらない、視界はぐちゃぐちゃ、揺らめく燭台の炎に揺れるようにナイフの姿すらぼんやりとしている。
吐き気がするほどの痛み、七海は逃げ出したかった、恥も外見もなく。
『逃げる・・・・・・』
「・・・・・・!?」
『逃げるの? 七海。無様に、恥も外見もなく』
(うるさい・・・・・・!)
『聞いて呆れるわ、それが早瀬家当主、早瀬九郎の一人娘なの?』
(うるさい、うるさい、黙れ!?)
『黙らないわよ、この程度で心をかき乱すなんて、なんて直情的なのかしら』
心を抉る声、それは紛れもない彼女の心の声だ。
『無様ね、あまりに無様。自分を偽り続けることも出来ず、かといって自分のしたいことも出来ない。早瀬九郎の人形というのも案外的を得ているわ』
クスクスと嘲笑する心の声、なんなの、なんなのよ、あんたも私なら励ましてくれたっていいじゃない。
そんな弱音が届いたのか、声は呆れたかのように侮蔑する。
『ほら、すぐそうやって何かにすがる。貴方は変わらない、何かにすがればどうにかなる。貴方が勝手に狭めた可能性はその程度なのよ。父の言うことを聞いていればいい、そうすることが正しいと妄信的に信じてきた結果がこれなのよ
―――嗚呼、なんて愚かな私。アサシンの言うことも正しいわね、このまま無為についてきたとしても味方の足を引っ張るわ。だったらその可能性を潰すしかない』
首筋に伝わるひんやりと冷たい感覚。
感覚器官が鋭くなり、全身から汗が噴き出て背筋が凍る。
『幼い少女、未熟な少女。いろんなことを知っていて、そして何も知らない幼子、それが貴方よ七海』
(―――)
どうして、どうしてそんなことをいうのだろう。
そうなら、もしそうだとなら、私は一体どうしたらいい。
問いは切実、されど答えることはない。
彼女の側には、もう誰もいない・・・・・・。
「ふざけないで・・・・・・」
ならばどうする早瀬七海。
父の操り人形? 自分で何も考えていない? ふざけないで、ふざけけないでよ。
「父様を吹っ切れと、忘れろと・・・・・・? ふざけるな、ふざけないでよ・・・・・・!!」
思えば、いつだってそうだ、迷ったとき、悩んだとき、思い出すのは父の言葉、父の在り方。
それがそんなに間違えているというのか? 正しくはないというのか?
違う、そんなことはあり得ない。
「貴方に父の何がわかる、貴方に私の何がわかるのよ・・・・・・!」
知ったかぶった口を効いて、何様のつもりだと七海は憤慨する。
その様子をアサシンは冷たい目で見ていた。
「迷ったとき、悩んだとき、思い出すのは父の言葉で、父の姿で、私もそうなりたいって、ずっと思っていた。だから、だから頑張ってきた! 尊敬する父だから、愛していた父だから・・・・・・何より―――」
熱い、熱い涙がこぼれる。
今までの冷たい涙とは違う、想いのこもった涙だ。
「―――信じているから、信じたいから、信じてくれたから・・・・・・!」
「君は・・・・・・」
「だから!!」
アサシンの声を遮ってなお、強い言葉。
迷いのない、意志のこもった言葉であることの如実であった。
「この目で、見届けたい! だから私は死ぬわけにはいかない・・・・・・!」
たとえ否定されようと、間違いだと言われようと、それでも彼女にとって、父は父だ。
愛すべき家族だった。
周囲の人間がどれほど間違いだと言おうと、それでもあの日々は間違いではないと、胸を張って言える日々だから。
彼女の味方だったから。
それこそ、世界を敵に回しても私は父を愛していると告げるだろうから―――。
「セイバーか・・・・・・」
そしてその一瞬、アサシンは七海の姿にセイバーの姿がぶれた。
(なるほど、どこまで行っても似た者同士というわけか)
家族の愛、久しく忘れていたような気がする。
アサシンにも大切な人がいた、そんな気がする。
胸に響く言葉だ、感動的だ、だが―――
「それがどうして、お前は何が言いたい、何をしたい。それがわからなければ、お前は何も変わらない」
足りない、見せろ、魅せろ、胸の内を、その意志を。
ズタズタまで切り刻んだなら、見えるはずだ、その性根が。
失望か、それともまた立ち上がることが出来るか。
才と意志を備えたレイヴ・ロザン。
凡人ながら、気高い意志をもってかつてのトラウマから立ち上がった葛西晴彦。
奴らは見せてくれた、ボロボロに折れた状態から、見事に立ち直り、何倍も強くなって。
だからこそ、魅せてほしい、かつて自分ができなかったことを、間違えてしまった自分に教えてほしい。
「私は見届ける、父が見たものを、父の聖杯を・・・・・・この目で見届ける!」
「そして、父のしたかったことを成し遂げる、父の遺志を継ぐ・・・・・・。私はまだ未熟かもしれない、貴族としても、当主としても未熟でも、職務が果たせなくても、それでも」
前を見上げる七海、振り上げたナイフの切っ先をアサシンに向けて。
「私にとっては父だから、それだけは変わらないから」
そう、言い届けた。
「家族の不始末は、家族がつける。そんな当たり前のこと、そもそも貴方に言われなくてもわかってるのよ・・・・・・!」
変わらない性根、まるで成長していない、それでも、前よりかは力強くなった。
父親の受け売りだろう、父親の言葉の通りでもあるのだろう、それでもその行動は自身のものであると言った。
「信頼か、わからんな、わからんよ・・・・・・」
ナイフの切っ先がだらんと下がり、ナイフを落とすと、七海は気絶していた。
「・・・・・・」
何も語らず、無言に七海に近づき、そっと首に触れるその瞬間、一瞬にして飛来矢がアサシンの指先を掠めた。
「・・・・・・邪魔はするなと釘を刺していたはずだが? アーチャー」
「君こそ、何をしようとしたのかな、アサシン?」
窓を見れば、先ほどの矢により、亀裂なく一部がくりぬかれていることがわかる。
そして、窓の奥から弓を引いていた弓兵はこちらへと近づいてきた。
「これ以上は蛇足だし、己の嗜好を満たすものだと思ったのだからね、本当に不要だったのなら謝罪しよう。
―――何せ、マスターがセイバーにその娘を頼むと言われたらしいからね、サーヴァントとして叶えないわけにもいかないだろう」
「・・・・・・」
「十分だ、十分立ち直った、少なくとも足を引っ張ることもない。吹っ切ったとも言い難いが、少なくとも迷いは消えたと思うよ。彼女は引きずっていく生き方を選んだ。晴彦も罪を引きずって生きている。軽い荷物じゃないだろう、おそらく、僕がその荷を軽くしてやることはもうできないだろう。それでも前に進む選択をした。違うかい?」
「小奇麗な男だ、つまらん奴だなアーチャー」
溜息を一つ吐くと、アサシンは部屋の外に置いてあった治療道具を取りだすと、すぐさま治療に取り掛かる。
「治るかい?」
「当たり前だ、拷問技術は医学的知識が要求される。どこを打てば痛いか、なおかつ後遺症が無いか理解してないと出来んよ。なに生きた人間も死んだ人間もそれなりにさばいてきた。・・・・・・そう怖い顔をするなよ、アーチャー」
「・・・・・・少なくとも、その話を聞いて気が良くなるのがいるならぜひ紹介してほしいくらいだ」
「いるさ! ここにひとりな!!」
視線をアーチャーへと向け、自身満々に言い切るが、その実、処置のスピードは衰えることはない。
手慣れている、いったい何人アサシンの凶行の犠牲になったものがいるのか、或いは彼の中の一人か、それはアーチャーにはまだわからない。
アサシンは軽く笑い声をあげると、反面、深くため息を吐いた。
「なぁ・・・・・・アーチャー」
低いトーンで、話しかけるアサシン。
その姿はいつもの飄々とした彼の姿とは異なっているように見えた。
「なんだいアサシン」
こわばった表情、僅かに眉を顰め、少しの間をおいて、アサシンは何も答えることはなかった。
「いや、何でもない。治療の邪魔だからとっとと失せろ」
ちらりとアーチャーは七海を見つめ、そして霊体化して部屋を後にした。
「ふぅ・・・・・・全く、私は何を考えているのだろうか」
どうかしている、そんな風に想い自嘲する暗殺者。
私は、どうして間違えてしまったんだろうか。
そんな問いがのど元まで来て、次第に霧散していった。
馬鹿だな、ハンニバル。
そんなことを言っても、犯した罪は帰ってこないだろうに。
すでにこの身は殺人鬼、誇りも矜持もなくなった、鬼。
家族がいた、たった一人の家族がいた。
どうしようもない、冷たい小屋が、飢えと寒さと痛みが、失った代償がこうなったのだろうか。
家族がいた、憎むべき怨敵にも家族がいた。
幸せな、日常を甘受していた人間がいた。
それを壊したのはほかでもない自分、嗚呼、どうして自分はこんなにも・・・・・・。
「馬鹿な奴だ、本当に、俺たちは馬鹿な奴だ」
殺人鬼はその多くが程度はあれ劣悪な環境下において誕生する。
暴力に、虐待に、性的快楽に、犯罪に、そういったインモラルな存在に触れ悪と善の区別なく、ただ己の享楽のために行動する。
「愛ってなんだ。教えてくれよ・・・・・・馬鹿な俺によぉ」
そういったアサシンの呟きは虚空に消え、七海の手の甲には、雫が流れ落ちていた。
七海回という名のアサシン回でもある。主人公の周りの奴ら主人公力高くね?